モモヨさんの3日後だが、それでも私は

 突然、妙なことを聞きますがあなたは40年前の今日、晩御飯に何を食べたか覚えていますか。僕ははっきり覚えているのだ。答えは「おでん」だ。僕の人生の中で、今日、12月19日は「おでん」を食べる日なのだ。何度もなんどもこの日は「おでん」を食べた。そのわけは、なんと今日は僕の誕生日なのだ。僕が子供の頃は今と違ってイベントやお祝いというものが少なかったように思う。今の子供たちは、何かいいことがあると、いや悲しいことや残念なことがあっても、やたらイベントというかセレモニーを行う。やれ部活の試合の打ち上げだ、栄養会だ、子ども会のお祝いだetc,etc…。

 昭和の子供たちは違った。年に一度の誕生日のほかは、お正月とこどもの日、せいぜいそれくらいしかイベントはなかったような気がする。しかも、イベントといったってクラスの友達を数人集めて、ケーキを食べたり、プレゼントの交換をしたりするくらいで、しかもそういうパーティなんかが出来るのはある程度の経済力を持った家の子で、たかが地方公務員の息子である我が家ではその手のパーティなど一度もなかった。それでも誕生日だけは別物で、この日だけはケーキが食べられたのだ。ケーキつったって、ああた(ここ大橋巨泉風に発音してください)、きょうびのようなアイスクリームのケーキなどではなく、カステラ生地(スポンジだとかいうらしいが、あれはカステラだろっ)の上に、チクロかサッカリンでも入っているのではないかと思うくらい、甘ったるいクリームがかかって、その上に赤や緑のあれはなんというのか、ヨーカンではなく、ゼリーでもない、なんだか固くて甘い不思議な、あ、ジェリービーンズの大きな奴みたいな、なんとも不思議なお菓子がのっていた、ケーキ。

 そうなのだ。僕が子供の頃はまだケーキというのは高嶺の花というか、滅多なことでは口にすることはできなかった。誕生日とあとは2学期の終業式の日、学校給食の一環として直径10センチくらいの小さいケーキをもらえたくらいだ。クリスマス・ケーキということだったと記憶しているが、教育現場に特定宗教のセレモニーを入れるのはいかがなものか。クリスマスのお祝いにケーキを配るのなら、お釈迦様の誕生日には甘茶をしんじょ、となるのがバランス感覚ではないのか。当時の文部省の責任者、出て来い。筑波=中教審路線の自己批判をしたまえ。などと話が妙な方向に行ってしまったが一体全体何が書きたいのかと言うと、今日19日(多分、このエントリーをアップするときは20日になってると思うが)は僕の誕生日であることはずいぶん前から決まっているのだが、実にマカフシギなことに僕はこの日にケーキを食べた記憶が無い。

 別に「みんなビンボが悪い」せいでもないし、おとうちゃんが毎日靴トントン叩いていたはったせいでもない。さっきも書いたが僕の父は地方公務員だったので、残念ながら靴を叩くことも、ときどきスカートを買うてくれることもなかった(いい加減、しつこい。岡林の世界から離れろ、という声が聞こえる。はいはい、分かりました)。それでは何故に僕は誕生日だというのにケーキが食べられなかったか。答えは翌日が妹の誕生日だったからだ。つまり19日は僕用に20日は妹用にケーキを買うなどという無駄なことは昭和の時代悪徳と思われたのだ。節約が美徳と思われた、悲しい時代だったのだ。そのケーキがもらえない分、19日の晩御飯は僕の好きなおかずを作ってくれることになっていて、当時僕が一番好きだったおかずは「おでん」だったのだ。

 「おでん」は不思議な食べ物だった。おかずなのだが、おやつみたいに単体で食べることも出来る。大学時代関西で暮らしていたときに「おでん」のことを「関東炊き(カントダキと発音してください)」と呼ぶことを知り、あれは関東から伝わった料理なのだと初めて知った。しかし僕が初めて「おでん」と出会ったのは少年サンデーがきっかけである。ご存知「おそ松くん」に出てくるチビ太がいつも手に持っていたのが、串に刺した「おでん」であった。三角はコンニャク、丸は芋、円柱みたいなのは当時なんだか分からなかったが、後年ちくわぶというものではないかと教わった。そうそう、丸は僕は芋だと思いこんでいたが大根や卵という説もあるようだ。

