恍惚日記、あるいは夢一夜

 …、おお、よく来てくれたな。ずいぶん久しぶりじゃが、元気にしておったか。最近は、もう誰もこのワシに会いに来てくれるものはいなくなった。たった一人の孫のお前くらいじゃ。おや、ずいぶん汚れた格好をしているが、いったいどうした。それと、その手に持っているものは何じゃ?ん、ん、その紙に包んであるものの中にあるのは。な、なんと、お前はいったいどこでそんなものを手に入れてきた。もしや、あの蔵に入ったのか。あれほどダメだと言っておったのに、どうしてまた、そんなところに入ったのじゃ。あの蔵は、入った人を中毒者にしてしまい、揚句はもだえ苦しませるから二度と近づいてはならんとあれほど言ったのに。周りの人は、あの蔵の事を「地獄の味噌蔵」と呼んでいることは以前教えただろう。…まあ、いい。若いときはそういう無茶をしたがるものだ。このワシも若い頃は、え、もういいいだと、あの関東を代表する空港が勇者たちによって封鎖され、管制塔が占拠された話は、そうか、聞き飽きたか。じゃ、あの時計台の話はどうじゃ。責める青ガラスに守る学生部隊、催涙ガスと放水の中、高らかと奏でられる自由放送、あ、この話ももういいか。ゴホン。で、お前の持っているその、紙包みをちょっとこちらに持ってきてみなさい。なんと、これは、ほ、本ではないか。しかも、今はもう消えてしまった「ろっく」という音楽が、まだその存在を主張し、多くの若者に支持されて、もしかしたら価値観の共有とともに新しい世界を構築できるかもしれないという幻想が市民権を得ていた、あの時代のカタログじゃ。懐かしいのぅ。うむ、せっかく来てくれたから、今日はこの本の最初の写真のページ、当時は「ぐらびあ」などと呼んでおった、そのページに出ている連中の話をしてやろう。こう見えてもワシは昔、「若手ロック評論家」などと呼ばれたこともあった。なに、ウソを言うなだと。このワシが、いつウソを言った。なに、この前来た時は元カゲキ派、元ボーリョク学生と言っていただと。その前は必殺スケコマシ、下心行動委員会の幹部だと言っておっただと。うん、まあ、その、人間というものは単純にひとつのカテゴリーでくくれるものではない。多面性というものを持っているのじゃ。お前にもいつの日にか分かるだろうて。ほれ、以前教えたあの歌、CCBじゃったと思うが「さむでぃ・ねばー・かむす」というやつじゃ。おっと、無駄話が過ぎたようじゃ。さっそく1枚目の写真を見てみようか。

 おお、なんと、トップページはYMOじゃ。YMO。というても、当然お前は知らないだろう。これは3人組のロックバンドで、わが国が中心となって起こした「てくの・ぽっぷ」というジャンルで世界中の若者を凶器乱入、じゃなかった、狂喜乱舞させたバンドじゃ。なに、正式名称じゃと。ええと、Y、M、Oと書いて、何と読むのじゃったか。…。そうじゃ、思い出した。Y-M-Oと書いて「イモ」と読むのじゃった。思い出したぞ。正式名称は、「イモキン・トリオ」じゃ。ほれみろ、ちゃんと3人組じゃ。なんといっても演奏スタイルが独特でな。当時まだ音楽にコンピュータを導入するなどとは、誰も思わなかった時代じゃ。いや、ちょっと待て。西ドイツに、「グラフと仕事、つまりグラフとワーク」とかいう名前のユニットがおって、そっちが本家「てくの・ぽっぷ」じゃった。おお、そうか、お前はドイツが東西南北に分かれていた時代を知らんのか。東ドイツに西ドイツ、南ドイツに北ドイツとドイツは第二次世界大戦後、4つに分割されておったんじゃ。東ドイツはソビエト連邦、何、ソビエト連邦も知らんだと。いったい社会科の先生は何を教えているんじゃ。嘆かわしい。まあいい。学校で学べないことを、年寄りから学ぶのは正しいことじゃ。東ドイツにソ連、西ドイツにはアメリカがそれぞれ後ろ盾についておった。北ドイツと南ドイツにもそれぞれ後ろ盾がおってな。あるとき、どこの国が正当なドイツの後継者であるか揉めたことがあってな、その解決策に使われたのがタモリイズムじゃ。知ってるじゃろう。何、社会の教科書に出て来た?そう、そのマッハジャングというスポーツを通して勝敗を決めたのじゃ。これが本当のスポーツマージャン、なんちゃって。で、どの順番になったかって?当然、トンナンシャーペイの順じゃ。つまり、東、南、西、北じゃな。で、結局、南は東ドイツに、北は西ドイツに吸収され。その東西の分岐を明確にするために出来たのが、ベルリンの壁じゃ。



