ワタクシと北関東(JEP)の出会い ようやく研修の峠を越えたかな編

 ちょいと脱線してしまうが(毎度のことなので気にしないよね、いい子のみんなは)、この前の日曜日にどえらいことがあった。実は今連載中のエントリーに、そのうち登場する予定だった元常務が20数年ぶりに宮崎に出没したのだ。あ、今、研修を受け持っている常務じゃないのよ、これが。エントリーで僕たちを研修している常務はE本常務といって、当時は学習指導部の責任者だった人で、日曜に会った常務はT部常務といって、僕が入社したころは営業部の次長で、すぐに部長になり、それから数年もしないうちに常務取締役になった人。営業のセンスが鋭くて、どんな商品でも売れる人だったし販売システムや営業トークなんかを作らせたらピカイチの人だったけど、グループ会社の社長になった後いろいろごたごたして自発的に退職した人でもある。そのときの事情は良く分からなかったが、今回およそ四半世紀ぶりに真相、実はあの時の退職には改革の議長だったS藤さんが大いに関係していて、そこからJEPの没落が始まったのだ、なんて話も聞いて、うーん、これは大河ドラマじゃないが、「ワタクシと北関東(JEP)の出会い」はネバー・エンディング・ストーリーになりそうだと感じた次第。あ、でも、ダメ。これ以上はもう少しほとぼりが冷めないとマズイので大急ぎで時間を遡り、研修の続きをかき揚げ用、ワハハハ、かき揚げ用ってなんだよ、「書き上げよう」だっちゅうの。告白します。我が家のIMFじゃないやIMEはアホです。

 「というわけでプログラム学習の5原則は分かったかな。スモール・ステップの原理、積極的応答の原理、即時確認の原理、マイペースの原理、そしてリピート、つまり繰り返しの原理、これらの5つの原理がすべて入っている視聴覚教育機器は、このマイ・ティーチャーだけだ。学校にも導入されている素晴らしい商品なんだ。だから二人は自信を持って一人でも多くのお客さんを見つけてほしい」。常務はそういうと僕たち二人を見てにっこり笑った。僕は、まあどうでもいいというか、騙されたワタクシがアホだからしょうがないけど、ちょっと引っかかるところがあって質問した。「あのー、僕たちの仕事はこのパチモンいや、この文部省が認定したつまり国家権力が素晴らしさを認定した、この機械ちゃうわ、教材を売ることが仕事じゃないんですか?」。

 「うーん、××君は人の話を聞いていないね」と、これはある意味間違ってるとは言えない指摘を受けた。「前も言ったけど君たちはセールスマンなんかじゃないんだ。アポインターなんだよ、分かるかい?」。そんなもん分からんから質問しているんである。が、セールスマンじゃないという言葉を再度聞いてちょっと安心して、僕たちは常務の説明を待った。「××君は英文科だったね。じゃアポインターの意味が分かるだろう」「えーと、アポイントメントは分かります。約束のことですよね」「長ったらしいことを言うんじゃない。お母さん方は機械も苦手だが難しい言葉も苦手なんだ(いや、これ僕が言ったのと違います。普段からオンナコドモは、などと小馬鹿にしたようなことを書いたりしますが、女の人が難しい言葉が苦手だなんて、ちょっとしか、いや、そのでんでん思っていません)。アポイントでいい、そうアポイントつまり約束を取る人だからアポインターというんだ」「…、えーと、”apointer”という単語はおそらく無いと思います。あ、いわゆる和製英語なんでしょうか」という僕の質問は軽いフットワークでスルーされた。「アポインターにはもう一つ意味があるんだ。アポインターという言葉は二つの言葉に分けられるが分かるかな、H田君」。今度は真面目なH田君に質問が飛んだ。つまり、真面目な話に移るということだ。「えーと、『アポ』と『インター』でしょうか」「惜しいな、しょうがない、××君」「もしかしたら『ア』と『ポインター』ですか」「そうだ、『ポインター』というのは、猟犬だね。『ア』は『ひとつ』とか『一匹』という意味があるから、『アポインター』すなわち『機敏に走り回る猟犬』という意味もある」。おい、いったいどこに『機敏』だとか、『走り回る』なんて単語が入ってるんだ、という突っ込みをする気力もなく、僕はハクチ的に頷いた。

 「つまり、君たちの仕事はマイティーチャーの存在を知らないお客さんを探すことなんだ。そして、そういうお客さんを見つけたら、クローザーにつなぐ、それだけだよ。セールスマンだなんて、とんでもない」と常務はニコニコしながら僕たちに話しかけた。「すいません。セールスマンじゃないというのは、何となく分かりましたが、どうやってお客さんを探すんでしょうか」とH田君が、なかなか鋭い質問をした。「うん、じゃあ反対に私から質問だが、今ここから見えるいろいろなアパート、マンション、一軒家、これらの中にマイティーチャーを知らない家庭がどこにあるか、教えてくれないか。H田君でも××君」でも、どっちでもいいぞ」と常務が何やら禅問答みたいな質問をした。僕はとりあえず考えてみた。まあ、手っ取り早いのはアンケートか何かで聞くことだろうか、それとも、え、いや、もしかしたら、そんな、それはないだろ、いくらなんでも、まさか見ず知らずの他人の家にいきなり訪問するなんてないよな、と揺れる心でいたら、そういうのはすぐに見抜かれるようで「お、××君は何かいい方法を考えたようだな、ハイ、言ってみよう」と常務。

