昨日は何もなかったことにしよう、永遠に

 今日はお墓参りに行くと決めていた。昨年から、会社のカレンダーが暦どおりになり、日曜・祭日以外の休みは無しという蟹工船か女工哀史かという劣悪労働条件の下で働いているので、連休でもないとお墓参りに行く時間がないのだ。もっとも、僕のほうのお墓だけとか配偶者のほうのお墓だけなら、行けなくは無いが両家分をまとめてとなると、これは単休だとつらい。なんだ、お前は無神論者ではないのか、霊魂なんか信じていないとか、人は死ぬときは一人だなどと豪語していたではないかという突込みが入るかもしれない。確かに僕は宗教的には無神論だろうし、死者の魂なんて信じてはいない。人は死んだら単なるモノになり、その瞬間から存在しなくなる。当たり前のことだ。僕がお墓に行くのは、そこに刻まれている人たちを思い出すことと、今の自分を振り返るために行くのだ。昨日、清志郎が亡くなった。忘れよう、無かったことにしようと思いながらも、車の中ではRCの『ラプソディ ネイキッド』をずっとかけてしまった。途中で配偶者が悲しくなるから切れといわれたが無視してずっと流していた。

 朝10時くらいに僕の祖父母と父と弟の名前が刻まれている墓石の前に、花を供え、水を替え、線香を上げた。それから車で1時間ちょっとかかる配偶者のほうのお墓にも行った。どちらも誰かがお参りしたようで、線香を上げたあとがあった。久しぶりに走る国道は連休のせいか、いつもより車が多く流れがよくなかった。途中で警察が出ていてシートベルトをつけていない車の前に突然旗を振り下ろし、奥の公民館に誘導していた。陰に隠れてこそこそやる連中だ。ゼッタイに捕まらないぞと思った。こう見えてもちゃんと税金払っているんだ(って、いう歌詞があったなぁ)。

 この連休のスケジュールは珍しく決めていた。3日はお墓参りに家族で出かける。4日は家族サービスを兼ねたドライブで美々津という古い町並みが残っている町に行く。5日はみやざき国際ストリート音楽祭に行く。6日はゆっくり体を休める。そう、そしてその4日間の間に普段忙しくて読めなかった本と聞いてなかったCDをまとめて聞くつもりだった。連休用に買った本は椎名誠の「銀座のカラス」と小林信彦の「日本橋バビロン」そして新藤兼人の「三文役者の死」だった。よせばいいのに「三文役者の死」から読み始めてしまった。冒頭に殿山泰司が入院していた病院で亡くなるところの描写が入る。清志郎を思い出して、続けて読むのがつらくなった。他の本にしようと思い、PCの置いてある机を整理していたら1冊の読みかけの文庫本が出てきた。「瀕死の双六問屋」だった。

 諦めて、RCの、清志郎の思い出話を書いていこうと思う。

 変てこな音だな、と思った。今考えればカズーの音が珍しかったんだろう。それとメロディがなんとも不思議で、そしてそれ以上に印象に残ったのは歌のタイトルと歌詞だった。「僕の好きな先生」を始めて聞いたのは確か中3だったと思う。あーるしーさくせしょん、という覚えにくい名前のグループだった。当時定期的に購入していたガッツという音楽雑誌に「ある日作成しよう」という言葉をもじってつけたグループ名だと書いてあった。この雑誌は「帰り道」を歌った泉谷を青森出身で集団就職で東京に出てきて、入った工場での体験を歌にしたなどというエピソードを得意げに書いていた。どちらも大嘘というか、ミュージシャンサイドのチープ・トリックだったのだが。