 うん、そうそう、そのベルリンの壁を壊したのが、のちの性的拳銃なるバンドのボーカルをやったジョニー・6トンじゃ。その名の通り、体格のいい、肥った男じゃった。何、ボロボロの服を着て、安全ピンを付けていたじゃと。バカモン、そんな乞食みたいな恰好をした奴が、あの大きな壁を壊せるもんか。何、パンク?パンクはタイヤじゃ。パンツの間違いではないのか。うん。あの頃から、パンツといえば下着ではなくズボンのことを言うようになったな。ズボンじゃ、ズボン。マンボズボンをしらんのか。あの頃はマンボズボンはあるは、ジャンボズボンはあるは、サンボズボンはあるは、いい時代じゃった。ところが大阪あたりに住んでおったわけのわからん親子が、サンバはいいがサンボはいかんというてな、焚書坑儒をやったしもうたんじゃ。暗い時代が続いたぞ。何かいうと、それは「ベサツ」じゃないか、とか、そんなことばかり。そのおかげで、ワシもそれまで集めておった書物を、誰にも見られないようにあの味噌蔵にしまいこんでおったんじゃ。

 おっと、話が飛んでしもうたな。その「イモキン・トリオ」と仲が良かったのが、蛇男一座というやつらでな。いや、もう彼らの演奏は素晴らしかった。個人的にはYMOより、ワシはこっちが好きじゃった。リーダー格の男は、ハヤシ・カツヤとかいうたか、確か広島は福山出身のハワイ人じゃったの。進駐軍の通訳をしとったが、広島訛りが激しくてな、「ウェルカム」を「来んしゃい」などと訳しておったわ。その後はラジオのDJをやって人気を博したもんじゃ。何、「なんとかだYO」、とか「ちぇけラッキョ」とかいうて、レコードプレイヤーをもてあそぶ連中ではないわ。あれは確か「脱糞」とか「ヘップがホップした」とかいう連中じゃろう。ああいう、中身も思想もないものじゃないぞ。何しろ蛇男の仲間にはガミラス帝国の総統もおったし、ちり紙交換から政治家になった立身出世のもクワバライチモツもおる。多彩な連中じゃったの。いや、懐かしい。さて、次のページをめくろうかの。

 おお、これは…。なんというものを見せてくれたんじゃ。これこそは、ワシの生き甲斐じゃった、日本の産んだ偉大なるろっくんろーるバンド。RCサカナクションではないか。このバンド名のいわれはお前も知っておるだろう。メンバー全員がものぐさでな、国立で共同生活していたのは良かったのじゃが、貧乏で冷蔵庫が無くてな、ある日近所の有名な一家から魚をくわえたドラ猫が逃げてきて、それを追いかけてきたパンチパーマで割烹着の奥さんをなんとか宥めて帰したのはいいのじゃが、その間に肝心の魚を腐らせてしまったというエピソードから来た名前じゃ。「ある日魚を腐らせた」、というわけじゃな。もっとも、この説には異論もあって、実はRCというのは正しくは、THE REMAINDERS OF THE CHERISHの略で、つまり、もともとはチェリッシュの生き残りという意味らしいのじゃ。悦ちゃんとかマツザキとかいう二人だけになったことを意味しておるらしいが、そんなことを言っておると京都に意味もなく行くことになるらしいから用心した方がいい。噂によると京都の町はそれほどいいらしいぞ。

 えーと、居眠りしていたようじゃない。どこまで話したのかのぅ。そうそう、RCの話じゃったな。このRCというバンドは、もともとはフォークのグループとしてデビューしておるのじゃ。もっともリーダーだったキヨシロウは、フォークグループという意識は無くて、好きな歌をギターを弾いて歌えればそれでいいという感じだったようじゃな。キヨシロウ、しっとるじゃろう。小さい頃から経営の才能があってな、車の販売店の店長をしておった。子供店長、子供店長というて、そりゃあもう大人気じゃった。何、義務教育の子供が店長になれるはずがない、じゃと。お前もまだまだ考えが浅いのう。もちろん、学校があるから、毎日の事ではない。ほれ、一日店長というやつじゃ。それを何度も繰り返しておったんじゃろう。ただ、人気というものは儚いもので、ついこの前まで子供店長ともてはやしておったのに、はっと気がつくと今度は丸丸モリモリ快適トイレとかいうフレーズの子供二人に人気をさらわれてな。そういえば、「黒猫の単語」で有名になった子供はどうしたかのう。やはり、辞書関係で旺文社に就職したんじゃろうか。

