そんなこと知ってるからって何の役にも立たんぞ(と、良く言われたものだ)

 昨日アップしたエントリーは、もともとは「SONGS」で見た石川セリの感想を書くつもりだったが、いつの間にか学生時代のしょうも無い思い出話で終わってしまった。本当は70年代のセリと、今の声が出なくなりそれでもあの独特のスタイルで歌い続けるセリの音楽に対する情熱の深さを称える賞賛のエントリーになるはずだったのだが、何故かコンパで鴨川にはまって、年上の先輩、しかも女性でスリムではあったが美人の先輩のアパートに乱入するという、ま、しかし、そこでは何事も起こらず、もしかしたら何か「イイコト」があったかもしれないなどという妄想を抱いた悲しい1回生2人の話で終わったのだが、何故かこのくだらない話にsawyerさんがコメントをくれて、続きを書けというので顰蹙を覚悟で70年代学生時代の話を書く。あっ、今思い出したが(なるべく思い出さないように、忘却とは忘れ去ることなりという不滅の名言を唱え続けて触れないようにしていたのだが)、「DRAC興亡史 1975-1980」のアナザー・ストーリーともいえるかもしれない。

 記憶は前後するのだが、岩倉に住んでいたS戸君とは1回生の頃から親しく付き合っており、良く一緒に河原町などで遊んだ。あるとき二人して丸善だったか紀伊國屋だったか、いやもしかしたら生協の書籍部だったかもしれないが、暇つぶしであちこちのコーナーをうろうろしていたときの話だ。何か本を買おうとして探していたわけではなかったはずの彼が急に立ちどまり、1冊の本の背表紙を凝視している。数秒間仁王立ちしていた。固まっていたのだ。何だろうと思って僕も立ち止まったら、いきなり「おい、drac-ob、この『オニオニオニオニ』って書いてるの、何や?」と尋ねられた。彼の指差すほうを見ると、そこには「ちみもうりょう」すなわち「魑魅魍魎」と書いてあった。「ちみもうりょう、って書いてあるけど…」と答えると「へぇー、あれで『ちみもうりょう』と読むんか。オレはてっきり『オニオニオニオニ』と読むかと思った。鬼が沢山いるという意味やな」まあ、あながち間違いでもないので説明はしなかった。この「魑魅魍魎」はそれから四半世紀以上たって、とんでもないところで聞くことになる。

 かれこれ4,5年前だったか休みの日に家族を車に乗せて走っていたら、後部座席に座っていた下の子が突然「ちみちみ、もーりょー、ちみもうりょう」などと歌いだしたので、目が点になった。一体全体何の歌だと聞いたら「シャーマン・キング」という当時大人気のアニメの挿入曲だかテーマ曲だという。一体マンガにどうして魑魅魍魎が出てくるのか、疑問に思った僕は家に帰るとすぐに子供達にそのマンガを見せてもらった。いやあ、驚きました。話はポケモンみたいなバトル物なのだが、戦うアイテムがモンスターではなく霊というか精霊である。つまりこの世のものではないのだ。不覚にもこのマンガにはまってしまい、当時のブック●フなどを回って全巻そろえてしまった。もっとも子供に「You can get it if you really want」(byジミー・クリフ)を教えるために、あ、違った「You can’t always get what you want」(by ストーンズだよ、勿論)、という人生の真実を教えるために1度に5冊までしか買わなかったが。あんまり意味はないか。

 この手の話は腐るほどあるのだが、今日はもうひとつオマケネタ。75年入学1回生グループに札幌出身のH居という男がいた。高知出身でいかつい外見の癖にクラシック班に所属していたF原(もっとも75年前期当時クラシック班は壊滅状態で後期になってようやく岡山出身のO崎さんがリーダー、そしてこの男がサブ・リーダーとなり、若干2名だけの再建クラシック班が出来たのだ)が連れて来た。同じ工学部で、マージャンしているうちにサークルの話になり、何も入ってないならうちに来いといってF原が入部させた。このH居、学生時代はおとなしく、背も低かったので出身地から付けられた愛称が『コロポックルH居』などといってからかわれていたが、大学を4年で出て(当たり前だと人は言うかもしれないが、僕のいたサークルは学問熱心で1年でも長く大学にいたい連中がごろごろしていた。また「キョーイクの帝国主義的再編フンサイ」とか「産学協同路線を許さないぞ」とか「ツクバチューキョーシン路線爆砕」などというスローガンを真面目に実行して、ブルジョワ的単位はこれを断固拒否するといってあえて「卒業」などという行為を恥ずべきものとして、「中退」の道を選んだ心ある人間も若干ではあるがいた。おこがましいが僕もその一人である。しかし何故か厚顔無恥にもストレートに大学を出た奴のほうが偉くなっている。シホン主義はこういうところが間違っていると思う、って誰も賛同しない罠)、就職した年にS戸君のアパートにF原と一緒に遊びに来たことがある。

