そんなところは似なくていいのに

 いやはやなんとも、気が付いたら3連休とやらも過ぎてしまい2011年も10日以上経過してしまった。先月がタートル・パレード(亀の行進=blogの更新が遅いことのたとえ)だっただけに、新年こそは怒涛の更新、更新また更新、つまりは更新の嵐が吹き荒れるはずだったのだが、はっと気が付いたら前回の更新から1週間経過してしまった昨今、伊達直人とは誰なのか、などと話を誤魔化す姑息なdrac-obであった。で、ここのところ話題の伊達直人なのだが、僕は島田紳助の仕業ではないかと睨んでいた。いや、彼がまだ紳助・竜介だった頃、だから暴走族の下っ端的な位置づけで漫才をやっていたころ、だから彼の話で笑えた頃の話、時代的には79年から80年くらいのネタなのだが、「体弱いねん」をギャグとして使っていて、もしあぶく銭が入ったらどうするかというネタで紳助いわく「孤児院に寄付するんや、そんでなタイガーマスクって書いとくねん」「ほう、偉いな」「そんでなその横に小さく『体弱いねん』って書いとくんや」「そんなやったらばればれやがな」「当たり前や。誰が寄付したんか分からんかったら、寄付する意味がないわ」てなやりとりで笑いを誘っていたのだ。ま、しかし、それはないだろうな。

 と、時事的な話題を入れてみましたが、あんまり面白くないですな。ザ・漫才なんていってゴールデンタイムに特番が流されていた時代で、ビート・たけしやさんまや紳助がテレビで大暴れしていたころ、そうそう、『がばい』がまだコンビで漫才やってたころ、モミジマンジュウ!!などと叫んで九州出身者の心臓を止めかけていた時代、あの時代の名プロデューサーも亡くなられました。新年早々、ちょっと暗い話題ですか、そうですね。

 で、4日のエントリーを書いた後どうしていたかというと、別段これといったことはしておりません。セルフお年玉で買ったCDを聴いたり、sugarmountain君が年賀として送ってくれたキダタローの2枚組やP-Modelのバーチャル・ライブなども隙を見て聴いていたり、フルモトで買った本を手当たり次第読んだりしていただけで後は特別何もしていない。3連休もどこかに出かけたりもしておらず、まあ万事平凡な日々が過ぎて行ったのだ。そうそう、大きなイベントといえば我が家のバカ娘1号が成人式を迎えた。昨年、和服の着付けじゃ、写真じゃ、なんじゃかんじゃと配偶者と娘でやっていたので、僕はてっきり去年の1月が成人式だと思い込んで親戚関係には子供たちの写真を印刷した年賀状に、「はやいもので長女が今年成人式です」などと書いて出してしまい、母親をはじめ配偶者、親戚一同に親としての自覚がないと激しく責められたことがあった。そんなんいわれてもしゃーない、人間だもの、つまづいたりころんだり子供の歳を間違えたりするさ。人間だもの。といった言い訳は一切通用しなかったな、ハハ、当たり前だ。

 そういうことがあったので、今年の年賀状は謹んで前年の過ちをお詫びし今年がほんちゃんの成人式ですと書いて出したのだが、普段の言動が狼中年だと思われているせいか、ほとんどの親戚筋からスルーされた。さらに、ご本人も成人式など単なるセレモニーであって参加することに意義はないなどと宣言しており、僕も成人式など出たことがなかったので、まあそんなもんかと思っていたが、つらつら自分の人生を振り返ってみたら普通の人が当たり前に出来ることがでんでん出来てなくて、いくつになっても周囲に迷惑ばかりかけていて、たぶんあちこちで「あの人とはかかわらない方が」とか「準禁治産者ではないのか」とか「まあ、変わってる罠」などといわれ、経済力も発言力も引いては存在感もない僕のような人間になったらいかん。親らしいことは何もしてやれなかったが、せめて反面教師として僕なんかの真似をしたら碌なことはないと話したら、気が変わったのか成人式の前日の夜、「やっぱり行く」と発言。まずはめでたしだったのだが、出席を決めたのがそんな時間なので当然和服の着付けなどやってくれるところはなく、哀れ、たった一人洋服で参加したのだ。しかし、よくよく考えてみるとうちがビンボーなのをよく知ってる子供だけに、早めに参加するというとお金がかかるから遠慮したんじゃないかと配偶者は言って泣きじゃくるし、まあ要するに僕の甲斐性がないということでとりあえず落ち着いて頂いた。ああいう場合は仮想敵になって、ボロカス言われる方が気が楽なんだな、オイラは。

