歴史上の人物にしちゃいかんぞ、という話

 今日は久しぶりに家族そろって車で出かけた。もっとも観光ドライブなどではなく、配偶者の休日出勤の場所が車を置けないところだったので送っていこうとしたら、バカ娘1号・2号がそろってイ×ンのショッピング・センターに連れて行けと言いだしたのだ。この二人最近バイトで小金を貯めているので親より威勢がいい。取り急ぎ配偶者を送り、その帰り道に「がんばっど宮崎!~水平線の花火と音楽~」の会場予定地など眺めながら、イ×ン・ショッピング・センターに行った。二人は何とかという店でパスタを食べて、そのあと服をどうしたこうしたと話していたので、ブランチに『出前一丁ウィズキャベツ&魚肉ソーセージ』をセルフ・クックしてイートした自分は送ってしまえばお役御免だと思い「お父さんはあんたたちを下ろしたら別のところに行くから、帰るときはメールしなさい」というと、娘二人をほったらかしにして自分だけ遊びに行くのは言語道断だと口をそろえて文句を言われ、「そんなん言われても、お父さんはもうお昼食べたし」と答えたら、どうせいつも家族でイ×ンに来ても一人でタワレコや旭屋書店に行くではないかとこれはこれでなかなか鋭い突っ込みを入れられ、しょうがないので「じゃ、タワレコにいるから用事が終わったらメールしなさい」ということで妥協した。人生は妥協である。

 で、このところCDはフルモト中心でタワレコも随分お見限りであったのだが、しばらくぶりに来てみると若干配置が変わっていた。いや、CDのコーナー、つまり日本の音楽、あちらのロックやジャズなどの大きな配置は変わらないのだが、以前は味噌もくそも一緒になっていた日本の音楽、J-POPなどという訳のわからないくくり方されているジャンルだが、それがフォー・ジジィ&馬場ぁ、と書くとプロレスだな、そうじゃなくてババァ、とフォー・ヤング、あ、ここの「フォー」は「4」ではなく「For」の意味です。つまり、J-POPも懐メロの部と若者の部に分けて置いてあったということだ。当然こちらはジジィコーナーから見ていったが欲しいものは沢山あれどやはり予算の問題がなどと呟きつつ若者コーナーを見るとたしかにあまりよく知らないシンガーやドンバやプレイヤーのものが多い。ちょっと笑ったのは高田渡のCDは当然ジジィコーナーにあったが、その息子の高田漣のものはヤングコーナーにあった。しかし、高田漣なんか若い奴が聴くのかなと思いながら取り出してみると、なんとマイク真木と一緒にやってるアルバムで「バラ」をテーマにしてある。これはもちの論、日本フォークソングの草分け的ヒット曲かのロールオーバー浜庫先生作曲の「バラが咲いた」からインスパイアされたというか、好きな言葉ではないがリスペクトしたアルバムだろう。しかし、そういう狙いをはたして今の若い人が分かるのだろうか。ま、どうでもいいが。

 いろいろ思うことがあったが、時計を見たらまだ1時間も経っていない。当然このまま洋物(洋物つうとなんかスケベチックですな。いえワタクシはそういうものは純然たる国粋主義なんですが)のコーナーに行った。アルファベットのAから見ていったら、アップル・レーベルの古いCDが紙ジャケットで再発になりしかも結構お手頃単価になっていたので、バッド・フィンガーこうたろか、とかメリー・ホプキンのこれには「未来の子供たちのために」は入ってなかったんだっけ、などと下手すると60年代末の記憶をたどりつつうろうろしていたら突然どっかで見たような二枚目の男の顔写真が眼に入った。キャット・スティーブンスだった。今はヨセフ・イスラムになってしまい若い頃とは別人28号の顔つきだがそこに映っていた彼はまだ30代前半くらいのころではないか。真正面を見据えていて微笑んでるのか、微笑もうとしているのか柔和な顔をしている。こんなジャケットのアルバムは知らないなと良く見たらそこには『CAT STEVENS ×4CD  4 original albums』などと書かれてあり、下のほうに彼の初期のアルバムジャケットが4枚写っていた。