 アパートに付くや否や「おい、F原、S戸、オゴト行くぞ、オゴト」と喚き始めたらしい。学生時代のおとなしいH居しか知らないS戸はあっけに取られてみていると、F原いわく「H居は就職して人間が変わった、というか本性がむき出しになった。オレがオゴトに連れて行ってくるから少し待っといてくれ」というや否や、タクシーに乗ってかっ飛んだらしい。しばらくするとやけに脂ぎった顔をした二人が戻ってきて、「いやー、いがった、いがった。やっぱりオゴトはええな。ススキノもええけど、地元で面が割れるとまずいしな」などとほざいたらしい。え、僕ですか?僕は「サンダカン八番娼館の誓い」があったので、オゴトなるところには近づいたこともありません。あれはてっきり遊園地だと思っていたら、オトナの遊園地だったそうです。

 …ええと、一足飛びに話が飛んだので気を取り直して、このH居とS戸の3人でよくつるんで遊んだ。もっともここにF田も加わるとすぐにマージャンになってしまうのだが、それは次回に書くとして、あるとき3人で結構真面目な話をしていたときだ。そうそう何を隠そう、3回生の時にはS戸が会長、H居が会計そして僕が文連委員というサークルの要職を占めていたのだ。確か話題はそのときのサークルの人間関係の問題を話しあっていたのではなかったか。結構深刻なテーマで思わず僕が「うーん、こんなことを言うとなぁ、人を呪わば穴二つ、とも言うし」などと発言したときだ。二人の顔つきが変わった。S戸は「お前、人が真面目な話してるときに不謹慎だぞ」、H居も「そうそう、何が穴や、アンタはオ●コのことしか考えてないんか」

 言われた僕は目が点になった(あれ、前にも使ったかな)。一体二人は何を怒っているのか。イミフだった(こういう表現が我ながらヤングだと思う、って今時ヤングなんて使わんが)。どうやら「人を呪わば穴二つ」の「穴二つ」に反応しているようだ。僕はちょっと戸惑いながらもこの「人を呪わば穴二つ」という慣用句の説明をした。二人は最初のほうこそ「ダマサレナイゾ」という反応だったがだんだん自分達の無知を理解し始めた。しかし、この二人の素晴らしいところはそれ以来何かあると「人を呪わば」「穴二つ」「人を呪わば」「穴二つ」と掛け合いで言い始めたことだ。あろうことか「人を呪わば」とどちらかがいうとしゃんしゃんと手拍子を入れて「穴二つ」と振り付けまで決めてやるようになったことだ。けったいな連中だった。そしてこの「人を呪わば穴二つ」という慣用句はそれから四半世紀後に思わぬところで再会するのだった。

 あれはいつだったか、やはり家族を車に乗せていたときだ。後部座席に座っていた下の子が突然「人を呪わば穴二つ、いっぺん死んでみる?」などと口走った。ビックリした僕はどこでそんな言葉を覚えたかと聞いたら「地獄少女」というアニメがあってその主人公の決めのセリフだという。家に帰った僕はそのマンガを見せてもらい驚いたが、今度は全巻揃えるようなことはしなかった。理由は鬼の配偶者がこれ以上マンガや下らんCDが増えたら私はキレルと絶叫したからだ。

 と、ここまで書いてきて、次はいよいよ夏合宿の話を書こうと思ったが、夕方からジャズのライブに行くので時間がない。続きはまたの機会に…。
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コメント

合宿の夜には何かがおこる

小豆島、木曽駒高原、三方五湖と夏季合宿地は変遷しました。
いずれも面白いことがおこっていました。

話は変わりますが「石川セリ」のアルバムで「アシタハハレカナクモリカナ」というのが有り、武満徹の童謡のような歌曲を彼女が歌っています。
なかなかよいアルバムですよ。

