突如、復活 ワタクシと北関東の出会い 番外編

 前回アップした日記は、実は8月31日の夜に書き終わりアップして、見たら日付が9月1日になっていた。今までだと日付を8月31日に訂正して、再度アップするのだがその日は面倒でそのままにしておいた。その日記にズトさんから、(同窓会の)二次会の話を読みたいというコメをもらったので、じゃあ続きを書こうかと思ったのだが、しばらく間が空いたし、いきなり同窓会の話もアレなので9月に入ってからの近況を軽く書いて、勢いがついたら二次会の話に乱入しようと考えた。で、こういうときに使う「アレなので」の「アレ」とはなんだろう。指示代名詞だからその単語の前に、その指示するところがあるはずなのだが、見直してみたけどそんなものはない。つまり、話がつながらない時の、ブリッジの部分というか、間投詞みたいなものではないのか。「こそあど言葉」をちゃんとつかえてこそ立派な社会人なのだが、どうにも僕はそういうのが苦手である。ちょっとググってみたらITPROに『適切な指示代名詞を使う』というコラムがあり、そこに「…話し言葉と同様、「その」「この」といった指示代名詞は、便利なので多用したり、間違えて使用してしまいがちです。これは、自分だけがわかる、独りよがりな文章になる原因です。これを避けるために、しっかり上記の2つの改善ポイントを意識しながら、書いてみましょう。」というフレーズがあった。肝に銘じたいものである。

 などと殊勝なことを書いたが、実は全然そんなこと爪の先っぽほどにも思っておらず、たまたま「アレなので」とか「それはですね」とか苦し紛れで良く使ったなということを思い出したから書いただけである。そういえば以前働いていた会社に「カタチ」という言葉が好きな営業マンがいて、まあJEP時代なのだが、その男、仮にAさんとしておくが、朝のミーティングなどで今日はどのような戦略で売り上げを勝ち取るかというテーマに対して「えー、まあそういう形で一日動いて、とにかく車を止めない。ひたすら動くと。まあそういう形でガンバレば必ず結果はついてくると考えています。そういう形で今日は一日宜しくお願いします」などという発言を良くするので、つくばの支社長だったK泉さんから「おめぇよう。おめぇのいう『そういう形』って、どんな形だっぺ?一遍見せてくんろ」みたいな突っ込みを良くされていた。このK泉さんという人は営業の神様みたいな人で外見はしょぼかったがとにかく凄かった。何が凄いかというと、とにかく売るのだ。どんな厳しい状態であっても、売り上げの必要な日には必ず結果を持ってきた。外見はあんこ型の体型で肌もつるつるして、たとえて言えばキューピーちゃんみたいというか、身長も低くて正しくキューピーみたいであった。あ、営業マンだからスーツはちゃんと着ていたけど、って当たり前だのクラッカーだっちゅうの。そしてK泉さんは決して感情を表に出さない人だった。

 まあ、この人のセールスエピソードはたくさんあって、僕が良く覚えているのは追註時期、えーと、JEPは教材の販売会社だったのだが、学年が変わる時期に次の学年の教材を販売する期間を追註期間と言っていた。だいたい10月から翌年の3月初めまでが、その期間なのだが一般的に10月というとまだ学校は2学期が始まってそれほど経たないのに、もう翌年の教材を売りに行くのだ。これは、(普通の営業マンにとっては)非常に売りにくい。しかしK泉さんは全然そんなこと気にしないのだ。さらに、この10月の時期に売りにくいのはもう一つ理由があって、最初は喜んで使っていた教材も継続していくうちにだんだんやらなくなり、そうすると親の立場としては子供が使いもしないものにお金をかけるのは無駄というか、まあ最初は子供が使う、絶対頑張るなどと言って買ってあげた教材(以前写真をアップしたリ×ーのマイ・ティーチャーや、バッテリーのユ×サが教育機器界に参入して作り上げたヤルキー等の視聴覚教育機器=しかし凄いネーミングセンスですな、子供が「やる気」になるからヤルキーやて、笑)ではあるが、そうなるとかわいさ余って憎さ百倍という心境で、そのうちにまた来年の教材を売りに、JEPのセールスマンが家に来るだろうが絶対に買わないぞという鉄の決意で待ち受けている、その周囲はすべて敵だらけという中に我らがK泉さんは単身ふらりと入っていくのだ。