4枚組キャット・スティーブンス


 右上から『Tea for the Tillerman』(再デビューして2枚目のアルバムで邦題は何故か『父と子』というこのアルバムに収められていたヒット曲のタイトルだった。本来は『農夫にはお茶を』とすべきなのに。アルバム内のタイトルナンバーはそういう訳をしていたのだが)、『CATCH BULL AT FOUR』(これはそのまま『キャッチ・ブル・アット・フォー』という英語のタイトルがそのまま付いていた。再デビュー4枚目。しかしこのアルバムで十牛図の存在を教わり「得牛」というのが本来の意味だと知った。なんで西洋人に禅を教わらなければならないのか、もっとも彼のそのあとのアルバムにも『仏陀とチョコレート・ボックス』という宗教的なものもあった)、『Mona Bone Jakon』(これもたしかそのまま『モナ・ボーン・ジャコン』というタイトルだったはず、じゃないか。このアルバムも収録曲のタイトルから取った『白いバラ(なんで「マイ・レディ・ダーバンヴィル」が「白いバラ」になるのか、たしかに歌詞の意味をたどるとそうなるけど、納得するようでどうも腑に落ちない)』だった。再デビューの1枚目。そして何故か『FOREIGNER』。邦題は『異邦人』って久保田早紀よりはるか前だけど、当然カミユよりは後って当たり前だのクラッカーだ。再デビュー後の5枚目。

 で、ここまで読まれた方はあれ、と思われたはず。そう思わなかった方は上の段落を再度良く読んで頂きたい。ご存知の方はご存知だろうがキャット・スティーブンスは最初アイドル・ポップ・シンガーとしてデビューして「マシュー&サン」とか「アイ・ラブ・マイドッグ」などのヒットを飛ばすのだが、結核にかかり療養のためシーンをリタイア。その後シンガー・ソング・ライターとして再デビューするのだ。その再デビューの1枚目から順に4枚選ぶと『FOREIGNER』ではなく『いじめっ子と炎の猫』にならないといけないのだ。あ、『いじめっ子~』ってのは僕が勝手につけたタイトルで本当は『Teaser and the Firecat(これも邦題はそのまま『ティーザー・アンド・ファイア・キャット』である。このアルバムをテレビで紹介したことが故K野Y二氏の数少ないGJの一つであるというのは僕の勝手な結論だが)』。どうして『ティーザー~』が入ってないのか、ちょっとうがった見方をすると、『ティーザー~』だけは未だに単独商品として売れるからという資本の論理ではないだろうか、だってレーベル変わってないし、たとえばキャットの音楽の変化を示すのであれば、先ほどの『仏陀』や『Izitso』をセレクトするという手もある。余談だが、彼の来日記念盤(!!)で出された『Saturnight』はCD化されないのだろうか。演奏も録音もなかなか良かった。僕は当時出てすぐ購入したのだが、ビートルズのホワイト・アルバムのように通し番号が振ってあった。そうそう、それとそのアルバムからシングル・カットした「アナザー・サタディ・ナイト(ご存知、サム・クックの名曲)」はたしか売り上げをユニセフに全額寄付するとかしたとか聞いたな。

