どこでもある話 その2

 さて、前回書いたサークルのクーデター話の続きであるが、放逐されたのは74年度生のO西さんという人。この人は姫路の出身で、実家が八百屋だか果物屋かをやっていた関係で、営業用の白いマツダ・ファミリア・バンを持っていた。70年代半ばに、学生が商業用のバンだとはいえ車を持っているというのは、たとえて言えばポケモンで幻のポケモン、ミューを持ってるようなもの、あ、例えが古すぎますか。そうですね、もっと分かりやすく言うと大貧民でジョーカーと2を4枚持っているようなもの、これはちょっとチープすぎてニュアンスが伝わらなかったな。要するに当時の学生の交通手段といえば、徒歩・自転車・バス・電車という選択肢(あ、タクシーというのもあったけどあれは基本4人で割り勘で乗るものだった)の時代に、ガソリンさえ入れれば自由に日本海でも琵琶湖でも、あの天狗が住むという鞍馬にも移動できるツールを持っているというのは、いかに恵まれた境遇であったか。何かちょっとした用事があるときに「なんや、お前、足ないんか、ならオレの車に乗ってけや」という必殺トークが何度BOXで炸裂したことか。そして、その車を持っているという権力(当時の貧乏学生にしてみれば立派な権力である)を駆使して、自分の手下を作り、サークルの決め事を自分のやりたいように改変、いや改悪だな、していく人だった。それも、自分はその意見に反対だけど、賛成するサークル員がこんなにいるのなら、その通りにするしかない。不本意だが、この件は決定します。というやり口なんだな。誰かのやり口に似ているなと考えてみたら、『動物農場』のナポレオンである。こういう人間って、人が何人か集まってグループ作るとその中に絶対いるんだ、悲しいことだが。

 ちょっと分かりにくかったかもしれないが、このO西さんは76年度のDRACの執行部の最高責任者、つまり会長であった。前回少し書いたが、76年の執行部はT原さんが会長でI上さん、Nさんあたりが副会長か会計で、サークルを動かしていくだろうというのが、その時のサークル全体の、嫌らしい言い方だが「空気」だったと思う。まさかO西さんが権力を握るとは予想すらできなかった。当時のDRACの74年度生メンバーは中心にT原、I上、N、N田といった九州・四国勢、そしてF森、O崎、O石、O西といった関西勢、確か唯一の東京勢のY本、そして2回生で入会したので一歩下がった形で活動していたデューク中島、A水という構成だった(すんません、面倒なので敬称を略しました)。はっきり言うが、この中でO西さんと親しかったのはY本さんくらいだったと思う。あ、もちろん、みんな普通に付き合いはしていたけど、サークル終わった後に一緒に飯食ったり、どこか行ったりするときにリーダーシップを発揮する人ではなかった。

 さらに、この74年度生が1回生だった時にすでに麻雀を知っていたのがO西さんだけだったという事実も無視できない要素であった。実はO西さんは岡崎に下宿をしていて、そこは老夫婦が大きな一軒家を持て余して下宿にしていたので、部屋は純粋な日本間でふすまで隔てた6畳間を自分の下宿として使いながら、なんと隣接する6畳間が空室でそこでいつでも麻雀をしていい、要するに一日中フリースペースとして使っていいという、およそ天国に一番近い下宿に住んでいたことも、その後の人間関係に影響を及ぼしていくのだ。縁あって、同じサークルに集まった人たちだが、前回書いたように鬼のような先輩たちがいて、この人たちが1回生に対して容赦なく即金(つまり半荘4回とか終わった段階で、その場で現金精算するというルール。本来あまり親しくないメンバーとやるときは当然のルールだが、同じサークルで毎日顔を合わせるメンバー同士であれば、ツケや貸し借りもありでやらないと人間関係がぎすぎすしてくる。まあ、そういうことを考えない人たちだったので追い出されたともいえるのだが)での取り立てをするものだから、まだ麻雀のルールや役を良く覚えていなかったT原さんやNさんは、毎日O西さんの下宿に集まり麻雀をやってルールや役や筋などを覚えた。毎回、毎回現金をむしり取る先輩に一泡吹かせたかったのと、「お前たち弱いな。もう少し勉強しろ」などと舐めれらるのが悔しかったからだろう。したがってO西さんの下宿は別名、岡崎麻雀道場と呼ばれるくらいになっていった。しかし、麻雀などというのは全くの初心者の時は上級者にかなわない(まあ、これも構成される面子に寄るんだよね。ド素人3人と上級者1人が同じ卓を囲んだ場合、ほぼ間違いなく上級者の一人凹みになる。要するに、セオリーが通用しない)が、ある程度経験を積むと当然それなりの技術やノウハウは覚えるので、そこそこの力は付く。それから先は、個人個人の博才というか、読みの鋭さ、大局観、要するに知力と判断力で決まる。

