激しい雨が怒りを悲しみに、ってガラじゃないか

 昨日はピーカンに晴れたいいお天気だったが、今日は梅雨の本領発揮というか最近の流行り言葉で言えばゲリラ豪雨といってもいいような土砂降りだった。もっとも、というか幸いなことにというか、豪雨は断続的で猛烈な雨風が吹きまくったかと思うと、一瞬にして静まり返り、下手すると雨雲の隙間からちょっと青空がのぞいたりした。それで、安心していると突然嵐の如く(どっかで聞いたようなフレーズだ)、またもや大雨と強風が吹きまくり傘の骨が折れるわ、靴はずぶぬれになるわ、正しく踏んだり蹴ったりの日だった。何しろ竜巻注意報まで出る始末。しかし、竜巻をどうやって注意したらいいのか分からない。このあたりは一度、午後7時28分の恋人である小首傾げの半井さんに手取り足取り教えていただきたいものだ。いや、その変な意味ではなく、って下心十分だっちゅうの。

 などと、能天気な事を書いておりますが、梅雨真っ盛りのこの時期に雨の曲特集を組むという正しく陳腐なアイデアが浮かび、しかし、人生ひねくれて生きてきた僕がそんなに素直なエントリーを書いてもしょうがないだろうと思い、まあ雨の曲特集はやるにせよ、本日はその前段階武装蜂起ということで大雨、土砂降りの歌特集でもやってこまそうかと考え、そしたら例のあの、雨が降ります、大雨が降るという「A Hard Rain's A-Gonna Fall」をいろんな人が歌っているので、ちょっとそれを僕の感想つきでアップしたらどうだという安易なことを考えて、今実行しているとこなのだ。

で、「A Hard Rain's A-Gonna Fall」は、邦題「はげしい雨が降る」で、まあ何の異議もないのだが最初にディラン(これは大塚まさじのいた喫茶店の名前ではなく、ユダヤ系アメリカ人の歌手の名前です、って誰も間違えないっちゅうの)のシングル「風に吹かれて」のB面で出されたときは「今日も冷たい雨が」というタイトルで、まるでランディ・ニューマンの「I think it’s gonna rain today」かハイ・ファイ・セットのヒット曲みたいなタイトルだったらしい。もっとも僕がこの曲のタイトルを聞いて、最初に連想するのはブライアン・フェリーである。彼のロキシー時代のファースト・ソロ・アルバム『愚かなり、わが恋(These Foolish Things)』の冒頭1曲目に入っている。雨音のSEと同時にあの独特の、ある意味気色の悪い声でせつせつと歌い上げるのを大学に入ったばかりの頃、修学院の下宿で、そうそれも丁度今時分の梅雨時に何度も何度も聞いたものだ。



 YOU TUBEにフェリーのこの曲のPVがアップされてて、それを貼ろうと思ったのだが出来ず、探していたら77年のこのライブ映像が見つかった。バックはドラムこそロキシーのメンバーだが、ギターはフィル・マンザネラではなくクリス・スペディング!!である。カッコイイのだ。そしてフェリーの服装が渋い。丁度この頃初来日したんじゃなかったっけ。僕も行きたかったのだが予算がなくて、ライブを見た故M原君が「まるでキタあたりにいる酔っ払いのサラリーマンみたいにだらしなくネクタイ下げて、シャツを腕まくりして歌った」と話していたが、まさしくその格好で歌っている。オトモダチのK野Y二さんが観客でいないかと探したが残念ながら見つからなかった。町中にピンクがあふれ出さないと出てこないのかな、などとこれはP-Modelだった。

 で、次に登場するのは御大レオン・ラッセル。この前、花の75年度生のPurple_Hazeさんがblogで特集していて思い出したのだが、確かNHKのヤング・ミュージック・ショーでもこの歌を歌い、曲が終わるときの合図で両手を軽く上に上げてそれを降ろすシーンが印象的だった。あの時は「Roll away the stone」や「Sweet Emily」なんかもやってたな。日本でヒットした「Tight rope」を演奏しなかったのが残念だった。1995年に宮崎でもライブをやってくれた(今、記念に買ったTシャツで確認したので、95年で間違いない)のだが、そのときにこの曲はやってないと思う。レオン・ラッセルのライブの話はとっくの昔に書いたと思っていたのだが、意外や意外、まだ詳しく書いてなかった。当時も今もだがレオン・ラッセルのような大物、ロック史に名を残すようなVIPが宮崎くんだりに良く来たものだと思われるかもしれないが、実はそこには涙なくしては語れない裏話があるのだ。