 「ごめんください、ビーバースクール(マイ・ティーチャーを使っている子供たちを電話で指導していた学習部の愛称)でお世話になってるK泉ですが」「うちはいりません」「うん、わかった」「今年は買いません」「うん、わかった」「いやだから絶対買いませんから」「そうかい、ところで××ちゃんは、来年は6年生だっぺ?違うけ?」「あ、はい6年は6年ですけど」「うん、だったら算数と国語だな」「いや、だから今年は買わない、というかもうやめるんですけど」「そうかい、わかった。止めるんだね、うん、じゃ理科と社会はいんねえな(要らないな)。やっぱり算数と国語だな」「いや、その」。と、このあたりで何故かお客は自分が間違っているのじゃないかと不安になってしまうのか、発言のトーンが変わるのだ。

 「…、じゃ、さ、算数だけ、置いて行ってください」「うん、わかった。いいお母さんだね、お母さんが算数。お父さんが国語」「いえ、だから国語はしないから、本当に要らないんです(もう、このあたりは涙声である)」。ここでK泉さん、目の前の母親を完全に無視して、家の縁側に腰掛けていたおばあさんに向かって、「おーい、ばあちゃん、元気かい?なに、元気、そうかい、そりゃ良かった。ところで今年は何が取れるの?え、あ、そーかい。元気でやんなよ。来年もまた来っからよ」。というような会話(いや、会話ではないな、一方的な通達だ)で絶対売れない(買わない)と思った家庭にしっかり2教科売りつけて帰ってくるのだ。僕もこの真似をしてみたら、訪問先の母親から激怒されて「これ以上人を馬鹿にするとケーサツを呼ぶ」と言われた。どこが違ったのか。とにかくK泉さんは断られても、断られても人の話を聞かなかった。で、学習理論だとか指導要領の話だとか視聴覚機器のメリットなどもほとんど話さず、なんだかんだ押し問答してしっかり売ってくるのだった。

 このK泉さんはずっとトップセールスで、当然下に部下が出来ていき、一つの営業拠点を任されるようになり、そうそう、埼玉の与野市にあった営業所長をしていたんだっけ。そこからまたあちこちの拠点を回り、売り上げを確保し最終的にはつくば本社の支社長にまでなった。そのときはヤルキー部門の支社長だった。その当時はやった替え歌があった。ウルトラマンのメロディで歌われたのだが、歌詞はこういうものだった。

♪胸ーにつけーてるマークはJEP、自慢のトークで配布する~、学園都市からアポ取るために来-たぞ、われらーが配布マーン!!というのが1番で、いわゆるアポ取りの苦労を歌っているのだが、2番はアポ取りからセールスマンにアップグレードした歌でサビの部分が「父親相談怖くは無いぞ~、売ーるぞー、ヤルキー・クローザー」であった。そして3番のサビは「無理やり決めたらキャンセル来たぞ~、それーでもめげなーい、マネージャー」というものだった。むろん、3番の歌詞は売れない営業マンに同行して、数字をあげてくるK泉さんがモデルになっていることは間違いない。この人の同行指導も、これまた凄くて、普通は売れない営業マンにまずは話をさせて、商談が苦しくなってきたら同行者が中に入って話を引き継ぎ、何とか受注にもっていくわけだが、K泉さんはそんな悠長なことはしない。



 「こんばんは、××さんのお宅でしょうか。本日訪問のお約束をしていましたJEP進学振興会の者ですが」と最初にアポをもらったクローザーがお客様の家の玄関で挨拶すると、奥からそこの母親、または両親が出てきて、とりあえずはアポイントを入れてあるので無下に断られることはないけど、まあ多少は警戒しながら応対する。その様子を見ていてK泉さん、ボソっと「ダメだ、○○クン、この家は売れねぇ。いるだけ時間の無駄だっぺ」なんてこと言って、「ああ、どうもお母さん、私らセールスだから買わない人の家にはお邪魔しないから、悪かったね」などと言ってすたすた帰るとか、ここは行けそうだと思うと、同行した営業マンに「○○クン、ここは決めるべ、な」などと、あえてお客に聞こえるように言って、相手が「え、何を決めるんですか」などというと、「いや、ほら、お子さんの将来ですよ。悪いことは言わないから、まあ、黙って話を聞いてみな」などと言って、あとは同行した営業マンには一言もしゃべらせず、母親相手にセールストークを奮って、見事契約を持ち帰るのだ。そして、玄関先で激しく断られた家でも、なんとかかんとか売ってしまい、家を出るときに同行した営業マンに「あの、おっかあ手ごわかったぞな、でも、売れて、すこーし嬉しかった」と言いながらニヒルに笑うのだった。

