THIS ISガリの話

 昨日の省エネエントリーにズトさんから米をもらった。ちょっと驚いたのは僕と、それほど年齢は違わないはずのズトさんだが、ガリをご存じないという。いや、あの握り鮨の横に鎮座しているちょっと甘くて酸味があり、口に入れてかじるとお口すっきりになるアレではない。あれもガリだが、ここでいうガリはガリ版刷りのことだ。ガリの原稿というか、印刷物など腐るほどあるはずだと思って、部屋をがさごそやったら84年に後輩のK君の結婚式で京都に行ったときに入手した、当時のD大の学友会のチラシがあった。あ、チラシというと失礼かな。一応は「救援会機関紙」とうたってあるから、わら半紙のぺらぺらの冊子でも立派な機関紙かもしれない。このころ僕は当然、働くお兄さんというか、先天性労働者というか、ま、その当時はJEPから出向して、下館の代理店にいたのだが、僕が大学にいたころから、当局と学生間でなんだかんだあった移転問題にからんで当時の学友会のメンバーがタイホされて、裁判になっていろいろ大変だったようで、その支援のカンパを要請するため、またはそのカンパの使用先の明細を出す意味で、この手の機関紙を発行していたようだ。とりあえず、こいつを取り込んでアップすればいいかと思ったが、よく考えてみると、これ正確には鉄筆で書いたガリではないことに気付いた。これは多分、ボールペンで書いて、輪転機で印刷したか、もしかしたらオフセット印刷かもしれない。あ、真ん中の写真のところなんか、ガリじゃ無理だからオフセットだな。

機関紙表紙

 ガリ版、すなわち謄写版というのは「ロウ紙と呼ばれる特殊な原紙(薄葉紙にパラフィン、樹脂、ワセリン等の混合物を塗り、乾かしたもの)を専用のやすり(鑢盤)の上に載せ、ヘラや先の尖った棒のような形状の鉄を木の軸に固定した器具「鉄筆」を強く押し付けて、絵や文字の形に原紙を傷つけて版を作って行く 。この部分は紙の塗料がヤスリ目の形にけずれ落ちて細かい孔がたくさん開き、「透かし」となる。この作業を「原紙を切る」「ガリを切る」などという。面印刷の部分は写真製版の密度の高い網点のような状態になっている。濃淡を作りたい場合はヤスリの山が荒い網点のような配列になったものを使用し、筆圧を変えるなどして孔の大きさで表現する。間違った場所は修正液という薄いニスのようなものを塗って孔を埋め、レタッチを行なう。(Wikiより引用)」。

裏表紙


 僕が、小学校の頃は鉄筆とやすりで盤の上に「かりかり」という音がして、なかなか風情のあったガリ版も、その後進化していき、確か中学3年の時だったか、何かの用事があって学校職員の部屋に行ったら、そこでガリの原稿を書いていたのだが、なんと鉄筆ではなくボールペンで直にロウ紙に文字を書いているのを見て、思わず声を上げたら、さらに驚かされたことに、印刷も1回1回手でローラーを回さなくても、輪転機みたいな機械のハンドルをぐるぐる回すとバンバン印刷されるのを見て、ガリ版も進化したなとつくづく感心したことがありました。昨日のエントリーに出てきた文連の印刷機というのが、このハンドル回して一度にたくさんの印刷ができるタイプだったのだが、これは使うのは順番待ちというか、最優先は文連本部、その次はDプロ、広研、観研、と来て我らがDRACはそのあとくらいだったので思うように使わせてもらえなかった。そういう場合は自分たちのボックスにおいてある旧式の印刷機を使って1枚1枚刷り上げるしかなかったのだ。ガリ版でググったらYOU TUBEに動画があった。下に貼っておくが、その動画の1分8秒あたりにガリ刷り名人の技が見られる。もっとも自慢ではないが75年当時の僕も、あれくらい、いや、ちょい遅かったかな、まあでもあれに近い速さでガリを刷っていたのだ、ワハハ。そうそう、このガリ刷りの動画の最後に「今、ガリがナウい」みたいな話が出るから、よく見てちょんまげ。古きを訪ねて新しきをしることをウンコ、違った温故知新というのだ。今日の話は短いけど、教訓が入ってるな~。




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コメント

画像のビラは

たぶんオフセットではなくファックス原紙でしょう。
専用の機械の回転ドラムに版下と原紙をセットし、版下に光を当てて白黒判別し原紙に穴を空けて刷版にします。印刷はガリ版と同様の輪転機で行います。
手書き版下がそのまま再現され、写真や図版なども手軽に使えるため70年代から普及しました。
 ロウ原紙    ヤスリ・鉄筆必須。要技術
  ↓
 ボールペン原紙 手軽だが細い線が出せない
  ↓
 ファックス原紙 高コスト
てな感じの進化ですかね。
上記、今はすべて生産も中止されて入手困難なはずです。

