『僕の音楽物語』を読んで

 「小坂忠のバックバンドをやってみないか」、それは大学の同級生だった松任谷正隆の誘いだった。1971年大学2年の冬の事だった。こういう切り出しで長い音楽話が始まる。前回、ちょっと書いた平野肇の『僕の音楽物語(1972-2011)』の話である。作者はずいぶん謙遜して書いてはいるが、慶応で軽音楽のサークルにいたわけだし、それなりの演奏技術は持っていたんだろう。でなければ、いくら同級生だったからと言ってベースを始めたばかりの作者をいきなりプロのシンガーのバックバンドに(あの松任谷が)誘ったりはしないだろう。こうして、エイプリルフールを解散した小坂忠のバックバンドの一員として作者のミュージシャンとしてのデビューがスタートした。バンドのメンバーは松任谷正隆(ピアノ)、林立夫(ドラムス)、駒沢裕城(ペダル・スティールギター)、そして平野肇(ベース)である。このバンド、フォージョーハーフはベースが平野肇から後藤次利に代わってから次第に名前が浸透していくのだが、間違いなく初代ベーシストはこの本の作者である。



 当初、メンバーの中で一番キャリアも浅く実力も劣っていた作者であるが、これはリーダーの小坂忠を始め他のメンバーも了解済みだった。このメンバーでライブも何度かやっていたのだが、ライブアルバムを作るという話が急に持ち上がって雲行きがおかしくなる。ある日、小坂忠から緊急ミーティングに呼び出され「ライブレコーディングには、失敗が許されない。高度なテクニックが必要だ」といわれ「君の成長を待つ時間が無い」と首を宣告される。落ち込んでしまい、冬のスキー場に逃避行するのだが、そこに置いてあったジュークボックス(!!)でステッペン・ウルフを聴いているうちに、何故かドラムのイメージが焼き付いてしまいベーシストからドラマーに転身する。

 大学に戻った作者に、中学・高校と同じ慶応だった同級生から、ヤマハのポプコンに参加するのでバンドに入らないかと誘われる。実は弟がドラムセットを持っており、兄弟でベース、ドラムを入れようという考えが誘った側にあったらしい。この時、弟の平野融のほうが言葉本来の意味のドラマーだった。結局、弟にベースを担当させ、本人はザ・バンドやビートルズのレコードを聴いてドラムの練習を重ね、そのバンド「びっくり箱」でポプコンにデビューするが不発に終わる。その時のポプコンのグランプリは伊藤愛子、モップス、チューインガム。井上陽水が「紙飛行機」で入選、新人歌唱賞が上田正樹。さらに松崎しげる、ブレッド&バター、リッキー&960ポンド(あの亀渕友香のいた)など、今考えると凄い人たちが参加していた。ただ、この時のバンド・サウンドに物足りず、もっとロックぽいサウンドを試行していき、新しくバンドを組み、そこから荒井由実のバックバンドの話につながるが、それはもう少し先の話。

 セミプロの音楽活動をしていた作者が初めてレコーディングに参加したのは久保田麻琴のソロ・アルバムだった。やはり、どう考えてもそれなりのテクニックは持っていたんだろうな。なんといってもあの久保田のマコちゃんのソロ・アルバムのバックをやったわけだから。



 この頃は、日本の音楽シーンも少しずつ変わり始めた時期だ。本から少し引用しよう。「…それまでのスタジオは歌謡曲がメイン。アレンジャーがいて、完璧にできあがった楽譜をミュージシャンが演奏する。ざっとテスト演奏をやり、そのあと一、二回のテイクでまとめるという形だ。予算的にも時間的にも効率がいい。ミュージシャンは初見で楽譜を読み、ミスがないことを要求された。だが僕の知っているミュージシャン(キャラメル・ママもティン・パン・アレーも)は、楽譜が得意なミュージシャンはあまりいなかった。リハーサルでもレコーディングでも五線譜をほとんど使わない。ノートのページを切ってコードを書いたものが楽譜代わり。そんなラフなコード譜を見て、みんなで演奏しながらアレンジをまとめていく……ヘッド・アレンジという形を、キャラメル・ママや仲間たちがやりはじめてだんだんポピュラーになっていった。」この後に価値観の共有こそが大事だというところまで引用したほうが良かったかもしれないが、当時の日本の音楽シーン、与えられた音楽から自ら作り出す音楽へ変わっていく様子が浮かんでくる。

 この作者もそうだが、当時のこの手の音楽(いわゆるロック)を志した連中は、海外のロック・ミュージシャンのレコードを擦り切れるほど聴いていく中でコピーを始め、だんだん自分のオリジナルに昇華させていったのではないか。この本の中でも、最初のお手本はジェームス・テイラーのバックをやっていたザ・セクションのラス・カンケルのドラムにイカレてしまい、それをお手本としてドラムを叩いていた話が出てくる。またレコーディングやバンドサウンドを作り上げるときも、「あのレコードでラス・カンケルがやってたように」とか「ザ・セクションのように」といった形容詞が盛んに出てきたようだ。またいろんなミュージシャンのコンサートにも行っている。ランダムに書くとEL&P(前座フリー)、はっぴいえんど+小坂忠グループ、キャット・スティーブンス、ナンシー・ウィルソン&フレディ・ハバード、ブレッド&バター、スリー・ドッグ・ナイト、ジェームス・テイラー(2回)、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドなどなど。