 そういえば、このK泉さん、JEPが教育産業に飽き足らず、カタログやレストランなどさまざまな事業を始めた時に、通信自由化に伴うNTTの事業を担当することになった。ちょうど、その時僕も追註期間の研修のために、つくば本社に来ていた。久しぶりに出張で来たつくば本社は広くて、各フロアにいろいろな事業部が入っていて、僕は研修の一環で通信事業部の部屋に入ったらK泉さんがにこにこしながら近づいてきて、「おっ、なんだ、drac-obクン、わざわざ九州からご苦労だね、何、電話機の種類見てるの」などと声をかけてきた。「あ、どうもK泉支社長、ご苦労様です。いや、来年から九州でも通信の仕事が始まるので理論研修と工事の同行研修ですわ」などと、そつなく答える鬼の係長時代のワタクシ。そして、K泉さんは僕と一緒にサンプルを置いているコーナーを回って、いろいろ説明してくれた。そして、ある電話機の前で足を止めた。その電話機はビッグ・ボタンという名前で、高齢者や目の不自由な人たちのために押しボタンが3センチ角くらいの大きさで作られていた。その電話機をじっと見ながらK泉さんはこういった。「drac-obクン、ビッグ・ボタンって」、そこで言葉が途切れたので僕は次の言葉を待った。「ビッグ・ボタンって・・・ビッグだねぇ」。ワタクシ、腹の皮がよじれるかと思いましたが、当のK泉さんは至極真面目な顔でしみじみと「うん、ビッグ・ボタンってビッグだね、うん、ビッグだ」。

 えーと、この方のユニークさが少しは伝わったでしょうか。ちょっと書いていてもどかしいというか、このK泉さんのエピソードはもっとたくさんあるのだが、この面白さというのはやはり同じ職場で同じように営業で大変な目にあった人たちでないと共有できないのではないかという気がちょっとしてきました。

 で、なんでまた突然K泉さんのことを思い出したかというと、恒例のJEP-OBキャンプが9.17(土)、楠本川のキャンプ場に決定したという連絡が先日入ったからです。毎年、夏のキャンプは都城の関之尾キャンプ場だったのだが、今回は趣向を変えて鹿児島は伊佐市の楠本川自然公園内のキャンプ場、普段は冬のキャンプに使っているところでやろうということになり、毎回鹿児島メンバーが幹事をしているので、今回は宮崎メンバーのN村君と僕が幹事を担当することになった。それで、N村君のほうで連絡のつかない連中にメールで連絡してくれと依頼を受けて、その日に一斉配信したのだが、返事が来ない。だいたい、普段連絡のなかなかつかない連中(もっとも僕が担当したのはたったの2人だけ)だけに素直に返事は来ないだろうと思い、PCからメールを送り、その後携帯から送り、それでも返事が来ないので直接電話したら一人はすでに出席の連絡をしていた。もう一人がいつまでたっても返事が来ないけど、これは僕たちのグループで自己中でおなじみのO本クン、通称akkunという僕と同年齢で筑波大学出身の男である。彼の話は以前いくつか書いたけど、要するにわがままが服を着て歩いていると思ってもらえれば、ほぼ間違いない。それでも1週間以上たって、彼から不参加のメールが来たので、N村君に連絡して今回のキャンプ参加メンバーがほぼ決まったようだ。なんと今年は僕が入社した時に、すでに主任として活躍していたM木さんも参加するとのことで、大いに楽しみである。

 といういきさつがあって、突如、K泉さんの話を思い出した次第。さて、今後あの幻の連載シリーズ「ワタクシと北関東の出会い」は続くのだろうか。続けるにしても新人研修の話からだな、わはは。

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コメント

K泉さんって知らないんですけど

>「ビッグ・ボタンって・・・ビッグだねぇ」

U字工事の坊主頭の方で再生されましたw

あ、K泉さん、知らないかな?

えーと、あの人はMTからヤルキーに移って、その後通信に行って、あ、そうそうエースもやってたな。確か、最後は代理店のオーナーとしてJEPの社員を何人か連れて活動していたはずだけど。

そうそう、それで↑で書いた「~のカタチ」の人もK泉さんのところでアポ取りをしていたんだけど、なかなか取れなくて、それに文句をいったK泉さんに対して「社長、そんなに言うけどアポ取り難しいんですよ、やってみてください」と逆切れして、K泉さんも社長なんだから、一喝してしまえばいいものを、バカ正直に電話でアポ取りして、「うーん、アポって難しいね」と言ったらしい。

その後、その代理店がどうなったかは知らない。
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