 というのも、宮崎でこの手のライブを企画していたMという会社があったのだが(ここ過去形になってるのに注意してください)、そこに勤めている人とちょっとした知り合いになり、その人からレオン・ラッセルが来るという話を聞いたのは95年の結構初めだったと思う。僕は最初信じられなくて、まあ、この手の話はドタキャンになる事が多いし、適当に聞いていたのだがテレビに予告が流されるようになって、クリビツテンギョウ。勿論、チケットはすぐその人にお願いしたのだが、心配したのはレオン・ラッセル見に来る人はそんなにいないというか、あれだけのミュージシャンなのに、こと宮崎においては知名度がないというか、ま、宮崎みたいなど田舎で、そらバートランド・ラッセルも知らん人間がうじゃうじゃいる宮崎で、レオン・ラッセルに客は来ないだろうって。しかしがらがらの会場で御大に恥をかかせるわけにもいかんし、かといってオレが動員できるのも限界あるし、いや、一体全体どういう企画で宮崎に、と、あれから15年もたつのに未だに取り乱してしまうような嬉しいライブだったのよ。



 で、結論から言うと企画したM社の経営陣がレオン・ラッセル大好きで採算度外視で宮崎に呼んだとの話で、記念Tシャツもわざわざ特注で作ったのだが、やはりというか、まあ予測できたことなのだが1000人規模のホールに200人くらいの入りで、流石に客の年齢層も高く、それなりに落着いた(勿論盛り上がるところは盛り上がりました、ラストの「ジャンピン・ジャック」のカッコよさったらなかったね)、いぶし銀のようなライブだったが、いかんせん客が少なく物販もでんでんあかん、ちゅうやつでした。そうそう、そのときはTシャツのほかにCDも買ったんだっけ。残念ながらサインは貰えなかったけど。しかし、その日はS藤君と一緒に見に行ったのだが、二人して通ぶって「どうせ、この手のライブは時間通りには始まらない。ライブ前にお祝いでビールでも飲もう」と会場の1階にあるレストランで夕ビー(夕方のビールね)をいっちゃって、開演時間のブザーと同時に会場に入ったら、突然幕が上り左手にパーカッション、右手にベーシストを従えたレオン・ラッセルがピアノを弾きながら歌いだしたのには驚いた。大慌てで椅子に腰掛け(大変悲しいことにステージ前から3,4列目でもがらがらに空いておりました)、それから3人組の演奏で小一時間、ちょっと休憩してレオンがシンセ使ってソロを30分ほど(「ア・ソング・フォー・ユー」もこのときやってくれました)、そして最後にまたトリオになって「ジャンピン・ジャック」で締めるというステージでした。アンコールなかったのと「グルーピー」(カーペンターズが「スーパースター」という名前でヒットさせた曲)が無かったのが残念だったけど、地元宮崎でもうかなりの高齢になっていたはずのレオンのライブを見れたことは、本当にありがたかった。そして、この画期的なイベントをプロモートした会社はもう存在しないことは、とても悲しい。目先の売上げだけにあくせくして、しょうもないイベントばかりやってる会社は残って、こういう良心的な会社がなくなるってのは、やはりどこかおかしい。トムスキャビンも…。

 むさいオッサンが二人続いたので、このあたりで一服の清涼剤を。「バラクーダ」や「ネバー」が大ヒットしたハートのお姉ちゃんの方、アンが歌うバージョンを。こちらはちょっとジャズっぽいアレンジだけど、なかなかに渋い。ハートといえば、2枚目のアルバムでブレイクしたのだが、77,8年あたりに良くフィルムコンサートで「バラクーダ」がアップされていた。おっと、フィルムコンサートってなんだろう、などと小首かしげている若者よ、そういうポーズは半井さんに任せておけばいいのであって、要するにだ。70年代後半といえども、動画で洋楽ミュージシャンを見るなんて機会はそうなかったということだ。何しろ、その頃の京都では『ポップス・イン・ピクチャー』という30分のローカル番組が唯一の情報源。あ、それと超不定期にNHKの『ヤング・ミュージック・ショー』があったくらいか。だから映画の『ウッドストック』や『バングラデッシュ』、そしてビートルズの映画なんてのはお宝だった。ストーンズの『ワン・プラス・ワン』は結局、関西には来なかったんじゃなかったっけ、いや、随分後に来たか。だから80年代の『MTV』にはビックリしました。もっとも今じゃYOU TUBEやあちこちの動画サイトでただで見られるからいい時代になったもんだ。



