この手の話は止められない、とまらない、エビセン体質なのだ

 昨日書いたエントリーを読んで、K平さんがまたもやメールをくれた。これまた濃い中身なので、見切り発車でアップしたい。

drac-ob様、BLOG拝見しました。有難うございます。また、長々と想い出話ばかりですみませんが・・・

 1)石井聰互は、78年頃だったでしょうか、一乗寺の京一会館(映画館)で見ましたよ。「観た」ではなく、「見た」の漢字をあてたように石井が京一にイベントのゲストで来たのです。

村八分の例がありますから君も来てて、「知っとるわい!」の内容かもしれませんが。錚々たる顔ぶれで、「原田芳雄」、故「松田優作」、「竹田かほり(後の甲斐よしひろ夫人)」、「亜湖」、脚本家「中岡京平」、当時新進監督だった「大森一樹」と「石井聰互」がゲストで、進行役が「阿藤海(現:快)」でした。上映作品は、中岡脚本の「帰らざる日々」で、「竹田かほり」以外は出演して無いので、イベントの内容としては、焦点が定まらない感じでしたが、有名人を一杯見れたと言う点では、価値ありました。「帰らざる日々」の他に大森のメジャーデビュー前の16mm自主製作作品「暗くなるまで待てない」と石井の8mm「突撃!博多愚連隊」が上映されました。「突撃!・・・」は、博多弁の台詞の上に音声が聞き取りにくくて、映像で雰囲気を味わうしかなかったですが、荒削りな面白さは感じ取れました。

松田優作は、本人の心の中はわかりませんが、個人的には、シャイと言うより、「何でおれ様がこんなしけたイベントに・・・」と言う感じのなめたような、しらけたような、印象を受けました。トークコーナーで、阿藤海が問いかけてもほとんど喋らず、阿藤海がかわいそうだったです。

 2)映画と言えば、ついでに「ミケランジェロ・アントニオーニ」の「欲望」を大学時代に初めて観た時の話をさせてもらいます。「欲望(ご存知のようにタイトルはポルノ風だけど、エロでも何でも無い。VIDEOやDVDを持っている人は、家族の誤解の元となっているのではなかろうか)」は、ご存知のようにジェフ・ベックやジミー・ペイジの記事やレコード解説でよく引用されるヤードバーズの演奏シーン(口パクではあるが)が出てくる事で有名な映画です。しかし、南九州では、上映されなかった(僕は、68~72に来た映画はほとんど観に行っていたので間違い無いと思う)。評論家や執筆者が引用するのを目にして、ずっと悔しい思いをしていました。同じ法学部の同期で、映画好きの男がいて、出会った頃、この話をしたのを覚えていてくれて、ある時「今度、イタリア会館(京都大学近く)でミケランジェロ・アントニオーニ特集がある。」と葉書大位のチラシを見せてくれました。確か「赤い砂漠」とか5作品位を日替わりで上映だった(残念ながら「砂丘」は無かった)が、僕は「欲望」しか興味がなかったので、「欲望」のみを彼と観に行きました。上映当日の晩、イタリア会館に行ったら狭い会場と言え、大学生を中心に超満員。「南九州でこんな上映会をやってもガラガラだろうなあ。さすが、πが大きい学生の街。」と変に納得したものです。そもそもそのシーンを観るのが 一番の目的だったので、だらだらと観てました。一時間半位過ぎてからやっとそのシーンが始まり「STROLL ON」のイントロが聴こえるや否や観客の4割位から「ウオー!」の大歓声が起きました。「予想はしていたものの半分位は俺と同じ目的で観に来てたのか・・」と面白かったです。家で「欲望」のDVDを観る時もこのシーンのみです。それではまた!K平