 さてこのキャット・スティーブンスだが、21世紀の現代にはこの名前のミュージシャンは存在しない。もちろん亡くなったわけではない。彼はもともとギリシャ人の父親を持つイギリス人で、だからこそ『異邦人』であったわけだが、SSWとして再デビューしてからはやたら東洋思想に染まり、十牛図をテーマにしたアルバムや、たまたま飛行機に乗っていたときに持っていたのが木彫りの仏像とチョコレートの箱だったことから『仏陀とチョコレートボックス』などというアルバムを作ったり(余談の余談だが彼はイラストレーターとしても個性的でアルバムジャケットも彼のイラストが多いのだが、この『仏陀』アルバムでは裏ジャケットにストーリー漫画を描いていて、それがそのままアルバムタイトルの解説になっている)、僕はてっきり彼を仏教徒だと思い込んでいた。ところが人生何があるかわからない。たまたま兄にもらったコーラン読んでるうちにすっかりその考え方(というか宗教だから教義と書くべきかな)に染まってしまい、あろうことかイスラム教徒に改宗して、音楽活動をすっぱり止めてしまった(嬉しいことに最近はまた音楽を通してコーランの教えを広めるということで活動再開してアルバムも出し始めたが)。そのあたりの話は本人がここのインタビューで語っている。

 西洋人の顔立ちでイスラム教徒ってのは大変だろうし、現に「悪魔の詩」事件の時はテロを容認しているとたたかれ、9.11の時はテロには反対だと声明を出したものの同じ穴のむじなだろうと決めつけられたり、ベールを着用していない女性に話し掛けることを拒絶したという主張に対する名誉毀損訴訟で勝訴したとか、米当局の「監視リスト」の一種に名前が載っていてアメリカ入国は拒否されたとか様々な事件やエピソードを見聞きするにつけ、ああ、この人オレと同じだなとつくづく思うのである。いや僕はイスラム教徒ではないし、彼のような才能ある人間ではないが、世の中の流れに従って生きることが下手というか、黙っとけば自分の利益なるのにウソがつけないというかつい一言いってしまってドツボにはまるという人生を送っているので世渡り下手な人を見ると共鳴・共感してしまうのだ。いい加減こういう性格を矯正しないとそのうち周りに誰もいなくなると思うのだが、それが出来ない。別館人生を送った人間のサガなんだろうな、たぶん。

 おっと話が妙な方向に行ったが、この4枚組セットお得ですよ。税込2,000円だから1枚当たり500円。ブコフの中古CD並みで紙ジャケットの新品が手に入る。しかし、2,000円なんて廉価盤(これを「ケンカバン」などと読むと、あなたは他人から「F田トシオや」と言われても否定できません、なんつって楽屋落ち)に文句を言ったらいかんのかもしれんが、単価を多少あげてもいいからジャケットデザインとインナースリーブはちゃんとしてほしかった。というのもキャットさん、アルバムが売れるに従って内ジャケットにイラストや写真、歌詞をいれたり、そうそう『異邦人』には絵葉書まで入っていたもんね、また歌詞カードがぺらの紙じゃなくて厚紙でそれを壁に飾ったりできたし、まあ、なんというのかそういうデザインを含めてのアルバム・アートだったと思うのだ。この4枚組はそれぞれのアルバムのおもてはオリジナル通り(もっとも全部赤くふちどりされているのはどういうことだ)なのだが、裏側は収録曲名しか書かれていない、まあ愛想もくそもないのだ。

 久しぶりにキャット・スティーブンスのことを思い出していたらとりとめがつかなくなって(ま、いつものことだから気にしない、気にしない by一休さん)、ネット・サーフィンしていたら、なんとキャットのライブには常に横にいた名ギタリストのアラン・デイビスが亡くなっていた。という記事をネットで読んだような気がして先ほど調べたら別のアラン・デイビスさんだった。キャットの右腕のアランはALUN DAVIESで亡くなられたのはALAN DAVIESさんというラグビープレイヤーの方だった。間違えて申し訳ない、合掌。ただ、もう皆さんそういう年齢に近づいてきてるよな。そういえばキャットのプロデューサーだった元ヤード・バーズのポール・サミュエル・スミスはあの体型からして絶対メタボで成人病、あ、今は生活習慣病というのか、そういうのにかかること必定の体型だっただけにお元気なんだろうか。で、調べたら御歳67歳だがお変わりないようで、って話がそれすぎ。で、ちょっとばかし検定受けたら合格した。記念に貼っておく。



まあ話がそれすぎついでに書くと、昔ヤング・ミュージック・ショーというのが某国営放送でイレギュラーで放映されていたのだがキャット・スティーブンスの時は何故かディープ・パープルとカップリングというか前半キャット後半パープルという訳のわからん放送だった。それとそのときの印象がモノクロでした出て来ないのだが、もしかして白黒放送だったのか?いや、我が家のテレビが壊れていて白黒でしか映らなかったのか?