 マンガの中のチビ太が実に美味しそうに食べていたのを何度も見るうちに、当時小学校の低学年だった僕は、この「おでん」なるものが食べたくてしょうがなく、ある時母親にねだった。母親は酒飲みのつまみみたいなものだからと、あまりいい顔をしなかったが、なぜかそのとき父が自分も食べたい、○○で食べたおでんは美味しかったなどと援護射撃をしてくれ、それ以来毎年12月19日はおでんが我が家の定番になった。いや、もちろんそれ以外の日にも出てきたけれど。

 で、結局何がいいたいかというと、今日は僕の誕生日だと言うのに家族全員からスルーされ、というのも上の子の進路指導と下の子の進路相談がダブルで重なり、配偶者はカリカリ、子供たちは開き直り、というコールドアズアイス(by フォリナー)の我が家で、疲れて帰ってきた父親のおかずは何もなく、寂しくサッポロ一番味噌ラーメンにざく切りのキャベツと玉ネギをぶち込んで食べた午後9時半の哀愁という社会主義的リアリズムの構造があったのだ。しかし、僕は泣かない。なぜなら僕は21世紀に夢と希望をつなげる未来の子供たちだから。あ~あ、結局なにが言いたいのか良く分からない。最後までわからないエントリーだが、結論、これで(も)いいのだ。

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コメント

じゃ、まぁ、ここでお祝いの言葉などをば

明けま・・・ いや、誕生日オメデトウございます。

12月生まれの悲しき事は、『誕生日はクリスマスと一緒』というのは僕らの世代でも良く聞いた話です。

自分の子供の誕生日を、強引に24日か25日に変えてしまう昭和の親の力強さが、今まさに求められている気がしないでもない今日この頃であります(笑)

お目出度い。
お誕生日エントリの第一コメが、工□コメスパムとは実にお約束で面白い。

オーソドックスですが、バースディソング
http://jp.youtube.com/watch?v=i0q2R4YpsKc

このミュージシャンは知らないけど、なんとなく良かったんで。
って、ワシも疲れとるなあ。

ところでケーキに載っていた不思議なお菓子って、アンゼリカのことかな?
ほかに銀色の仁丹みたいなのとか乗ってましたね。
それはそれで懐かしい味です。

社会主義的リアリズム

いや、どこが社会主義的リアリズムなんだと困ってしまいましたが。

要するに、自分の誕生日に晩御飯の支度もないという悲惨を呪っているわけですな。いや、そりゃ腹立つわw でも、お互いいい年してるわけで、もう誕生日が来ても嬉しくないでしょうに。私など毎度の誕生日の度に、ああ俺も死に近づいていると今更ながら確認しているワケで。

おでんとケーキ

誕生日だったとは知りませんで・・・
おめでとうございます。
昔の大型ケーキといえば、バタークリームを使ったものがほとんどでしたね。今のように冷蔵技術が発達してなかったので、日持ちのするクリームが使われたのでしょう。バタクリのケーキは大量に食べると後で必ず気持ちが悪くなりましたが、それでも目の前にすると、そんなことは忘れていつも食べすぎてしまって後で後悔したものです。

京都では関東炊きと呼んでいたおでん、中部地方では関東煮と呼んでいました。夏にプールから出た時に食べる関東煮はいつもアイスキャンデイ、かき氷とセットでした。

ところで関東炊きは広東(カントン煮):中国の広東が語源だとする説があるようです。牛筋を煮た出しで、いろいろなものを煮込んだ料理が日本で、ねりものを中心にした煮込み料理になり、関東煮・・・それが関西では「関東炊き」と呼ばれるにいたったというものです。
しかし醤油が関東で発明され、濃い色の出し醤油で煮込んだねりものを指す方がどうもシックリきますね。でもそれを関東地方で「おでん」というのも何かおかしな話で、「おでん」はやはり「田楽」が語源で、味噌がつきものですから、関東地方でいう「おでん」の元祖は、ひょっとしたら中国広東発祥説もありえそうな感じがします。
「関東炊き=おでん」は関東地方の料理ではなく、たとえば京阪神など広東料理の多い関西地方が発祥地だった可能性も推測されます。

お誕生日オメデトウございます

母親がプチブル志向だったのでおやつやいろんな面では恵まれました。
クリスマスパーティーもやったなあ。毎年持ち寄りでやりました。最後に出席したのは高三のときで1970年代後半、500円のプレゼントを持ち寄りでした。
その後は実家を離れたから出席したことはなかったが、両親・妹夫婦・いとこ数人の夫婦を交えてまだやってるらしく、今も変わらず500円。1970年代後半だとそこそこの価値があったが今の500円はちょっとガキ共には不憫かな、プチブルではなく随分つましいなあとなんだかちょっと不在の不肖の息子であることに申し訳なさを1%ばかり感じました。

