鬼太郎、陽気じゃ、だとかしまし娘だな、妖気じゃ!!

 鬼太郎の目玉親父が亡くなった。正確に言うと、アニメのゲゲゲの鬼太郎で目玉親父の声優をやっていた田の中勇氏が逝去された。1968年のアニメスタートの頃から、目玉親父の声をやったいたから、他の声優に変わっても違和感あるだろうな。あの独特の甲高い声がもう聞けないとなるとちょっと寂しい。目玉親父のほかにどんな声をやっていたか調べてみたら「オバケのQ太郎」で正太のパパだとか、「アニマル1」で東五郎(ちなみに東八郎は「エイトマン」、海で溺死したのはたこ八郎、噂の真相とトラぶったのは宅八郎って、今時ノーバディ・ノウズだっちゅーの。それより、アニマルワンって凄いネーミングだな、今更ながら昭和のパワーを感じる)、そして「ウメ星デンカ」の王様などをやっていた。「ウメ星デンカ」ってーと、アナーキーの♪トーキョーズバーニング~と歌いたくなるが、それは端折る。

 鬼太郎は小学校の頃、マガジンに連載されていてよく読んだな。当時、我が家ではマンガは買ってもらえなかったので、その分床屋に行ったときや友達の家に行ったときむさぼるように読んだ。当時はまだ「ゲゲゲ」なんて形容詞が付いておらず「墓場の鬼太郎」というタイトルでまだイレギュラーな連載、つまり不定期な連載だったように思う。小学校からの帰り道で、前の方に上級生の2人組みがマガジン片手に話をしていて「このキタローってマンガてげおもしれーっちゃが」などと会話をしており、クソ生意気なガキだった僕は「あれは、オニタロウと読むっちゃないですか」と会話に乱入し、「なんがオニタロウか、キタロウって書いてあるが、ここに」と振り仮名を指され大変恥ずかしい思いをした。なんで、こんなしょうもないことを思い出したんだろう。

 それと、鬼太郎がテレビアニメになったときに、スポンサーがシスコだった。当時、シスコは既にロック・シティだったはずだが、まだロックに目覚めて居なかった僕にとっては単なるお菓子のメーカーだった。そのシスコで唯一といっていいくらい売れたのが「ココナツサブレ」であった。これは未だにときどき買ってしまいボリボリと食べてしまう癖がある。あとをひく味なんだよね、今の時代に合う味ではないけどね。で、その「ココナツサブレ」のCMなんだが、CMソングがあって「シスコ~ココナツサブレはシスコ」と反復するのが、子供心に妙にクドイ印象があった。確か鬼太郎の声優が声で参加していたと思う。

 それはさておき、田の中勇さんのご逝去を悼み白黒の鬼太郎のテーマソングを貼って終わる。また、一つの時代が終わったような気がするな。



スポンサーサイト

コメント

訃報はdrac-obブログから

いやー、
田の中さん亡くなったんですか。
ちょっとショック。

清志郎が亡くなったのもこのブログで知ったんですよ私。
だからなんだっていう話ですが。

今年になってミュージシャンの訃報が何件か入ってきていますが、目玉のおやじの声の方も・・・。「キタロ!」(「ゥ」は入ってないと思う)っていうの皆真似してたなぁ。僕もいまだにやりますよ。ああいう独特の声、忘れないもんですね。「八郎」関連、「愛KNOW」(by The Moonlights)ですよ。もちろん、知ってます。

私は鬼太郎ファンなので、とにかくひたすら悲しくて寂しいです・・・。

去年の黄金週間に入る前の日でした

キヨシローの訃報の記事を書いたら、すぐかくたさんのコメント頂きました。あのコメントは、とても印象に残っています。あの日はオールナイトで「ヒッピーに捧ぐ」をがなったのでしょうか?