武満は、クラシック以外のジャンルの人の付き合いが相当あったらしく、「死んだ男の・・・」などは方々で歌われますし、小室等にも武満の作品ばかり歌ったアルバムがあります。

どもです。
MIXIにも書きましたが石川セリといえば「スノーキャンドル」ですね。
作詞作曲中村治雄ですし。

本当のコトを言わないと

通常、複数の男性がいて、そのような場所に繰り出す時、誰か一人だけ「俺はパス…」と宣言した場合、「つき合いの悪いやっちゃ!」「一人だけエエ子ぶりやがって!」などと非難の対象になるのがフツーです。これはやはり、後ろめたいヒミツは他人と共有した方が心理的に楽、という罪悪感からでしょうか。
ウソをつくと、閻魔さまに舌を抜かれますよ?
ちなみに、こんなコトを知っててもなんの役にも立ちませんが、閻魔さまとお地蔵さまは同性愛のパートナーです。まあ、日本においては、男性同士の性的関係について、キリスト教国においてよりもぜんぜん不道徳な行為ではないのですが。

セリが武満作品を歌ったアルバムは

中古CD屋で見かけて、買おうと思ったのですが、値引き幅が少なかったのでもう少し待てば一気に下がるはず、セリのこんな地味なアルバム買う奴はいないだろうと見切ったのが敗因でした。1週間後の日曜日に買いに行ったらどこにも無くて悔しい思いをしました。狸さんの名言ですが「CDと本はその場限り」という教訓を今後は厳守したいと思います。

合宿は、また改めて書きますが、僕達の頃は鳥取の浜湯山ばかりで77年のときに唯一信州に行ったくらいです。他のサークル員は鳥取以外に行きたかったと思いますが、僕が全ての反対意見を論破して毎年鳥取にしていました。いやー、随分うらまれただろうな!ちなみに学園祭でオカマ喫茶を復活させて毎年実行させたのも僕です。いやー、根に持ってるやつも一杯いるだろうな!

パンタの提供曲で最大のヒットは

「鳥肌音楽」でも指摘していたように、「ムーンライト・サーファー」でしょうね。「SONGS」のオープニングもこの曲でしたが、聞いてすぐにセリの声に異常がある、声が伸びない、苦しそうだ、ということに注意がいってしまい、結局最後まで歌を楽しむという気分にはなれませんでした。画像的には相変わらずファッショナブルで華麗というべきスタイルでしたが…。僕は未見ですがセリの最近のCDにDVDが付いてるものがあり、そこで「ムーンライト・サーファー」をパンタと特別ゲストの陽水と一緒に歌っているそうです。ただ陽水はゼッタイこの曲知らないだろうというモノらしいです。G●Oにあったはずだから、今度借りてみよう。

さすが、男性心理を知り尽くした狸さんらしい分析

ごもっともでございます。しかし、大変残念なことですが、このとき社会人だったのはH居とF原の二人だけで、僕とS戸はまだビンボー学生。S戸はバイトの塾講師で結構な収入があったのでまだしも、僕は単発のエキストラのバイトくらいでお金が無いことはなはだしかった時代です。あの時H居とF原が男気を見せて「おごっちゃるっ!」と一言、ヒトコト言ってくれたら、しょうもない誓いなど鴨川に流してはせ参じたものを…。

ぜんぜん関係ないのですが

mixi の方で「drac」さんという人の足跡がついていたので、見に行ってみました。もしかして、サークルのお仲間の方かと思ったんです。
そしたら、私なんかよりもっと若い人で、吸血鬼好きの人でしたよ。こないだ、コウモリのネタを書いた時に、検索から来たんでしょうね。Draculaの「drac」でした。

事実は小説よりも妄想よりも奇なり

赤ちゃんはお母さんのお腹をバッテン(×)に切って取り出すのだと思い込んでいた幼少の頃、7つ上の姉から、「お腹を切って生まれるんじゃないよ、お尻の穴から生まれるんだよ、だからアンタもわたしもウンコだよ」 と教えられて、「えぇぇぇぇーっ」と、「え」がいくつあっても足りないくらい驚いたことを思い出しました。

