ヤングな僕のぽっぷす・なう 番外女性ボーカル編

 いきなりだが、頭にDUKEという単語が浮かんだ。ケネディ大統領のころから活動しているせいで最近自動車を運転中に寝てしまう東郷さんではない。別館の西側の道路をはさんで2階にあった喫茶店でもない。そういえば、あの喫茶店は名前はDUKEだったが、かかっている音楽はいつもビートルズだった。夏の暑い日にインディアン・スパの大盛りとコールコーヒーを注文して、マンガを読みながらぼんやりしていることが多かった。おっと、京都時代の思い出話ではないのだ。久しぶりのぽっぷす・なうなのだ。

 そう、何気なく頭に「サー・デューク」という言葉が浮かんで検索かけたらこんなものに当たってしまった。世界のキャンディーズが歌う「Sir Duke」だ。リードボーカルはなんとミキちゃんが取ってる。バックのブラスサウンドもいい。あれ、スペクトラムじゃないか、と思って調べたら正解といえば正解でした。スペクトラムファンが作っているサイトによると

MMP (ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)
MMPは1974年頃あいざき進也さんの全国縦断ツアーのバンドとして元ザ・ワイルド・ワンズの渡辺茂樹氏をリーダーに結成され、1976年頃からキャンディーズのバックバンドもつとめるようになった。スペクトラムのメンバーは、渡辺直樹、西慎嗣、新田一郎(HornSpectrum)兼崎順一(HornSpectrum)が参加していた。

ということらしい。まあ、もったいぶった前ふりはこれくらいにして動画をどうぞ。



 以前書いたかもしれないが、僕はキャンディーズのライブは一度行ってる。大学に入ったばかりの年に京都産業大学の学園祭に来たのを見に行ったのだ。その時は開演時間が来てもショーが始まらず、観客は当然血の気の多い野郎ばかり、警備に当たっているのは猛者で有名な産大の空手部や応援団だったのでまさしく一触即発(ここでとある日本のロックバンドを連想した君、ちょっと待っててね)の危機だったが、突如飛び入りしたあのねのねの清水(当時芸能活動を休んで単位取得中だった)。なかなかに感動するものがありました。それと、解散前のテレビ番組「みごろ、たべごろ、笑いごろ」は、当時僕は部屋にテレビを持ってなかったので、あちこちのテレビ所有者の下宿を巡回し、ほとんど毎回見ていたと思う。今、YOU TUBEに結構アップされているが、伊東四朗と小松政夫のギャグの応酬や西田敏行、木の実 ナナ、秋野暢子といった芸達者をそろえていて、まいどまいど笑わせていただいた。デンセンマンとかシラケ鳥音頭とか知ってるよね。え、知らない?じゃ、もういい、帰ってくださいってオッサン何十年前の話や。

 そういえば当時流行ったなぞなぞというか洒落みたいな話で「電線に止まっていたスズメを猟師が鉄砲で撃ったけど落ちなかった、なぜか」「根性があったから」というものがあった。いや、要するにナンセンスで現実的にありえない質問に対しての答えは常に「根性があったから」というオチなのだ。このあたり、高度経済成長時代から混迷と停滞の時代に移行つつあった我が国の、その精神論の最後のあがきであり、バブル到来の前祝いの時期のあだ花で、そのあたりを研究すると大変面白いのではないかと思われるが、僕は軽佻浮薄な大衆音楽研究で忙しいので、どなたかご奇特な方が展開されるとよい。余計なお世話か。

 で、キャンディーズときたら当然次は桃色夫人と相場は決まっている。そうそう、また余談だが僕は学生のころ長いこと「桃色遊技」を「とうしょくゆうぎ」と読んでいた。「モモイロ」という語感が果物のモモのイメージでさらにいうと、ミヒャエル・エンデの小説を喚起させるのでどうしても読めなかった(ウソです)。しかし、サークルの先輩で高知学芸高校出身のS賀さんが「あれは『ももいろゆうぎ』と読む。辞書にも載ってる」と教えてくれた。いや、単なる桃色つながりで、それだけの話ですが…。ゴホン、ということでピンク・レディーのヒット・ポップスを捜しました。「ホテル・カリフォルニア」を解散コンサートのときに歌っていたのでそれがあればと思ったが、残念ありませんでした。でも、その代りにこれはもしかしたらラス・ベガスかどこか、いわゆるあっちのほうでのテレビのショーではないかと思うのだが、なんとシュープリームスの「Keep Me Hangin’ On」をやってる。このほかにも「Stop in the name of love」を歌っている動画があったので、結構ああいう路線を目指していたのかもしれない。



 いやー、なかなかやるでしょう?「Set Me Free Why don’t you babe?」のところは日本語で着物の帯を解いて一気に盛り上げる、素晴らしい演奏でした。この2本の動画で味をしめてこりゃ一発わがポンニチのシンガーやミュージシャンがあちらの曲をやってる、いわゆるコピーとはちょっと違う、なんていうのかスタンダードを歌うみたいな感じでエントリー書けるなと思った次第。しかし、この手のナンバーはある程度時代を決めないと古くは弘田三枝子の「VACATION」あたりから始めると際限がなくなるな、などと考えながらYOU TUBE見てたら、ミーコのライブで飛んでもないものを見つけてしまいました。なんと四人囃子と一緒にやってる演奏です。これはすごい。この演奏が75年の録音というのがまたすごい。やはり、花の75年だったんだ。



