酒とニンニクと国際交流と…

 今朝起きたのは10時30分である。立派に朝寝坊だが、前日の記事にも書いたように寝たのは午前3時30分くらい、しかも最初の3時間はソファの上で寝ていたのだ。予兆はあった。6/2に取引先の接待に出かけた友人がその日帰って来ず、翌朝チャイムとともに帰宅、いわゆる”朝帰り”である。あちこちに怪我はしてるし、メガネや鍵を入れていたバッグをなくし、ようやくマンションの入り口にはたどり着いたがオートロックのエントランスの所で力尽きそのまま寝込んでしまったらしい(土曜の朝である。何人かの入居者が彼の倒れている姿を見たに違いない。それを放置されたままというのは都会の人間の冷たさというより、彼がこのマンションでどのような評価をもらっているかを如実に物語っている。人間こうはなりたくないものである)。とにかく呂律は回らないわ、体はふらふらしてるわ、言ってる事は要領を得ないわで相手をするのも面倒だったのですぐ寝てもらった。間の悪いことにその日は彼の奥さんが来る日で(彼は今まで住んでいたマンションを事務所兼商品倉庫にして奥さん・子供は別のマンションに住まわせている。世間ではこういう状態を別居というが、本人は家族関係が新鮮でいいと楽天的というか能天気である)、10時過ぎに来られて僕がPCの前にいるのを見て驚いていた。もっと驚いていたのは旦那さんが布団に包まってうなっていたのを見たときだ。

 いったいどういうことかと目で訴えてきたのでここは男同士の友情、「彼は疲れて寝ているのであって、決して朝帰りで二日酔いなんかではない」ということを説明しようとしたが、生来の口下手のため上手くいえない。どうにも気まずかったので、昨日の記事のように”大泉学園”までの長く苦しい旅が始まったのだ。いや、この年で朝帰りする友人も友人だが、その苦しむ姿を見て即座に現実を理解する奥さんも奥さんである。今までに何度と無くこのような修羅場が繰り返されたのであろう。と、酒を飲まなくなった僕は気楽に考えていた。

 朝帰りの男はそれでも夕方から元気を取り戻し、晩飯を食いに行こうと誘われた。近くに美味しい韓国料理店があるというのだ。7時30分くらいにその店に着いた。まだ新しくて(今年の1月にオープンしたとのこと)従業員もみんな韓国の方で、片言の日本語で熱心に説明してくれる。テーブル席と座敷とあり、掘り炬燵形式の座敷に座った。お客は他に2組でどちらも家族連れ、小さい子供連れであった。ふざけすぎたのか小さい子の一人が掘り炬燵に頭から突っ込んでしまった。ウェイターのお兄さんは「哀号」と叫ぶやすぐ飛んで行ってケアしていた。こういう対応も気持ちが良かったし、何といっても給仕してくれる女性が目がキツメの美人で、その上料理も美味しかったので言う事なしだった。友人としゃべりながら食べているうちに、僕の配偶者に友人が電話して元気でやってる旨話したのだが、この状況を間違えて伝えたらしく、下の子からこんなメールが来た。

件名;ざけてんヂャねぇヨ
M子(下の子の名前)だけどぉ、ちょ母が言ってたんですけど若い女といっしょてホント~。おめ~いい気になってんじゃね~!自分の頭かくにんしてからはしゃぐんだな…以下略


我が家は僕以外は女3人組で普段はお互い仲が悪いくせに、こういう時だけは一致団結する。

 そうこうする内に10時30分も過ぎ、そろそろ帰ってブログをと思っていたら友人がこの店のママさん(美人、もういいか。いい加減しつこい)に近くの飲み屋を紹介してもらいそこに行くことになった。最初は次の店にママさんが電話してくれると言ってたのだが、友人の名前が呼びにくかったのでそのまま一緒に連れて行ってくれた。いかにも場末のスナックで入ると同時に60過ぎのオジジとオババが興味深そうに目を向けてきた。

