極私的なエントリーです、無視してください

 昨日は仕事が詰まっていて、家に帰ったときはもう9時近かった。帰ると、配偶者は仕事で居なかったので、子供二人がテーブルをチョコレート工場にしていた。どおりで、メールで生クリームと牛乳を買ってきてとか、その後バターもお願いなどと来たはずだ。その後に直接下の子から電話もかかってきたので、また何か買ってきてくれだと思い、『今、忙しい』といって一方的に切った。そのせいか下の子がずいぶんむくれていたので、買ってきた材料を渡して機嫌を取ると、実家の母から何度も電話があったという。『延岡に住んでるK伯母が病院に運ばれて』とか言ったらしい。このK伯母はもう80はとっくに過ぎているが、元気で一人暮らしをしていて持病などなかったはずだ。一体何があったのか、ぼんやり考えていると家の電話が鳴った。

 母からだった。母の姉に当たるK伯母と妹に当たる叔母と兄になる伯父の3人でピザを食べたら、それが喉につかえてK伯母が救急車で運ばれたという。K伯母には兄弟以外に身寄りがないので今日は伯父と叔母が病院に付き添うが、今後のことを話したいので明日母に延岡まで来てくれと連絡があったらしい。ピザなんて喉に引っ掛けることがあるんだろうかと思ったが、良く考えたらこのK伯母は10数年位前に癌の手術で下あごを取っている。噛み切ることが出来なくて喉につかえさせたのかと思ったら、もっと深刻な様子らしい。とにかく『明日僕も仕事なのだが、お昼からだったら延岡に連れて行けるから』と答えて、更にちょっと気になったので、もし急ぐよう連絡があったら遠慮せず電話するよう話して電話を切った。

 翌日、つまり今朝のことだが寝ていたら電話が鳴った。時計を見ると9時過ぎだった。出ると母で、やはり延岡の叔母から出来るだけ早く来てほしいと連絡があったというので、今日の仕事をキャンセルして母と一緒に延岡の病院まで行くことにした。天気も良くて、しょっちゅう走っているルートだが、あいにく今、車のCDプレイヤーの調子が悪く、ラジオもいい番組をやってなかったので、道中ずっと母と話しながら延岡まで向かった。病院に着くと、今日は日曜日のせいか入り口も一箇所しか開いてないし(後にこれは単なる勘違いで午後1時から6時までは全ての出入り口はオープンになることが分かった)、節電のせいでエレベータの前などは薄暗くてすれ違う人の顔すらハッキリしない。病室はICUなどのある階のナースステーションのそばだと聞いて嫌な感じがした。

 病室に入ると、伯父夫婦と叔母がベッドの横の椅子に座っていた。ベッドに横たわるK伯母の顔を見たとたん「あかん」と心の中で叫んでしまった。目を閉じて苦しそうな息をして、鼻にはチューブが入れられている。母も涙声でここまで僕と一緒に来たことを大きな声で呼びかけるが反応がない。僕も手を握って呼びかけたが、手に反応はないし表情も変わらない。何年前だったか、弟が亡くなる2,3日前の病室の様子に良く似ていた。伯父たちにこのいきさつを聞いた。一部は前日に母から聞いていたが、実際に現場に直面した二人の話は聞いていて大変つらかった。

 ことは2,3日前、宮崎の母のところに滅多に連絡をしないK伯母が電話をしてきたことから始まる。「○○(母の妹、つまり僕の叔母)の家に電話するけど出ない、何かあったんじゃなかろうか」といってきたらしい。実は叔母はたまたま夜お風呂に入っているときに電話が鳴ったので取らなかったのと、その次の日は偶然用事で出かけていただけだったらしいが、心配したK伯母(こういう行動も普段はなかったらしい)が、僕の母に何か知らないかと電話してきたのだ。特に家を空けるとも聞いてなかった母が、電話では埒が明かないから家まで言ってみるよう話したところ「じゃ、兄さんと一緒に行ってみるわ」と答えて電話を切った。それで伯父とK伯母が、何かあったのでは無いかと心配した叔母の家に行ったのだが、前に書いたように叔母は至って元気だったので、笑い話で終わり、まあせっかく顔を会わせたのだからと昼を一緒に食べることにした。

 そのときどうしてピザを頼んだかは分からない。意外なことにこの3人が3人とも世代に反して乳製品は大好きで、ピザも好物だった。届いたピザを食べているうちに急にK伯母が黙って立ち上がりトイレに行った。数分過ぎても出てこないので叔母が見に行くと、便器にもたれて口からは大量の唾液が出ていたらしい。喉に詰めたと思った叔母が背中を叩いたりさすったりするとサラミが丸々1枚出てきたというから、他のものも噛み切れない状態で喉にかけてしまったのだろう。そうこうするうちに崩れるようにK伯母は倒れこみ、息をしなくなった。すぐに救急車を呼び、伯父が人工呼吸をして、ようやく息は吹き返したが、その段階で脈が止まり瞳孔が開いていたらしい。