クリスマスはそうでもないが、今は正月がジャマ臭い(帰省が面倒)、年賀状もジャマ臭い、誕生日の前には憂鬱の気が高まる(20歳の誕生日に年金払えの通知等が来たときから、本当に憂鬱だけの日になった。忘れるために飲み食いする日になったのかも)、子どもの頃はむしろ正月と誕生日が最大の楽しみだったのですが。

遅ればせながら

お誕生日おめでとうございます。
“赤や緑のあれ”は、おそらくドレンチェリーのことでしょう。サクランボの砂糖漬けのようなモノです。黒木 燐 さんのおっしゃっているアンゼリカは、フキの砂糖煮です。斜めに薄く切って、葉っぱに見立てたデコレーションなんかに使われますね。両方とも、ハデな色に着色されているので、元が何かはわかりにくいかもしれません。
銀色の仁丹みたいなのは、アラザンと言いまして、まあ、砂糖の粒に食用銀粉をコーティングしたものです。フランス語の“アルジャン(argent)=銀”からアラザンと言うらしいです。
sawyer さんのおっしゃる通り、昔はケーキといえばバタークリームのデコレーションが主流でしたね。たしかに重いですが、本来バタークリームはおいしいものなんですけどね。あのころは本物のバターではなく、マーガリンとかそんな素材だったのかもしれないです。

昭和の父ちゃん、母ちゃんは

強かったような気がする。テレビのチャンネル権などという言葉があり、それは絶対的に父親が持っていた(はずだ)。裏番組のアニメが見たいのに、何故ナイター(この単語も今は死語かな。ナイトゲームなんて気取らずに、和製英語のナイター、大いに結構じゃないか!)を見なければいけないのか、口答えしたらビンタが飛んできたものだ。

誕生日をクリスマスや正月などで誤魔化すなんて手法は確かにあったな。お祝いのご都合主義とでもいうか、合理主義とでもいうのか、考えようによっては「盆と正月」が一緒に来たともいえる…はずはないか。

燐さん、音楽のプレゼント

ありがとうございました。navy&ivoryというグループが歌ってるんですね。「エボニー&アイボリー」は知ってるけど、「ネイビー&アイボリー」という名前は初耳です。

アンゼリカというのは、こちらも初めて聴いた言葉で早速ググってみました。うーん、ちょっと違うような希ガス。

いや、社会主義的リアリズムというのは

言葉のあやというか、つい勢いで書いてしまいました。早い話がメシの準備もしとらんやんけ、ボケェ、今日は何の日や、ボケェという怒りを爆発させようとしたら、我が家の女三人組が固い団結で「私らも誕生日に何もしてもらえなかった」という、ま、そのお互い様的な結論になり…。

barrett_hutter さんの「門松は冥土の旅の」的発想は良く分かりますが、予め到達点が決まってるわけでもないので、いつ何時何があってもいいように、もっと気楽にいこうと思ってます。なかなか出来ないんですけどね。

なるほど、カントン炊きですか

関西、関東の関東ではなく、中国の広東の料理というわけですか。牛筋はこちら南九州では良く入れますね。これしか食べないという人も結構います。僕はちょっと苦手ですが。我が家のおでんは鶏で出汁をとったりします。これは配偶者の家庭のやり方だったそうですが。

で、僕はおでんでは大根、コンニャク、厚揚げと好きなものはいろいろありますが、練り物が一杯入ってないと気に入らない。特に竹輪やカマボコなどがふやけて大きくなると凄く儲かったような気がします。うう、悲しいサガだ。

エッ、walker bros さんはてっきり年上と

ばかり思っていました。なんだ、オレが先輩じゃねーか。というように態度が変わるのは良くありませんね。人としての器が問われます。などという話はさておき。

いいじゃないですか。500円でプレゼントの交換会を未だに継続しているというのは。僕の親戚筋ではその手の行事というかイベントはもう全部なくなってるので、羨ましい気がします。来年あたりはwalker bros さんも参加してみたらどうでしょうか。

おお、狸さんおひさです!