 いや、これ見てぶっ飛んだというか、最近四人囃子評価されてるから、こういう貴重なものもアップされたのだろうけど、僕は弘田三枝子というとジャズのイメージしかなかったけど、プログレのバンドをバックに歌っていたとは。ちょっと、意表をつかれてしまい、この後の展開をどうするか混乱してきたので、そういうときにはシンシアが一番。今、息子がNHKの朝の番組のレポーターやってるけど、時代は変わったんですな。ま、この人は沖縄出身で70年代初頭、沖縄はまだまだ米軍の島というイメージで、英語で歌うシンシアに全然違和感無かった(今もまだまだ米軍の島というイメージで、基地問題は大変なことになってるけどね)。で、スリー・ドッグ・ナイトの大ヒット曲です。



 さて、話は全然すすまないというか大体どういう方向に持っていこうとしていたのか、今となっては定かではなくなった。本当はこの週末の身辺日記を絡めて、ヒットポップスの話をしようと思っていたのだが、予想外の動画が次々出てきては視聴し、終わっては関連番組チェックしたり、にっちもさっちもどうにもブルドッグになったので、このシリーズ、またの機会に。そして、この女性ボーカルシリーズに我らがアグネスにトリを飾ってもらうことに異議のある人がいるだろうか、いやいないだろう、という反語的表現でエントリーの最後を締めるのだった。おまけに今日は母の日だった。あ、そうそう、アグネス最近政治的活動も多いけど、某大型宗教団体に洗脳されないようにね。そうか、それにはきをつけないとね(と何故かオール平仮名です)。




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コメント

70年初頭は 60年代ほどでは無いにしても 英語をうまく発音できる歌手は
ほとんどいなかった中で、南沙織は うまい方で、普通の歌謡歌手の
洋楽カバーは スルーしてしまうのに 南沙織は 好みだったこともあって
オリジナルに 洋楽カバーの入ったLP片面を そのまま聴いてました。
あとゴールデンハーフの 洋楽カバーも そのまま聴きましたね。
オール洋楽カバーのLPも 出してます。
しかし、80年代になって、早見優が TV番組で 「FOUR」を発音した時は、
本当に びっくりしました。外人みたいでした。私が いくら 真似しようとしても 
所詮 THIS IS A PEN世代、外人風の FOURにはなりません。
LOVE PSHYCHEDELICOのお姉ちゃんも うまいですね。
帰国子女には かないません。

訂正です。
見直さずに 送信したもので。
洋楽オールカバーのLPは、南沙織で、
ゴールデンハーフでは ありません。
失礼しました。

さすがはK平先輩、このシリーズに最初に反応していただけることと確信しておりましたが、どんぴしゃでした(笑)ミス・タンブリンマンさんのエントリーにカップスの動画がアップされていたのも、今回のエントリーのきっかけになりました。キャンディーズやピンクレディはバラエティ番組でヒットポップス歌ったりしてたけど、そのちょっと前の世代はどうだったかな、という好奇心もありました。シンシアやアグネスはある面当たり前(英語が日常使用されている社会的状況)だったので、小柳ルミ子やあべ静江、西崎みどりあたりがポップス歌ってると面白そうだと検索しましたがYOU TUBEでは探しきれませんでした。その手のものはニコ動あたりを探したほうが良さそうです。

しかし、確かに早見優の登場はショッキングでした。「君の香り深呼吸~」といつもラジオから流れるCM曲を歌いながら営業に回ったものでした。

にっちもさっちもブルドッグ、いいですねぇ!いまだに僕も使いますね。といえばサッチモでしょうか?ピンク・レディのミーちゃん好きですね。大学生の頃です。その頃主宰してたいわゆる音楽系同好会で女の子ふたりがピンク・レディやるっていうんで、アコギでバックをやりましたね。うまい奏者がいて、彼はUFOなんかうまかったなぁ。でもアコギですからね(笑)。

キャンディーズで「愛するデューク」てえから、てっきりこっちかと思ってましたが。
・エプロン姉さん(マキちゃんに捧げる歌)
http://www.youtube.com/watch?v=8lKkAzaJo08

調べてみますと、当時のアルバム収録曲の半分は洋楽カバーだったりして、ザ・ピーナッツとか中尾ミエに連なる渡辺プロの正統的なボーカルグループだったことがよくわかります。「キャンディーズ・タイムカプセル」で検索してください。

>「電線に止まっていたスズメを
ニッポン放送の平日夜の帯番組「大入りダイヤルまだ宵の口」のクイズコーナーから流行ったナンセンスなぞなぞですな。これまた当時流行りの豆本サイズで単行本にもなりました。今調べたら、「大人をへこます なぞなぞの本」てえのね。

