藤井康一ライブの話、ようやく完結

 「じゃ、時間なのでそろそろ始めます。宮崎は何年ぶりかなぁ。3年、4年?まあ、それくらい久しぶりですが、皆さんこんばんは、藤井康一です。あ、その前にお店の売り上げに貢献するために、皆さん、お手元のグラスを持ってください、用意出来ました?それじゃ『かんぱーい』、これから1曲やるごとに乾杯しますから、ヨロシク」。20時を少し回ったあたりで、トイレの横のスペースをステージ代わりにして藤井君のライブが始まった。楽器はウクレレと首から下げたカズー(別名、和子ちゃん、昨日はヨーコとか呼ばれていたらしい。京都にいるときはしのぶと呼ばれていたかもしれない)。本来であれば、彼はウクレレとサックスをプレイするのだが、なんといっても普通の雑居ビルの中の普通のスナックなので、当然、防音工事などしてないだろうから、サックスは遠慮してカズーということになったのだろう。

 しかし、スナックのボックスの予備ソファ(ほら、ラウンジあたりでヘルプに来たおねいさんが座る丸い、なんというか円柱状の小さいクッション付きのストゥールですよ。上のクッションを空けると、中は小物が入れられる収納になってるようなやつ)に腰掛けて後ろのテーブルからビアジョッキを取り乾杯しながら見るライブというのも、なかなか普段は体験できないと思う。というか、自分と同じ高さの位置にいるミュージシャンの演奏を見るというのも、なんだか不思議な感覚で、そうそう、その昔、まだカラオケが8トラで、歌詞カードはモニターじゃなくて歌本みたいな分厚いのをぺらぺらやりながら選曲して、順番が来たら店の中央にあるマイクスタンドのところにいって歌っていたような、そんな昭和の時代のカラオケ・スナックにいるような錯覚を覚えるような状況だった。およそ4年ぶりの藤井君のライブは、オープニングは何だったか、古いアメリカのスタンダードじゃなかったかな、少なくともウシャコダやリトルジャイブの曲ではなかった。もっとも、今回のライブは「ウクレレ抱いた渡り鳥」なので、藤井君がソロで歌う曲ばかりをやるんだろうという予想はしていた。

 30人弱のお客は、最初から暖かい雰囲気というか、あまり音楽のライブという感じは無くて、まるで身内のパーティみたいな、そう、ウクレレ愛好者の会みたいな感じだった。以前にリトルジャイブのライブを見たときも、主催はラッパ会というアマチュアの金管楽器愛好者の会で、次々とトランペットやトロンボーンやサックスが出てきて、一番最後の盛り上げに藤井君たちが出てきて、そこはそれ、とにかく客を乗せることにかけてはぴか一の人なので、とにかく訳のわからないくらい盛り上がったライブだったな、と昔のことを思い出していたら、3曲目あたりだったか(あ、1曲終わるごとに乾杯して全員で飲むというスタイルだったので、ライブ前に黒霧島を注入していた僕は、もうそのあたりでかなり酔いが回ってきていたのだ)、「美しいひーとーに出会ったときは~」と懐かしいフレーズが聞こえてきた。ご存知「月光値千金」である。4年前のライブの時は、確かオープニングでやってた曲だ。で、このスタンダードは僕にとってはリザードのイメージなんだよな。『バビロン・ロッカー』に入っていて、最初聴いたときはビックリしたけど、繰り返し聴いていくうちに慣れていった。というか、エノケンのオシャレなセンスは21世紀の今でも十分通用する。

 藤井君はウクレレ片手に、客との会話を楽しみながら淡々と歌っていく。力をに抜いているようで、要所要所はしっかり聴かせ、それでも時々しょうもない笑いを取りながらステージを進めていく姿は、見ていて気持ちが良かった。何曲目の時だっただろうか、お店のマスターを呼んで、一緒に演奏しようと声をかけた。前に書いたかもしれないが、マスターはロイクの人で、スティールドラムを叩くらしい。えーと、トリニダード・トバコの出身といったか、プエルトリコといったか、失念してしまったが要するにカリブ海周辺のあの辺出身らしい。最初はちょっと遠慮していたが、ついには登場し、そうはいっても二人が並んで立てるスペースは無く、藤井君の右手にあるトイレの前に置いたスティールドラムのところにいき一緒にやり始めた。最初にやったのは「セント・トーマス」。ご存知、ロリンズのカリプソナンバー、といいますか、あの演奏は個人的にはマックス・ローチのドラミングなんだが、まあ多いに乗せる曲なので、それでなくても盛り上がっていた客席は手拍子、足拍子、小皿叩いてちゃんちきおけさ状態であった。

