南の国に雪の降る、何の不思議も…

20100113122033
この冬1番の冷え込みという予報のとおり、3年ぶりに雪が降った。もっとも寒い国の人達からは、こんなもん雪じゃないとお叱りをいただきそうな、慎ましいものだ。

それでも、嬉しくて思わず鼻唄が飛び出した。♪ゆっき、でした あなたの後を何となく追い掛けてったらストーカー! 字余り。
スポンサーサイト

コメント

鹿児島でも雪だそうで・・・

「猫」が喜びますね。

ねえ君、何を話しているの?だからさ

聞き取れないよ、っていう歌詞は、都会っぽくてカッコイイなと思ったものです(笑)。何年か前の映画で「地下鉄に乗って」というのがあり、なんだ猫のヒット曲じゃないかと思ったら「メトロに乗って」と発音するらしく、猪口才なと理不尽な怒りを覚えました。ま、誤爆ですね。

で、これは意外な事実ですが宮崎より南に位置する鹿児島は冬は必ず雪が積もります。いえ、市内はそうでもありませんが大口市とか市長がブレイクしている阿久根市、鶴で有名な出水市、昔の地名で言うと薩摩郡のあたりは結構寒くて雪はバリバリ積もります。昔、営業で大口市を回っていて山越えで出水市に行こうとして死に掛けたことがありました。

北薩は寒いヅラ

祖父母が川内(せんだい、現在の薩摩川内市)に住んでいました。
12月末から2月までは、雪が降り、積もることもありましたので、
雪合戦、雪だるまもできました。出水も寒いです。ここも雪合戦可能でした。
ツルが わざわざ出水を越冬地に選んでるのが不思議です。
京都一乗寺も寒かったです。15CM位積もって、長靴にコート姿で坂を下り、
雲母(きらら)湯に行ったこともありました。市内中心部とは、温度差があり、
一乗寺が雪景色でも 今出川は全くのFAIR WEATHERだったりして。
EVEの頃も 寒かったですよね。

そうですか
鹿児島のほうがよく雪が積もるとは、ちっとも知りませんでいた。
丁度息子が出張で羽田から鹿児島行きの飛行機に乗ると連絡があり、雪で着陸が送れるかも・・という連絡があったもので。

K平さん雲母湯ご存知でしたか。
修学院の家内の実家に行くと必ず行っていました。
上のほうに「とんちゃん風呂」・・家内の学校の友達のトンちゃんの家がやっていた風呂屋なのでそう呼んでいましたが、やがて廃業となって、もっぱら雲母湯でした。多分今でも薪でお湯を沸かしていると思います。

さすがの京都も、学生が少なくなったせいか、古い家も風呂が完備されたのか、それとも建て替わったのか、だんだん銭湯が少なくなってしまいましたね。
銀閣寺湯は健在のようです。

この辺の人は

スタッドレスタイヤとか持ってるのかなあ、普通タイヤでの走行は危ないなあ、そんなことを思いながらニュースを見ていました。

雲母湯の思い出

sawyer先輩も 雲母湯を利用されてましたか。
私の下宿は、詩仙堂の手前(裏)でした。
雲母湯は、一乗寺界隈の下宿生が多く利用していましたので、
夜は 履物の置き場所も無い位 ごったがえしていて、
洗い場の順番待ちが大変で、苦痛でした。
学年が進むと、日暮れ前とかの空いた時間帯に 優雅に
入浴することもありました。卒業直前に 下宿の隣室の奴と二人で
一番風呂を満喫し、「これからは、もう こう言うことはできないな。」と
言った事を思い出します。それと、親子+幼児の孫の三人で来ている
ややガラの悪いのがいて、横の学生のお湯がかかったりすると、
恫喝してたのが、感じ悪かったです。親子の血を引いて、孫も
似たような中年に育っているのか、気になります。
10年位前に 下宿に行った時、小さな風呂が設置されていました。
時の流れから言うと、そうであろうなあと思いました。 

川内も寒いところですね

川内とかいて「かわうち」とか「かわち」と読まずに「せんだい」ってのは、読めませんよね。僕が最初に入った会社で、新人研修を鹿児島で受けたのですが、そのときの同期生が川内出身でした。初めて顔を合わせたときに、どこから来たか尋ねたら「せんだい」と答えたので、てっきり杜の都の仙台だと思って、そりゃ随分遠くから来たんですね、と話したら怪訝そうな顔をされました。

