今更日記

某月某日 連日、暑い日が続き油断しているうちに1週間が終わる。それどころか7月も今日までという慌ただしさである。1年の半分以上が過ぎたのだが、何も変わらない毎日が続いている。今日は、日曜日だったので思い切り朝寝坊しようと思っていたが、6時過ぎに目が覚めてしまった。二度寝しようと思って、頭を枕につけたら、寝る前にコチンコチンだった保冷剤が、こんにゃくみたいにぐにゃぐにゃになっていたので、冷蔵庫まで行って別の保冷剤を取出し、それをタオルで巻いて枕にした。次に目が覚めたのは11時前で、部屋中が熱気に包まれていた。ぼんやりした頭で起きだして、アイスコーヒーを飲みおなかがすいたので蕎麦を湯がいて食べた。何もする気が起きず、PCを立ち上げたもののただあっちいきこっち行きで、無目的にサイトをうろつく。こんなことしていてもどうしようもないよな、などと思いつつ今月半ばに行った。UMKのジャズナイトの放送があるので、録画した。そうこうするうちに、また眠くなりフローリングの床の冷たさを感じながら眠った。枕をしていなかったので、途中頭が痛くなり目が覚めた。押入れから枕を取出し、また寝た。今度は暑さが気になって寝つけず、起きて前日作っておいたカレーをスパゲッティと一緒に炒めて食べた。なんということもない日曜日がもうすぐ終わる。

某月某日 今日は仕事帰りに何気に立ち寄ったフルモトで江口寿史の『キャラ者』と諸星大二郎の『バイオの黙示録』を入手。以前、夜遅くテレビをつけたら突然「プックンです」という声が聞こえて、え、あれと思って見たら、間違いなくあのプックンが画面いっぱいに出ていて驚いたことがあった、確か教育チャンネルだったと思う。諸星大二郎のマンガは、例によっていわゆるSFではあるが想像力を刺激する話ばかり。ちょっと驚いたのは2000年から2008年まで足かけ9年かけて描いた作品を並べているのだが、見事に話がつながっている。途中で出てくる幕間劇が、狂言回しとして、あるいは次の話の導入部として効果的に使われている。この人の作品にはロマンを感じさせるものが多いのだが、今回は特に「案山子」のハードボイルドさに思わず涙してしまった。話を膨らませていけば長編SFか映画にでもなりそうな物語である。そうか、物語が不足しているんだ、今の僕にはとつくづく思う。

某月某日 SFつながりだが小松左京氏が亡くなった。日本SFの父と言える人だ。日本SFの母は星新一だろう。で、日本SFの放蕩息子(口笛吹ながらスポーツカーに乗ってやってきた、という形容詞をつけるべきだろうか)である筒井康隆氏、落ち込んでしまうのではないか。小松左京の作品は高校時代にむさぼるように読んだ。しかしながら、ほとんどの話を忘れている。『日本沈没』もコミックの単行本で最近読み直して、ああ、こういう話だったなと思い出したくらい。オートマチック・リベンジ・システムという、敵国に核をぶち込まれたら自動的に反撃する装置があって、結局、人類はみんな滅びてしまった地球の上を核ミサイルが何度も飛び交うというシチュエーションは『復活の日』だったか。当時のSFが絵空事にならない世界になりつつあることを、恐れながらも氏の「この危機は必ず乗り越えられる」的な楽観主義に身を任せてみたくなる。しかし、共同通信の金子文化部長の書いた評伝で「…代表作の『日本沈没』は、SF的手法にのっとりながら、成長の果実に浮かれたままで推移する日本社会への深い憂慮と警鐘が、込められていたと言えるだろう…」という表現には不快感を感じた。だーかーらー、SFというのは本来現代文明に対する「深い憂慮と警鐘」が込められているものなんだよ。単に科学的用語をまぶした荒唐無稽の話じゃないことくらいわからないのだろうか。このあたり。士農工商犬エスエフの時代から何も変わっていないんだな。