 「え、あの、アンケートとか」「どうやって?」「その学校の前で配るとか」「子供にそんなもの持たせても回収はどうするんだ」「あ、だから次の日の放課後待ってて」「君、小学校には何人の児童がいるんだ。しかも、見込み客は小学生だけじゃない、中学生もいるし幼児だっているんだぞ。」「あ、だから小学校とか中学校とか幼稚園の」「そんな効率の悪い方法はダメだ。ヒントはポインター、つまり猟犬のイメージだ」「あ、その、まさかだとは思いますが、ひょっとして、その、他人様のお宅を突然訪問する…」「そうだ、分かったかね。一見無駄なようだが、一番確実な方法は一軒一軒のお宅を回り、その家に子供がいるか、いなければ近くに子供のいる家はないか、訪問しながら聞いていくんだ」「え、でも迷惑ちゃいます、そんな」「迷惑にならないようにちゃんと挨拶して訪問するんだぞ。黙って人の家に入るのは泥棒だから」。この説明を聞いた瞬間、僕とH田君は目を合わせて固まってしまった。

 「じゃあ、これからお客さんの家に訪問するときの挨拶、お辞儀、そしてアポを取るための話し方、これをアポンター・トークというけど、それを一緒に勉強しよう」。常務はついに本題に入って来た。僕たちは、いや少なくとも僕はこの段階で、大いに異議あり、ナンセンスと叫びたかった。だって話が違うだろう、何が悲しゅうて見ず知らずの他人の家に突然「ごめんください」なんて入って行って、教材の話を聞いてくれなんて頼まなくちゃいけないんだ。だいいち、そういう仕事だなんて一言も言わなかったじゃないか。最初にこういう仕事だと話を聞いていたら、誰が入社なんかするもんか。と、ここまで考えたときに、ようやく合点がいった。これまで何度質問しても仕事の内容を説明しなかったこと、会社の先輩たちが帰社時間や仕事に関することを質問してもすっとぼけたような反応だったのは、実は僕たちに入社を拒否されないための戦術だったのではないか。しかし、たぶん同じようなことを考えているはずのH田君は、全然動じた様子もなく常務の話を聞いているので、僕だけ文句をいうのも大人げないかと思い直した。今、考えるとこれが間違いの第一歩だった。この瞬間に革命的星一徹主義を貫徹して、机をひっくり返して宮崎に帰るべきだったのだ。

 「ごめんください。こちらのお母さんですね。私、ニホンキョウイクキカク(正式社名です)の××と申します。今日はこちらの地域のお子さんのいらっしゃるお宅を一軒一軒お伺いしております。失礼ですが、こちらのご家庭にはお子さんはいらっしゃいますでしょうか」。かなり憮然とした表情で僕は言った。「ダメ、ダメ、そんな暗い顔と声じゃ、頭からお客さんに断わられる。人間は相手の顔を見て反応するんだ。まずは笑顔。大きな声で挨拶、そして要件。この順番でやること、やり直し」と常務のダメだし。黒板に話の流れを書いた後、自分たちだったらどういう風にお客さんの家に行くか、練習しようということで始まったロール・プレーングである。もっとも、ロープレー、ロープレーと常務は言うので、最初は意味が分からなかった。(営業力アップのための)役割練習のことだと分かったのはずいぶん後になる。僕がダメだしされたら次はH田君がやった。彼は言葉はあまりスラスラ出て来ないが、挨拶やお辞儀、態度がスポーツマンらしくきびきびしていて常務から一発でOKをもらった。そうなると、人間やはり悔しいので僕も目一杯作り笑顔と開き直りのバカ声で何とか合格させてもらった。

 結局、午後からはずっとロール・プレーイングの連続で、なんとか話も多少は出来るようになった。その段階で、ようやく仕事の全体像の説明があった。僕たちがこれから取り組む仕事はグループ・セールスという販売方法で、まず訪問する地域を設定しそこに車で乗り込む。車は公民館や空き地や道路の広いところに止めておき、その車の置いてある場所を母船と呼んだ。その母船から、まずアポインターが四方に散って子供のいる家を探す。鬼ごっこではないので、子供のいる家があったらそれで終わりではなく、それが始まりだ。その家の母親に子供の年齢や学年などを聞き、その年齢に応じた教育の必要性を話し教材は何を使っているか尋ね、今回はマイティーチャーという「素晴らしい教材」を紹介している。無料で実物を見ることが出来るので一度話を聞いてくれマンモスみたいなことを言って、当然「うちは結構」「いいです」「お断りします」「またお願いします」「次でいいです」などという、さまざまな断り文句をかいくぐり、興味を持ってくれた、あるいは何とかかんとか興味付け出来た家庭にクローザーと呼ばれる、まあ、こちらがいわゆるセールスマンを連れて行くという段取り。あとはクローザーが商品説明(デモンストレーション、通称デモと呼んでいた。僕がこの仕事が嫌だったにもかかわらず、足を洗えなかったのはこの言葉に魔力があったからに違いない。若いころはデモが大好きだったんだ、なんつって書いていて悲しい)して、契約できるかどうかという流れである。

