さらば金狼

 気がついてみたら、ここ最近のエントリーはすべて携帯からの投稿で、きちんとしたものはずっと書いてなかった。いや、いろいろ考えることや感じたことはあってエントリーにアップしようと思うのだが、気が重いというかなんとなく死んだふりなんかしてみた(by 石川セリ)。要するに頭に来ることばかりあって、いかに温厚が服を着て歩いていると言われるワタクシではあっても、ここで声を上げるかこぶしを振り上げないといけない、このままずるずると敵権力のなすがままにしていたら、明日の自分は無いぞとバカと恥知らずは承知の上で(by ZK)、エントリー書いたらマジなレポートになってしまって、オレのblogらしくないのでは、などと自己規制が働いていたのだ。それはそれでいいじゃないと燐さんとMM21さんに応援してもらい、よし、じゃたまにはシリアスなものを書いて問題提起の1つや2つやらせてもらおうじゃないか、などとハーフシリアスなワタクシ決意しました。

 と、思ったけど、今日はとても楽しかった誕生日の話を書かねばの娘であり、それは何故かというと前回のオールひらがなのエントリーにもちょっと書いたけど、くるみさんからライブ会場で「おめでとう」コールをしてもらったこととか、プレゼントをもらったことなどがあるのだ。まあ、こういう与太話というかバカ話を例によって始めて、そのうちに怒りのエントリーをアップするつもりである。ここまで昨日書いて、そのまま保存してしまい今日はその続きを書こうと思ったのだが、予期しない訃報が飛び込んできたので急遽変更して個人の追憶をしたい。というと、映画監督森田芳光かと思われるかもしれないが、生憎彼の映画にあまり思い入れは無い。僕が、ええええ、と驚いたその訃報記事の主は、あのまだら狼、さすらいのプロレスラー上田馬之助である。彼のキャリアは長い。なんといっても日本プロレスの時代、そう力道山の時代からやってる人なのだ。

 その昔、プロレスマンガが大流行したころ、梶原一騎がカリスマだった頃、この人は悪役だった。いや、リングの上での悪役、いわゆるヒールという意味ではなく、日本プロレスが力道山亡き後、会社を私物化していく経営陣に対してレスラーたちが決起、エースの馬場と猪木を中心に会社刷新を行うか、さもなくば新団体設立だと動き始めたその情報を、腐敗した経営陣にタレこみ、馬場と猪木の信頼関係を壊し、さらには日本プロレスの解体、結果的に猪木の新日本プロレスと馬場の全日本プロレスの誕生を導いたのだ。あれ、こう書いたら、なんだ70年代以降のプロレス黄金時代を作った立役者じゃないか。いや、こういう描き方じゃなくて、要するにプロレス改革の理念に燃える馬場と猪木の訴えを、目先の金欲しさにチクった卑怯者みたいな描き方を、確か『プロレススーパースター列伝』だったか、『タイガーマスク』だったか、『ジャイアント台風(タイフーンとルビが振ってあった)』かなんかに描いてあり、まだ純真な少年だったワタクシは、上田はイカン。だいたい日本人のくせに髪を染めているのはどういうことだ。

 日本人なのに、どうしてタイガー・ジェット・シンの仲間になるのだ。何故、竹刀を持って同じ日本人レスラーを「もうしないで」と言わせるくらい殴るのか。えーと、ここダジャレです。みたいな、ね、まあ、ものの見事にプロレスのギミックにはまっていたわけだ。

 まあ、その後板坂剛の本を読んだり、村松友視のプロレス三部作(ちなみに、あれ今どこ探してもないけど廃盤じゃないや絶版なんですかね)などを読んで学習したので、梶原イデオロギーに染まることはなかったが、ただ今更ながら、言わせてほしいのは、どうせ騙すなら最後まで騙して欲しかったなどと、女々しいことをちょっと言いたくなったりする今日この頃である。

