タイトルなしでアップしていたことに気がついたのは翌日だった

 どくとるマンボウ、北杜夫、違いが判る男のゴー×ド・ブ×ンド。違いが判る男はインスタントコーヒーなんか飲まねぇよな、などと悪たれついていた頃が懐かしい。作家、北杜夫さんが亡くなられた。享年84歳。狐狸庵先生こと遠藤周作と今頃は一緒になって大ぼら吹きまくっているだろうか。

 最近、全く小説を読まなくなったが、中学・高校の頃は手当たり次第乱読していた時期があった。北杜夫と初めて出会ったのは、高校に入学した直後だった。それまでユーモア小説と言えばケストナーのエミールものだとか、地下鉄サムだとか要するに紅毛碧眼人のものしか知らなかった僕に、この作家の本は面白いと教えてくれたのはS尾君だった。今でこそ、仙台市で某国営放送に勤務し、例の震災の時は「明けない夜はありません。被災地のみなさん、もうすぐ夜明けです」と感動的なアナウンスをした立志伝中の人ではあるが、高校で初めて出会ったときは、国富町という田舎から毎日小一時間バスに揺られて通学してくるとか、やたら話し声が大きくて目立つとか、サッカーとサイモン&ガーファンクルが大好きでその2つに対しては一切批判を認めないというような、どこにでもいる普通の高校生だった。どこがや?そういえば拙blogにたまにコメントしてくれるYKZ君は彼の従弟だったな。どうでもいい話だが。

 そのS尾君と同じクラスになり、何故か妙にウマが合ってすぐに親しくなったのだが、あるとき彼が「××(僕の本名)、お前は北杜夫知っちょる?知らん?ほら、『船乗りクプクプの冒険』書いたやつよ~」と話しかけてきた。「くぷくぷ?プクプクと違うんか」と答えると、「お前ゃ、何も知らんね。よし、オレが本を貸しちゃるわ」とネイティブな宮崎弁、正確に言うと国富弁でまくし立てたかと思うと、翌日文庫本を貸してくれた。薄い文庫本で、どれどれと家に帰って読みだしたら止まらない。読みだしたら止まらない、パクパク、カ×ビーのカッパえびせんである。あまりの面白さに驚いて、翌日本を返して感想を話したら、「おもしりーじゃろが。こん他にも『どくとるマンボウシリーズ』ちゅうとがあって、てげおもしりいっちゃが」と言われ、次に『どくとるマンボウ航海記』を貸してくれた。これも一気に読んだ。当時はまだ『兼高かおる世界の旅』なんかがテレビの視聴率を稼いだ時代で、今のように気楽に海外に出かけられる時代ではなかった。何しろ1ドルが360円で海外に持ち出せる円も限度があった時代だ。

 そんな時代に1年間、マグロ船の船医として世界各国を回った体験記を面白おかしくかいてあったんだから、そりゃツボにはまる。いろんなエピソードを楽しんだが、今でも覚えているのはスケベニンゲンという地名があるという話や、船酔いは絶対しないと心に決めて、それでも猛烈なシケの時に酔いそうになったのでウィスキーをがぶ飲みして先に酒に酔ったなんて話は頭に残っている。そうそう、後年受験勉強をする時の気つけにウィスキーのストレート用の小さなコップに氷を1個入れて、そこになみなみとウィスキーをついで勉強しながらちびちび舐めるということをしたのも、この本の影響だ。もっとも、まだ高校生で酒の味など分かるはずもなく、何回か試したが、そのたびに爆睡してしまい、あるとき証拠隠滅を忘れて親に見つかり、てげ叱られた。

 『航海記』もすぐに読み終えて、あとS尾君が持っていた北杜夫の本は『幽霊』だけだったので、それも借りて読んだが、こちらはいわゆる純文学であてが外れた。ただユーモアものと違うシリアスな雰囲気は気に入った。それからというものの、図書館や書店で北杜夫とあったら手当たり次第に読んだ。新潮文庫に入っているものも結構あったが、文芸春秋社や中央公論社から手ごろな価格でペーパーバックスが出ていたので、そちらも片っ端に(もっともお小遣いの予算があったので、古本屋などでも物色した。当時はブコフなどがまだなく、正統古本屋が宮崎には1軒しかなく、そこの辛気臭そうな店主に煙たがられながら立ち読みしたものだ。真面目な本だけではなく『SM奇譚』なんてバイヤーな本も立ち読みしたが、そういう時に限って気配を隠して人の背後にまわり咳払いなどされて15センチくらい飛び上がったことなどもあった。残念ながら、その哀愁のある古本屋は後継者がいなかったため現在は閉店している。歩道橋のそばのその店を通るたびに、誰か再開しないかと念じている)。