 で、肝心の音楽について何も書いてないことに気がついた。以下駆け足で行く。

『モナ・ボーン・ジャコン』~ヒットしたのは1曲目の「白いバラ」。マイ・レディ・ダーバンヴィルという歌いだしで延々と恋心が歌われるが、最後彼女は死んじゃって、でもこのバラだけは永遠に死なないなんてグリム童話のような話。3曲目の「ポップ・スター」は過去の自分の反省みたいな自省的な歌だけど、曲としてはいまいち。8曲目の「カトマンドゥ」はフルートがフィル・マンザネラじゃないやジェネシスのドラムで髪の毛の不自由だった、あの、そうそうフィル・コリンズが吹いてます。このアルバムは再デビュー1作目でいろんな楽曲が入っているが、個人的に一番好きなのはラスト・ナンバーの「リリィホワイト(ユリのように白く)」。アコースティック・ギターとストリングスがきれいに絡んでキャットのボーカルも素直でいい。歌詞は窓越しにいつも同じ時間に見かける名前すら知らない女性のことを歌っている。ご本人によると結核で入院しているとき実際にあった話を歌にしたらしい。この曲を最初に聞いたのはオリジナル・アルバムではなく映画『少年は虹を渡る ハロルドとモード』のサントラ盤である。73年くらいだと思うが、まだキャットのベスト盤は出ておらず、偶然H楽器店で見つけたこのアルバムを買って当時持ってなかったキャットのアルバムの代表曲を覚えた。映画は今でもカルト的人気を誇っているらしいが僕自身は残念ながら未見。もっともライナーを繰り返し読んだのでアルバムにあった写真とともに映画を見たような気になっている。



『父と子』~1曲目の曲名が「子供たちの園はどこへ」。物質文明が高度に発展していく中、そしてその便利さを享受しながらも、でも子供たちはどこで遊んだらいいんだという問題提起をする。P-Modelの「子供たちどうも」の元歌、のはずはないか。まあ、こういう考え方をしてしかもそれをメロディに乗せて歌うというところから彼の真面目さがよく出ている、そのくせ2曲目は「カタブツの女を探している」というからよくわからん。で3曲目はレゲエで大ヒットした「ワイルド・ワールド」。オリジナルもベースが利いたリズミカルな曲だがジミー・クリフのバージョンも大変よろしい。キャットって意外と黒いのだ。それはアルバム『異邦人』を聴くと良く分かる。7曲目は「ロンガーボーツ」、たしかヤング・ミュージック・ショーでも歌っていた。UFOが攻めてくるぞという歌だが、どことなく狼少年ぽい。そして何故か日本盤のアルバムタイトルになっている10曲目の「父と子」。この歌はロシア革命をテーマにした(たしか『RevoRussia』とかいうタイトルだった)オペラだったか芝居だったかのためにキャットが書き下ろしたもの。年老いた父親が革命戦線に加わろうとする若い息子に諭すのだが、血気盛んな息子は「なんど言ったらわかるのだ。いっつもいっつも古臭い話ばっかりしやがって。オラァ餓鬼の頃から聞かされてばっかり、耳がダンボだよ」などと反抗する歌で、初めて聴いた高校生の時は息子の側で異議なしだったが、最近はオヤジの「まて、まて留まるんだ」という力のない呟きにシンパシーが行くのはどういうわけだ。