 僕も早速返信した。『メールありがとうございました。京一の話は全然知りませんでした。すごいメンバーですね。「欲望」は、未見です。昨日Yマダ電気に700円くらいで売っていたので、買って見てみます。毎回、楽しいネタ提供していただき感謝です。それではまた』。夜、家で食事も終わり、そろそろ寝る準備をするかと思っていたら、メールの着信音がした。K平さんからで、更にこゆーい内容の話だった(ちなみに「こゆい」というのは方言でしょうか?「濃い」はすぐ変換されるけど「こゆい」で変換すると「故油井」などと、今は亡きジャズ評論家の油井センセになってしまうのだ)。

drac-ob様、今晩は。昼間は早速の返信有難うございました。

 1)「欲望」も内容に合わない日本語タイトルですが、もうひとつくだらない同例を思い出しました。イギリス映画「茂みの中の欲望(原題:HERE WE GO ROUN
D MALUBERRY BUSHES)」です。TRAFFICがタイトル曲を歌っていて、日本では、ISLANDレーベルが、キングに移る前のフィリップスの頃のシングル盤(手裏剣型の穴)で持っていましたが、肝心の映画は観たことが無く、サラリーマンになってから確か神戸のサンTVで放映されたのを観ました。後年「ザ・コレクターズ」の加藤らが中心となって、上映会を開いたと聞きます。彼も深夜TVで観たが、、もう一回観ようにもVIDEOも発売されず、劇場の一般公開も無く、自分たちで上映することにしたと語っていました。内容としては、コミカルな軽いB級エロチックコメディーですが、「立ちっぱなしのBAD BOY」になるようなものでは、ありませんでした。昔NHKの「ヤング・ミュージック・ショー」で放映された、「CREAM解散コンサート」やELP「展覧会の絵」であったような当時流行りのサイケな画像処理が所々出てきて、見辛かったです。

 2)パンク系のLIVEの思い出です。1.京大西部講堂のSTRANGLERSは、
LIVEとほぼ同内容で、ゴリゴリしたサウンドがよかったです。しかしながら座席を取っ払って、ALL STANDINGで、僕は、STAGE向かって右の最前列にいて、J.J.バーネルやH.コーンウェルが間近で見れたのはよかったのですが、すぐに、後ろから観客が押しかけて、圧力でステージで圧死しそうになりました。LIVEを楽しむ所でなくなり、本当に死ぬかと思いましたよ。

 2.大阪フェスティバルホールのTOM ROBINSON BANDも締まった演奏で、特にギターの兄ちゃんがよかったです。

 3.RAMONES初来日は、大阪寺田町の「あひる」と言うLIVE HOUSEで観ました。ニューヨークパンクの代表格なのに観客は30人位しか来ておらず、二回公演の予定が、一回で終わりました。ここもALL STANDINGで、床に機材を置いて、立った観客が半円形に囲むSTREET LIVEのようなもので、間近で見れてよかったです。後になって、しょっちゅう来日するようになり、またいつか観ればいいかと思ってたら解散、すぐにJOEYもJONNYも物故となり、もう一回位行っとけばよかっ
たかなあと後悔してます。

 4.CLASHは、初来日が遅く、「LONDON CALLING」の頃で、1、2枚目の疾走感が好きだった僕としては、不完全燃焼でした。

 5.PATTI SMITHもまあ良かったけれど、来日が遅すぎて、LENNY KAYEとの組み合わせを観たかった僕としては、これもまた不完全燃焼でした。

 6.頭脳警察は、7を発売する時の再結成LIVEを大阪城公園で観ました。「悪たれ小僧」からの曲が結構多かったかな。良かったですよ。RAMONES以外は、故M原君と行きました。ついでにPUNKとは無関係だけれど、「サーカス(もうCBGBと名称変更してたかなあ)」で観た、元ハルヲフォンの近田春夫が一時期結成していた「BEE
F」が印象深いです。近田春夫と言えば、そこそこ有名だと思うのに客は二組位しかおらず、僕らのテーブルの真前で演奏してくれました。バックが後に「ジューシーフルーツ」を結成する面々で、「奥野敦子」も「GIRLSのイリヤ」ではなく、コスチュームも髪型も芸風も「ジューシーフルーツのイリヤ」が 出来上がっていました。近田春夫に「そこのお兄さん、いやらしそうな目で見てるねえ!」と言われたのをよく覚えています。またまたくだらない話で失礼しました。では、また!おやすみなさい!K平