 その演奏が始まったあたりから、いやもう少し正確に状況を思い出すと、その少し前あたりから、当日あまりにも一気に麦酒を摂取しすぎたため、いや、一気だけならまだなんとかなったが、1軒目でもジョッキ1杯飲んで、このお店に来てもジョッキ頼んだので都合2杯だ。人によってはジョッキ2杯くらいなんだ、オレは5杯まで大丈夫だと言う人がいるかもしれない。いや、悪酔いの話ではなくて、筆を選ばない人の話だ。つまり弘法大師、コーボーの話、ほらジャズメンってのは何でもさかさまにして言うでしょうが、だからコーボーつまり暴行、いや、そのボーコーの話だ。早い話が、PISS、オシッコの話だ。

 あ、またしょうもないことを思い出したのだが、僕が小学校の低学年の頃、近所の同級生の家が親の転勤の為に家を引き払うことになった。さよならの挨拶をしに、その家に行ったら近所の小さい女の子も来ていて「なんで、××ちゃんは、おらんようになると?」と、その母親に尋ねていて、その母親も周りに人がいたせいか普段使わない丁寧なことばで「××ちゃんのところはお引っ越しなのよ」と答えたら、その子は「おしっこし?じゃ、オシッコした後は帰ればいいがね」「いや、『おしっこし』じゃなくて『お引っ越し』よ」「だから、『おしっこし』じゃったら、オシッコした後に帰ってくればいいて言いよるがね」というコミュニケーション・ブレイクダウン的な会話があり、今にして思えば、あの小さな女の子はちゃきちゃきの江戸っ子だったのではないかという疑惑がぬぐえないのだが、おかげでその後「引っ越し」とか「転居」という言葉を聞くと無性にトイレに行きたくなるようになった。いわゆる刷り込みの原理であろうか。たった1回の記憶なのでパブロフは関係ないだろう、などというようなことを考えて、少しでもその緊張状態を緩和しようと思ったがダメだった。

 つまり、過剰に摂取しすぎた水分が僕のその養分保存庫であるコーボーを満タンにしてしまい、追いつめられたオシッコ部隊はついには可及的速やかにここから解放せよ、さもなくば実力突破も辞さない、などと脅しをかけて来る。しかし、見ず知らずの人ばかりいる初めてのお店で、放尿プレーをしてしまうと良くて出入り禁止、へたすりゃ国家権力に通報されて、最悪は2泊3日の拘置所暮らし、そこで完黙続けるから、なんらかの思想的背景があるのではないか、オシッコ・テロリスト・グループと関係があるんじゃないかということで拘置延長、お金が無いから国選弁護人しかつかず、そいつはもうやる気ゼロで「早いとこ謝ったほうがいい」などというので、ふざけるな、バカ野郎、こう見えても元はボーリョク学生じゃというような妄想で誤魔化そうとしたが、もうどうにも止まらない(by 山本リンダ)、尿意は止まらない。しかし、演奏の真っ最中に立ちあがってトイレに行こうとすると、ここにいる全員の視線を浴びる中で立ち上がるわけだから、もしかしたら演奏に触発されたミュージシャンが飛びこみで参加するんじゃないかという錯覚を抱かせるかもしれないし、僕も今でこそ単なるオヤジ体型ではあるが、その昔は痩せて眼鏡をかけていて、見ようによってはジェイク・シマブクロに見えなくもないので、藤井君の演奏を聞いて自らの演奏本能に火がついたジェイクがウクレレ持って乱入か、などと思われるはず、はないか。

 しかし、ナンボ厚顔無恥なこのワタクシであっても、衆人環視の中、しかも演奏中のミュージシャンの横を通ってトイレには行けない。しかし、下半身からの信号は益々早く激しくなる。ああ、もう駄目だ。これ以上は我慢できないと思った瞬間、演奏が終わり藤井君がマスターをもう一度紹介した。ここがチャンスと思った僕は、みんなが藤井君の右手にいたマスターに視線と拍手を送っている隙を見てトイレに突入したが、やはり藤井君に見とがめられ小声で「トイレですか、どうぞどうぞ」と言われ、「あ、こりゃどうも」と返事もそこそこに個室に入った。もちろん鍵はしっかり締めて。

