めちゃくちゃ寒い夜はキャプテン・ビヨンドを聴こう



週末の夜、ボーナスなどという労働者をこき使う為にぶら下げられた人参を食べられる連中は良いが我々ルンペン・プレカリアートは、ただひたすら働くのだ。働いて働いて働いて、休みたいとか遊びたいとか思ったら死ねというのは海綿体じゃなかった海援隊的エセ教訓主義であるから、この際関係ない。

えーと、何の話だったか。そうだ、週末の夜、めちゃくちゃ寒いこの夜も店番である。あまりの寒さとカネの無さに頭に来たので、今夜の一発目はキャプテン・ビヨンドである。元アイアン・バタフライ、元ジョニー・ウィンター・グループ、そして元ディープ・パープルのメンバーが集まって出来たハード・ロック・バンド。

ハード・ロックではあるが、当時のプログレなどの影響もあるのかノンストップで曲が続いて終わらない。初めてこのレコードを聴き終えた後は、しばらく呆然としていた記憶がある。高校生の頃だ。この1枚目は、当時のロック少年の間では大ヒットした、と思う。少なくとも僕の周りにいたロック少年はほとんど気に入って良く話題にした。で、2枚目も悪くないが1枚目ほどのインパクトがなくて、バンドもいつのまにか自然消滅。とんと話題を聞かなくなった。

僕は、ロッド・エバンスのボーカルが好きで、ということはパープルの第1期も好きでアルバム『ブック・オブ・タリエシン』こそ、初期パープルの名盤と確信している。イアン・ギランも良いけど、どうもあの肉食全開というのがちょっと。正直に言うとゼップも最初はロバート・プラントの脂ぎった声が苦手だった。

さて、そのうわさすら聞かなくなったキャプテン・ビヨンドが何と突然再結成した。確か77年か78年くらいだ。あまりに嬉しくてすぐに購入。しかし、実に悲しいことにボーカルがロッド・エバンスではなかった。ウィリー・ダーファンとかいうやつで、ま、そんなに悪くないけどロッド・エバンスの冷めた狂気のようなボーカルを期待していた僕には物足りなかった。あまりに悲しかったので、幻のミニコミ、マーマレードに記事を書いたのを覚えたいる。

しかし、何故、めちゃくちゃ寒い夜はキャプテン・ビヨンドか。これは彼らのファースト・アルバムの裏ジャケのせいである。何やら物凄く寒々しい場所にバンドのメンバーが集まって写真を撮られている。まるでバンドのお先は真っ暗みたいな(笑)。そんなジャケだからバンドがこけるんだと、何故か今頃八つ当たり。



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ちょっと思いだした話

 今日、お酒を飲みながらテレビのバラエティを見ていたらおバカテストをやっていた。来春に番組が終了するって言うあれだよあれ。その昔、クイズ番組ってのは、どれだけ知識、それもトリヴィアな知識があるか、あるいは教養があるかを見るものだったが、いつの間にかタレントの無知を笑うものになってきた。いや笑っているお茶の間の知的レベルもどっこいどっこいなんだけどな。てか、みんな本を読もうぜ。ってまた別の話になるので戻る。そのクイズ番組で”easy come,easy go”の意味を聞いていた。もちろんこれは「簡単に手に入るものは簡単に出て行く」、つまり「悪銭身につかず」のたとえである。INU時代の町田は「簡単に物があって簡単に手に入らない、手に入ったところでおまえのものにはなりえない、ええ加減にせんと気ぃ狂て死ぬ」ということになるか。いや、町田なんか出すとややこしくなる。今日は青春ポップスの話だ。

 自慢ではないが、この表現は中学時代から知っていた。残念ながらキング・クリムゾンの”easy money”で知ったわけではなく、今は全く消息不明なボビー・シャーマンの歌である。ボビー・シャーマン。ご存じだろうか。その当時、パートリッジ・ファミリーのデビッド・キャシディーと人気を二分したシンガーである。デビッド・キャシディーも先日亡くなったばかりだが、中学時代に見たテレビの『パートリッジ・ファミリー』にボビー・シャーマンがゲストで出たこともあったのだ。これは予告編も翌週の本編も見たので間違いない。そうそう、パートリッジ・ファミリーはCBSソニーからレコードを出していたのだが、中3の時にそのレーベルで買ったS&Gのギフトパック(赤い箱のジャケットにベスト盤のレコードが2枚入っている日本独自の編集版)のおまけにCBSソニーの所属ミュージシャンのカレンダーがあった。もちろんS&Gもいたし、なにやらにやけたジョニー・キャッシュもいたし、BS&Tって名前しか知らない大人数のバンドや当時は全然知らないミュージシャンも写真に写っていたが12月がパートリッジ・ファミリーだった。そこでファミリーのママのパイオツのカイデツなことに驚いて、やはり肉食はああなるのかと、いや、そんな話じゃ無かった。取り急ぎ、ボビーの「イージー・カム・イージー・ゴー」を貼っておく。