 このメールについては若干補足しておくと、近田春夫とBEEFはサーカスで2回ほど見た。1回目は「電撃的東京」を出したばかりの頃だと思う。フォーリーブスの「ブルドッグ」やオリジナルの「恋のTPO」などが印象に残っている。イリヤは十分可愛くてセクシーで、僕も間違いなく「いやらしそうな目」で見ていたと思う。もっとも、僕が見たときはそれなりに客は入っていて、近田からNHK的拍手のやり方をリハーサルさせられた思い出がある。しかし、K平さんのこだわりも相当なものがあるなと再認識して、そういえば「鳥肌音楽」をやってるsugarmountain君とは面識があったか気になってメールしたら、SM君は79年入学でK平さんは79年卒業なのですれ違っていた。もっとも故M原君の紹介で1度会ったことはあるらしい。おっと、こんな話を書いていくときりが無い。また構想をあらたに「DRAC攻防史」じゃなかった(どこと攻防するんだ!)、「DRAC興亡史」の続編をしっかり書こうっと。

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K平さんとは

確かに少なくとも一度お会いしていると思います。
京一会館のイベントは年に1回やっていた映画祭ですね。78年はまだ京都にいなかったのが残念です。京都にすんでいたときは2回ほど映画祭いった記憶があります。「翔んだカップル」が賞をとって薬師丸ひろ子が来ていたような気がします。もう一回は森下愛子が来ていて「もっとしなやかにもっとしたたかに」が上映されて森下のピンクのビーチクに息子がBAD BOYになってしまったのですが、上映終了後と廊下で森下本人と接近遭遇して頭の中がビーチクパーチクになってしまいました。若かったなぁ。

ストラングラーズはボクは故M原さんと一緒にステージの上で警備をやっていましたから、K平さんのM原さんと一緒に見たというのは記憶違いでは。おっしゃるとおり立ち見の客が前に押し寄せつぶされた女の子が失神寸前で何人かステージからひっぱりあげました。かなりヤバイ状態でした。
クラッシュは「ロンドン~」どころか82年の「コンバット・ロック」の後の来日ですよ。白い暴動とかロンドンは燃えているといった初期の曲を封印しているという話だったのですが結局やったような・・・ レディオ・クラッシュとかつまらん曲をやったのは覚えているのですが。
ラモーンズは京都会館の第2ホールでやったのですが30人ってことはなかったですね。200人くらいはいたのではと思います。ステージそでで警備やっていて盛り上がってステージによじ登りジョーイに抱きつこうとしたいちびったパンクスを停めようとして勢いあまりラリアットかました記憶があります。ラモーンズは最高でした。
同じく京都会館のこちらは第一ホールでのジャム、これも最高ですた。いい時代でしたね。
そういや普段警備のバイトに参加しない、身体の弱いdrac-ob先輩でしたがDEVOの時だけ参加してませんでしたっけ?

トム・ロビンソンは見てみたかったですね・・・

悪かったな、身体が弱かったんや

えーと、僕の名誉のために書いておくと、多分そういう感じかな。でもDEVOのときは坂○さんの関係で警備に入っていたと思う。ま、ほら僕はどっちかというとインテリジェンスの仕事に向いていて、君は現場というか、ま、そのー、若い人がですね、怒りをもって戦ってるわけですが、これもそのージミン党の社会だからできるわけでキョーサントーの社会でできまつか、と聞かれると、うーん、ごめんといいたくなるは何故?

とりあえず、この辺の話しよーぜ、みんな!!