その時の衝撃度に比べればヒトゴトなだけまだマシですが、狸さんの、

>閻魔さまとお地蔵さまは同性愛のパートナーです。

にはかなり驚きました。
世の中は、わたしの知らないことで埋め尽くされているようです。


>猫だぬき さん

狂言に『八尾(やお)』という演目があり、それに出て来ます。正しくは「閻魔さまとお地蔵さまは同性愛のパートナー“だったことがある”」 で、過去形みたいですけどね。
日本は昔から宗教的にはゆるゆるの国で、ほかの宗教より縛りもゆるかったみたいです。
ですから、性行為そのものについてもわりとあっけらかんとしていますし、同性愛も、男性のみの社会では、奨励こそされないものの、ごくフツーに受け入れられていたんですね。“お小姓”なんていうのは有名ですけれど、男性同士の方が後腐れがなく、さっぱりしていていいものだという評価もあったみたいですよ。

なるへそ(死語)、ドラキュラの略語で

dracとは洒落てますな。このブログのアクセス解析を調べると時々「drac」とか「レコード音楽研究会」、「別館」などのキーワードで辿りついてる人が居るので、もしかしたら同じサークル員だったか、あるいは別館をうろついていた連中ではないかと推測されるのですが、米も何もないのでさっぱりわかりません。かって大DRAC2万人構想というのがあってD大の学生全員DRACに入れてしまえば大学移転も阻止できるし、学祭もやりたい放題やと妄想しましたが、当然そんなことはありえず、サークル員も増えませんでした。何しろ基本コンセプトが「来るものは拒まず、去るものは追わず」だからしょーがない。あ、このブログ読んでくれてる元DRACの諸君へ、メールでもコメントでもいいから何らかのアピール下さい。お待ちしてますって狸さんの米返しがおかしな話になってしまった。

お、浪速のエ●主婦こと猫だぬきさん

おひさ、です。で、久しぶりに人様のところに来てコメントネタが赤ちゃん=ウンチ説ですか。ま、面白いからいいんですが。特にここのところは最高ですな。

>だからアンタもわたしもウンコだよ

この言葉は考えようによっては大変深いものがありますね。これぞまさしくウンチクなんちゃって。で、ひとつ質問ですが、その赤ちゃん=ウンコ説が間違いだというのはどなたかに教わったのでしょうか、それとも先生に聞いたとか。後日談も面白そうなのでついでのときにでも書いてください。

八尾といえば浅吉親分と相場は

決まっているのですが、そうですが狂言の「八尾」でしたか。言われてみれば浅吉親分も子分の清二とホモホモ7的な関係は否めませんな。しかしうら若き美少年ならまだしも、フケ専とかデブ専などになるとキショイとしか言いようがありません。先日の新聞にかなり高齢な日系人が同性の中年と結婚したとかいうニュースを読みましたが、分からない世界です。

そういえばつかこうへいがホモ疑惑で週刊誌に追われていた頃、母親が心配して電話してきたときに「いや、オレは女好きのほうだ」と言おうと思ったがついに言えなかったというエピソードを思い出しました。僕なら声を大にして「俺は男は大嫌いだ、女が大好きだ」くらいは言えるな。あ、どなたも聞いてない。こりゃまた失礼しました~。

未経験のコトをキライと断じるのはいかがなものかと

『悪名』シリーズはいくつか見て、けっこうおもしろかったのですが、主人公、朝吉という名前だというのは覚えていませんでした。
ヤ印方面のご職業の方というと、筒井康隆の小説にサディストでホ○のヤ印の方が出て来るシリーズがありましたね。
って、また下ネタ方向に走ってしまいそうなので、この辺にしときます。

「おれの血は他人の血」も

面白かったけど「男達の描いた絵」もなかなかでした。そうそう「浅吉」ではなくて「朝吉」でした。カレーライスが大好きでケンカはステゴロ。「清二」も「清次」が正解でした。ちゃんと確認せずに変換任せにしているとこういう失敗をするといういい見本でした。しかし、「悪名」シリーズは大好きで結婚したばかりの頃配偶者にこれはめちゃおもろいからといって見せましたが、その後配偶者は大嫌いな映画だったと散々こぼされました。だったら見るんじゃねーよ、バカヤロー!!我が家は4人家族ですが価値観に共通するものがありません。♪まともなやつはオレしかいねーぜOh,yeah!(by 「ドカドカうるさいロックンロールバンド」)
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