お盆日記 イントロダクション

 その葉書が届いたのは、確かまだ5月の上旬だったと思う。往復はがきで差出人の名前にあまり見覚えがなく、とりあえず中を開いたら高校時代の学年同窓会の案内であった。この手の案内は完全シカトしているワタクシであるが、その時はどういう気の迷いだったか、あるいは案内文の中で3.11に触れたところがあって、「日常への回帰こそが復興につながるのではないか」というフレーズが、前年の口蹄疫の災害からの復興とシンクロして、うん、悪くないなと思い、発作的に、出席に丸をして投かんした。そして、それっきり忘れていた。思い出したのは前日の12日、翌日から4日間ほどお盆の休みに入るその時だった。拙blogをお読みいただいている方は、ご存じでしょうがワタクシ、いわゆる華やかな席というのが苦手で、ひどく人見知りをしてまったくしゃべれなくなるという持病がある。それでも多少なりとも気心の知れた友人諸君がいれば何とかなると思って、毎度毎度ライブの友であるY尾君にメールしたが、折り返しかかってきた返事は「前回参加したから今回はパス。次回、還暦同窓会なら出る」などという。しょうがないので、今度はS藤君にメールしたら、S良君、A部君、N原君など僕の数少ない友人連中が軒並み不参加だと教えてもらった。5秒考えて結論が出た。ゲルニ、である。あ、まだ会場にいるわけではないからゲルニではなく、パスというかサボりというか、いわゆる無断欠席というやつである。

 それで、同窓会に行かないのなら、その浮いたお金でCDを買えばいいじゃないかという素晴らしいアイデアがひらめき、そういえば先週イ×ンのタワレコが12日に新装オープンするという情報もゲットしていたし、さらに自宅から自転車でイ×ンまで行けば、これは立派な反メタボ闘争になるではないか、うん、それがいいそれがいいと思いつき、「今からイ×ンにチャリで行く」と家族の前で宣言した。すると配偶者が「お父さん、何考えちょっと?イ×ンまでどれくらいあるかわかっちょっとね。やめときない、倒れるよ。近くの本屋くらいにしちょきない」などという。そういわれると半月ほど前に、自転車に乗って(by 高田渡)宮崎港まで行ったが、あまりの暑さに死ぬかと思った記憶がよみがえりイ×ンは宮崎港よりはるか先だったことに気がつき、一瞬ためらっていたら、上の子供が一言「男がいったん口に出したことはちゃんとやるっちゃろ」。頭にきましたね、あたしゃ。こう見えても九州男児だ、男は日に三言だ、なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり、だ。この名言はかの上杉鷹山公、我らが郷土の生んだ偉人の言葉ではないか、オレも男だ、吐いたツバは飲まんわい、と絶叫した。

 あ、前後が間違えた。イ×ンに行く前に、実は午前中、なんとなくYOU TUBEを眺めていた時だ。8.8ロックデイのことをぼんやり思い出しながら、そういえば75年の8.8の目玉は紫だったよな、何か新しい音源がアップされていないかなと思って検索したら、結構いろいろアップされていて、その中に「ニュースステーション」が特集で97年の再結成の時の映像が3部に分けてアップされていた。物事は順番というものがあるので、当然第1部から見始めた。音響スタッフの訃報が紫の一晩限りの再結成の引き金になったことや、75年にデビューして、順調にキャリアを形成しつつあり、いよいよアメリカ・ヨーロッパへの進出という78年に突然解散してしまったのだが、その謎についてのメンバーの解説(もっともいまいち良く分からないところがあったが)などをうんうん、なるほど、ふーん、そうだったのかと思いながら第2部を見て、当然第3部を見た。見たらいきなり腰を抜かしそうになった。高校時代の同級生がインタビューされていた。えー、S原、紫好きだったっけ?彼の家で、いろんなロックのレコードを聴かせてもらったり、僕が修学院に下宿するきっかけを作ってくれたのが、ほかならぬS原君であった。と、ここまで書いたら、出かけないといけなくなったので続きは帰ってからアップします。



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コメント

知らなんだ

上杉鷹山って宮崎の人だったんですか。

財政建て直しで言えば、借金踏み倒した調所広郷率いる我が薩摩に死角なし(笑)

あのJFKが唯一尊敬したポンニチの政治家

というか行政改革者だな。まあだいたい、我が国のエライ人はほとんど九州は宮崎出身である、などとまるで某K国みたいな暴言は言わないが、とりあえず下記参照。

http://e-yone.jp/backnumber/yozan/index.htm

>借金踏み倒した調所広郷

俗にいう「谷山犬の食い逃げ」ですか。まあ、薩摩の人は借金は踏み倒す、人妻はテゴメにする、たかが一藩なのに大英帝国に喧嘩売るとか、無謀で粗野な行動が目立ちますな。ま、だいたい我が国の恥多き人物は薩摩出身ですな、とこれは歴史的事実、といいはるところがいかにも某国みたいだな(笑)。

JFKが~とか(笑)

鷹山公もくすぐったいんじゃないでしょうかw

つうか、この人は江戸屋敷で生まれて養子に出されたんですよね?
高鍋に入った事すらないんじゃ…

と、すると、、、アレレ?
あんま宮崎関係ないんじゃないですかwww

名門、秋月藩の藩主の血が

流れているのだよ。で、10歳で米沢藩の藩主の養子になるのだが、これで仮に、宮崎の水と空気を吸っていたら、どこまで成長したかちょっと想像はつかない。

まあ、若いころは地元以外のメシを食うのも人間修行で、僕なども京都とその後の茨城、栃木のメシを食ったことが、こういう完成された人格につながったのではないかと愚考しておるところ。

生まれた時から錦江湾と桜島の灰を被り続けた人間だと、どうしてもお日様をまっすぐ見られなかったり、きびなごがタイに見えたりするんだろうな。その点は同情に値するな(笑)。

らしくもない

名門の血とかナニたわけた事を言ってるんですかw

まぁ、鹿児島の事が羨ましいって事だけは読み取れましたよ♪

大変申し訳ないが

ワタクシの人生の中で、かごんまを裏山シカト、違った羨ましかと思ったことは一度もないのだ。だって「へ」が降る街だぜ。しかも、薩摩の男はみんな元服の証に錦江湾縦断で桜島まで遠泳させられ、体力のない奴は次々おぼれてきびなごの餌食になるというではないか。さらに谷山は某ラサール高校と地元の某南高校との仁義なき戦いがあって、大学進学できない連中は、みんな川辺で仏壇作りをするか、加世田は「へ」が降らんちよ~などと言いながら新興住宅の販売をやらされるらしいではないか。

などと、かごんまの話はとめどがない。しかし、どんな話を書いても理解に苦しむ街だよな(笑)。

こらこらw

一部だけ事実を入れての創作話はやめてwww

大体、ラ・サールと南じゃ戦闘力が違いすぎて戦いにならないでしょうがw

理解に苦しむのはってのは、子供も往来するようなトコに風俗店があるような県の事を言うんです(笑)

いやー、すまんすまん

上のコメントが何故かスパムと判定されて、ずっとそのままになっていたようでした。何が悪かったのかと、読み直したけど特別問題になる単語はないみたいだが…。おそらくは、FC2も、薩摩の人間のコメントは規制をしないといけないという、いわば自主判断なんだろうな、多分。
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