 まあ、そういうことがあって、じゃあどうして僕は成人式に参加しなかったのか、その理論的根拠はなんだったのか、また当時の成人式はどういうものだったのか、思い出そうとしたが如何せん自分自身が出席していないのでどうにもはっきりしない。それでも、なんとか思い出そうとしたのだが、あ、もう一つ思い出した。僕は大学の入学式にも出席していなかったな。まあ、「儀式」に参加することよりも「入学」も「成人」も通過点であり、単なるメルクマールにすぎないのだ、かなんか言ってたような気がする。早い話が面倒なのと権威とか伝統なんてのがどうも苦手だっただけだ。

 しかしながら大学に入ったのが75年であるから、成人式は76年の当時は1月15日が成人の日だったから、たぶんその前に通知が来るんだろうと思ってはいた。通知が来て紅白饅頭の引換券でもついていれば参加するのにやぶさかではないなんて思っていたから、積極的に不参加という意思はなかったように思う。当時は左京区の修学院に住んでいたころだから、成人式はたぶん京大の西部講堂で行われたはずだ。壇上には燕尾服を着た市長やエライ人たちがいて、その反対側には赤いのんや黒いのんや、あ、白いのんもおった。投げたらあかん、投げたらあかんと思いながらもつい手が出てしもうて、手近にあった石とガソリン入ったコーラの瓶を、って、ちょっと待て、なんで京大の西部講堂やっちゅうの!!左京区の区役所のホールかなんかのはずだって。

 そうだ、思い出した。成人式の次の日だから76年の1月16日だと思うが、例によって別館4階のBOXに行くと、いつものように先輩たちがだらだらとタバコを吸いながらたむろしていて、そこで成人式の招待状が来なかったけど、いったいどうなっているのだ、住民票もちゃんと移しているのに、京都の役人は怠慢じゃと喚いていたら先輩に「アホ、お前京都の成人式は自分で役所に行って手続きする決まりって知らんかったんか?京都は大学生が多いからいちいち通知していたらきりがないから、自己申告する決まりなんやで」と言われた時の衝撃は大きかった。昔から思い込みが激しく常に自分は正しいと主張する性格があの時ほど嫌になったことはなかった。あの時BOXで流れていたのはなんだったんだろう。マックス・ローチの『WE INSIST』だっただろうか。

 などと、最後はちょっとどこかのジャズ小説みたいなことを書いたが、まあ、こういう父親であるから子供に対して何か教えるとか説教するなんてことができない。上の子が成人式を迎えた次の日、晩御飯の後二人でお酒を飲んだ。君ももう大人になった、大人になるということは責任が生まれるということだ。もっともまだ誕生日が来ないので今パクられたら匿名だが誕生日を迎えると実名で報道されるぞ、などと話して、いやいかんいかん、こんなことを話してもしょうがないと気を取り直し、今まで無事に育ってくれてありがとう、親らしいことは何にも出来なかったが今日は本当にうれしい。ただ自分一人でここまで育ったと思うな。確かにお父さんはろくな人間じゃないから、あなたに何もしてやれなかったしこれからも何かしてあげることはあんまりないかもしれない。でもあなたのことを気にしていろいろ心配してくれた母親(ま、僕の配偶者だな、法律的に言うと)と亡くなったお爺ちゃんや今も元気でいるお婆ちゃんたちのおかげでここまで来れたんだぞ、てなことを話した。

 そういうことを話したら、後が続かないのだ。しょうがないのでこの前買った中山うりのDVDを流して、彼女の詩の世界の素晴らしさや独特の音楽、サーカスやロシア民謡をイメージさせる曲調、60年代の日活の無国籍映画みたいな状況設定などを説明したが退屈そうだった。そうそう、子供が「あれはホルン?」と楽器のことを尋ねてきたので「あれはチューバだ。で、うりちゃんの隣がテナーサックス、トロンボーン、あ、もう少ししたらブラスバンドやバイオリンが出るぞ」などと説明したが、聞いているのか聞いていないのか良く分からなかった。