 「僕の好きな先生」は不思議に印象に残る歌だった。いや日本語は正確に使おう。歌と演奏だった。当時、フォーク・ブームの真っ最中で変わった名前のグループがいろいろ出てきており、僕のRCに対する認識もそういうグループのワンオブゼンだと思っていた。ラジオで「泥だらけの海」や他の曲を聞いた記憶があるが、ラジオの受信状態の悪さもあって特に印象に残らなかった。唯一「キミかわいいね」だけが、印象に残っていた。そりゃ他のフォーク・シンガー達が愛だの同棲だの歌ってるなかで「キミかわいいね、でもそれだけだね」というフレーズはあまりにも毒気が強いだろう。



 この中学・高校時代にアルバムを通して聞いていたらどんな感想を持っただろうか。僕自身ちょっと気になるところである。しかし僕はアメリカやイギリスのロックのレコードばかり聞いており、たまに聞くフォークは岡林、拓郎、陽水といったところで、もちろんお金を払って買うことはせず、友人から借りて聞いていたのだ。だから僕にとってのRCとは単なる一発屋でしかなかった。

 そのRCの名前を再び聞くのは79年。それも行きつけのライブハウス、サーカス&サーカスのブッキングと音響をやっていたO釜さんからだった。「おい、○○(僕の名前)。お前この前来たRC見逃したやろ。あほやな~。物凄かったでぇ。清志郎はデビッド・ボウイや」。といきなりいわれて、僕は♪タバコをすいな~がらいつでもつまらなそうに~とそれこそつまらなそうに歌っていた清志郎を連想して、その清志郎が『ロウ』や『ヒーローズ』を出したデビッド・ボウイといわれて全然イメージが湧かなかった。そのイメージは翌年『ラプソディ』というアルバムで大いに納得させられた。

 この類まれなライブ・アルバムは当時の僕のサークルのロック好きな連中をノックアウトした。当時1回生で入ってきたS堂君などはいつも手に持っていて、誰かのアパートで酒盛りだというと必ず持参してきた。「ボスしけてるぜ」や「ブンブンブン」、「雨あがりの夜空に」なんかは必ず一緒に歌い、まあそれが歌うというよりはがなるといったほうが正解な騒音で、近隣の住民に大変迷惑をかけていた。僕は、大学生活からドロップアウトして地元に帰ろうとしていた時期で、気弱になりかけたときは必ずといっていいほどRCを聞いて自分を鼓舞していた。

 だめです。もう少し冷静に書けるかなと思っていたけど、清志郎に関連したいろいろなことが頭の中をぐるぐる回り、整理がつきません。泉谷じゃないけど、やっぱり認めたくない。当面、RCと清志郎に関する話は書きません、書けません。



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コメント

残念でしたね。

僕等が中学生くらいの頃、鹿児島にも来たんですが、あの頃見に行けなかった事を今でも後悔しています。

なんちゅうか・・・
凄すぎる人だったですね。

FM東京
http://www.youtube.com/watch?v=yfK3KLT9TwU

今日も終日スポーツ新聞や

ネットのニュースを追いかけてしまいました。

何もなかったことにしようと決意しながらも、情報を追いかけてしまう自分がいます。
とにかく、しばらくは何もなかったことにします。

大丈夫です!

まだ僕らにはパンタがいます!
(「気分はもう戦争」風に)


むかしむかしNHK-FMで日本のロック特番があったなあ。
ゲストが清志郎だったなあ。
パーソナリティは渋谷陽一だったっけ。
頭脳警察「さようなら世界夫人よ」が途中までかかってなあ。
他にかける曲なかったんだろうなあ。NHKだし。
で、パーソナリティが聞いたなあ。
「清志郎さんは同世代ですけど頭脳警察とかどうだったんですか」
清志郎答えたなあ。
「いやー、あの人たち当時はラリパッパだったから、怖くて」


「聖ロック祭」聞きながら。

そうだ、パンタがいた!!