 僕も経験があるが、こういうときの時間はもどかしい。救急車はなかなか来ず、代わりに所在確認の電話が何度も入り、伯父も相当切れたらしい。救急車が到着して、すぐに病院に搬送されたが、そこでドクターから聞いた話は伯父、叔母のかすかな期待を打ち崩すものだった。「脳は5分間、酸素が供給されないと死にます」「このまま植物人間の状態でどれだけ持つかは本人の体力次第です」「出来る限りのことはしますが今の状態が最善の状態だと理解してください」等、等。どうやら噛み切れなかったピザが胃のほうではなく気管に入り完全に空気の道を閉ざしたのが原因らしい。しかし、人間というのは、いや人間としての意識を持ち続けるということは、なんとはかなくあっけないものか。

 病室で見たK伯母はもう意志や感情のある人間ではなく、単に呼吸しているだけの生命を維持しようと今まで活動してきた全身の器官が反復継続の活動をしているだけに過ぎないのだ。後どれくらいの間、息をし続けるかは神様しか分からないが、そう長くは無いだろう。今は伯父夫婦と叔母で病院について夜は交代で泊まっているが、それも長くは出来ないだろう。老老介護の問題は、身近な、これほど身近な問題だとは思わなかった。

 病院で親戚と四方山話をしているうちに、いくつか分かったことがある。僕自身はずっと癌の手術で下あごを削り取ってしまったと思っていたが、実は伯母は癌ではなく下あごを削り取る必要はさらさらなかったらしい。今なら、いや当時でもそうだろうが、いわゆる医療ミスの問題だ。もっとも今更そんなことを言っても詮無いことだと、僕の伯父や叔母はいう。母もそれを知ったときは怒りがこみ上げK伯母になんで病院に文句を言わないのかといったところ「いや、あの先生はええ先生やねん」と屈託なく答えられたので二の句が告げなかったらしい。

 そういえば、このK伯母は結婚してからはずっと大阪で働いていた。僕が大学に入ったときも、近くに来たといってとても喜んでくれた。大学に入ってまだ授業の始まらない頃に天王寺で春巻きをご馳走してくれて「○○(僕の本名)も、もう大学生やから、ビールくらいはええやろ」といってビールをついでくれた。そのときのビールの苦い味と春巻きの味はまだ覚えている。こういうことを書き始めると取りとめがなくなるので、もう止める。今日のエントリーは単なる僕の家族のための備忘録なので、ここまでお付き合いしてくれた奇特な方がいらっしゃったら感謝申し上げたい。人はいつか必ず死ぬが、そのときが来るまでは誠実に生きていこうと思う。

大事なことを忘れるところだった。まだK伯母は生きているのだ。可能性は限りなく低いが命を取り留める可能性はゼロではないのだ。もっとも命を取り留めたところで、リハビリは限定付の、つまり人間として存続していく希望も限定付の、姥捨て山の国に生きていかなければならないのだが。
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コメント

う~~~ん、辛いですね。
特に、元気だった人が、普通ならなんでもないことで危篤状態になるというのは。
奇跡が起こることを祈っています。

燐さん、早速の激励ありがとう

このエントリーはあまりにも私的な内容なので、アップするのは止めようかと思ったのですが、意外とこういうときのことは、いきさつを忘れて都合のいい記憶に変えてしまうことが多いので、まさしく「備忘録」としてアップしました。まあ、オレのブログに何か書こうがオレの勝手だと開き直ったのですが。

いつものところにさっきまで居たのですが、真っ暗闇の中にひとりぽつんといるようでつらかったので出てきました。また元気になったら顔だします。今日は本当にありがとう。救われました。あ、開業医の友人に聞いたら、年齢的に十分ありうる話(ピザを喉に詰める)だと言われました。

こんな極私的な内容を書くとことは、私にはできませんね

それが良いか悪いかは判りませんが、私は極私的なことを不特定多数が見るところで書きません。そういうことは、友人にもただひたすら沈黙するのが信条です。また、他人に対してもそれは同じで、不用意に極私的な部分には踏み込まないように常に抑制しています。もちろん、本人が語る分には黙って聞いていますが…。

ですから、こういうことを素直にBlogに書くことのできるdrac-obさんや燐さんの開けっぴろげさには、いつも驚いてしまいます。私はそういう意味では、他人を根本的には信用してない捻くれものなのかなぁなどと思いますね。