『キャッチ・ブル・アット・フォー』~このアルバムの印象、発売当時聴いていたのと今回聴いたのでは180度変わった。あ、もちろんいい意味で。なにせその前の『いじめっ子』が素晴らしいアルバムで全曲シングルカットしてもおかしくない名盤だっただけに、発売前から随分期待してたしかレコード店に予約して買った。買って家に持って帰りじっくりアルバムジャケットやライナーを読みながら聴いたのだが、どうもピンとこなかった。特にB面は繰り返して聴く気になれず、1曲目の「シッティング(「人生はさすらい」という邦題で僕のこのblogの最初のタイトルにしたくらい気にいった曲だったが)」と5曲目の「キャント・キープ・イト・イン(邦題は「愛にこそ人生が」ってまるでオール・ユー・ニード・イズ・ラブみたいな題名)だけ繰り返し聴いていた。しかし、今回改めて聴き直してみると実に落ち着いた楽曲が多くてしんみりしてくる。テーマが禅の教えからきているのでやや線香くさい感じはあるが、それまでのアルバム以上に個人の内面に入り込むような仕上がりになっている。8曲目の「オー・カリタス」は民族楽器使って如何にもそれ風ってか、彼はブーズーギなんかも前のアルバムで上手く使ってた(歌詞の一部もギリシャ語だった「ルビー・ラブ」を参照)。



『異邦人』~これは問題作というか、その前の4枚のアルバムをある意味全否定するすばらしい作品だけど、あんまり評価されていないのが悔しい。このアルバムもたしか予約して購入したのだがジャケットの写真の表と裏があまりにイメージが違っていた。おもてのジャケットは真っ白で中央にモノクロでキャットの顔写真が貼ってあるのだが黒くふちどりされていてまるで遺影のようだった。もしかしたら結核が再発して死んだのではないかなどと不吉な噂を当時の高校でばらまいたのは私です。もっとも300数人いた同学年中反応してくれたのはS原君だけだったが。で、裏ジャケットは空のハンモックにサイドテーブルがあってブリキのバケツ(に見えたのよ。当時は物を知らなかったから、って今でもあれの正確な呼び名は知らんが。ほらシャンパンなんか冷やしてるバケツ)の中に氷と飲み物が入っていていかにも南国のバカンスって感じで。ふうん、てな感じでA面に針を落としたらいきなりキャットのボーカルが入ってきてそれから一気に20分弱、組曲「異邦人」であった。愛をテーマにしたコンセプトアルバムで、それまでのキャットはたしかにピアノのいい曲もあったが圧倒的にギター、弦楽器の人というイメージがブチ壊された。ピアノ、キーボード、シンセにうねるベースにホーンセクション、フィル・アップチャーチのギターが躍動するのはまるでデオダートのアルバムのよう。B面の4曲もどれもリズムが強調されていて、特に4曲目の「レイラー」は本人も「シャフト」と「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」に影響されて作ったなんてのたまっていた。そうそう、ラストの「100 I Dream(邦題は「目覚め」って麻丘めぐみかって、あれは「朝のめざめ」を知ってる君は通だ)」もアコースティック・ギターで始まる感動的なナンバー。「幸せに死ね」という叫びが若い頃のワタクシには実に新鮮で気持ちが良かった。ああ、久しぶりにおん額の話を書いたらちょっと疲れたが、その後のキャットの話ってかイスラムの話はまたいつの日か。



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コメント

ヤングミュージックショー

仏像が出てきたりするやつですよね、仏像が金色だったような記憶があるのですけど・・・・。中学生だったのでキャットにはほとんど興味が無くて後半のパープルを見るための暇つぶしに見てたような・・・。今なら逆なんですけど。
パープルのやつは白黒だったと思うのでその印象がキャットのもにまで影響してるのではあーりませんか。

『ティザー』が入っていないのはこの4枚買おうと思う奴だったら当然持っとるやろということでは無いでしょうか?先輩ひょっとして持ってないの?それで怒ってるんですか?

アホッ!LPもCDも持っとるわっ!!