パンタと清志郎のタッグというか、連帯というか、そういうものは見たかったような、見たくなかったような、複雑な気分です。確かに、音楽雑誌のインタビューでもパンタが清志郎のことを、また清志郎がパンタ(及び頭脳警察)のことをコメントしたことって、あまりなかったような気がします。

しかし「聖ロック祭」、音質悪すぎでしょう?演奏そのものも選曲もベストに近いのに、勿体ない。

音質悪いライブ盤は

「アースバウンド」「ライブ・アット・ケルヴィンホール」で慣れてます。

さて、ご本人が思い出したくもない書きたくもないとおっしゃってるのに
(だから他の方はほとんどコメントなさらないのでしょうね)
もうひとつ思い出話。
荒らしだなこれ(笑)。

20年くらい前古本屋で店番バイトしてまして。
することないからえんえん店でラジオ聞いてる毎日でしたが、
ある日、文化放送の休日特番で清志郎と三浦友和の2時間トークがありまして。

高校時代の話とか
友和デビュー当時清志郎の下宿に同居してた話とか
いろいろ面白い話あったはずなのによく覚えてません。

で、番組終わりころに
友和「でもさー、お前のこないだの年賀状さ、子供の写真なんだもん(笑)」
清志郎「えー、なんか変か」
友和「お前だけはそういうことしないと思ってたよ」
清志郎「いやー、年とって出来たからさ、かわいくて」

実際私も「えー、清志郎もそんなことすんだ!」と思ったものです。
清志郎も人の子、もとい人の親だったんですなあ。
調べたら「パパの歌」はそのころの歌でした。
訃報記事見ますと、長男は今年20歳ですね。


p.s.
あとは「生清志郎というか生RCをよりによって夕張石炭の歴史村で見た」話くらいしか残ってないが、これはどうでもいいよな。

毎度目の敵にしていると思われがちな

某地元新聞の「天声人語」にあたるところに、清志郎のことがかいてありました。ここ数日読んだ記事の中でも最良のものではないかと思いました。以下、引用します。

> 例えば、山下達郎さんの「クリスマス・イブ」。アーティストの声があまりにも個性的であるために、その歌をカラオケで誰かが上手に歌ってもしっくりこないことがある。

 2日に亡くなった忌野清志郎さんもそうだった。バンド「RCサクセション」時代の代表曲「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」、坂本龍一さんと組んだ「い・け・な・いルージュマジック」。いずれも忌野さんの独特の高音あっての歌と思えてくる。

 反骨精神に富んだ人だった。原発や君が代問題といったタブーにも果敢に切り込んでいった。物議を醸すのは先刻承知だったのだろうが、業界のいわゆる「自主規制」に対しては猛然とかみついた。表現者としての矜持(きょうじ)だったのだろう。

 だが、聞く者に嫌悪感を抱かせるようなストレートな攻撃はしなかった。原発に関する歌詞が入ったアルバムの販売を中止したレコード会社に対しても「東の芝のー」とユーモアで包むなど知的で抑制的だった。物書きや絵描きとしても非凡なる才能を発揮した。

 「瀕死の双六問屋」というエッセー集がある。「双六問屋」とは、忌野さんが同著の中で「自分はそこからやってきた」という理想郷だ。「若者は目上の人々に敬意をいだき、年長者は本当に何が大切なものかよくわかっている」世界。

 ステージ上とは違う素の彼が垣間見える一文だ。詩集「10年ゴム消し」には自らの早世を示唆するようなくだりがある。だが、58歳は早すぎた。反骨の中にも優しさを持ち続けた彼の魂は今再び「双六問屋」を目指しているだろうか。
(宮崎日日新聞 09.05.06から)

同じ紙面に某富○一誠とかいうハマショーやチハル、タクロー(どっちでもいいよ)などを専門に書いているライターが安易な清志郎賛歌を書いていて、まるで新興宗教の宣伝文句みたいだと思い、あいつの本は全てブコフに持っていって叩き売ってやろう、安ければ安いだけ気が治まると思った僕もひねくれものでした。