 えーと、つかこうへい風に『娘に語る祖国』チックにいこうと思ったけど、全然あかんかったというお話です。



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コメント

私も出てません

その1.16 BOXにいたのは、T原、N、I上あたりかな?
成人式なんて、女の人は、晴れ着があるから行くだろうけど、
「大人の自覚を持って、責任ある行動を 云々」の
説教臭い話を聞くだけだろうと 思ったし、まわりでも 
自宅組は行くのもいたようだったけど、下宿組で行くのは 
いなかったので。
地元に帰省しようにも 翌日が後期試験の初日
(外国語とかだったと思う)だったしね。
社会人になり 人生の第四コーナーに入った今
一生に一回だから 行っとくべきだったかなあと
たまに思いますね。なんて、年を取ったね。
そう言えば 私も入学式も行ってません。

ああ~身につまされる話です
自分も成人式行ってない
父親に「まあスーツ作る金が浮いたから
親孝行や」とボソっと言われた思い出あり!
でもめんどくさかったんだもん!


大学卒業式は結構有名なアリーナ利用の学校だったもんで、親を呼ばずに、もう社会人になってた当時の彼女を呼んだ、とかなんかダメだなーもうー

そういえば入学式には行ってません。
それについては全くなぜ行かなかったかも記憶にない。

おお、さすがはK平さん、ドンピシャです

>その1.16 BOXにいたのは、T原、N、I上あたりかな?

ハイ、そのメンツです。後もしかしたらO西さんとY本さんがいたかもしれません。エントリーの「アホ、お前~」の発言は間違いなくT原さんで補足説明してくれたのがNさんです。まあ、しかし、そのときいたメンツの中で成人式に出席した人はいなかったと思います。ヤローはそうでしょうね、やっぱり。で、ちょっと気になったのはU村さんは成人式に行ったのかという点ですが、イメージ的にはジーンズ姿で会場に現れ、会場内には入らずくわえ煙草であたりを眺めているって感じですね。

>そう言えば 私も入学式も行ってません。

僕は、卒業式にも行ってません。あ、オレ中退だった(笑)。

walker-brosさんもネグレクト・ペアレンツ同盟でしたか

ま、K平さんのコメにも書きましたが、ヤローはどうでもいいっちゃどうでもいいような気がしますね。いや、でもお父さんはwalker-brosさんのスーツ姿が見たかったのかもしれません。たぶん、そうでしょう。きっとそうでしょう、そうに違いない。などと己の親不孝を誤魔化すために一人でも多くのNP同盟員(ネグレクト・ペアレンツ同盟=親不孝同盟=drac-obの適当な造語)を増やそうという姑息な策動でした(笑)。

たぶん、僕なんかの世代から3年下くらいまでは結構入学式や成人式はボイコットした連中が多かったんじゃないかという気がします。それより下になると親が同伴でその手のセレモニーに来るようになったんじゃないかな。入試の時も親の姿がちらほら見られたのが79年くらいだから…。ま、安易に世代で切り捨てるもんじゃないですけどね。

>父親に「まあスーツ作る金が浮いたから
親孝行や」とボソっと言われた

今になって、この時のwalker-brosさんのお父さんの気持ちが分かります。うーん、オイラも丸くなったな、いや体型の話じゃなくて…。

 私も成人式でていません。確か、会場準備の日雇いアルバイト行ったら、成人式会場の準備だったように覚えています。
 卒業式も会場近くにはいましたが、出てません。
 ところで、以前焼いたCDの中から、ちょっとびっくりのホームページがでてきましたので、別にメールの添付で送ります。D大周辺のお店の記事ですが、そこに「金八」のおばちゃんの姿が・・
この記事を見つけた当時、インタネットはダウンロードして、オフラインで読むものだったので保存していたようです。