 ヤマハのポプコンに関係した仕事(当時まだ大学生だから仕事という感覚とはちょっと違っていたかもしれない。本人も大学のサークルの延長みたいな感じだったとコメントしている)、をしていた中でちょっと意外だったのは元ザ・ダイナマイツ(あの山口富士夫のいた)の瀬川洋のレコーディングに参加し、そこからボーカル&ギターが瀬川、ギターが片野勝郎、ベースがのちにカルメン・マキ&OZに参加する川上茂幸、ドラムが作者というメンバーになりライブもギンギンにやったらしい。あの強烈なベースと一緒にやっていたせいで少し難聴になったとあるが、それも名誉の負傷というか一種の職業病だと開き直っている。

 山岡英二というシンガーのバックもやったらしい。ベースが川上でギターが乱魔堂の大野久雄、そしてドラムというクリームかフリーかというスタイルで野外でやったそうだ。もっとも場所は大型パチンコ店の駐車場で開店祝いの客寄せだった。どんな曲をやったかは覚えていないそうだが、二日目は雨にたたられ買ったばかりのドラムがびしょ濡れになった。演奏後濡れたドラムを拭いていたら、シンガーが心配して声をかけてくれた。もっともファイバー製で後でネジに油をさせば大丈夫と説明したら安心した顔をした。性格の優しい人なんだろうと思っていたら、後年大ヒットを飛ばしてメジャーになった。彼のヒット曲はいろいろあるが、「俺ら東京さ行ぐだ」や「酒よ」を歌った歌手だ。

 そしていよいよ荒井由実のバックをやることになるのだが、やはりきっかけは松任谷だった。「曇り空」や「返事はいらない」などレコーディングしたばかりのテープを聴かせてもらい、日本にもこんな歌を作って歌えるシンガーがいることに驚いたそうだ。この感じは良く分かる。たしかに荒井由実を始めて聴いたときは、そのオリジナルさというかバタ臭さに驚いた。歌詞も歌声も、そしてバックのサウンド(キャラメル・ママだが)にもびっくりした。そのテープを聴かせてもらっているときに松任谷からバックバンドをやらないかと誘われる。オーディションを受けて、彼のバンド、パパレモンは晴れてユーミンのバックバンドになる。ここからしばらくは荒井由実のバックをやっていた時の話が続くのだが、それは端折る。当時、ユーミンはデビューアルバムを録音していた。そして、そのリリースの後、パパレモンをバックにあちこちライブを行い人気を徐々に博していく。そしてあの名作『ミスリム』をリリースするのだが、このアルバムのバックもキャラメル・ママ。その後の3枚目の『コバルトアワー』になってようやくバックバンドであるダディオー(パパレモンというバンド名から変わった。きっかけはハイ・ファイ・セットのグループ名を決めるときに細野さんが作った名前の一つを頂いたとのこと)で録音されるのだが、当時のレコード会社の社長の鶴の一声でレコーディングした曲全曲ボツ。キャラメル・ママの演奏に差し替えになった。理由はダディオーの演奏がライブっぽいからというもの。バンドとシンガーが話し合って、普段のライブをもとにして作り上げた演奏だから、そちらのほうがいいと僕も思うのだが、まあ、会社ってそんなもんだ。結局、ダディオーの演奏はシングルの「ルージュの伝言」と「何も聞かないで」の2曲のみがアルバムに収録された。



 さて、この本、全部で375ページ。70年代の日本のロックを聴いてきた人間なら、あっという間に読んでしまうと思う。それくらい面白いし、とくに演奏をする人にはもっと興味を持って読めるんじゃないかと思えるところもたくさんあるし、一番面白いのは、この作者がベーシストからドラマーになり、突然作詞家に変身し、さらにミステリー作家になりまたもやパーカッションを叩いたり弦楽器を演奏したりというその転身ぶりに目を見張るのだが、すべてなるほどと納得できるきっかけと縁がある。僕のこんなしょうもない紹介話より確実に面白いから、ぜひ手に取って読んでみてください。最後に拓郎のレコーデイングをしたときのテイクを1つだけアップしておきます。



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コメント

気合の入ったレビュー!

小坂忠は最近常盤響さんのレコ部でよくかかるので再認識してたというか、いちどもフルできいたことがないという。すれちがってる感じなんですよ。この本図書館でかりようかな。

ありがとうございます!!

このエントリーアップした後、反応を期待していたんだけど、どうもワタクシのblogが実は音楽系のものであったというのは、忘却の彼方、虹の彼方に消えてしまい、誰一人そんなことを思っている奴はいなかったのだ、という事実を泣く泣く認めざるを得ないところだったのですが、ズトさんのコメントで救われました。

この本読んでいるときは、へー、こんなことが、とか、なるほどな、バンドのボーカルとシンガープラスバックバンドはこのように違うのか、などと感心したり納得したりすることが多くて、この感動を一人でも多くの人に分かち合いたいと気負って書き始めたのですが、途中で、しかしオレがこんなこと書くより実際本を読んでもらったほうが明らかに早い、と思うと気持ちも沈んで、本当は彼の経験したバンドごとにまとめるつもりが一気にラストの話にいってしまいました。でも、是非図書館で借りて読んでみてください。

本を書いた平野さんも印税で儲けようという気持ちより、「あの時代」のことを残したいという気持ちが大きいと思います。
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