 この後、読んだ本で記憶に残っているのは『夜と霧の隅で』、芥川賞受賞作でナチの人体実験がテーマの純文学。高校生の時に読んだ印象は、あまりいいものではなかったが後年パンタが『クリスタル・ナハト』を出した時に、メンゲレの伝記と一緒に読み直した。印象はずいぶん変わった。『羽蟻のいる丘』は、淡白な印象の純文学。ストーリーは覚えていないが、昔の高価な本についていたロウ紙(パラフィン紙)のようなイメージがあった。『遥かな国遠い国』は、少し頭の弱い少年が船乗りになり、ソ連に拿捕された話。『三人の小市民』という短編も入っていて、てんで冴えない小市民がパチンコでツキはじめて玉がどんどん出ている間は「オレは大魔王だ」などと気持ちが昂るのだが、もちろんそんなもの長続きせず最後は文無しになって店を出る。文体というか表現がユーモア小説の時と似ていたので、「ラッキー、明るいほうだ」と喜んだが、読了した後は「やっぱり暗いほうか」と少しがっかりした。当時、北杜夫の本は面白いもの(ユーモア小説、エッセイなど)は「明るいほう」、純文学系は「暗いほう」と呼んでいたのだ。

 『あくびノオト』、『へそのない本』、『南太平洋ひるね旅』は「明るいほう」だったが、どうも中身がスカスカで、思いつき一発で書いたような感じがした。とにかくたくさん出版されていたので、どれが自分のツボにはまるものか分からず手当たり次第読んでいた。「明るいほう」のものでも、読後、「いやー、これは面白かった」と思うものと、「なんじゃこりゃ」とがっかり来るものと落差が激しかった。大学を終わるころ読み始めたシーナマコトの本も一時期そういう感じがあったっけ。さて、そういう試行錯誤していた中で、「暗いほう」と「明るいほう」のホームラン級の作品に連続してぶち当たった。「暗いほう」は、あの長編小説『楡家の人びと』である。北杜夫がトーマス・マンの大ファンというか崇拝者であることは有名で、ペンネームの「杜夫」も実は、「杜二夫」として「トニオ」と読ませたかったと何かのエッセイに書いてあったくらいで、『楡家』もトーマス・マンの名作『ブッデンブローク家の人びと』からタイトルを拝借している。

 このボリュームあふれる小説は、北杜夫の家族である斎藤家、斎藤茂吉をはじめとした奇人変人一家の興亡が3部にわたってつづられる。斎藤茂吉、強烈な個性を持った精神医学科で歌人で、北杜夫の父親である。こういう強烈な父親がいたら、子供はずいぶん迷惑だろうなと思うが、まあ、本当に迷惑な人であった。北杜夫が文学を志すことに反対し医学の道を進むように手紙を書き、その書き出しが「愛する宗吉へ」などと妙に可笑しい。あ、これは『青春記』のエピソードだったか。『楡家の人びと』は、高校時代に読んだきりだが、また時期をみて読み直してみたい。今の年齢になった僕はどういう感想を持つか楽しみではある。

 その前後に読んだ(文庫で購入した)『どくとるマンボウ青春期』はいわゆる『マンボウ・シリーズ』で1,2を争う面白さだった。主人公である北杜夫が、実家の精神病院を離れ(つまり親元を離れ)、旧制松本高(現、東北大学)に入学し、そこでいろんな先生や先輩・友人と出会い、刺激しあい大学の医学部に進むまでの話が軽快なタッチで描かれている。純文学者の辻邦生は先輩で同じ寮で暮らすのだが、ものすごい知性の持ち主として登場してくる。ま、そんな話より、一番覚えているのは旧制高校の試験が実におおらかだったこと。問題を読んで分からない時は、その授業で出てきたことを思いつくだけ書けば、少なくとも赤点にはならなかったという話があり、ある化学の試験で何一つ問題が解けなかった先輩は「問題を見てピクリン酸、脇の下にアセチレン」と化学用語をちりばめた落首のようなものを書いて進級したエピソードなどがあった。