今回の訃報も、全身の力がぬけてしまうような感じでした。丁度、目玉親父の声みたいに…。

昨日から何かあると

目玉親父の声の真似をしてしまうのですが、会社でも家庭でも完全スルーされてしまいました。っていうか、田の中さんのこと知らない連中がすでにうようよしている時代なんだな、って。

ハチロー関連、お分かりいただけたでしょうか、サトウハチローも入れとくべきだったかな?

燐さん、今度某場所で会うときは

鬼太郎の話をしましょう。しかし、本当に寂しくなりましたね。合掌。

正太のパパ

と鬼太郎の目玉親父の声が一緒だとは知らなかった。
小林繁が亡くなったのもびっくりしましたが。
我々が若い頃に現役だった人っていつまでもその頃の年齢で止まっているような錯覚に陥ります。
ご冥福をお祈りします。

ウメ星デンカ懐かしい

小林繁投手に続き、浅川マキさんの訃報も。

時は知らずに経っているんだなあ・・

えー、あのサイドスローの小林が

僕たちが学生時代だった頃、コンパなんかで必ず小林の投球フォームの物まねするやつ居ましたよね、あと長嶋とか。小林は例の空白の一日のとばっちりで阪神にトレードされたけど、見事ジャイアンツに意地を見せて男を上げました。片や耳が大きくて後年ワイン評論家になるダンボ親父はさっさと野球に見切りをつけて小金を稼いでおります。

>我々が若い頃に現役だった人っていつまでもその頃の年齢で止まっているような錯覚に陥ります

ホントにそう思います。でも、月日は残酷ですね。合掌。

浅川マキの訃報は

全然知らなくて、先ほどサークルの先輩のsawyerさんの日記で知りました。驚きです。ライブハウスに登場しなかったので、スタッフがホテルに確認したら浴室で亡くなってるのが分かったみたいですね。ツアーに出ているミュージシャンのある意味宿命みたいなものかもしれませんが、伸ちゃんや渡さんなんかが亡くなったときと同じパターンです。

諸行無常だなァ…。合掌。

浅川マキ

私は京都時代、何度か浅川マキを見ていますので、ショックです。つのだヒロと歌った『それはスぽットライトではない』が今も好きです。(原曲はロッド・スチュワート[It's not the spotligh])
  「世の中どこへ行ってもきれいになって、私にはすみにくい、でも、ここは・・・。」と西部講堂のことを話していたのが印象的です。

割り込みですみません

私も 「それはスポットライトでない」が好きでした。
十年位前、職場のラジオから その曲が流れて、
ついつい 「♪も~しも光が またオイラに~」と曲の半分位歌ってしまい、
「歌いたければ 出て行け!」と怒られました。
こういう風に ラジオに合わせて、ついつい歌う事が続き、
ラジオ禁止になっちゃいました。
金子マリのバージョンも よかったです。

guevar129さんから送ってもらった

『ダークネス』を繰り返し、聴いています。なんともいえない雰囲気と声、そして時代を感じさせるバックの音。毎日愛聴するというレコード(あえて、ここではレコードと呼びたいです)ではありませんが、精神が彼女の歌を求めるときに聴いています。

いろんな人が浅川マキについてblogで書いていますが、今日見たものの中ではsawyer先輩のこれが一番強烈で印象的でした。

http://sawyer.exblog.jp/d2010-01-19

僕はカルメン・マキが歌っていたから

「かもめ」と「にぎわい」が好きです。「あたしのブギウギ」も「スポットライト」もいいですが、「セント・ジェームス病院」はちょっと。聴いてると死にたくなるというか、鬱が再発しそうでついつい飛ばしてしまいます。

しかし、こうやってコメント拝見していると、浅川マキの死は事実なんだとひしひしと感じてしまうな…。
非公開コメント

トラックバック

目玉親父よ、永遠に

 声優の田の中 勇さんが1月13日、心筋梗塞で亡くなられた。  田の中さんが、『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉親父の中の人だということは、説明する必要は無いくらい有名だ。 鬼太郎好きの私にとって、どの声優が亡

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索