最悪の日

 予兆は全くなかった。週の始まりの月曜日、目覚ましの音で目を覚ましコーヒーを飲んで、もうすぐ車検の切れる車に乗って職場に向かった。朝のミーティングも終了し、同僚らと他愛のない雑談を交わしながら仕事の準備をした。ちょっと異変を感じたのは、最初のお客さんと話をしていたときだ。なんだかやたら汗をかく。その日の僕の服装はスーパー・クール・ビズということでアロハにチノパンという軽装だから、暑いはずはないのだが。とにかくやたらに汗をかくので、ハンカチでぬぐい、喉が渇くので給湯室に水を飲みに行こうと立ち上がったら、度の合わない眼鏡をかけたように床がぐにゃりと曲がった。軽いめまいがしたんだろう、いわゆる立ちくらみか、とたいして気にせず水を飲んで、席に戻り次のお客さんと話をしていたときだ。

 どうにも力が入らない。普段はしょうもないオヤジギャグ等をかましている僕なのだが、そのときはとにかく早く話を終わらせたくてしょうがなかった。なんとか仕事を済ませて、一息入れたが、目が回る感じがやや強くなった。今度はトイレに行って気分転換しようと立ち上がったが、先ほどよりひどいめまいがする。真っすぐ歩けない、という歌が確か憂歌団にあったが、まさしくその通りで真っすぐ歩けず、ふらふらしながらトイレに行った。その頃には、僕の体調に異変に隣に席の人が気がついて、大丈夫ですかと声をかけてくれた。ちょっと軽いめまいがする、と答えて、次のお客さんと話していたが、ついに声がほとんど出なくなった。汗は顔じゅうから噴き出て来るし、手足は冷たくしびれた感じが止まらない。なんとか、お客さんの用事を終わらせて顔をハンカチで拭いたが、左右の席の同僚から、顔色が悪いとか真っ青だとかいわれ、休憩室で横になったらどうかと言われた。

 その時点でのめまいはすさまじく、その昔のヒット曲に「メタル・グルー」というのがあって、最初に聞いたときは「メルグルー」としか聞こえず、そのことをクラスの友人に話したら、相手は「いや、俺には『目が回る』と聞こえる」なんて会話をしたことを思い出す余裕などとてもなく、上司に体調が悪いので少し休ませて下さいと言って2階の休憩室に行った。窓が閉め切って暑かったので、1か所大きく窓を開け、その下で横になったら急激にまためまいがして気分が悪くなってきた。そのうち、その気持ちの悪さがどんどんひどくなっていき吐き気がし始めた。猛烈な嘔吐感である。オレはサルトル的実存主義者ではない、などと考える余裕もなく、ふらふらする体を気合いで起こして通路の端のトイレに行った。大の部屋に入り鍵を閉めて、便器に向かって思い切り吐いた。吐いたつもりだったが、さきほど飲んだ水しか出ない。嘔吐感はまだまだ強烈にあり、オエッ、オエッとまるでひきつけを起こすような感じで、胃の中のものを逆流させようとするが、不快感が増すばかりで何も出ない。オエッ、オエッとやっていたら、扉越しに誰かトイレに入ってきたのが分かった。自分の調子の悪いところを見られたくないので、♪Oye como va mi ritmo Bueno pa gosar mulata~と、サンタナの歌を歌って誤魔化す余裕など全くなく、せいぜいが声を小さくオエ、オエいったくらいだ。

 それからどうやって休憩室に戻ったかは記憶が無い。人の気配を感じて、目を開いたらすでに昼休みになっていて、食事をしている人たちがいた。起きようとして、体を動かしたらまたもや強烈なめまいがする。僕の同僚もいて、無理せずにもう少し寝ているよう言ってくれたので、好意に甘えてそのまままた寝た。次に目が覚めたら、もう1時過ぎで遅い昼ご飯を食べている人が2.3人いた。「お、ようやく目が覚めましたか」、とそのうちの一人が話しかけてきたが、「昼寝じゃなくて、体調悪くて寝てたんです」「二日酔い(笑)?」「いや、昨日は飲んで無いし、めまいがひどいんですワ」「めまいはほっとくと危ないよ、メニエールとかだったら大変だから、病院にいったほうがいい」「ありがとうございます。もう少しめまいが収まったら、いきつけの病院に」ここまで喋ったら、またもや吐き気とめまいに襲われ、そのまま休んでしまった。