>シュー・プリームス
点(業界用語では“ナカグロ”)いらないと思います。
ビー・ジーズはあったりなかったりですが。
ビーチ・ボーイズは某ドラマと区別するために入れる人が最近多いですね。
ピンク・レディーは長音記号(業界用語では“音引き”)も必要です。

ピンクレの映像はラスベガス公演の頃でしょうね。シングル「KISS IN THE DARK」がビルボード最高37位にチャートインしたころです。
http://www.youtube.com/watch?v=ecMA0spmyoE

実は、とてもマイナーなんですが地元の南九州出身のニッチモ&サッチモというお笑い系のフォーク・グループがありました。以前、エントリーにアップした「ケの歌」とか「茶碗蒸しの歌」とか歌ってたのですが、というところで何気にググったら幻の名曲「ポクポク仔馬」の音源がアップされていました。これは衝撃だ!!是非みなさんお聞きください。
http://www.nme.com/awards/video/id/7dBZV4hCafM/search/%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%9D%E3%82%AF

ああ、ナカグロと長音記号、失礼しました。大至急訂正しました。
それと関西ネタですが、僕は「Sir Duke」を聞くと「プロポーズ大作戦」のテーマをすぐ連想してしまいます。
これはキダ・タローのほうが早かったから、パクリじゃないな。
http://www.youtube.com/watch?v=ZtEacmDdm5M

ピンク・レディーの勢いは凄かったですね。アメリカ制覇も夢ではなかったように思います。
早すぎたパフィーだったのでしょうか(笑)。

寝る寸前だったので、すべてに反応する余裕が無く、失礼しました。
1)デュ-ク東郷
  はて、誰だっけ? としばらく思いつかず、朝起きて
  考え直して、やっと ゴルゴ十三(じゅうそう)の事と
  思い出しました。
2)D大近くの DUKE
  私は、1人で行ったことは たぶん無くて、常に
  サークル員(T原君とか) 4~5人で 行っていたと思います。
  混んでいた記憶が無いので、たぶん 午後2~3時位に
  行ってたんでしょうね。私は ピラフに 飲み物だったかな。
  名前はDUKEなのに 何でBEATLES? 皆、同じ感想でしょうね。
3)アグネスのチャンは、陳でしたか。
  今まで ずっと張だと思ってました。
  香港人の 陳はチェン(福建人はタンと発音してましたが)、
  張が チャンのイメージなのですが。
4)ニッチモ&サッチモ
  私も これが頭に浮かびました。ローカルですなあ。

>デュ-ク東郷
文章では分かりにくいと思って、例のCM動画をリンクしておいたのですが、文中にアンダーラインのあるものは
リンク貼ってますのでそちらに飛んで頂けると落ちが分かります、ってもうほとんど自己満足の世界ですが。

>D大近くの DUKE
決して料理がおいしかったとか、コーヒーが旨かったなんてことはなかったけど、無性に今食べてみたいですね。インディアン・スパというのはそこで初めて食べた、要するにカレースパなんですが、一緒に入っていた安っぽいハムやピーマン、玉ねぎの味が恋しくて家で作ったりしますが、あの独特の味は出ませんね。青春というスパイスが切れたからかな、なんちゃって、ああ恥ずかしい。
そういえばDRACの女性部員がバイトしていましたっけ。

アグネスの件はまた今度、ニッチモ&サッチモは本日またもやアップしました。ところで「二十歳の手紙」という唯一のシングルヒットのあったジャックと豆の木はご存じありませんか?

5)ジャックと豆の木
  そう言うのもいましたねえ。
  そう言えば、全くのアマチュアだったけど、宮崎で音楽系の催しがあると、
  よく出ていた ブルーグラス系の「サザエの壺焼き」と言うグループを
  思い出しました。
6)あいざき進也
  昔、東京北区で散髪屋をやっているおじ(亡父の末弟)の所に行った時、
  おじ行きつけのカラオケスナックに 連れて行ってもらいました。
  ムード歌謡や演歌が主流の店で、私も 他の客に 合わせて
  不本意ながら クールファイブ「そして神戸」とかを歌いました。
  店を出た後、おじが、「さっき、店にいた男は、あいざき進也の兄貴だよ」
  と教えてくれました。しかし、顔をしかと見ていなかったので、
  どの男だったのか、わかりませんでした。

ブルーグラス系の「サザエの壺焼き」というのは、僕は記憶にないです。もっともブルーグラス系はほとんどアウト・オブ・アワー・ヘッズというか、関心がキャプテン・ビヨンドで、もしかしたら1,2回は見聞きしたかもしれませんが、覚えてません。

あいざき進也は1回生の時なぜかシングル持ってました。「恋のリクエスト」ですね。イントロの”ミスターDJ~”のところが最初「ミーサーリージェ」と聞こえて一体何のことなのかと疑問を感じたのを良く覚えいています。YOU TUBEのコメントにもありますが、チェッカーズの「涙のリクエスト」の発想はこの歌から影響受けたんじゃないでしょうか。

あいざき進也 「恋のリクエスト」
http://www.youtube.com/watch?v=dZ9uhWqqAkw

チェッカーズ 「涙のリクエスト」
http://www.youtube.com/watch?v=Z7wRQxE44mM
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