すべての戦闘的学友諸君は

成人式など行かなかったし、卒業式はフンサイするものだった、なんつって(笑)。

いや、話変わりますがguevara129さん、貴重な情報ありがとうございました。さっそく拝見しましたが、もう驚き桃の木山椒の木です。「金八」もですが、僕が一番うれしかったのは別館西側にあった「松之家」の記事と写真です。ここの焼きそば大盛には大変お世話になりました。丼物では天肉とじの大盛というのが、まさに具のピラミッド、持ってる左手が重いのなんのって。それと「やぎ」ですね。ここは1階が喫茶店で2階が「風車」という雀荘で、入るとゲーム前にショートピースを4箱くれるんですね。僕はもっぱら別館近くの「グリーン」がホームだったので「風車」はほんのたまにしかいかなかったけど、何故だかマスターに覚えれらていて、後輩と一緒にゲームしていると「この先輩、上手いからしっかり教わるんやで」などと言われたものでした。

これ何時頃の記事でしょうか?

そうか

何で成人式の想い出が無いのかやっとわかりました。
京都って自己申告制だったんですね。
そんなん、ちゃんと告知してくれなきゃ絶対連絡来ると思っちゃいますよね。
ただ、連絡が来たとしても多分行ってなかったと思いますが(笑)
そうそう、会場準備の日雇いのバイトは僕もやりました。
確か葵祭かなんかの準備だったような・・・。

最近、パソコンをフォーマットして、アドレス帳を消してしまっていた上、夜、眠い中書いたので、ずいぶん恥ずかしいタイトルでごめんなさい。
前の前の職場にいた当時につくった文書と同じCDに入っていましたので、10年くらい前だと思います。
最近も思い出して、ネット上を検索しましたが、どうももうページそのものが存在していないようです。

あらま、Purple_Hazeさんも成人式は

ゲルニしたお仲間でしたか。そうですよね、自己申告制ならそうだと封書か何かできちんと通知しないと分かりませんよね。もっとも、そんな経費をかけてもどうせ参加するのはごく一部だと当局が判断して、経費節約のため各区役所にポスター1枚という措置だったかもしれませんが(笑)。

うちは成人式ですが、そちらは人生の一大イベントが今年待ち構えていますね。くれぐれも物わかりのいいパパを演じないようにお願いします。グズグズでいいじゃないか、人間だもの。

惜しい、というかもったいないというか

頂いたデータを丹念に読んでいたら、一番最後のほうにバックナンバーで「なかじま食堂」や「磔磔」、そして別館御用達の「デューク」なんかの記事があったと書いてあって、無念、残念、読みたかったと涙あふれて、何も見えない、もう誰も愛せない~とどさくさまぎれにハマショーの歌詞なんか口ずさんでしまいました。

しかし、軽くショックを受けたのはguevara129さんのメールの中に昔はDLしてネットの記事を読んでいたとあったことです。通信料が大変だった時代ですね。それに比べると今は極楽です。

う~ん、成人式ねぇ

ぶっちゃけいいますけど、私らの時代だと(まぁ、4、5歳しか離れてませんけど)、成人式に行くのは中学卒業とか高校卒業で就職した連中の広域同窓会みたいなものでしたからねぇ。特に、ヤンキー全盛の頃ですから、想像して貰えばわかりますけど、そういうノリですわw ですから、私は興味すらなかったです。というか、私、高校の卒業式も面倒なので出てないですしw

まぁ、大学の入学式は、独特の演出があるので有名な某W大学だったので、物珍しさで一応でましたね。応援団とかグリークラブが出て来て盛り上げるそのなかを、大学教授がマントに角帽でぞろぞろ出て来るという演出ですけど、見せ物として良く出来てますからw まぁ、一回見りゃもういいっすけどね。

barrett hutterさんが成人式の頃

というのが、ちょうど80年くらい、ザ・MANZAIがブームの頃じゃないですかね。単なるお役所の儀式だった成人式に、ヤンキーの兄ちゃんたちが集い、会場には入らずに周辺をうろうろして友達同士で騒いだり、式典の途中に爆竹や花火を投げつけたりして、招待されたエライ人たちが激怒したりしたのがニュースになった頃でしょうか。

まあ、それで成人式もあまり沢山の若者を集めて暴動になったらバイヤーだというので、各出身中学校ごとに行うようになったというのが真相ですな。もっとも拙blogをお読みいただいている皆さんは圧倒的に成人式不参加で、ちょっと安心しました。
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