僕たちアポインターの仕事というのはゼンリンの地図のコピーを持って、1軒1軒のお宅を回り話をした結果をそこに記入する。子供のいない家はバツ印、子供がいるが断られた家はNG、アポが取れた家には学年や年齢を記入して花丸つけてクローザーの元に行き、そのお宅を案内し、お客さんにクローザーを紹介し商品説明するために上に上げてくれるようお願いする。そうそう、子供のいない家は飛ばして回れば効率がいいだろうと思うのは素人の浅はかさ。そういう大雑把なことをしていると地図に載ってない家や、家と家の後ろに隠れている家などに子供がいたりするし、もっとはっきりいうと子供のいる家だけ回ると圧倒的多数に断わられてしまい、どんなに神経の図太い人間でもめげてしまうのだ。それを紛らわすために子供のいない家で世間話をしながら地区の情報を聞いたり、子供のいる家を教えてもらったり(もちろん皆さんセールスマンは嫌いなので露骨なウソつかれたことも沢山あるけど)、たまーにではあるが、爺ちゃん・婆ちゃんがお茶でも飲んでいけなんて言ってくれることもあるのだ。あ、3流AVにあるような若奥様とセールスマンという危険な関係のブルースはでんでんない。えーと、なかったはずだ。友部正人も「なにもなかったことにしましょう」といってるではないか。いや、そんなことはないだろう、絶対何か隠しているだろうと疑う方は、個別にメールを頂きたい。実録××シリーズをお届けします、って何を書いているのだオレは。

 そうそう、ひとつ思い出したエピソード。アポを取った家の情報は大きなクリップボードにはさんだ用紙に時間帯と年齢または学年、入手した情報(使用教材や教育の決定権、マイティーチャーの認知など)を記入することになっている。さらに待機しているクローザーに「アポです。×年生です。お母さん美人です」みたいなことを言って、小学生が得意なクローザーとか幼児を良く決めるクローザーとか個性があるので、そこのリーダーがアポの割り振りをするのだが、小学生はS1とかS3などというし、中学生はT1なんていうのだが、何故か幼児は「Rの3歳」とか「Rの6歳、来年小学校です」なんて言うのだ。小中学生のSやTは頭文字だとすぐわかるがどうして幼児はRなのか、僕はずっと疑問だった。現場に出て初めて使っていた用語だったので、最初はそんなもんだと深く考えなかったが、どうにも気になって九州の先輩や上司の人に聞いたがどうもはっきりしない。昔から使っていたから、と誰も理由を知らないのだ。その疑問はのちに北関東の本社に転勤になり最初に出て来たT部さんが教えてくれた。「なんだ、お前、大学行ってたのに英語が苦手なんだな。幼児は小さいだろ。小さいことを英語でリトルって言うっぺ。そんなことも知らねえで教育産業の仕事するなんて、おめーはほんとにデレ助だな。」。

 「えーと、リトルは”Little”で頭文字は”L”なんですが」、と答えた僕に「ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさと売りに行ってこ、このごちゃっぺ」と怒鳴られたのは言うまでもありません。

 えー、なんとか研修の最終日近くまで持ってきました。あとちょっとだ。うん、峠は越したはずだ。続く。


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コメント

>絶対何か隠しているだろうと疑う方は、個別にメールを頂きたい。実録××シリーズをお届けします、って何を書いているのだオレは。

がははは、そうですか!正直70年代日活ロマポ好きなワタクシとしましては気になるところではありますが。当時は団地妻も、いや団地も隆盛の頃ですかね。てか、そんなことどうでもよくなる位大変なこととお察しシマスが(泣)、、、

おお、あのすばらしい日活、にっかつ

と、聞いただけで思わず赤面、身体の一部がHOT,HOTというなんか、そんなギャグあったようなという感じですが、日活のロマポ、よろしいですなぁ~。個人的には蜷川有紀のポスターが鮮烈だった『狂った果実(81)』とか、可愛かずみの『セーラー服色情飼育』、そうそう、中山千夏原作の『ダブルベッド』もにっかつ作品じゃなかったですかね。いや、もちろん東てる美(東ちづるが好きなのは何となくこの方からの連想で)、泉じゅん、風祭ゆき、御大宮下順子などきりがありませんな。ああ、竹田かほりの桃尻娘も忘れちゃならねー。

団地妻って確かに生息しておりましたな、80年代は。まあ、このあたりのお話は良い子には聞かせられないので、どこかのコミュあたりでまったりと(笑)
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