今年もやってきたみやざき国際ストリート音楽祭 その1

 だから早く決断しておけば良かったのだ。空腹のまま、正確には昼ご飯を食べずに出かけるべきだった。ところが、何事にも心配性で万一、とか不測の事態に備えるという傾向のあるワタクシは、まあ、多少神経質なのかもしれないが、当日午後1時にはストリート音楽祭の会場に入り、各ステージの配置と周辺の屋台の確認、ベストポジションの座席はどのあたりかをリサーチするはずだったのに、昼飯を食べていないという事実に気がついてしまい、時計はそろそろ午後1時になろうかという頃だったのに、会場で適当なつまみを買って食べたほうがいいのか、あるいは自宅の保存食の類を探したほうがいいのか迷ってしまい、最終的には国民的インスタントラーメンの決定版であるサッポロ一番味噌ラーメンを作ることにし、それでも具が全然ないのは悲しいので野菜室で見つけた長ネギと、こちらはワタクシ以外にふり返るもののいない魚肉ソーセージをぶつ切りにして、一気に煮込んでハフハフと食べて、ああ、満足と時計を見たら1時半近かった。大慌てで着替えて、デジカメも持って小走りに会場に向けて出発したのは当然である。

 前日、電話でY尾君から1時半に陽太のライブステージであるDステージで待ち合わせと約束していたのだが、その時間はまだ自宅から出るか出ないかの状態で、会場入り口の交差点に近いところで携帯の着信に気がついた。Y尾君からだった。多分、すでにステージについたがどこにいるかという連絡だろうと思い、折り返してみると彼もまだ移動中とのことで一安心し、それでも陽太のオープニングの1時50分まであと10分くらいだったので、周囲の様子を見る余裕もなくDステージに向かった。僕は会場の南口から入って行ったのだが、最南端のBステージ(ここはMULLHOUSEと山下洋輔という本日の2大ライブのステージでもあるのだが)から、Dステージまでは結構距離があり、急ぎ足で歩いている僕の耳にかすかに音楽の音色が響いてきた。当日は天気晴朗なれど風強しという天候で、そのせいかいつもなら会場のざわめきや花火の音が聞こえるはずなのだが、イマイチ静かでなんだかちょっと先行き不安な状態だった。それでも音楽が聞こえて来るというのは、もしかしたらオープニングの時間が早くなったんだろうかと焦ったが、ステージについてみたらバンドのリハの音だった。

ブラスバンドの更新、ちがうわ、行進

 ここ何年かは宮里陽太カルテットとして、この音楽祭に登場しているのだが、今回はBattito del Sole(バッティト・デル・ソーレ)というグループで演奏すると聞いて、正直不安があったのはこの前のエントリーに書いたとおりだ。ステージの前から2列目くらいの椅子が空いていたので腰をかけると、すぐにY尾君もやってきた。ステージでは陽太がちょっと不機嫌そうな感じでモニターチェックをしている。音響のスタッフも、やや不安げな顔であちこちステージ上をうろついている。僕は周囲を見渡してみた。去年はちょっと早めに来て、演奏前の陽太と立ち話をしたり、お父さんである宮里さんや陽太夫人などと挨拶も出来たのだが、今回は遅刻ギリギリだったので周りを見渡す余裕もなかったのだ。それでもテント前に陽太のお父さんである宮里さんの顔を見つけて手を振ったら、気がついてくれたようだ。

 「ここいいですか」と野太い声がしたので見上げると、顎髭だらけでサングラス、首からタオル、Tシャツにジャージという恰好の、若いくせにその体型はなんだ、若年性メタボかといいたくなるような男がそこにいた。僕の座った席は丁度通路の端だったので、中の椅子に座ろうとするには、僕がどいてあげないと入れない位置関係だったのだ。同じ音楽を聴こうというのだから、むろん異議など無く、「どうぞ、どうぞ」とダチョウ倶楽部のウエジマ作戦のように体をねじって場所を空けた。もっともその髭男が入るのではなく、連れの女性が二人ほど「すいません」といって僕の前を横切って中ほどの椅子にかけた。そろそろ演奏が始まりそうだと思い、前を向くとその髭男はなにやらぶつぶつ言いながら席を立ち、僕の横の通路からステージのほうに向かった。あれ、関係者かなと思って見ていたら、ビデオの準備をしたりステージの後ろに行ったりうろうろしていたと思うとまた席に戻ってくる。しかし、会場の関係者か音響の関係者か知らないが、普通その手のスタッフが客席で椅子に座るってどういうことだ。さらにステージのほうに出るのに、堂々と通路を通り、ステージ前で背をかがめることもせず横切る。無神経なクマで大変不愉快な奴だった。