話変わりますが、EVEの頃は確かに寒かったですね。教室に泊り込むのも下に新聞やダンボール敷いて、布団敷いてその上にコタツ置きましたが、寒くて寒くてたまりませんでした。当時は一応キャンパス内禁酒だったけど、ウィスキーのポケット瓶でもやらないとやってられませんでした(笑)。

今日は仕事で国分まで車で

走りましたが、山沿いの田んぼや畑には白い雪がたっぷり残っていました。太陽の当たるところの雪は溶けていましたが、日陰のところはそのまま固まってフリーズしておりました。

雲母湯、懐かしいですね。芋の子を洗うという表現がぴったりの銭湯でした。壁際のシャワーつきの洗い場はなかなか空かないので、中央のシャワーなしの丸い洗い場でシャンプーしたり、体を洗ったりしていました。久しぶりに大きな湯船に入りたいなぁ。

いやいや、そんなタイヤ店頭でも売ってません

ってのは、オーバートークというかハチマルマルの話ですが、実際夏用タイヤがほとんどですね。スタッドレスなんて、地元の人間は先ずつけない。東京や大阪帰りの人間がいちびってつけるくらいでしょう。walker-bros さんのコメントで、昔のこんなエントリー思い出しました。

http://gakkan.blog64.fc2.com/blog-entry-4.html

一番風呂の思い出と言うと

僕は修学院時代は雲母湯がほとんどだったけど、一番風呂なんて入ったことありませんでした。77年に出町に引越して、そのとき通っていた銭湯もそこそこ人が多くて落着いて入れない状態でした。で、あるとき室町のグリーン(いわずとしれた別館御用達の雀荘)に行く道すがら、「湯」の暖簾を見て。「そうだ、BOXに銭湯の道具を置いておけばいつでも風呂に入れる」と気がつき、それ以来風呂屋の開く4時にはBOXからタオルや着替えをもって室町の銭湯に入るようになりました。名づけて「別館湯」とT原さんやH居などと呼んでいました。

しかし、今考えると室町通りを歩いてるのは、授業のあるD大生ばかり。その中を銭湯の道具持ってうろうろしていたのですから、そうとう浮いていたはずです(笑)。ああ、松之家の焼きソバ大が食べたくなった。

雪道では

雪がめったに降らない地域ではチェーン着用でしょう。
そもそもチェーンを準備してる人が少ないかもしれませんが。

太平洋側は雪が降らない。これ常識です。
意外でしょうが、北海道でも太平洋側の帯広・釧路方面はめちゃくちゃ寒い(零下20度はざら)のに雪はほとんど降りません。
日本海を越えてくるシベリア寒気団が途中の山脈で水分を雪として放出してしまい、山を越えた地域には乾燥した冷気になってしまうんですね。

と、ここまで書いて、えーと、なんかオチを付け加えないといけないんでしょうが、疲れてるので勘弁。

突然ですが、かくたさん

確か、北海道ではスキー派とスケート派と地域で違うという話をJEPの北海道出身の人から聞きました。多分帯広・釧路方面はスケート派なのではないのかと思うのですが・・・・・

チェーンとの遭遇は

不良番長シリーズで、自転車のチェーンにガソリンぶっかけて油汚れ取ってるシーンだったか、うーん、とにかくマガジンの「ワル」だったか、ま、パーホップス、そういう時代のことです。あれを車のタイヤに付けて雪道のスリップ防止にするというのは、関東時代初めて知りました。丁度金属チェーンがプラスティックのものに変わりかけている時期でしたね。

僕はそれをみながら「バイバイ、プラスティックエイジ」とリザードを気取っておりました。って、こちらもちゃんとしたオチがつかなかったな…。

菜が咲き君、JEPなんつっても

話が見えなくなるから、以前務めていた会社くらいの説明は付けておきなさいよ。北海道出身ってーとK子課長とか、S戸くらいしか覚えてないな。そうそう、S戸はうちで鍋作ってやったお礼にジャガイモ送るなんていいながら、年賀状の一つも送ってこなかったな。

まさか3つもコメントがつくとは思わず(笑)

はい。帯広・釧路プラス苫小牧方面はスケート派です。
スピードスケートおよびアイスホッケーに多大な人材を輩出した地域です。なんたって校庭にホースで水を撒いておくだけで翌日スケートリンクになってる地域ですから。てな話がどこまで本当なのか道産子にもわかりませんが。