 O西さんは、最初は74年度生の中で師範、先生などと呼ばれていたが、そのうち弟子のNさんやT原さんのほうが力をつけてしまい、74年の後期には前回登場したUさん達の先輩グループと対局しても決して先輩たちに負けなかった。そうなると人間汚いもので、「今日は手持ちがないから、また今度」などとツケで処理しようとする。ひどい時はO西さんの一人凹みで、O西さんのお金を巻き上げているはずなのに、その前にツケにしていたお金を払わないなんてことを平気でやっていたようだ。おっと、話はUさんじゃなくてO西さんだった。つまり、O西さんは自分の持っていた麻雀の知識や技術を教えてやったのはいいけど、あっという間に抜かれてしまい仲間内での立場がなくなってしまったわけだ。いわゆる出藍の誉れってやつですな。あ、そういう立派なもんじゃないですか。そりゃそうだ。

 ここで公平を期する意味で補足すると、O西さんは決して弱くも下手でもなかった。他のサークル連中や、ゼミの仲間とやるときは連戦連勝とはいかなくても勝率8割くらいの腕はあったと思う。そのO西さんも僕のいたDRACでは麻雀レベルはB級と言われていたのだ。何しろ、別館中で一番麻雀の強いサークルという噂が立ち、76年だったか、その噂を聞いてS害者問題研究会、略してS問研という、ちょっとうるさ型のサークルにいたM君(本人も自分は別館で一番か二番に麻雀が強いと自信を持っていた)が、掛け持ちで入部してきたことがあった。自己紹介でそんなことをいうものだから、腕に覚えのある僕達
(正確に言うとT原さん、Nさん、そして不肖ワタクシ)は、さっそく室町今出川にあったグリーンという雀荘に誘った。席決めして座り、開口一番、M君が「レートは当然点5ですよね」などというので、「いや、俺たちは仲間内では点3でやってる」と答えると、「天かぁ。それじゃ勝っても飲み代にもならないな。オレ先輩とやるときは点ピンの赤ありでやってるんですけど」などと僕たちの怒りに触れる大言壮語をした。あ、すいませんね、麻雀の専門用語が続きますが意味は適当にググってください。で、僕達3人は、ちらっと目配せして、こいつはボコボコにしてやるほうが本人のためだということを確認した。その結果はどうだったか。東の1局目、親がT原さんの時にM君の捨て牌にダブロン。親の跳満と子のマンガン(ちなみに、オレね)。開局1番でいきなりハコテンになるM君。ドボンルールを採用してなかったので(ダブル、トリプルハコテンが出ないと面白くないだろ)、当然続行。放銃したM君、負け惜しみで「ついてますね。親が。ただツキ麻雀は続きませんよ」。で、次に親になったM君の場をNさんが絶妙の食いタンのみで和了。という、感じで半荘4局終わり、結局M君の一人負けで点3ながら、マイナス160点ほどで支払額は4800円。もちろん即金でもらい、T原さんが「お、飲み代出来たな、これから呑み行くか。M、お前も来るか」と追い打ちを(笑)。次の日からM君はBOXに登場しなくなりました。もっとも、このときの恨みつらみからか、文連の会議の時はオレ目の仇にされたっけ。

 話が、大きく外れてしまったが(いやいや、この途中に入るエピソードも実は計算の上なのよ、などと負けず嫌いのワタクシです)、これから77年2月のクーデターの話に入るはずだったが、うーん、お酒飲んじゃったので、もうあかんのよ。最近、全然飲まないもんだからちょっとでもアルが入るとダメなんです。アルつってもアル・スチュワートじゃないよ。ましてやアール・ハインズでもない、ってほらもうこれくらいべろべろです。なんつっても、先日図書館で借りて読んだ、中島らもの『せんべろ探偵が行く』が面白くて、うん、オレも南九州せんべろ探偵事務所を設立して日夜研究にいそしむのだ。てなくらい、出来上がってしまったので、続きはまた今度だ~。とりあえず、スローガン、打倒権威主義者、権力志向主義者、エスタブリッシュメント志向者!!誰のことかって顔してるあんたのことだ~。



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コメント

完全に忘れてます

会長選出が どう言う形で行われたか、全く
憶えてません。
選挙では無かったと思うし O西がやると言ってるが、
YESかNOかの信任挙手でしたっけ?
失礼ながら 私は、会長ってのは、今で例えると
SMAPの中居やTOKIOの城島みたいな 名誉職みたいなもので、
実際の発案や進行は その他のメンバーがやるのだから 
誰がなろうがあまり関係無い と言う感覚でしたね。
新体制になっても O西会長と言うより 私の中では、
同学年のO西君でした。

結局、立候補者がいなくて

互選みたいな感じで会議で決定しました。そのあたりは、次の話で書こうかと思ってましたが、大した話じゃないのでネタバレで書いておきます。

>会長ってのは、今で例えるとSMAPの中居やTOKIOの城島みたいな 名誉職

中居くんや城島くんが名誉職かどうかはさておき、ニュアンスは良く分かります。誤解しないでほしいのですが、この一連のエントリーは個別O西さんを批判しているのではなく、彼に代表されるような権力志向、それも自ら仕込んでエセ多数決による権威の禅譲を欲しがる一部の人に対する批判です。ま、回りくどいかもしれませんが、そういう人って結構いるんですよね。

ところで、話が全く変わりますが、ロニー・モントローズが亡くなったようです。合掌。
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