いや、この4枚セットは同時代にキャット聴いてた人向けというより「ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ」という意味合いが強いと思うわけよ。もちろん、アナログでしか持ってなくて、しばらくこの手の音楽から遠ざかっていた人が懐かしくて買うってのもありありだとは思うけどね。実際、キャットのファンって中途半端な人はあまりいないと思うぞ。僕もアナログは全部持ってるし、『いじめっ子』と『異邦人』はCDも買い直した。

>仏像が金色だったような記憶

うーん、言われてみれば『仏陀』のイラストとか曼荼羅みたいなのが出てきたような気もしてきた。DPの白黒のインパクトが強すぎたんだろうな。特にイアン・ギランはまさに肉食人種って感じだったし。

いやあ、思い入れあるんすね

キャット・スティーヴンスとか今でも結構、facebookでYouTubeのリンクがあがってくるんですよ。欧米では、思い入れある人多いみたいですねぇ。うん、50歳以上の人には特に印象深いみたいですね。

でも、日本の地方都市に住む中学生が何故ここまでキャット・スティーブンスなどという地味なアーティストにこだわっていたのやら不思議な話じゃないですか。私程度でも、facebookで日本人がなんでそんなにRock知ってるんだと呆れられてるようなんですけど、欧米人とか日本人が欧米のRockを聴いてることすら、ピンとこないみたいですよ。

例えば、Judasの初来日時の映像を紹介しながら、その当時のステージの様子を詳細に紹介したら、結構感動されてました。まぁ、Queen来日時の話とか、当時どういう風に雑誌記事がでていたとか英語で紹介すると、若い子にえらく感動されてます。特に、50歳以上の人には同世代感覚を持って受け入れられているようで、お友達依頼が結構毎日くるんですよ。まぁ、日本のRockバンドとかの映像紹介したりすると、驚くみたいですね。

彼ら、日本人をエキゾチズムでしか理解してないですから、生の日本人の姿が、意外みたいですよ。英語とイタリア語と日本語を混ぜてアホ言ってるのですけど、どうも日本人が英語で冗談を言うというのにも、ピンとこないみたいでw おい、それ冗談なんだけど、こうこうだと知ってて冗談書いてるんだよなどと、わらけるとようやく向こうも納得するみたいでw 全くfacebookでも日本人少数派だけど、気にせずひたすら爆撃してます。

drac-obさんも、facebookでこんなネタ英語で書くのできるでしょうにw IDあるんだから、これ爆撃したら大うけしますよw

うーん、facebookは放置プレイ状態ですな

自分のblogをチェックしたり、mixi見たりしてると時間も無くなってfacebookは名前だけ置いてる感じです。Wolfgang's Vaultも油断してると「In Case You Missed It」ばかりになってるし、Myspaceもメルマガで思い出してる状況です(笑)。

>日本の地方都市に住む中学生が何故ここまでキャット・スティーブンスなどという地味なアーティストにこだわっていたのやら

うーん、確かに日曜の夕方のテレビ(K野Y二さんが出てたやつ)を見てなければ、もしかしたらキャット・スティーブンスもバッド・フィンガーもそんなに深く感情移入しなかったかもしれません。いや、やっぱりどこかで出会ってのめりこんだでしょうな。結局、メロディラインと歌詞とボーカル、プラスギターとピアノが自分の嗜好に合ってたんでしょう。アメリカのシンガーソングライターとはちょっと違った翳りがありましたからね。

>若い子にえらく感動されてます

きれいなおねいさんがインクルードされていたらちっと考えてみよう。いや、積極的に考えて…。

それがインクルードされてたりw

いや、それが自分でもびっくりすることに、インクルードされてるんですよw

ポーランド人の写真家希望の奇麗なおねえさん(子持ち)とか、ロシア人の奇麗なおねぇさんと古流居合の話を語ったりとか、結構美人どころ揃えてますぜ、だんなw

その仮説の検証のために

可及的速やかに行動したいと、いえ、きれいなおねいさんは実存なのか、ほんまにいるのか、これは学問上の純然たる関心です(キッパリ)。
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