自転車タイプのチェーンを武器にしてるのは不良番長とか影丸錠也の「ワル」とかなんでしょうが、車のタイヤに装着するのはブルーザー・ブロディタイプのチェーンです。車重の大きいトラックなんかはタイヤの外周にグレートサモアンズの腰蓑みたいな延長チェーンをつけてそれをシャリンシャリン鳴らしながら走っていたものです。
そうか。今やタイヤ用も金属チェーンじゃないんですね。

しかしタイヤ用チェーンも用意してないとなれば宮崎県の車道は壊滅的ですね。

それより重要なのは「頭脳警察セカンド」における吉田美奈子の役割ではないか、などとブログクロスオーバーな話を書いて去る。

かくたさんが、そんなこと書くから(笑)

本日は家に帰ってからずっと頭脳警察(75年で解散した時期ね)の音源を聞いております。やはり「世界夫人」のフルートは印象的でとってもいいのだが、「いとこの結婚式」のあの足踏みオルガンの音はいかがなものか、と自問自答しております。しかしバックコーラスでも参加しているはずだけど、あまり印象に残るような声がありませんな。ま、あの時期の頭脳警察は勢いで聞いていたのであまり演奏とかそういうのは気にしてなかったといえばそれまでですけど。

チェーンの話は失礼しました。そうですよね、自転車のチェーンなんか巻いたってすぐ切れてしまいますな、ごもっとも。しかしかくたさんの例えも物凄い。「ブルーザー・ブロディタイプのチェーン」とか「グレートサモアンズの腰蓑みたいな延長チェーン」とか、誰が分かるんだ、こんな例え、あ、オレ、分かるわ。

スパイクタイヤ

そういや極端な雪用タイヤに「スパイクタイヤ」というのがありました。実は福井在住時代に持っていましたが、使用すると粉塵がすごくて晴天の日には目に悪かった、そんな思い出があります。たぶん悪者はスパイクだけじゃなくて金属チェーン装着車(路面に穴ぼこを一杯作っていました)にも責任があったと思いますが、スパイクだけが悪者になった。
昭和60年前後に規制されるようになってスタッドレスが出てきました。でも10年ぐらい前の長野の山間部ではまだスパイクを見かけました。

そうそうチェーン装着は苦手でした。

近年また雪が多いですが、北陸・信越勤務経験者とこの前話していましたら、90年代には北陸の石川、福井あたりでは降雪量が激減したので、地元の人でも冬タイヤを持っていない人が増え、数年前の豪雪では交通事故が多発、オートショップはタイヤ買おうとする列ででパニックになったという話を聞きました。雪国でも数年のブランクがあると雪なし県並みの備えになってしまっていたのでしょう。まあ夏冬のタイヤを用意しておくのは出費がかかりますからね。
そうだ、車も寒冷地仕様のを買った記憶があります。

昔、つくばの本社にいたときに

夜、急に雪が降り出し30分もしないうちにあたり一面銀世界になりました。僕は出張で来ていたので、会社の同僚に寮まで送ってもらうから心配してなかったのですが、役員クラスの人たちが(結構遠くから通勤してる人が多かったんですね)「こりゃ、チェーンつけないとスリップして危ないべ」「だっぺだっぺ」などと話しているところに、社長が来て「こんなもん雪のうちにはいらねぇ、そんなんだからオメーらはダメなんだ、このデレスケ共が」などと大見得を切り、急ハンドルで発進していきました。

翌日、ある常務が「夕べ、えらぐ社長のやつ強気だったっぺ?今朝よーぐ見てみたら、あの野郎、スパイクタイヤ履いてやがんだ。大方北海道に出張したときに買ったんだっぺ」などと吐き出すように言ってたのを僕は聞き逃さなかった。ちなみにこの常務はM田さんといいます、分かる人は分かるべな~。
非公開コメント

トラックバック

大雪

 西日本を寒波が襲っている。  朝、目が覚めたら、外は雪国だった。  写真は、筑後川と支流高良川の合流点当りの堤防道から。流石にアスファルトの上は解けている。気温が思ったより高いのかも。  しかし、雪

今、鹿児島が「雪」でアッツい!!

今、鹿児島が「雪」でアッツい!!なんと鹿児島に雪がふったとか。市街地で5センチ以上の積雪は実に4年ぶりとのことです。暖冬などといわれていましたが、完全に寒冬になりましたね...

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索