 それで思い出したのが大学入学後に入った某サークルで、T原さんという鹿児島出身の先輩に教わった試験対策の話。「おう、××(ワタクシの本名)。大学の試験なんか三味だ、三味」。「三味ってなんですか」と純真、純情きらり時代のワタクシ。「三味線でいい、ってことだ。問題読んでダメだと思ったら『上記の問題はさておき、昨今の大学におけるマスプロ教育の弊害について以下述べる』てなこと書いて出せば、『優』は無理でも『良』、悪くても『可』で単位は取れる。オレはこの手で1回生の時に42単位取った」などという。根が素直で正直なワタクシは試験などというものはそういうものだ。そういえば北杜夫が旧制高校の話でそういうことを書いていたなと思いだし、ただ教授の傾向と対策というものがあり、A先生は反ヨヨギ系なのでこの手の話が好きとかB先生はヨヨギシンパという噂があるから共×党の悪口は書かないとか、C先生は根っからのクリスチャンだが今の教会に対しては多少批判的に書いたほうは受けがいいとか、そんな情報収集する暇があれば普通に授業を受けて試験に臨めばいいものを、授業は全然出ずにサークルのBOXばかり通っていたから、僕は1回生の時は5単位しか取れなかった。今、もう一つ思い出した。T原さんの時は全学バリストのため試験が中止で、全面レポートに切り替わった年だ。オレの年は普通に試験があった年だ。ま、いまさら詮無い話です。

 さて、北杜夫の本の話に戻るが、そのほかに読んだ本は「明るいほう」では『どくとるマンボウ昆虫記』『どくとるマンボウ途中下車』の2冊はまあまあ中堅ヒット。『高みの見物』はゴキブリが人間社会を嗤うという確か朝日新聞の連載小説。僕は北杜夫は漱石を超えた、明治人の漱石は所詮ネコどまり、どくとるマンボウはゴキブリの世界まで進んだと夏休みの読書感想文に書いて、現国の教師に「お前。オレを舐めているのか」と恫喝を受けた。『奇病連盟』や『マンボウおもちゃ箱』は、うーん、もう一つかな。『怪盗ジバコ』は面白かった。終わり方もお洒落だったし、僕が好きな怪盗ものは北杜夫の『ジバコ』と実相寺昭雄の『怪盗ルパンパン』、それとサイモン・天麩羅―、ちがうテンプラーの『セイント』シリーズである。『月と10セント』を読んだときは、北杜夫はモームを超えた。サマセット・モームは『6ペンス』だが、北杜夫は『10セント』だと、読書感想文に書こうと思ったが、現国の教師が1年、2年と持ち上がりだったので、また恫喝されるのは嫌だったのでやめた。『人間とマンボウ』、『狐狸庵VSマンボウ』あたりまで読んで、マンボウシリーズは卒業した。

 「暗いほう」は、『牧神の午後』を読んだがドビュッシーの協奏曲ははっきり覚えているのに小説の記憶が無い。面白かったという読後感はあるが、作品の内容もすっかり忘れている。『白きたおやかな峰』は図書館で借りて読んだ。恥ずかしながら、最初この題名の読み方が分からず『白きた、おやかな峰』と区切ってしまい『白きた』とはどういう意味だろうか。麻雀していて白(ハク)を積ってきたということだろうか、などとは考えなかったが意味が分からなかった。読後に「白き、たおやかな峰」であることがわかり、「たおやか」という形容動詞を学んだものだ、ワハハ。ヒマラヤ登山に挑戦する各国の登山家の話だが、やや日本人を誇張して書いてる感じがして、そこだけがちょっと嫌だった。『黄いろい船』と『星のない街路』は先述した古本屋で購入した。どちらも古本屋の匂いが良く合う小説集だった。