 ところでボビー・シャーマンを初めて知ったのは前田武彦と小橋玲子がやっていたラジオ番組『ヤング・ヤング・ヤング』だったか、大橋巨泉の『ポップス・ナウ』だったか、今はもう記憶にないが、あ、意外と全く別の昼間のラジオ番組を風邪をひいて学校休んだときに聞いたときかも知れんが、とにかく最初に聴いたのは「想い出のヨコハマ」である。本来のタイトルは「リメンバー・オクラホマ」なのだが、「オクラホマ」が「ヨコハマ」に聞こえることと当時、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」がヒットしていたので便乗商法かもしれんが、とにかくヨコハマでいったれやということなんだろう。



 しかし、「ヨコハマ」と聴こえてくるから不思議である。先ほど出したパートリッジ・ファミリーの大ヒット曲は「悲しき初恋」でサビのところで”I think I love you”って歌詞があるんだけど、あれを中学生だった僕は「ワッティカ・ラフ・ユー」と聴こえたので、そのまま歌っていた。わははは恥ずかしい。しかし、千葉水郷のたとえもあると高校に入って五木寛之を読んで納得したものだ。こうやって聴いてみると、この当時は楽しいヒット・ポップスがあふれていたなとつくづく思う。ボビー・シャーマン、僕が一番好きだったのは「いとしのジュリー」だったな。



 ということで、今日はプチ「ヤングな僕のポップス・ナウ」でした。ってか、そんなネタでやってたのはいつの話だ。

ライフタイムでライブ待ちなう



本日は、久しぶりのライブ。それも板橋のグループにドラムは外山明というスッペッシャル(笑)なメンツ。実は、本日のライブを見たいとロックバーのスタッフ2人がゴネたので、なんとロックバーは今夜は臨時休業。ロックバーのオーナーもライブを観に来るという、およそ資本主義理論を舐めきった姿勢。いいね、これ(笑)。

実は来週の金曜は、ZEK3のライブもあるので、今日のライブはゲルニも考えたが、ロックバーの仕事はバックれ、肝心のライブをゲルニしたら、これは人の道を外れる。倫理にもとるってやつで、本来はこういうことを不倫という筈だが、最近はアホ文春の専売特許になっているのが不愉快である。

さて、そろそろ時間だ。耐えられるか、突発性難聴のオレの右耳。






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『ロマンティック・バイオレンス』の続きから



先日、臨時店番をしていた時から、ゆっくり聴きたかった山本翔のアルバムを開店前にかけている。このアルバムからは「アレイ・キャット」と「デビル・ウーマン」という2曲のスマッシュ・ヒットが出ている。そして、このあと「ロシアン・ルーレット」というシングルヒットを持って、山本翔は銀閣寺のサーカスに登場した。ストーンズが「ミス・ユー」のヒットを出した頃だった。

当時のサークルの会報だったか、新しく始めたミニコミだったか忘れたが、この時のライブのレポートを書いた。今でも覚えているのは、いつもはむさ苦しいニイちゃん、ねえちゃんの溜まり場だったサーカスに、小綺麗なティーンエイジャーの娘たちが沢山入って来たこと。最初にバックバンドが出て来たが、コスチュームがDEVO+テッド・ニュージェントという感じで訳がわからなかったこと。ただ演奏はとても上手くてカッコ良かったこと。山本翔は、やたら態度がデカくて小娘の客に、お前らのれよなとこ毒づいたこと。アンコールは「ミス・ユー」で、確かにミックに良く似ていたことなどは今もはっきり覚えている。

ライブ見たあとは、結構気に入ってしまい、当時バイトしていた祇園のクラブで、客のいない時間に有線に山本翔の曲をリクエストしたりした。うーん、オレは若い頃から行動パターンが変わっていない。

さて、このアルバムだが、もちろん山本翔の歌がメイン。メインだが、個性的な3人のギタリストの聴き比べも楽しい。土方隆行、芳野藤丸、そして土屋昌巳。この、それぞれ個性的でユニークなギターソロが聴けるのも、このアルバムの楽しみ。

最後の土屋昌巳は、サーカスのライブの時にバックバンドで参加していた。ライブのラストに山本翔がバンドを紹介した。一風堂という少し変わった名前のそのバンドが「すみれセプテンバー・ラブ」というマイナー・ヒットを飛ばすのは、もう少し後になるが。









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今夜は山本翔



名盤『ロマンティック・バイオレンス』を聴こうと、店に来たら終日忙しく片面聴くのがやっと。続きは、次回。





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