 ちょっとむかついていたが、司会者のフリーアナウンサーのなんたらいう女性が挨拶を始めたので注目した。3.11の震災のこともちょっと触れて、宮崎も去年から大変(口蹄疫に鳥フルに、今年は新燃岳の噴火だもんな)だったことも触れた。それからバンドの名前の由来を話した後にメンバー紹介したのだが、ベースの大西映光(ひでみつ)を「おおにし、ひでまつ~」と紹介、メンバー苦笑、客大爆笑。しかし、おそ松君の6つ子じゃないんだから「ひでまつ」は無いよな、などと思わぬ言い間違いから会場が明るい雰囲気になり、リラックスしたムードで演奏が始まった。昨年結成されたグループでリーダーが宮里陽太、キーボードが大西洋介、それにベース、ドラムス、ギターという編成だ。演奏聴く前は、オンナコドモに受けようとした軟弱クラブジャズだろうという偏見に満ちていたワタクシであったが、なんのなんの。大変カッコいい、ファンク・バンドでした。いやー、大西さん、普段はビル・エバンスチックなキーボードなのに、ここではファンキー大西と呼びたくなるくらい黒くて良かった。

ヒデマツと陽太

 さらに、特筆すべきはギター。顔が大きい。いや、その、音も大きいってか、いい音色してるんだ、これが。何曲目だったか忘れたが、陽太のサックスとギターがユニゾンで演奏する曲があり、これがリズムもばっちり決まってノリの理、ちごた、ノリノリで楽しめた。後半にパパ・ファンク・グロウズの曲をやったが(そうそう、そこでベースのソロがあったのだが、客席からは「ひでまつ~」という明るい声援が飛び交っていた)、その時の演奏は、若い頃の山岸の雰囲気がちょぴりありました。ていうのは、褒めすぎかもしれんが、気持ち的にはそういう感じで応援したくなったね。後で宮里さんからギターの彼だけがアマチュアと聞いて驚いたが、これからが楽しみな感じでした。あ、いわゆるジャズのギタリストじゃないけどね、フュージョンとか、ソウル、ファンク系のギターかな。

顔の大きいギタリスト

 陽太のバンドはいきなり3曲立て続けに演奏した。いやー、この3連チャンで、偽JJオジサンの心配は一気に消し飛んで、うん、やっぱりどういうスタイルでやっても陽太は陽太だと納得した。

 そうそう、僕の前の席に小学校5,6年生くらいの子供とその母親らしき人が座っていて、まあそのお母さんがなかなかにストライク・コース(by Purple_Haze)だったのだが、いや、そういうことじゃなくて、その小学生の男の子二人が陽太の演奏に乗りまくっていて、体は揺さぶりまくるわ、手拍子・足拍子叩くわ、挙句はデジカメ持ってるから写真撮ってるかと思ったら動画を撮っていました。いやー、いまどきの子はデジタルに慣れてるんだなと妙なところで感動。

 風が凄く強かったせいもあり、譜面が飛んだり、マイクスタンドが倒れそうになったりしたが、なんとか無事に演奏は進んだ。あ、思い出した。あの髭男、やはり音響スタッフだったのか、大西さんのキーボードの譜面が飛んだときに拾って手で押さえたりしてたな。陽太もMCをあまりいれずにどんどん演奏していったのだが、この1時間の演奏時間で7曲だったか、そのうちの1曲はパパ・ファンク・グロウズの「Mutha Funk Ya’ll」だったが、あとはすべて陽太のオリジナル。僕は彼のサックスが好きで聴いているのだが、そのサックスのフレーズに負けないくらいいい曲を作る。メロディ・メーカーなのだな、うん。個人的には「ベーコン・レタス・エッグ・サンド」をやってくれなかったのは心残りだが、もう陽太のスタンダードといっていい「マイ・ツリー」は、例によってしみじみ聴かせてくれた。

 そして陽太が3.11の東北大震災のニュースを見た後に、音楽でなんとか復興支援をしたいと思い作曲した「アゲイン」というバラードだが、メロディもいいし、そうそう、この曲からはゲストでパーカッション・プレイヤーも参加し一気にラストまで持っていくのだが、ちょっとした裏話も披露してくれた。というのも、今回のストリート音楽祭の演奏曲はすべて決めて、バンドとしての練習もバチっと決めていたのだが、演奏前日にどうしてもこの新曲をやりたいと思い、陽太曰く「焼酎のロックを一気に飲んだ後」メンバー全員に譜面とデータをPCから送ったらしい。で、他のメンバーは起きていたのだが、キーボードの大西さんだけはすでに就寝中だったそうで、翌朝というか本番当日ですな、大慌てだったようだ。そのエピソードを披露した時に客席から「年寄りは早く寝るから」という失礼な野次が飛んだが、それは白状します。ワタクシでした。



スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索