う、うらやましい

皆さん、記憶力が良すぎます!!!
私が話しに入れそうなのは、The Clash、大阪はフェスティバルホールでしょうか。
最初の大阪公演が決まったのが、東京公演のチケットを取った後だったのですが
見に行きました。(その後大阪でも追加公演が決まった)
新大阪駅で彼らを待ってましたね~、その時の写真がありますが
ちょっと恥ずかしいです。
後にNHKで私の見た東京公演がオンエアされましたが、Joeがインフルエンザで声が出ず、今から思えば演奏自体コンディションは良くなかったですね。
でも、東京まで見に行って、夜行で帰ってきてそのまま仕事に入ったのも
懐かしい思い出です。
すみません、コンサートがどうだったとかと言うより、完全に舞い上がってましたね。

熱い、いい時代ですね

興味深い思い出のご紹介、ありがとうございます。
いいなあ、と読んでいました。態度の悪い松田優作なんてのも傑作ですね。
彼も生きていたら、また実刑のシミケン並みの問題芸能人だったでしょうね。

>欲望

確かにヤードバーズ目当てか、若い女の人なら「ファッション目当て」で行く映画でしょうね。内容は、ようわからん(苦笑)。「赤い砂漠」はその点分かりやすい映画でしたが(見て楽しい映画ではないです、主人公の疎外感や「狂っていく」感覚が怖い)。

自分はどうもシャイで当時そういう機会を逸していたんですが、友人にはぴあの立ち上げ時期に関わっていた人もいましたし、まだ若者の間でそういうムーブメントがあった時代でした。

基本的にミュージシャンのライブを

文章でいかに正確に書いたところで、それは真実ではない。なぜなら、そのライブの瞬間に発せられた音はその瞬間に消えており、そのエコーが聞き手の耳の隅に残っているだけだからだ。したがって、いくら正確なライブレポートを書いたつもりでも、必ず書き手の主観が混じっており、それはあくまで書き手の勝手な「レポート=作文」に過ぎないのだ。

などと、どこかの評論家が言ったようなフレーズですが、たった今でっち上げたフレーズです。MM21さん、だからいいんですよ。そのときのクラッシュがどんな演奏をしたかよりも、そのライブを心から見たかったMM21さんがどんなことを感じて、どんな状態でライブに出かけたか、そのあたりの話こそがみんな共感できるところではないでしょうか。

で、クラッシュの写真なんとかなりませんか?

松田優作はいま神格化されてますが

この前ブック○フで買った萩原健一の「ショーケン」という本を読んでいたら、ずいぶんな書かれ方をされていました。いわく、原田芳雄を勝手にライバルにして真似して、ある程度自分の名前が売れ始めると原田芳雄のことをボロカスにいったとか、「ブラックレイン」はもともと萩原が出るはずだったが、いろんな事情で松田がオーディションにパスした。ところが彼の演技はショーケンが演じた武田勝頼のモロパクリだったとか。

ま、この手の話は決して嫌いではありませんが、ショーケンもあんまり他人のことは言えないよな。

ところで、waker brosさんも、是非一連のお話に参加してください。ぴあの周辺記なんか面白そうですね。

ドラさん、コメ有難うございます。
でも、本当に何も覚えてないですからねえ。
ストラ様の大阪のコンサートはJJが一言もしゃべらなかった事を覚えています。

クラッシュの写真の件ですが、友人が撮ったのでネガは持ってないのですが
実家に帰ったら捜してみますね。

でも少しはなにか覚えているはずですよ

それとも、何かとてつもなく恥ずかしい思いをして記憶が蘇ることを、脳細胞が拒否していて、ある日それが蘇った瞬間からMM21さんの人格が崩壊していく…なんてのは安っぽいSFかホラー映画の見すぎですね。でも、記憶というのは本当にちょっとしたことで蘇って、それも夜布団の中で眠れずに、寝返り打ちながら過去のことを思い出しているうちに、ギャッと叫んで一切無かったことにするというような経験ありませんか、っていい加減しつこい。

クラッシュの写真はついでのときで結構です。出てきたら教えてください。
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