歳を取って

TVで 懐かしの昭和家電などを取り上げてる番組があると 
ついつい観てしまいます。

1)ガリ版
  私は 金釘文字でしたから 皆見にくかったと思います。
  昭和50年代まで、インドネシアでは ガリ版使われてましたね。
  鉄筆は 英語でSTYLUS PEN、用紙はSTENCIL PAPERと呼びます。
  鉄筆を作っていた 当時でも高齢の方を思い出しました。どうされてるかなあ。

2)カーボン紙
  これも使われなくなりましたね。私は、昭和の時代、英文タイプを打つ時、
  数枚の紙の間にはさんで 使ってましたよ。
  尚、E-MAILの宛先とかで使われる CCの語源は このCARBON COPYなのです。
 
3)和文タイプ
  職場にありました。ワープロ(これももはや過去の遺物ですが)普及まで、
  職場で活躍してました。打ちたい文字のところまで レバーを動かして 
  上から叩くと言う とんでもなく手間でした。
  余談ながら 某迷宮入り事件(FOX目の男)で 脅迫文に使われたのと同じだったようで、
  当時 警察が来ましたよ。そう言えば、犯人を取り逃がした現場は、
  拙宅から数キロの所です。

あと ハエ取り紙だの蚊帳だの言い出したらキリがないですね。
平成になって 隣の家の子供が 拙宅に遊びに来た時、LPレコードを見て、
「これ何?」と言われた時、昭和が遠くなったと感じました。
昭和を懐かしむとは、私も歳を取ったと思います。

心はいつもアジビラ

ガリ版自体はぼくも小学校のときその作業を目の当たりにしたことありますわ。そういえば小学校の文集みたいなもの、それは保存してますw
いや自分でもやってみたかったなと。手がきのミニコミはけっこうつくったものですが、はい。グラフィックデザイナーの府川充男さんが写植や謄写印刷について研究してますが興味はありますね。カーボンは昔職場でつかってましたねー。ノーカーボン帳票は某FF社の仕事にかかわってて連続帳票の需要調べてマス。。

てか、やっぱ北大路欣也最高!!

学級新聞作りで初めて使った時、手が汚れるので嫌でした。
内容は「ダジャレニュース」とかそんなのばっかり…。今でも覚えているのはたぶん「くだらねー」と思ったからでしょうか(笑)。連載マンガはカワテ君による「しぼう」というダークなギャグマンガでした。みんなでケーキの箱開けたらドカンと爆弾、皆しぼう、テレビ見てたらテレビが燃えてしぼう、走ってたら空気が悪すぎてしぼう。ボクシングに熱中してしぼう。自分でもよく覚えていると思いますが、そんな内容。殺伐とした時代でした。

ガリ版は高校時代愛用しました。SF研究会=S研(後に東京ロッカーズのS-Kenに出会ったのもなにかの縁?)の同人誌をせっせとつくったものです。まだ実家にあると思うなぁ。懸命に新聞ぽく真似た怪しいレタリングは僕の担当。ガリ版セットともいうべきものが生徒会室にあってそれなりに熱い時代でしたから、借り行くにも少し勇気が必要だった気がします。

そうか、オフセットで印刷するほど部数は

無かったはずだし、「ファックス原紙」ってのも何となく覚えています。僕自身は使ったことはないけど、ガリに比べてずい分書きやすい感じで、便利そうだなというような感想ですかね。

もっとも便利にはなっていったのですが、ビラ原稿に込める情念みたいなのはどんどん薄くなっていったという感じがします。鉄筆でロウ紙に向かってカリカリやっていると、独自の世界に入っていくんですね。また、それを印刷するときも、あまり力任せにすると紙が敗れて、一面インクだらけになるから、その辺の要領というか感覚がね、一朝一夕にできるもんじゃなかったですな、わはは。全くもって年寄りの昔話じゃ。

K平さんの文字は一発で分かりました(笑)

DRACのボックスの机の上にコクヨのノートがいつも転がっていて、そこに暇な部員が(もっともオールモストの部員が暇を持て余していたのが現実ですが)、適当なことを書いたり、誰だか分かりませんが『I上探偵事務所』などという出鱈目・ほら話を書いたりしている、あのノートに書かれた文字はそれぞれ個性的でした。K平さんの文字は、割と角ばっていて、細いイメージがありましたね。そうそう、あのノートで大笑いしたのは中国で小平が復活した記事を張り付けてあって、その見出しが「K平氏復活」ですから、大うけでした。

あと、T原さんも良く書き込んでいましたが、あ、PCじゃないので、正しく、文字通りノートに書き込んでいましたが、まあ、字が下手。悪筆で舌ね。S戸君もうまいほうじゃなかったけど、読みやすかったです。意外に女っぽい優しい文字だったのがF田敏雄君。こいつは文字のイメージでも嘘八百書くんかと思いました。字が上手かったのはS賀さんと、二枚目のE副くらいだったか。あ、会計していたY本さんもO西さんも上手だったな。などとDRACの在籍者ばかりで、他の人には分からない話でした。