 と、まあ勝手なことばかり書き続けてきたが、実は僕は怒っています。理由は今週号の週刊ポストの記事。所詮、ポストの3面記事と無視してもいいのだが、コンビニで立ち読みしていて怒りで目が眩んだ。ようするに宮崎は口蹄疫で火事場泥棒的に焼け太りしているというのだ。まず、パチンコ屋に昼間から農家の車が殺到してパチンコしまくってる、とか実際に牛や豚を市場に出すより高額で買い取ってもらえるとか、もちろん畜産農家は今の殺処分された家畜の代金だけではとても無理だが2,3年は国が援助することが決まってるとか、おい、一体どこからそんなヨタが出てくるんだ。パチンコ屋については、口蹄疫関係なく、農家の人が勤め人ではないのだから平日の昼間行くことも多いだろうが、ウイルスを撒くのではないかと必要以上に神経質になってる畜産農家の人たちがパチンコ三昧だという証拠を示してみろ。データはどこだ、などと怒りが収まらないのだが、このあたりの話は改めて。しかし、時代は変わらないよ、まったく。おっと、最後に本家ディランの歌をと思ったが、ジョーン・バエズが後半ディランの物まねしている動画アップして終わります。



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コメント

drac-obさんの日記、非常に良く分かります。また今回は選曲が、まさかブライアン・フェリーのこのVersionをもってくるとは。実は僕もこの曲はフェリーのヤングミュージック・ショーが最初の意識的な出会いでありまして、そのあとアルバムを手に入れるに至ったわけです。でもってレオン・ラッセル。うらやましい(裏山CなのかBackyard mountain and the seaなのかわかりませんが)!

私のDJと近しいですね。
もっとコアなものもあります。
アンビエントからハードロックまで。
へヴィーメタルは扱っておりません。
最近はそれをお休みして、
本望である小説の一部を露出する予定です。

こんばんは。
ガセネタは怒りがこみ上げてきますが、そう言うのを信じる馬鹿な奴もおらんでしょう。
ふざけるな、と言いたい所ですね。

ブライアン・フェリー、確かにあの歌声気持ち悪いのに、わたしもCD1枚だけ持っています。
どうしてかなあ・・・

Goteauxsson さん、どうも。単に同世代だというだけではなく、音楽的嗜好も似てますよね、お互い。
ブライアン・フェリーのこのアレンジと歌い方は実はとても気に入っていて、というか彼の1枚目のソロアルバムで
取り上げられてる楽曲選びのセンスの良さと、独特のアレンジ、そしてバックの演奏も大好きです。

ビートルズナンバーでは「ユー・ウォント・シーミー」なんて、目の付けどころが渋いなとかストーンズは「シンパシー」
をセレクトするのがなかなかとか、「涙のバースディ・パーティ」は弘田三枝子を思い出したとか、あの1枚だけで
エントリーが書けそうです。

ヤング・ミュージック・ショーは何年か前、かなり詳細なデータを集めた本が出ていました。買おうかどうかためらった
挙句、心を鬼にして見捨ててきました。それ以来書店で見かけません。誰かいい人が買っていったのか、返品された
のか、神のみぞ知るというところです。

jesuss275さん、はじめまして。ようこそ拙blogへ。リンク先が表示されず、検索してようやくそちらに辿り着きました。
小説の企画書がアップされてたので、???と思いながらあちこち見ていたら、ああまじめな音楽blogなんだな、と。
こちらは「不真面目」なヨタ話が多いので、気を悪くなさらずに、またお暇なときにでもぜひお運びください。

同じ日に出た、週刊現代も宮崎の防疫体制のまずさを指摘するものでしたが、こちらは鹿児島・宮崎をきちんと
取材して、特に隣接している鹿児島の農家の不安と過剰なまでの防疫体制は、ある意味心強かったです。
それに比べてポストのいい加減さ。すべて「関係者」の発言ばかり。それも「高鍋のパチンコ店関係者」とか
「畜産農家関係者」とか曖昧な、実在するのかよと言いたくなるような、あ、そうか「関係者」だからだれでもいいのか。
まいどまいど、思うけど本当に「関係者」ってのは便利な言葉です。僕もコンビニでポスト立ち読みしたから、「ポスト
関係者」であるわけだ(笑)。

ブライアン・フェリーは麻薬のようなところがあって、最初はたいてい拒絶してしまうけどいつの間にか好きになってる
というまさしく「ダメ、ゼッタイ」のミュージシャンですね。「嫌よ嫌よも好きのうち」という言葉にこれほど相応しいやつは
いないと思います。