 大いなる解放感、この快感は何物にも代えがたい。体中の力が下半身に集中し、一気にほとばしる水柱、勢いよく便器に突入する我がPISS。しかし、ちょっと気になる。どうも便器の泡立ちが良すぎる。これは水圧の関係だと思っていたが、あんまり泡立ちが多いとアブナイ病気の可能性があるという話を以前聞いたことがあるが大丈夫だろうか、などと考えていたら、ドアの向こうから藤井君のMCが聞こえてきた。ヤバい。演奏が始まる。しかし尿意は続いている。というか放水中である。昔、聞いた話だがこういうとき、男はゼッタイ止められないが、女性はいつでも自由に止めることが出来て、それが女性のボーコー炎の患者が多い理由だと聞いたことがあるが、本当だろうか。などと考えている余裕はなく、とにかく早く終わらせないと、下手すると藤井君が歌ってる横から、ドアを開けて顔を出さないといけないかもしれない。ええい、時間よ~止まれ、と不思議な少年のセリフあるいは矢沢のエーちゃんのヒット曲のタイトルをつぶやいてみたが、何も変わらず、とにかく全力で放出し終って、急いで手を洗いドア越しに外の様子をうかがい、ウクレレの音がしないのを確認してそっと扉を開いた。「あ、終わりましたか?どうぞどうぞ」と藤井君から促され、お店の全員から笑われながらいそいそと僕は席に戻った。Y尾君から、「お前、さんざんサカナにされてたぞ」と言われたが、出すもの出したら怖いものは無い。僕は追加のドリンクを注文した。

 第一部が終わり、藤井君も椅子に座っていたのでずうずうしくも話をしに行った。「もう30年以上前になるけど、銀閣寺のサーカス&サーカスや拾得、磔磔でウシャコダを追いかけていたんだけど」「あ、そうっすか」「4年前のリトルジャイブも見ました。恵副君とはmixiでもお世話になってます」「あ、もしかして掲示板に書き込みしてくれた人?」「です、です」「そーかー、サーカス、懐かしいね」「ウシャコダの曲やってよ、ウクレレじゃやらないの?」「いや、やらないこともないけど」「じゃ、『何年たっても』やってよ」「あー、あれはウクレレでやったことないな」「『金作かっぽれ』でもいいけど、2007年バージョンじゃなくて、オリジナルで。あの2007年バージョンはちょっと頂けなかった」「あ、そう」。みたいな会話だったと思う。とにかく「何年たっても」はウクレレでやったことがないので、練習しなくちゃといってぽろぽろ弾き始めたのには、ちょっと驚いた。

 第2部が始まった。お客さんもアルコールが回ったのか、藤井君のペースになじんできたのか適度なざわめきもあって、いい感じである。第1部はスタンダード中心だったが、第2部は日本語のオリジナル中心で大いに盛り上がった。途中のMCも「スーちゃんが死んだのはショックだったけど、個人的には大原麗子のほうがショックだった」とか、「東北の大地震を見て思ったけど、生きてるうちに好きなことをやらないと意味が無い」とか、ウシャコダ時代では考えられないようなフレーズが多かった。まあ、お互い年を食ったということだ。おっと、湿っぽくなった。九州に来たらこれをやらなくちゃ、みたいな感じで始まったのが「ちゃんぽんだマンボ」。長崎の幼稚園生はみんな踊れるというアナウンスがあり、振付の説明をして全員でチャン-ポン-ダ-マンボ、チャン-ポン-ダ-マンボ、チャン-ポン-ダ-マンボ、ウー、チャチャチャと歌い踊り続けた。

 そして個人的にはリトルジャイブの1枚目で一番気に入ってる「ピンガでへべれけ」も炸裂。ボサノバ調の、ちょっとモノローグっぽい歌いだしから、へーべれけ、へべれけ、へべれけ、へべれ、ピンガ!のフレーズが楽しい。そういった一連の歌もの、冗談ソングのあいまに今は亡きバードランドのマスターにささげた「バイバイバードランド」というインストも演奏。以前見たときは、藤井君のサックスが裂帛の気迫で鬼気迫る感じがしたが、今回はウクレレとカズーでやはりテンション溢れる演奏をしてくれた。そしてあっという間にエンディング。ショーの終わりだ。ただ、最後に嬉しいアナウンスがあった。これまで九州は西側(鹿児島や長崎、熊本、もちろん福岡も)ばかりツアーしていたけど、これからは東側にもちょくちょく来る、さらに年内にウシャコダとして宮崎にも来たい、と。リップサービスかもしれないが、その心持が嬉しかった。そして、アンコールについにやってくれました。「何年たっても」。デジカメで録画したけど、照明がスナックの天井照明だったので、顔は全然映ってませんが、こういう感じでした。このライブの後は、友人が経営しているROCK BARに行って、ライブの興奮冷めやらぬ我々は来店していたお客に音楽はライブだ。レコードばかり聴かずにライブに行け、というアジテーションを、したような気がするが、もうあれから2週間以上経ってるから時効だ。しかし、この手のライブの話は早く書かないとノリが悪いな、反省。



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