 このRCには才能のあるメンバーが多くてな。まずはギター担当、この男はキヨシロウと古くからの友達でな、やはりフォークのバンドをやっておった。確か、ストリート・グライダーズとかいう名前でな、ラン子じゃなかった、ラン丸という名前じゃった。もちろん芸名じゃが、普段はニックネームで呼ばれておったな。その、ほれ、ウコッケイじゃったかジトッコじゃったか、とにかく鶏のように首が動くからそういうあだ名がついたようじゃ。いや、いい男じゃったぞ。奥さんも美人でな。写真家じゃった。たしかリンダ・イーストマンとかいう名前じゃったな。ほれ、世界的に有名なコダックの血筋じゃ。その彼女のために作られた歌が「コダクローム」じゃ。聴いたことがあるじゃろうが。しかし、所詮、紅毛碧眼人が歌っておるから「ニコン」を「ナイコン」などと発音しておるわ。片腹痛い。そういえば「クイントリックス」という言葉もちゃんと発音できずに叱られておるコマーシャルも同じくらいの時代じゃのう。このほかにもベースを弾いておった、リンゴシーナというメンバーや、ドラムを担当していたニイダ・ゴーゾーとか、キーボード・ロボットのポンタ2号などもおったな。ん、ポンタはドラムじゃないかだと。いい質問じゃ。ポンタ1号は我がポンニチが誇る天才ドラマーじゃ。わしがいうたのはポンタ2号。これはキーボードを弾き狂っておったが、ギターのウコッケイと仲が悪くてな。挙句の果てはスキー屋のおやじに収まってしまった。それで、キヨシロウは、RCを活動停止にして、大麻ズとかジーサンズとか、パフィーパフィーとか別のバンドで活動するようになったんじゃ。

 RCの話をしておるときりがない。今日は、次のページで最後にしようか。ええと、次は…。おおお、なんたるちぁ、さんたるちぁ、あの偉大なる「すたーりん」ではないか。この名前はお前も歴史の教科書で知っておるだろう。本名は、ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ、鋼鉄の男、「すたーりん」じゃ。ちなみに、統一教会を批判していたジャーナリストの有田芳生の名前は、この「すたーりん」の本名からつけられたのじゃ。しかし、えらい迷惑なことじゃのう。子供の名前というのは良く考えて付けないと一生笑われるからのう。最近は小説など読む者がおらんから、それほど話題に上がらんが、三浦朱門などというのも東大の赤門からつけられたんじゃから、哀れなもんじゃ。もっとも、枕鈴と書いて「ぴろりん」とか馬蹴と書いて「ましゅ」とか、もう全く馬に蹴られて死んでしまえと言いたくなる名前もあるがのう。で、この「すたーりん」は、おい、どうした、どこへ行く、何、もう与太話にはつきあえんじゃと。ど、どこがヨタ話じゃ。そりゃあ、年寄りじゃから多少は思い込み違いや、記憶違いもある。しかしながら大筋は間違っておらんぞ、おい、ちょ、ちょ、ちょっと待て~。

 というような夢を先日見た。

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コメント

レコードコレクターズ

「ろっく」という音楽が、まだその存在を主張し、多くの若者に支持されて、もしかしたら価値観の共有とともに新しい世界を構築できるかもしれないという幻想が市民権を得ていた、あの時代

私は最近ヤフオクでレコードコレクターズを200冊5500円で落札してしまいました。落札したのはいいものの送料だけで3000円近くかかってしまうし、置き場所に困るし・・・

仕事場の複合機で少しずつ自炊してから処分していこうと思います。

でも、ながめているだけで気分がいいです。

そりゃ、読み甲斐があるというか

中々のボリュームですね。僕もこのところ、昔のロック雑誌や宝島が出していたザ・ロッカーズというカタログシリーズや日本のロックの特別編集というか、図鑑的な雑誌が押入れや倉庫から出て来て、なかなか感慨深いものがあります。

>仕事場の複合機で少しずつ自炊してから処分

へえ、「自炊」できるんですか。うちにあるのはオールインワンの複合機だから、PCに取り込むのが大変です。今度、ノウハウ教えてください。

>でも、ながめているだけで気分がいいです。

これは良く分かります。積読の一種ですね(笑)。

あの時あの日

不思議なことに、5日前の日の朝、10.21をまだ忘れてないことに気が付き、複雑な気分になりました。

記憶は混濁していきますが

忘れられない記憶もあるし、すっかり忘れたはずの記憶が突如、よみがえることもありますよね。

10.21に関しては、その日に思い出すことは少なくなりましたが、その前後にふと思い出すことがあります。どうでもいいといえば、どうでもいいことですが、そんなどうでもいいことにこだわるところが自分らしいと、一人で苦笑いしています。
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