 そのうちカラオケが始まり、飲まない僕は適当にオジジ、オババの世代にあわせて荒木一郎などを歌っていたのだが、オババがやたらと絡んでくる。友人はこういう人の相手が得意なので任せていると、オババがやたら馬鹿、馬鹿言い始めると隣のオジジが激怒して「馬鹿という人間が馬鹿だ」と至極当たり前だがおよそ成人した大人が言う言葉では無い様な事を言い始めた。一旦は収まったのだが、30分もしないうちにオババが店のマスターが止めるのも聞かず、再度馬鹿馬鹿言い始めついにプッツンした(死語、もはや死語か)オジジがオババの胸倉を掴んで「てめぇは出て行け」とか「もういっぺん言ってみろ、お前がどんな人間か知らないが、人には言って良いことと悪いことがある」などとちょっとした修羅場が始まった。

 店のマスターが何とか間を取り持ち(友人もかなりフォローした)、やっとオジジは帰ったが、どう考えてもこのオババがイカン。暴言壁のある危険人物と見た。ただ店のマスターもましてやママは何も言えない所を見るとよっぽどお金持ちか危ない関係か(これは無いな)。1時回っていい加減帰りたくなり、その旨を友人に伝えると、焼肉屋のママさんがまだ来てないとか訳のわからない事を言い出した。マスターが気を利かせてさっきの韓国料理店に電話するようママに指示した。「もうあの店終わってるからママいないと思うよ」

 「コンバンワ」来た。韓国美人だ(いい加減くどい)。美人のママさんと「哀号」のお兄さん(この人は本当にママさんのお兄さんとのこと、そういえば顔が良く似ていて美男、美女である)、それに居酒屋を経営しているという鹿児島出身のおっさん、この3人と合流して大いに盛り上がる。ママさんが隣に座っていろいろ話しかけてくるのだが、日本語が片言なのと時々韓国語が混じるのでうまく話が続かない。名前を聞かれたので教えると「drac-obさんは××か?」と聞く。聞き取れないので何度か聞きなおすと、あちらの言葉で「drac-obさんは私たちの国の人か?」と聞いていたようだ。確かに僕の本名はあちらの人の苗字に一部使われている。「遠い先祖はどうかわからんが、とりあえず違うと思う」と答えたらさびしそうな顔をしていた。しまった。そうだソウルは明洞の生まれだぐらい言っておけばもてたかも知れんと思ったが後の祭りであった。

 「朝鮮語と韓国語は違うの、ねぇねぇ」おい、まだあの暴言オババがいたぞ。流石にマスターがすぐ間に入り、オババが家に帰るよう諭した。1時間くらい一緒に歌い、話し、楽しい時間をすごしたが、友人の酔い方がかなりひどくママさんからも「モウカエタホウガイイ、アルキダメヨ、タクシ、タクシ」と小声で言われる始末。僕がタクシーで帰るというと断固歩いて帰ると言い張るので、仕方なく歩いて店を出た。帰り道は彼しか知らないのだ。

 信号を渡って歩き出すと二人乗りの族のバイクがブイブイ言いながら反対方向から走ってきた。それをじっと見つめていた友人が一言。「やっつけるぞ」勘弁してくれ。やっつけられることはあっても、やっつけることは無理だと何回も説明して納得させた。歩いて10分位してまた友人が叫んだ。「この道はおかしい。こんなまっすぐな道は無い」まっすぐな道でさびしいという種田山頭火の句があったがそんな悠長なことは言ってられない。ここまで来て道が違ってたら泣くに泣けない。何とか記憶をたどり、あちこち彷徨ったが人間に備わっている帰巣本能のおかげで3時前には部屋に着いた。布団を引いて友人を寝かして、僕はブログを入力した。終わって寝ようとしたら、友人が僕の布団の上で寝ている。意識はもう無い。仕方ない。ソファで寝るか。

 以上が昨日のブログを入力中に予告した真実である。実はもっと凄まじい話があるのだが、書いているうちにこちらの気分が悪くなってきたのでもうやめる。この日友人はソフトボールの練習に11時から出かけたが気分が悪いと言って5分で帰ってきた。賢明な行動だったと思う。花の日曜日、すがすがしい気分でソフトボールの練習をしている場所に、酒とニンニクの臭いをばら撒きに行くことは決して賞賛される行為ではないのだから。
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