だらだらとしたコメントになってしまいますが・・・

1)半井さんが出る頃は まだ帰宅してませんので、
  ON TIMEで観ることは、ほとんどありません。
  話す感じは、関西出身と感じさせませんね。
  女優さんでも 今は、松下奈緒、水川あさみ、北川景子、
  戸田恵梨香など、言われなければ、関西人と思えない人多いです。

2)BOB DYLAN「風に吹かれて」のシングル盤、
  コロンビア盤で持ってますが、確かに B面の邦題は、
  「今日も冷たい雨が」でした。

3)クリス スペディング
  「バタードオーナメンツ」「ニュークリアス」「無言歌」
  「BACKWOOD PROGRESSION」「SHARKS」と
  ずっと聴いてきましたが、この時代は 見た目は
  格好いいのに 線が細くて、もひとつでした。
  ロカビリー風の格好に路線変更してから 日本でも
  「ギタージャンボリー」がヒットして、認知されだした
  感じでしょうか。「JUST PLUG HIM IN」の頃、
  小さいホールで パイプ椅子に座って観た事があります。
  シンプルなトリオ編成で、無骨と言うか、無愛想に
  淡々と演奏してました。「SHAKIN’ ALL OVER」の
  サビを 聴衆が合唱したら 「THAT’S RIGHT」と
  応えたのを憶えています。サイン持ってます。
  
4)レオンラッセルの宮崎公演があったとは!
  驚きですね。昔からは考えられないです。
  洋楽なんて 全く来なかったですよね?
  90年代になって YNGWIE MALMSTEENや
  SKID ROW(YOUTH GONE WILDの方)の
  南九州公演を パンフレットで見て ぶったまげました。
  ガラガラでは、本人は しんどかっただろうけど、
  貴重なLIVEを経験できて よかったですね。

5)HEART
  DREAM BOAT ANNIEが日本に紹介された当時、
  PUNKがブームになる中で、何か清涼感がありましたよね。
  よく集めました。BESTの中のZEPPELINのカバー
  「ロックンロール」LIVEが 好きでした。

6)JOAN BAEZ
  LIVE盤で歌う日本語詞が 結構うまくて、
  「風に吹かれて」 「WE SHALL OVERCOME」はもちろん
  森山良子「今日の日はさようなら」も うまかったです。

K平先輩、相変わらずの濃いコメント有難うございます。
そうですか、半井さんの時間帯はまだon the jobの時間帯ですか。
出来れば彼女の小首傾げを、生で見て頂きたいものです、って何だかヒワイだな。
あ、北川景子は好きです。戸田恵梨香はちょっと下膨れだと思いますってのも
余計な御世話じゃ!

クリス・スペディングのサインはうらやましいですね、そのライブの時に貰ったんですか?
サインと言えば、A水さんが浅川マキにサインを貰おうとしたけど、怖くて貰えなかった
という話を思い出しました。確かK平さんから聞いたと思います。

レオン・ラッセルは本当にラッキーと言うか、無謀なM社さまさまでした。ただあれだけの
スーパースターで前売りが少ないと分かってるんだから、某UMKだとか某MRTあたりに
タダ券撒いてサクラでもいいから、動員かけるべきだとつくづく思いました。
打ち上げはオ×ラのチキン南蛮か、マ×マンの地鶏か意外や意外に戸×のうどんだったりして。

ブライアン・フェリーといえば、ロキシー・ミュージックの「マニフェスト」(うーん、時事ネタ)に収録されてる"Still Falls The Rain"が好きですね私は。
http://www.youtube.com/watch?v=v6sosLhIcL4
次のエントリで触れてらっしゃるヒカシューのリーダー巻上公一はロキシー・ミュージックファンクラブ会長だったそうで、そう思って初期ヒカシューを聞いてみると確かにロキシー激似です。

久しぶりにこの曲聴きました。ちょっと哀愁があっていい歌ですよね。最後のほうで、それまで控えめだったフィル・マンザネラとアンディ・マッケイの掛け合いもなかなか。スタジオもあんな終わり方だったですかね。巻上がファンクラブの会長だったとは知りませんでした。まあ、芸術的な環境も似ていたし、見ようによっては巻上とフェリー、似てると言えますな。しかし、学生の頃はロキシーやイーノや801と、あのあたりの音を良く聴いていました。しかし、今やイーノは宝飾品のブランドにまで影響与えてるから世の中変わったもんだ。
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