心の妻の久しぶりの登場にちょっと照れてしまったdrac-obです。ドレンチェリー調べてみたら、ビンゴでした。これの赤や緑が良くケーキに乗っかっていました。それとアラザンも、良く兄弟でどっちが沢山取るかもめたものです。今考えれば、それほど美味しいとは思えませんが。子供の頃は甘くて甘くてほっぺたが落ちそうになり、sawyerさんも書いてるように、食べ過ぎて胸焼けすることもありました。

40年前の晩御飯のおかずを覚えているか、というその1点だけで一気に書いたエントリーで文章もおかしいのですが、皆さんから沢山のお祝いメッセージ頂いてとても嬉しい限りです。またおでんやケーキの話でここまで盛り上がるとも思ってませんでした。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとね~。

私の場合

遅れましたがお誕生日おめでとうございます。
そう云えば、私の誕生日にはぜんざいを食べますよ。まあ、一人暮らしだった時は除きますが・・・
親と一緒だった時は勿論結婚してからも。まあ、その日は日本国中ぜんざいを食べるようですが・・・

遅ればせながらお誕生日おめでとうございます。
たしかにチビ太が食べていたおでんは当時憧れの存在でした。
多分僕が初めておでんを食べたのはそれからずっと先の事だったように思います。
インスタントラーメンで一番の美味しいのは「サッポロ一番味噌ラーメン」で決まりです。

ほう、10月31日がお誕生日ですか

日本ぜんざい学界によると、10・31は出雲ぜんざいの日だと主張していますな。http://www.1031-zenzai.com/

しかし、もう少し早ければ国際反戦デーだったのに惜しかった。などとあくまでしらを切るのであった。

Purple_Hazeさん、メッセありがとうございます

このところ読み逃げばかりしていて、なかなかコメント出来ませんがちゃんと読んでますよ。ロバート・パーマーの小粋なアルバム・ジャケットを久しぶりに見て、やはりええなぁとつい涎が、いやその、見とれてました。

サッポロ一番はインスタントの定番で味噌が一番ですが、たまにあっさり塩が食べたくなります。しかし、キャベツや玉ネギを一緒に煮込むより、炒めたものを上に乗せて食べるほうが美味しいですね。ただここでは、誕生日の夕飯がサッポロ一番というのはいかがなものか、という問題提起をしてみただけです。

10月31日

10月31日に日本国中ぜんざいを食べるって!  そんな事云う奴おらんやろう!!!

どんな変てこな習慣も

定着してしまえば、馴染んでいくぞ。無理が通れば道理が引っ込むというやつで、だいたい何が悲しゅうて、巻き寿司を特定の方向を向いて一気食いしないといけないんだ。恵方巻きなんて、ナニワの商人のデッチ上げだぞ。バレンタインのチョコレートだって製菓会社の陰謀だし、そういう中で、日本国民全員がぜんざいを食べる日だったあったっていいじゃないか、人間だもの(by せんだじゃなほうの「みつを」)。

ところで、コメントあんまり編集しないほうがいいぞ。この手の話は最初が一番勢いあるから、老婆心ながら…。

ぜんざいの日

既に日本国中がぜんざいを食べる日があるでしょうv-82
その上に出雲のぜんざいを押し付けるなんて定着しようがないだろうv-31
おお昔からの慣わしにはいくら出雲のぜんざいだけが本物のぜんざいだという日なんて私の目の黒いうちは無いだろう。どんなにドラックさんが頑張ったって来やしないだろうv-31

ところで確かにコメントの太字を普通字に直したのは俺が気が弱かったせいですv-15

ところで、キャンプの話の続きをお願いしますv-221

いや別に「ぜんざいの日」などに

何のこだわりも持ってませんが、ワタクシの場合。しかし、日本国中がぜんざい食べる日なんてあります?あ、鏡開きの日のことか。しかし、この日だからこれを食べなければいけない、などというのは教条主義的でいかにも君らしいな。

どうでもいいけど「ドラックさん」なんて書くなよな。一瞬ドラッグかと見間違えたぞ。キャンプの話はすっかりどこかに消えてしまったな。良く考えたら、まだ目的地にもたどり着いてなかった。ま、しかし拙blogではよくあるパターンなので気にしないように。僕の好きなフレーズは「慌てない、あわてない、一休み、ひとやすみ」(by一休さん)なのだ。

廻り道

ああ そう云えば私はキャンプ地に着くのに随分大回りをして現地にやっとたどりついたのを思い出しました。

特に途中でドラッグをしていた訳では無いのであしからず。

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人生なんでもショートカットというやつは

ろくな奴ではないと思うけど、君のあのときの大回りは理解に苦しんだ。一体どうすれば、えびのまで行けるのか、「目と耳と口があれば道は開ける」というJEP格言を忘れていたのか?道が分からなければ聞くのは鉄則だぞ。しかし、遠回りの話を聞いて変わっていないなと思ったのも事実です。

匿名希望さんへ

mixiには誕生日登録してないんですよ。何となく面倒で、そのくせ自分のblogにはひがみネタ書いて駄々こねてる困った奴です(笑)。そのうちまた一緒に遊びましょう。
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