久しぶりの午前様日記

 いやー、久しぶりの午前様でした。というか、今年初ですな。お盆の休みが13日から16日まであるのだが、その前の12日に職場のメシ会があり、1次会で帰るつもりでいたのだが、いわゆる『義理を欠いちゃいけねーよ』ということで2次会まで行ったのだ。退屈だったので、そこにいたオネーチャンの後姿の写真をアップしていたら、突然携帯が鳴った。表示名を見るとS原となっている。沖縄で神経内科医をやってる高校時代の同級生だ。確か高校時代の話とか修学院の下宿を決める話なんかに登場したことがある、僕の友人の中でももっともまともな人種の一人である(ま、こちとらは少しオカシイ人間で、その人間と付き合ってくれるのだから多少どこかに狂気を帯びているのは間違いないだろうが)。

 電話を取ると、『盆休みで帰ってきたのだが墓参や用事が多くて今日しか自由になる時間が無い。これから都合が付けば一緒に飲まないか』というお誘いだった。会社関係の飲み会に出ている旨を伝えると、それが終わったら電話しろという。それまでおでん屋で適当にやってるからということだった。しょうがないので大急ぎでRCの「いい事ばかりはありゃしない」を歌って顰蹙を買い、その後ドサクサ紛れでエレカシの「今宵の月のように」を歌ったら、写真を撮ったオネーチャンが「私、この歌大好き」といってもたれかかってきたので、ええい、邪魔だ、オレには待ってる連れがいるんだと足蹴にして店を出た(ええい、以下は当然作文です)。

 待ち合わせのおでん屋に着いたのはS原の電話を貰ってから1時間ちょっと過ぎていた。細い路地を入り、暖簾をくぐるとL字型のカウンターのところにS原はいた。横に1つ席が空いていて、多分そこに座れという意味で空けていたのだろうが、その横に同年代くらいの女性(だからオバチャンだな、こっちはオッサンだから)がいて、何やらS原に話している。S原の右隣には、こちらは僕たちよりいくらか先輩に違いない男性がいて、こちらもS原の会話に参加して随分盛り上がっていた。「久しぶり」と挨拶をして、横に座った。こうして一緒に話をするのは、もしかしたら10年ぶりくらいかもしれない。しかし、今年は正月に電話で話したり、僕のblogにコメントくれたりしていたので、あまり久しぶりという感じはしなかった。

 お互い、家族のことや近況などを報告していたら、僕の横にいたおばちゃんが割り込んできた。「え、そんなに久しぶりなのに、なんかあんまり感動がないんじゃない?」。僕はてっきり雰囲気的にS原の仕事関係の人だと思っていたが、なんのなんの、本日このお店で初めて会ったという。やたら話好きなオバチャンでその横に20代の綺麗なオネーチャンがいた。娘らしい。僕は同世代の人とこの汚れきった日本を憂う会話をすることを全然厭わないが、それ以上にこれからの日本を背負ってたつ若い力と感激に燃えよ若人胸を張れ(by 某都知事)の人、とりわけ染色体がXXの人が大好きでって、何を書いているのだ。ま、要するに若い娘さんのほうは彼女の横に座っていた若い男性2人組みと話が盛り上がっており、僕とS原というオッサン連合はその母君と話が盛り上がったという次第。

 いろいろ話しているうちに彼が以前コメントで教えてくれS尾という、これも高校時代の同級生でいまや天下の国営放送に勤めている男の消息を教えてくれた。このS尾も、ちょっと変なやつで、就職の面接で国営放送に行ったときに、志望動機を聞かれ「僕はサッカーが三度のメシより大好きで、将来日本でワールドカップが開かれたときに実況中継するのが夢です」などと答えたらしい。80年代の初めくらいの話なので、まだまだJリーグなんて無かったし、サッカーがこれほど人気のあるスポーツではなかった時代だ。面接の担当官が面白がって採用したとしか思えない。何しろ本人に『凄いな、天下のえぬ・えっち・けー、か?』と冷やかしたら『あんなもん、目をつぶってシュートしたらマグレではいったようなもんだ』などと言ってたから間違いない。

 で、採用された後に、希望配属地を聞かれ、カッコつけて『僕は南国出身なので、雪国に憧れを持ってます』などと答えたので、いわゆる裏日本(あ、この言葉ベサツかね?、今はなんちゅうか、そうそう、日本海側っちゅーのか、どっちにして裏みたいなもんだが)にしばらく飛ばされていた。その後沖縄(これまた雪国から正反対の極端だが)に異動になり、S原と再会して付き合いが始まったらしい。もっとも東京にいた時期も結構長くて、番組の制作などをしていた。僕は未見なのだが、あの東ちづると一緒の番組をやっていたのに、放送中全然彼女のほうを見ず、ひたすらPCばかり見ていたなどという未確認情報もあった。チクショー、羨ましい。まあ、この男の話も面白いものが沢山あるのでいずれ書いてみようと思っている。そうそう、この日S原がS尾の携帯番号を教えてくれたのだが、面白半分でS原の携帯から電話して『オレが誰か分かるか?』と聞いたら一発でばれた。こいつとも10年以上会ってないはずなのだが…。

 11時回っておでん屋さんも閉店になり、久しぶりなのでもう1軒行くかということになった。僕は断酒していた時期が何年かあるため、ライブハウス以外の気の聞いたお店はしらないのでS原に任せていたら、急な階段を登った2階のスナックに連れて行かれた。15年くらい前になるだろうか、S原が県立病院の医者として宮崎に短期間いたときに一緒に来た店だった。その時はまだ携帯などなくて、いわゆるポケベルの時代で、S原、S原の後輩の医者、僕の3人で飲んだのだが、その最中に後輩君のポケベルが鳴り、それまでバカばっかりやっていた彼の表情がさっと変わり、階段を駆け下りていったことがあった。5分ほどたって店に戻ってきた彼は両手を水平に広げ「セーフ、何とか処置を指示して助かりました」などといった。いやー、人の命を預かる仕事は大変だなと思った。