 それから、もうおおざっぱに話すけど、小林まことのマンガにも出てきたり小さな団体に出てきたりするようになってから、あまり彼の情報にも触れることが無かったが、何年か前に車の大事故にあい、普通の人なら即死状態だったはずだけどプロレスで鍛えた体と無意識に取った受け身で助かった、なんてニュースを見た記憶がある。その後は車椅子の暮らしだったらしいが、まだまだ元気でやっていると思ったが本日のニュースで彼の逝去を知ったという顛末。レスラーもどんどん亡くなっていくな。合掌。

 ということで本日は、上田馬之助さんの冥福を祈って「エピタフ(墓碑銘)」をザ・ピーナッツバージョンでお届けします。お暇な人は、ピーナッツの「対自核」も聴いてね。



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コメント

やつがれも

上田氏の死亡記事に 色々と思い起こしておりました。しかし 臼杵とは 意外な所で余生を過ごされていたのですね。 ピーナッツのこのライブLP持ってますよ(笑)。A面トップが対自核、B面トップがエピタフ、司会が岸部シローと 珍盤のひとつですね。わざわざ買うほどのものでは ありませんけど(笑)。

お見それしました。流石は元DRACのデューク先輩

ピーナッツのこの音源お持ちでしたか。確かに、あの一乗寺の下宿に所狭しと並んでいた、レコードラックにはわけのわからん(失礼、これ尊敬して言ってるので許してください)レコードがい杯ありましたが、このアルバムもあったわけですね。しかし、司会が岸部シローというのも泣かせます。あ、もしかしたらこのあたりからピーナッツの片割れとジュリーのお付き合いが始まったとか(笑)。

男は馬之助

こちらの曲をご紹介しておきましょうね。
http://www.youtube.com/watch?v=gQ9JOvH-2FI

あと、中島らもの児童文学「お父さんのバックドロップ」のモデルはどう考えても上田馬之助なのだけれど、馬之助はアマレスの経験とかないはずなんですが。
http://www.bk1.jp/product/00952758
今文庫しかないんだなあ。ハードカバーで持ってる俺って。

まったく関係のない話ですが

バーニー・トーピンのファースト・ソロアルバムが、久しぶりに聞きたくなって検索していたら、drac-obさんが、借りたまま返していない(みたいだ)という記事をヒットしました(笑)
私も持っていたんですが、中古で売払ってしまったのでした。また出合うことはあるんかいな。

おお、ジャケットのレスラーのイラストは

いしかわじゅんですな。この歌はリリースされたのは知ってましたが、ちゃんと聴くのは多分初めてだと思います。コント赤信号も昔は応援団とかプロレスネタやってました。最近はすっかり涙もろいオヤジと化してしまいましたが、バブルの頃までは結構遊び人のイメージありましたっけ。

中島らものプロレス好きも有名ですが、偶然入ったお好み焼き屋(鉄板焼店だったか?)の店主がキラー・カーンで、それ以来通い続けたという話を読みました。

いやあ、お恥ずかしい

あれですね、うん、いや確かに借りた記憶はあるんです。間違いなく。アルバムジャケットが素敵で、イラストに印象的なものが多かった。ただ、詩の朗読ばっかりじゃなかったですかね。そのあたりの記憶はあいまいで、僕はちゃんと返したと思っていたけど、もしかしたら借りっぱなしなのかもしれません。ま、どっちにせよ、もう時効ですよね、デューク先輩(笑)。

>私も持っていたんですが、中古で売払ってしまった

こういうケースはもう二度と出会わないこともありますが、ひょんなことから中古店やオークションなんかでばったり出会うことありますね。比較的最近悔しかったのは、上田正樹と有山じゅんじの『ぼちぼちいこか』がずっと廃盤で、アナログでは持っていたけど再生装置が無くて聞けず、何とかオークションで入手したその翌月にボーナストラック付で再発になりました。ま、いいんですが、最終的には手に入ったから。

あ、そいつは

キラー・カーンではなくミスター・ヒトこと安達勝治さんですね。
http://www.bk1.jp/product/01915448

ああ、そうでした、そうでした

お好み焼き屋だったか鉄板屋だったか、というところで「カンちゃんの店」とごっちゃになっていました。しかし、これもまた偶然というには、あまりに出来過ぎたエピソード(出会い)ですが、まさに類は友を呼ぶというところでしょうか。
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