 とめどなく、思い出したことを書いてきたが、年代的には73年から74年くらいまでで僕の中の北杜夫フィーバーは終わった。彼の小説やエッセイが嫌いになったわけではないが、めったに政治を語らない彼がたまに「自分は中道現実派でちょっぴり右」というスタンスが、当時の僕にはふがいない感じがしてだんだん離れていったんだろう。大人になって、確か30代半ばくらいだったか、急に北杜夫を再読したくなり『青春記』を文庫で買いなおしてみた。読んでいて、忘れていたことや記憶違いの所とかあって、なるほどと思う箇所はいくつかあったが、昔読んだ時のように気持ちがときめかない。あれはやはり「青春時代」に読むものなんだとつくづく思った。いつまでも若い若いと自分に言い聞かせて来たけど、もうそういうのはいいんじゃないかな、なんて一瞬思った。人生いつまでも青春だなんて寝言いってるアホもいるけど、いつまでたっても道に迷ってばかりいてもしょうがないよな。あ、いつの間にか北杜夫の話が終わってしまったけど、まあ、なんだかんだ好き放題書いたけど、その節は大変お世話になりました。安らかにお休みください。偉大な父上とも再会されたでしょうか。合掌

♪きっさてんに、かのじょと、二人で入って、コーヒーを注文すること、あ~それが青春~(だと思ってるバカがいる)。


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コメント

牧神の幽霊

素晴らしい北杜夫読書観でした。
小生は欝の時の著作で1970年代の作品までしか読みませんでいた。
「幽霊」の冒頭、「人追憶を語るのだろうか。どの民族うにも神話があるように・・・・」・・・「蚕がふと頭を持ち上げて・・・」の所がひどく好きでした。

ところで
ドビュッシーの「牧神」は、ロックの世界では「協奏曲」ですが、クラシックの世界では「前奏曲」といわれてます。と一言ツッコミを入れときます。(笑)

いやー、お恥ずかしい、面目ない

「牧神の午後」は、プレリュードですから前奏曲ですよね。失礼しました。「牧神の午後への前奏曲」だってのに、「協奏曲」なんて書いてしまいました。このエントリーは北杜夫が亡くなったことをニュースで知って、彼の本を高校時代に熱中して読んでいたことを思い出し、彼の全著作がリストアップされているHPをぼんやりと眺めていたら、結構思い出したこともあって、駆け足で書いてしまい、読み直しをせずアップしたので、エントリーのカテゴリーは忘れなかったのに、タイトルを忘れてアップしていました。

先ほど、sawyer先輩の米に返事を書こうとログインしてみたら、なんと「タイトルなし」となっていたので、こちらも大急ぎで書き込みました。

しかし、自分の良く知っていた作家やミュージシャン、俳優などが亡くなるのは月日の経過を思い知らされます。

ぼくもまさにお世話になりましたという感じ。

そうそう「青春記」に辻邦夫が印象深く出てくるんですよね。
ぼくの友人Tさんは「辻邦夫全集」「渡辺一夫全集」を大切にしてて全集系ではそれだけ残してるといってましたが、やっぱり「青春記」体験者です。
あと森有正とか、そっち方面を語ると終わらないような(汗)
ぼくも北杜夫にはまった時期あるんですが、ほとんど小中なんであまり具体的な記憶がないんです。「楡家の人々」読んだかなあ自分??(笑)
といっても心の師みたいなところがあるのか雑誌で対談など見かけると必ず読むみたいな感じでした。
スケベニンゲンは「わが心の旅」でも訪ねてましたね。
ライデンでは茂吉の足跡を訪ねてました。
トーマスマンやエラスムスを語ってました。なんだかさみしいものがあります。

お、さすがはズトさん!

小中の頃にすでに北杜夫読んでましたか?僕はエントリーに書いたように、高校1年で最初に親しくなった友人に教えてもらうまで、名前すら知りませんでした。ただ、その後はかなりミーハー的に読みましたね。エントリーに書き忘れたエピソードで、戦時中米軍の爆撃が激しくなり、北杜夫の実家の精神病院も閉鎖されたわけですが、そこの壁に「オレは死なんよ」と書いて、周りの人からてっきり入院患者(当然、基地の外にいる人)の書いたものと思われた、って話。その時に号として「憂行」と書いたとありましたが、それを真似てS尾君は何か事あるごとに「憂行」とサインしておりました。

僕はそのまま真似するのはカッコ悪いと思ったので、ちょうどその時読んでいた五木寛之のエッセイから「哀号」という言葉を拝借し、何かあると「哀号」と書いていましたが、今考えると完全にこちらも基地の外の人に限りなく近かったと思います。

>なんだかさみしいものがあります。

こうやって、時代は一つずつ閉じていくんでしょうね。
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