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トノバンが消えた晩 いんとろだくしょん

 それはあまりに突然だった。いや唐突だったというべきだろうか。病気や事故ならまだ多少諦めもつくが自殺なんて、とても想像できなかった。昼間、外回りの休憩中に何気なく携帯でニュースのチェックをした。そこに「加藤和彦さん自殺?」という文字が躍っていた。一瞬、何のことか分からず無我夢中でクリックして記事を読んだ。それから時間が空くたびにニュースを開いて、軽井沢のホテルで首を吊って自殺したこと、遺書めいた文章が残されていたこと、数日前から「死にたい」ともらしていたこと、などが分かった。しかし、「音楽でやるべきことがなくなった」というのは何かの間違いだろう。もし、本気でそう思っていたのならとんでもない。第一清志郎に失礼だ。清志郎はもう一度バンドマンとしてステージに、レコーディングに活躍したかったのにそれが出来なかった。加藤和彦は自らその道を絶った。いやゼッタイおかしい。何かが間違っている。

 人が自ら死を選ぶというのは相当大変なことのようでもあるし、実に簡単なもののような気がする。普段、明るく振舞っている人ならなおさらだ。よそう。いくらグダグダこんなこと書いてもやつはもう帰っては来ない(by ZK)。それより彼の残してくれた音楽を僕なりにふりかえってみよう。大丈夫、マイフレンド、多分上手くいくよ。

 加藤和彦は最初から加藤和彦だった。どういうことかというとデビューのフォークルのときから独自の個性と外見が目立っていた。初めて♪オラは死んじまっただ~を聞いたときは衝撃だった。今までに聞いたことのない声や音、そして何よりもふざけきった歌詞。そうそう、僕はまだ可憐な小学生だった(いや、ホント昔は可憐だったのよ、桐島カレンってくらい、あ、寒いですか、そうですね、秋も深まっていますから)。ある日大声で「帰ってきたヨッパライ」を歌いながら学校を歩いていると、先生から怒られた。「人が交通事故で死ぬ話をおちょくって歌うとは何事だ」。いや、先生これはそういう歌で、これを歌ってるのは京都の大学生の立派なお兄ちゃんたちです。その名もフォーク・クルセダーズ、フォークの十字軍でっせ、そら英吉利帰ればロビン・フッドになる英雄ですがな、いや、イスラムのお方には嫌われるかもしれませんけど、そんなん、無茶ゆうたらあかんわ、センセ。多分、そういう感じのことを言ったと思う。いわゆる口答えというやつで、これは南九州においては大変嫌われる行為です。男は言い訳するな、という男尊女卑の先生がぎょうさんいたころの話で当然僕は拳骨をもらい、担任からも叱られた。

 まあ、そんな話はどうでもいい。早速音楽をお送りしよう。フォークル名義ではなくズートルビー名義で発表したこの歌だ。



 スマソ。間違えた。こちらは笑点からデビューした『ずうとるび』だった。リーダーの山田君がバンド名の由来を「世界のビートルズをさかさまにした」といかにも自分達のオリジナルめいた発言をしていたが、心ある音楽ファンはアホンダラァ、ビートルズを逆さに読んだズートルビーはとうの昔に存在しとるわ、このダボッ、などと毒づいたものだ。しかし、こういう間違いかたっていかにもフォークルっぽいというか加藤和彦的ギャグでしょ(などと正当化する)。それでは、本家本元のズートルビーで「水虫の唄」。



 えー、話はこれから加藤和彦のソロキャリアに入る、いわばこれからが本番なのだが、あかんのです。眠くて眠くて、とてーもやーりーきれーないのです。続きは起きたら書くので許してちょんまげ。うーん、我ながらギャグがヤングだ。絶好調だ。

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Author:drac ob
1975年5月から1981年3月まで、眺め続けた景色から時代と文化が見えてくる。混迷と停滞の時代を撃つ、はずはない。

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