 次に目が開いたときは、もう誰もいなかった。とにかく起きて、病院に行かないと大変なことになりそうな気がした。相変わらず、めまいはひどく、手足は冷たくしびれている。そういえば、昔読んだ本に「血は冷たく流れる」という短編集があったな、などと考える余裕は当然なかった。一度上半身を起こしたが、そのとたん周囲がものすごいスピードで回り始めて起きられない。横になったが、今度は嘔吐感がまたもや襲ってきて気分が悪い。このままだと部屋の中で吐いてしまいそうだった。いくらなんでも、人さまがお昼ご飯を食べる場所で嘔吐してしまうとひんしゅくだと思い、むりやり体を起してみたらめまいはするが何とか立ち上がることが出来た。この機会を逃すと絶対無理だと思い、這うような感じでトイレに入り、胃の中のものをもどそうとしたが、今回は水も飲んでいないので何も出ない。気がつくと目の端にうっすら涙が浮かんでいた。体をもう一度起こすと、なんとか立ち上がれたので通路や階段の手すりを頼りに事務所に降りて、上司に病院に行くために外出したいと伝えたら、「早く行きない、人間の顔の色しとらんよ」と急かされた。車に乗って、かかりつけの病院に行こうと考えたが、この状態で運転などして事故でも起こしたら最悪だ。背に腹は代えられないので、専門医ではないが歩いて1分の位置にある病院に入った。

 自動ドアが開いて、待合室に入ると人が少ない。受付に保険証を出したら「ここは診察は午前中だけです。午後の診察はしていません」などと言われた。こちらは今にも死にそうな思いで来てるのに、なんという言い草だ。お前は人の命を何と思っているのだ。南方先生の爪の垢でも煎じて飲め、と激怒したかったが、怒るだけの体力は残って無かった。「今まで休んでいたけど、めまいと吐き気が止まらず苦しい、診てください」というと体から力が抜けてしまい、受付のカウンターに崩れてしまった。さあ、それから受付の事務員やナースの態度がすっかり変り、「大丈夫ですか」「ダイジョウブジャネーカラココニキテルンダ(心の声)」「問診表ですが書けますか」「オラァ『モンモウ』ジャネーカラモジハカケル。タダ、アタマガマワラナクテモジニナラナイ(同)」。てなやりとりがあって、5分後診察室に呼ばれた。

 不機嫌そうな医者が、こちらの症状を尋ねる。朝一番はどうもなかったけど、9時くらいからめまいがしていたこと。吐き気がひどくて2回トイレに行ったが、水以外何も出なかったこと、3時間くらい寝たけど全く症状は変わらず、さらにひどくなっている事などを死ぬ思いで伝えた。血圧も図らず、脈も取らず、こちらの顔を見た医者は、あっさりと「メニエール症候群です。耳の中の…石が…三半規管に…すぐには治らないけど1週間くらいで…注射し…薬を…」みたいなことを言われて、そのまま点滴を打たれた。1時間半くらいかかるのでトイレは大丈夫かとナースに聞かれたことは覚えている。それからしばらくは寝てしまって、何も覚えていない。気がついたら16時過ぎで、まだ少しふらふらした。僕が起きたことに気がついたナースから、まだめまいがあるならもっと寝ておくよう言われたので、そのまま30分くらい寝た。

 ようやく体も少し楽になったので、ベッドから降りて、支払いを済ませて薬局に行った。吐き気止めとめまいを止める薬が出ていて、嘔吐感がまだあったので吐き気止めは直ぐ飲んだ。事務所に戻り、報告をして帰りは自分の車では危険がアブナイ感じがしたので、同僚に送ってもらった。

 夜、配偶者が仕事から帰ってくるなり「寝てたらダメ。私もこの間病院でメニエールと言われたけど、安静にするのが一番いかんとよ。無理してでも起きて、首をぐるぐる回すと治るよ」などという。無茶だ。気分が悪くて寝てるのに、起きたら余計気分が悪く目が回ってくる。その旨を簡潔に申し述べたら、敵の機嫌が悪くなり「せっかく、心配してアドバイスしているのに」などとふてくされる。しょうがないので無理やり起きて、今、日記を書いているのだが、どんなにネットで検索してもめまいがあるときは安静が一番と書いてある。一体、配偶者の狙いはなんだろうか。どうして、ああいう無茶苦茶をいうのだろうか。それとも、めまいの時は無理して起きていて、時々首を回すと早く治るのだろうか。もう、僕の頭の中はぐちゃぐちゃである。ザクロになってめちゃくちゃである。

 しかし、このしんどさが1週間続くのはつらい。何とかしてくれ、神様、仏様。



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コメント

大丈夫ですか?