和文タイプは僕も、ちょこっとだけ使いました。右手でハンドルを回して、目的の文字を見つけたら、ドンと叩いて印字するというのが面白くて熱中しました。後年、おもちゃのワープロもどきが確かカシオあたりから発売されて、それを当時の営業所長が買って、何かあるたびに文字を打ち込んでいる姿を見ていました。当時、ワタクシ、ワープロやコンピュータというのはプロレタリア人民の敵だと思っておりましたので、触ったりしませんでした、というのはウソですが、まあ進んで触ることはなかったですね。

でしょ、でしょ、世代的にガリを知らないはずがない

と、思わず安心してしまいました(笑)。小学校の文集だとか、修学旅行の歌本なんかに活用したことがあるんじゃないかとにらんでいましたが…。ガリを刷るときは、謄写版にインクを入れるというか、原紙の上にぶちまけてローラーで刷るわけですが、インクの入っている缶のふたをヘラの角でこじ開けて、そのヘラでインクを掬って伸ばすのが好きでした。何か意味があるんだろうか。フロイト先生あたりに調べてもらう必要があるかもしれんな。

で、このタイトル、かっちょ良かったす。
>心はいつもアジビラ

そりゃシュールなマンガですね

>カワテ君による「しぼう」
ぜひ、一度拝見したいですね、ストーリー展開がナンセンスで、ちょっと谷岡ヤスジみたいで、面白い。芸の世界で言う「天丼」ってやつですか。すべての落ちが同じっていうのは、見るほうもだけど描くほうも勇気がいると思います。

しかし、またどうしてそういうブラックな落ちばかりだったのか。管理教育の弊害がここでも見られる、って最後はちょっと流行遅れでした。

SF研究会を略してS研ってのは

なんだか随分乱暴な省略みたいな(笑)。しかし、S研からS-Kenへってのは、さすがはGoteauxssonさん、お上手です。

当時の生徒会室にどんな人たちがいたのか、興味をそそられるところです。ばいやーな洒落にならない人たちがたむろしていたのでしょうか?

>当時の生徒会室にどんな人たちがいたのか、興味をそそられるところです。ばいやーな洒落にならない人たちがたむろしていたのでしょうか?
⇒長髪でガクランの前を2-3個開けたような人たちでした(笑)。その程度のことなんですが、僕らは長髪ではなく、ガクランもちゃんと閉めてましたから。そういえば、S研部室のとなりが社会科学研究会(社研)という熱い人たちだったのですが、S研の誰かが自作オーディオアンプを部室に持ち込んでスイッチを入れたら部室の建物すべての電気が落ちたと言う出来事もあり、危険なのはむしろ僕たちだったのかも知れないですね(笑)。「またおまえらか!」ってどなりこまれたり。

>長髪でガクランの前を2-3個開けたような人たち

え、Goteauxssonさんはそっち系ではなかったんですか?こりゃ、どうもお見それしました。いや、てっきり「愛と誠」の「誠」みたいな恰好をして、学園を闊歩しているイメージがあって…。人間、予断を持って他人を見てはならないという教訓でした。

しかし、ブレーカーを落としてしまう真面目学生ってのが、危なそうですね。こっそり、バクダンのリモコンでも作ってそうで(笑)。

カワテ君

普通の明るい少年で話し方と声が「オバQ」に似ているということであだ名がオバQでした。
今振り返ってみるとなんで彼がこういうマンガ書いていたのかとフシギです。彼が少年犯罪を犯していたら「A少年の心の闇」として取り上げられていたでしょう。
学校は管理教育全盛時代の東海地方にしてはのどかでノンビリした学校でした(地域性でしょうか。愛知県西部、特に名古屋の工業地域だと未だに高校進学率が他所より著しく低い「荒れた地域」があるという話ですが)

いやー、そういうニックネームのセンスというか

いわゆる「あだ名」を上手く付けられるキャラクターの人物って、必ずいましたよね。もうあだ名が定着してしまって、本名が分からなくなる人(笑)。

この前、ウン十年ぶりに高校の同窓会にいたら、「オバQ」に出てくる「ラーメン好きの小池さん」というあだ名の同窓生と久しぶりに会いました。昔は小池さん風のチリチリ頭と眼鏡の痩せた男でしたが、今ではしっかり貫禄が付いていて二次会で目の前で話をしていたのに、気がつきませんでした。で、その「小池さん」の高校時代のお話。

彼はサッカー部だった。結構面倒見がいいので、後輩たちには好かれていたようだ。あるとき、後輩連中が立ち話をしていた。よく聞いてみると「小池先輩は~」とか「小池先輩が~」という言葉が飛び交うので、気になったS尾君が「お前たちは、もしかしてあの人の名前を知らんとか?」と尋ねたところ、全員屈託のない顔で、「え、小池先輩ですよね、当然、『小池』でしょう?」と答えたそうです。

それを聞いたS尾君「お前たちはバカか。あん人の苗字はI切さんじゃ!!」と説教かましたそうです。それ以来、後輩諸君は何となく「小池さん」と距離を取るようになり、何か用があるときも小さい声で「I切先輩」というようになったそうです。

うーん。こういう話はやはり、声に出した会話として聞かないと面白さが伝わらないな、反省。
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