某月某日 訃報記事つながりで、中村とうよう氏が亡くなった。自殺らしい。僕はニュー・ミュージック・マガジン一派が大嫌いで、今でこそ本屋でたまに購入したりすることもあるが、若いころは蛇蝎のごとく嫌っていた。何がって、あの権威主義ですよ。お前ら、無知蒙昧の輩に、しょうがないから啓蒙してやるから、黙ってこれを聴いてありがたがれという姿勢ですよ。だいたいNMM持ってるやつってのはろくなのがいなかった。定期購読しているやつは大嫌いだった。どうしてかって?たとえばこちらが、あるミュージシャンが好きだとかいいというと、「ああ、彼××から影響受けててね、知ってるでしょう。××、あ、知らない、それじゃ彼の音楽分かったとは言えないね」みたいなスノビズムの塊みたいなやつばっかりだったの。中村とうよう氏の訃報記事が発表されてから、あちこちでとうようさんは偉大だったとか、影響受けたとか、その手のblogや日記をたくさん目にしたけど、ふーん、そんなもんですかとシカトしておりました。

 自殺と言えば、NMM一派の今野雄二も自殺だったけど関連性はないだろうな。小倉エージとか北中正和あたりは自殺なんかしそうにないし。そうそう、僕はなぜか小倉エージが雁屋哲と同一人物だと思い込んでいたことがあり、エントリーにもそういう話を書いたけど、当然別人28号だったけど、そのあたりは誤爆しても苦しゅうない。もう一つ、中村とうよう氏について書くと、名前が「とうよう」だけに右の人だと思われるかもしれないが、プチブルラジカルというか、中道現実やや左というか、ノンセクト市民連合みたいな人で、もしかしたらフェビアン協会の人じゃなかったのか、っていまどき使われない単語ばかり出たけど、まあ、そういうところもあわなかったですね。こんなこと書くと、心ある音楽ファンからは非難ごうごうかもしれないが、嫌いな人は嫌いだし、嫌なものは嫌だ。人のことなんか構ってられるか、オレはオレで大変なんだ。

某月某日 夏野菜が無性に食べたくなり、近所のスーパーで買い物しようとしたがどうも新鮮なものがなかったので、地元の農家の人たちが共同で出している市場まで買い物に行った。安いし、新鮮である。肉厚のピーマンが7,8個入って100円、ズッキーニじゃないのかと言いたくなるくらい成長したキュウリが4,5本入って100円、青首大根がそのままどんと置かれていて1本120円、ちょっと茶色くなったり虫が食べていたりするけど取り立ての枝豆が1パック150円、そのほかにも手作りのモロミ味噌や、青島で作ったテンプラ(魚のすり身を油で揚げたもの)や厚揚げ豆腐など、美味しそうなものばかり。手当たり次第に買って全部で1380円。レシートもらって思わず笑みが出たのは、キュウリいくら、ピーマンいくらではなく個人名が書いてあって、その後ろに金額が書いてある。つまり、この野菜などを作った人の名前がそのまま反映されている。自転車の荷台に買ったばかりの野菜を積み込んで、家に帰ってまずはそのまま短冊に切り、塩昆布とまぶして食べたら美味しかった。そのほかの野菜もたくさん買ったので、もったいないからカレーを作ったが、こちらはいまいち家族には不評であった。それはそうだ、つい2~3日前にも晩御飯にカレーが出たばかりだったからな。

某月某日 もういいか、こんな話書いていてもしょうがない。

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コメント

伊良部の自殺は知ってるが、中村とうようの自殺は知りませんでした。

>スノビズム

とにかく難しい本を読むことが教養だった時代、音楽もポップスなんてのではなく…という思想が残っていたと思いますが、今はもう…。

伊良部も一時は向こうの新聞に

"IRABOOOOOOOOOO"なんて書かれて、ボロカスに叩かれたこともあったけど、さすがにここ最近の記事では、「繊細だった」とか「傷つきやすかった」とか、そういう話ばかり。ま、いいんですけど。

意味も分からない本を、それでも何とか理解しようと繰り返し読んだり、カッコつけて手に持ってうろついたなどという若気の至りの失敗談は掃いて捨てるほどあります。サークルに入ったばかりの頃、美人で有名だったU村さんという先輩が、ちょっと変わり者で有名だったN田先輩に「それ、何読んでるの?」と尋ね、「ドグラ・マグラ」という返事に対して「ふーん。暗いの読んでるね」という会話がありました。かっこええな、この会話と思いながらも『ドグラ・マグラ』って読んだことなかったんですが、いかにも読んだようなふりして会話に参加し、頓珍漢なことを言ったような気がします。

も一つ、その手の話ですが、コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』をいきがって読んでいた時期があり、オレもアウトサイダーだみたいなことを芝居をやっていた先輩に言ったら、簡単に論破されてしまい、大恥かいたこともあります。

さらに、と、この手の恥話はネバー・エンディング・ストーリーです。
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