あまり無理をされませんように。

うわ、大変でしたね。
メニエル病はうちの母もやりましたが、ホント立ってられない状態になりますね。
その時は休日だったので、タクシー呼んで救急診療センターに連れて行きました。

数日はきついでしょうけど、無理せずあまりストレスをためないようにしてください。
お大事に。

セカンドオピニオン

大変でしたね。
さぞかし辛いことでしょう。

ひとつ心配なことは、メニエールという診断、正しいのでしょうか。

近所の医院に言ったということですが、めまいの原因は、他にもたくさん合って、中には重要な原因もありますから、念の為に、大きな病院で精密検査をしてもらったほうがいいと思います。

少なくとも、耳鼻科と脳神経外科の両方がある病院に行くべきです。

しゃべりにくくなったとありますから、脳神経系トラブルの可能性もあるようです。

無理せずに至急大きな総合病院に行ってください。

まぁ、こんな文章打てるぐらいだからw

まぁ、こんな長いエントリーを延々ブログに書けるのだから、大丈夫とは思うけど、あまり無理しないように。

ほんまにセカンド・オピニオンとった方がいいですよ。いや、しゃれじゃないです。脳梗塞の初期症状とかだったら、こまりますやんw

え~、大丈夫ですか!(汗)

皆さんの言うとおり、念のため大きな病院でちゃんと検査してもらったほうがいいですよ!
これは校長と所長の命令です!

皆さま方、ご心配おかけいたしました

あれから2日経ちましたが、とりあえず初日のような強烈なめまいや吐き気(こちらは全く無くなりました)は収まりましたが、耳鳴りがずっとしております。遠くで汽笛を聞きながら、という歌がありましたが、あれも実は耳鳴りというか空耳ではないかと疑いの念が消えません。というところで、個別のお返事失礼します。

>zappy君

ご心配おかけしました。いやー、無理なんて全然してないんだよね。無理を通そうとすることはあっても、自分自身で無理を引き受けることはしない、ってか気がつかないだけかな。まあ、昔の仕事の鬼時代と違って、今は角の取れた穏やかなお仕事おじさんだから、そんな無理してないんだけどな。あ。角が取れたふりしてるのが無理なのかもしれん。

>燐さん

メールも頂き恐縮でした。そうですか、ご母堂もメニエールでしたか。いや、あのめまいの強烈さはちょっと経験した人でないと分かってもらえないかもしれません。吐き気は乗り物酔いだとか二日酔いの強烈なときと変わらなかったけど、めまいはきつかったです。で、ストレスも貯めてないと思うんですが。身内に不幸があって、通夜・葬式と連続だったのが、ちょっとヘビーだったかも。

>sawyer先輩

すいません、余計なご心配おかけしまして…。セカンドオピニオンのアドバイスありがとうございます。この週末に月1通っている総合病院に行ってみようかと思っています。メニエールという診断が正しいかどうかの検証というか、他の可能性も否定できないだけに、とりあえず処方された薬で今のところ落ち着いています。ただ、今日も少し話すときに、とっさに言葉が出なかったり、頭で考えた言葉が出なかったりしたので、やや不安ありますね。

>barrett hutterさん

どうも、ご無沙汰してます。この間、燐さんのところで援護射撃のコメント見ました。僕は燐さんにあの手の連中はシカトが一番堪える筈とメールしましたが、なんだか一方的に言いたい放題を認めてるみたいで、有効的な反撃ができなかったのですが、流石はbarrett hutterさん、ナイスなコメントでした。燐さんも凄く喜んで、心強かったと言ってました。セカンドオピニオン、ちゃんと聞いてきます。

>スージーQ

あああ、初潮、違った、所長自らと思ったら、校長まで、へえへえ、私が悪うございました。可及的速やかに週末を使って、大きな病院に行ってまいります。

最後に、昨日家に帰ったらワタクシの布団の上に故多田富雄先生の「わたしのリハビリ闘争」がありました。配偶者曰く、押し入れの整理をしていたら出てきたそうです。なんだかアプリオリな…、ってめっそうもない。皆さん、健康は命より大事です。しっかり管理しましょう。って、オレが一番ルーズだったりして。とにかく、皆さん、どうもありがとうございました。今のところ元気です。
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