大分、精神的には落着きましたが、やはり5.2はなかったことにしておこう。

初期RCと古井戸の思い出

drac-obさんの話とダブってしまいますが・・・
初めてRCを知ったのは、昭和46年の「ヤングセンス夏号」。
曲を聴いたのは、「ぼくの好きな先生」。当時は「教師なんぞ、体制側の象徴」的に
思っていたので、後の森昌子「せんせい」、フィンガー5「個人授業」と同じく、
「SYMPATHY FOR THE 先生」的な歌は 僕は、受容れられなかった。
でも drac-obさん同様、「キミかわいいね」は、実にインパクトがあった。
アシッドフォーク的な音と ジャックスにも通じるような
その他東芝系カレッジフォークと一線を画す 個性が有った。
「古井戸」に対する印象は、もっと悪かった。
「さなえちゃん」がヒットして、A君の家で よく聴かされたものだったが、
「ケメ」「NSP」とかと同様、「御免蒙りたい」音楽だった。
どちらも 一発屋で終わったと思ってたら 突然の再登場。驚いた。
しかし、「ぼくの好きな先生」+「さなえちゃん」 => STONES系のROCK を
やるのが、どうも納得できなかった。
「レイジー」->「ラウドネス」なら アマ時代に元々好きだった路線に戻るのだから
よく 理解できる。
例えは悪いが、「おしゃれな土曜日」を歌ってた「ミミ萩原」がプロレスに転向した時のようで、「あの人達が、何でこうなるの?」が 第一印象だった。
こう言う音楽がしたかったのなら 前の時代に あんな音楽を なぜやってたのか、
おかしいではないかと 感じた。でも 彼らの音楽は大好きだった。
あと 思ったのが、「自分が まだ学生だったら もっと楽しめただろうな」。
もうサラリーマンになっていて、スーツ姿に「七三分けの調髪」では、
drac-obさんご存知のように 皇太子殿下のような感じになり、
ROCKのLIVE会場では、他の客から 「なんで、あんなのが ここに来てるの?」と
言う視線を感じるような 思いっきり 場違いな風貌になっていたのだ。
死去、誠に残念です。「カバーズ」とか「ラプソディ」とか聴きたいけど、全て実家だ。

   

清志郎の記事を読んでいると

いかにも順風満帆で来たような書き方をしているケースがほとんどですが(紙面の都合上かもしれませんが)、彼の売れなかった時期どん底だった時期のことをもっと多くの人に知ってもらいたいと思っています。特に76年の『シングルマン』を出した頃は本当にドツボだったと思います。そのどん底の時期にも、拗ねたりひねくれたりせずに、しっかり音楽を続けることが出来たのは単なる意地だけではなかったと思ってます。以前のエントリーにも書きましたが、って、こういうこと書き始めるときりが無いので当分「なかったこと」にしておきます。あ、RCの音源送りましょうか?

いまさらコメント

> むかしむかしNHK-FMで日本のロック特番があったなあ。
> ゲストが清志郎だったなあ。
YouTubeに転がってました。
http://www.youtube.com/watch?v=KlmqnU00zdc
http://www.youtube.com/watch?v=DmUnoReylFA
http://www.youtube.com/watch?v=u1svXLL6ahk
パーソナリティ渋谷陽一じゃなかったんだ。誰だろ?

もひとつあった

http://www.youtube.com/watch?v=flyahZjKbyY&NR=1

最近YouTubeの検索機能がどうもおかしい。
あきらかにそのタイトルの動画あるのに検索しても見つからないことが多いし。

おお、かくたさん、いつのまにかこんなコメントを

なかなか歴史的なインタビューというかラジオ放送ですね。

>パーソナリティ渋谷陽一じゃなかったんだ。誰だろ?