 で、せっかく神経内科の医者と飲んでるのだから聞かねばソンだと思い「おい、お前、オレの偏頭痛治してくれ」と頼んだら、じっとこちらをみて「その頭痛は月に何回ある。痛みは?起きて仕事に行けるか?吐き気は?」などと聞かれ「いや、いくら頭が痛くても会社には行くが」と答えたところ「そんなもん、偏頭痛じゃない。単なる頭痛だ。たいしたことは無い」といわれた。そうか、オイラのは単なる頭痛なんだ。頭が痛いだけだから気にすることはないのか、と明るい気持ちになったが、よく考えてみるとなんら問題は解決していない。要するに暗示であり、西洋医学の限界を見てしまった。などと書くと今後一切タダで診察してくれないだろうから、一応謝っておく。スマソ。

 しかし、最初のうちはそれなりにまともな音楽の話や昔話に花が咲いたが、だんだん酔いが回ってくるにつれて、話はどんどん滅茶苦茶になりいつの間にか僕のblogの話になった。よく、昔のことばかり書くが新しい話は無いのか、などと言われているうちに決定的な一言が出た。「お前のエントリーは長い。普通2,3行じゃないのか、blogなんてのは」などと指摘され、うん、確かに短くて面白い話を書こうと思うのだが、なかなか、それというのも大学時代に中身の無いレポートをいかに中身があるように見せるかという技術を磨いた癖が抜けないのだ、などとこちらも何を言ってるかよく分からない話になった。

 この後、このお店に僕と同じ苗字のビジンの女の人が来るという話をママさんがし始めて、綺麗なオネーサンが好きという共通項のある二人はひたすら待ち続けて、挙句は僕の配偶者から2時半くらいにいい加減帰って来いという怒りの電話が来たという話はなかったことにしよう。しかし、こういうのって本当に久しぶりだったな。

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コメント

裏日本

50代以上の人はウッカリ出てくる言葉ですが、実際の日本海側の人に言うと
空気がガラッと変わりますよ。直接「何?」と怒ってくるというよりは険悪な空気になります。対し方が冷たくなります。
福井にいた頃、両親が遊びに来て、ウッカリ大家家族に言ってしまって、さあ大変。
もう処置なしの年寄りはどうしようもないので、あとから大家に平謝り。
「まあ、あんたがそういう人じゃないのは分かってるからいいよ」と少し寂しそうでした。
無神経な言葉というのは相手を見て言ったほうが良いという見本でしょう。
打ち解けている相手なら苦笑い程度で終わる、田舎に不満を持っている場合は同調してくれるかもしれませんが、そうでない場合のほうが多いです。
あと福井県民、新潟県民など北信越を立腹させるのは「あんた北朝鮮帰りか?」という質の悪い冗談。
これは裏日本より本気で怒ります。相手をぶん殴る人もいます。

私も ついつい

「裏日本」と言ってしまいます。
以前にも 似たコメントを入れましたが、差別用語として 使えなくなった言葉が
非常に多いですよね。家内と会話中も 「これは 今 使えないんだよな。」
と 言う事がよくあります。
個人的には、「ボケ老人」とか 別にいいような気も するのですが。
そう言えば 「だるまさんが ころんだ」を 遊ぶ時、昔の南九州では、
「インド人の 黒んぼ」と言ってましたが、今の子供は 何と言ってるのでしょうか?

かんつがい

東ちづるときいて、まちがえて東てる美の顔が浮かんだです。めちゃくちゃうらやましく、映画見直そうとおもたんですが、東ちづるでしたね。そんなにうらやましくないかな(笑)。

なるほど、安易に「裏」なんて

言ったらいけない訳ですな。別に「表」が偉くて「裏」が劣ってるわけではないけども、単語としてのマイナスイメージをモロ被ってしまうということなんでしょうか。田中角栄がその手のコンプレックスはぶち破ったように思っていましたが、現実はなかなかなんですね。

ま、でもなんだかんだ言ったって「光あるところに影あり」(by白戸三平)の世の中ですから。などと憎まれ口叩きましたがwalker-bros さんの貴重なコメントありがとうございました。ときどき脱線するので、その時はまた指摘してください。

今の子供たちは、その遊びを

「白人になったマイケル・ジャクソン」と言ってるようです、って大嘘ですが…。差別用語で使えないというのは、表現する側の一方的な自主規制に過ぎないってことを森達也が「放送禁止歌」のなかで書いてるので、もし未読でしたら是非どうぞ。文庫にもなってるので手に入りやすいと思います。

しかし「インド人の黒んぼ」って確かに、言ってましたが本当のインド人なんて全く周囲にいなかったし、後年タイガー・ジェット・シンを見たときに「どこが黒んぼなんや」とショックでした。

て、てる美さんも勿論大好きですが!

いやー、懐かしい名前ですね。東てる美。同姓同名の女の人を知ってますが、別人28号で、お前人生舐めてるんかと無茶苦茶言った記憶があります。

But then,ちがった、ばってん、ちづるもヨカよ。加納なんたらという軟弱カメラマンとつるんでいた頃はちょっとあれだったけど、うん、好きです。って節操というものがありません。困ったオジサンです。
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