誰ですかね。ロック評論家みたいだから、鳥井ガクでもなさそうだし、声の感じは今泉ひろし(笑)?しかし、頭脳警察だとか村八分だとか、外道とか良くオンエア出来たな。

そうそう、かくたさんはもうご存じでしょうが、RCの懐かしい音源をアップしている人いました。

http://youtu.be/xB-S7GIdLz0

もひとつ

・サウンドストリート 1981.7.10?
http://www.youtube.com/watch?v=xmerqk0B0Ow
フォーク業界には話の合う友達がいなくていつも暗く黙ってたって前振りがあって、3:35あたりから
清志郎「1回だけねー、野音であのー、『聖ロック祭』とかいうコンサートがあって、それに俺たち生ギターで出てね、そん時はしゃべりまくったけどね」
渋谷「楽屋で」
清「うん。パンタとかね」

清志郎とパンタが一緒のステージに立ってるの一回見たかったな。

追記

>パーソナリティ渋谷陽一じゃなかったんだ。誰だろ?
調べてみたら平山雄一のようですね。
当時「サウンドストリート」で渋谷の後釜でした。

でもINUとエコーズを並べてかけるって、センス疑うぞ(笑)。

おお、この声は我らがBOSSと

渋谷社長ではあーりませんか。まあ、今更こういうこと書くのも、アレですが、渋谷君も70年代は全く日本のロックについて言及してなかったのに、RCのブレイクに伴って、キヨシローとチャボに上手に取り入ったみたいで、正直、あんまり、ね。

キヨシローが亡くなったときに、「僕の好きな先生」に対して、的外れなこと書いていたよな、この人。やっぱり社長業が忙しくて、ライターの仕事なんか馬鹿らしいんだろうな、なんて印象持った覚えがありますね。

>清志郎とパンタが一緒のステージに立ってるの一回見たかったな。

異議なし!!

平山雄一!!いましたな、そういう人!

確かに話し方というか、話の持って行き方が渋谷社長に似てますね。ちょっと声がこもるところが玉に傷かな。

>でもINUとエコーズを並べてかけるって、センス疑うぞ(笑)。

いやいや、立派な純文学つながりです(笑)。

富○一誠

まあ、人によって食いつく場所は異なるもので、私にとっては富○一誠は「こいつは許せん!」の一人であります。
昔むかし、週刊FMという雑誌をエアチェック用に毎週購読してたんだが、その中に彼のコラムがあった。当時は永井龍雲あたりをプッシュしてたようだけど、一方で人気の上がりつつあった山下達郎や南佳孝、大滝詠一あたりはばっさりと切り捨ててた。「生きざまが歌われてない」というだけの理由で。
ただのリスナーのオレにだって、彼らの音楽に対する愛情や深い思いは簡単にわかったのに、こいつはそんなこともわからんで音楽評論家を名乗っとった。むちゃくちゃ腹立ちましたわ。
今でも音楽評論家やってるとは・・・ゆるい業界ですな。

ああ、あいつはオイラも大嫌いだっ!!

富澤I誠だろ、鬱陶しい銀バエみたいな奴だ。あいつが松山千春だとか、ださまさし、じゃねーか、さだまさしだ、その手の奴らが大好きなのはいいけど、何が「生き様」だっちゅうの!!そんな日本語ないっちゅうの。さっき、彼のWEBページ見てきたら、「 歌は歌であって、実は歌ではない、という時代がありました。どういうことかというと、スタイルはあくまで歌ですが、それを超えてしまう“何か”があったということです。」などという禅問答みたいなエントリーがあった。

読まなかったが、たぶん「あの時代」「歌で時代を動かせた」と錯誤した60年代末から70年代のことをいってるんだろうな。ただ、一言いっておきたいのは「歌で時代を動かせた」なんて思ってたのは、売文業者のお前くらいだぞ。歌でも、デモでも時代は動かせねーよ。そんなことくらい60年安保闘争みたら分かるだろうが。フォークゲリラの行く末みたら分かるだろうが。RCが「カバーズ」を東芝から出せなかっただろうが。アナーキーが「東京バーニング」をインディーズからでしか出せなかっただろうが。などと枚挙に暇がないぞ。

とりあえずT澤に聞きたい。「歌を超えてしまう”何か”」って、何だよ。意味分からんから、ちょっと見せてくれ。その”何か”ってやつを。と、ちょっとマジで頭来たな。


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