私も一昨年、子供の時に面倒を見て貰った叔母を胃癌で亡くしていますが、それでdrac-obさんの気持ちが判るとは、決して言いません。正直に言えばこのエントリーにコメントを残すことすら躊躇していますが、医者の言葉通りなら希望は僅かばかりかもしれませんが、心より快癒をお祈りしております。

たぶんdrac-ob さんのことですから、お子さんから電話があった時、ちゃんと対応していれば…などとお考えかとも思いますが、それはもうしかたのないことであり、どのみち、その時点で状況がわかったところで、drac-ob さんにできることはなかったわけで。
さて、現在も伯母さまに対してできることは、ほとんどないですよね。病院にお任せするしかありません。
では、何ができるか考えましょう。人間は誰でも、過去に戻って何かをすることはできないですから、大事なのは、今、これから、何ができるかです。
さしあたって、お母さま、伯父さまご夫婦、叔母さまへのケアですよね。それが間接的に、伯母さまのためになることだと思います。drac-ob さんもお仕事がおありですから、大変だとは思いますが。
1人でやろうと思わずに、周囲の人に助けを求めてください。例えばお母さまでしたら、お孫さんの声を聞いて、気を紛らわせるということもできるかもしれません。
“周りに迷惑”という考え方は持たないでくださいね。逆の立場だったらどうかを考えてみてください。そんな時、頼られなかったら、寂しいですよね。こういう時のための家族です。現状を説明し、drac-ob さんがどう考えているか、どう感じているかを話して、協力を求めましょう。
付き添い、なかなかしんどいことです。ごく近い身内だけだと、話すこともなくなり、余計なことばかり考えて、ツラいです。実際に何かするわけではなく、ただそばについているだけですから、時間のたつのが、まことに遅く感じられます。1人だったら、なおツラい。
誰か(できれば遠い身内、あるいは他人も可)がそばにいると、その人に対応しなければならず、はたから見るとジャマ、迷惑のようにも思えますが、そうではないんですね。その人に対応している間の方が、精神的に楽なんです。
「誰それが何時に行くよ」と言ってあげると、その時間を待つことができます。
共倒れになることは、伯母さまが一番望んでいないことでしょう。さいわい、ご兄妹の仲はよろしいようですから、みなさんで、なるべくムリなくやっていけるようご相談なさってください。
そして、drac-ob さんにはネットという仲間もあるのですから、グチでも弱音でも、吐き出してください。看護する側の精神的・肉体的な安定が、看護される側にもとても大切なことなんですから。
くちはばったいことを申しましたが、私もおよばずながら、ご加護がありますよう、お祈りいたします。

どんな言葉をかければよいのか..

車で 30分ほどのところで一人暮らしをしている (旦那さんの)祖母は もうすぐ 89歳になるのですが、洋食でもお菓子でもなんでもござれの元気なおばあちゃん。
つい先日も、義妹と二人でケーキを買って遊びに行ったら、事前に「何も用意しなくてもいい」と言ってあったのに 大学イモを出してくれて、私たちに さぁ食べろ食べろと勧めながら自分でパクパク食べていました。
このぶんだと あと 2~30年は生きられそうね~ なんて、みんな安心しきっているのですが、こういった話を聞くと、やっぱり見た目は元気でも年齢を忘れちゃいけないな..もっとマメに顔出さなきゃな..なんて思いました。って、いきなり自分の話を長々とすみません。

お母様の支えになってください。
娘さんたちからもらえる(はずの)手作りチョコで元気を出して。


問題

お気持ちお察しします。
それにしても叔父さんは勇敢ですね。
普通素人が心マ・アンビューをするって言うのはかなりの勇気がいります。
優しくて頭の良い方だなと思いました。

介護の問題 医療ミスの問題・・・
問題、問題といわれていますが、職業人ではなく、
いち個人のDahliaとしての感想は「問題」といって欲しくないです。
ごめんなさい。
文章から察するにおばさんはきっと「問題」と思ってないと思うので
なんとなく、なんとなく今は言いたくないです。
すみません、偉そうで。

(ま、職業人dahliaとしては吠え付いて噛み付くでしょうが)

drac-obさんの

心中をお察しすると何を書いてよいのかキーボードを打つ指が進みません。
さっきから書いては消し書いては消しの連続です。
真っ先に僕の頭に浮かんだのは一昨年に残念ながら亡くなった叔母の事でした。
天王寺のエピソードは場面は全く違うものの叔母との想い出と重なりました。
今はただdrac-obさんのお気持ちが伯母様に届く事をお祈りしています。

・・・・

drac-ob さん、barrett_hutter さん、お約束通り、伺ったものの、
この記事を先に読んでしまったので、日を改めます。
こんな大変な状況とも知らず、失礼致しました。

barrett_hutter さん、こちらを先に少しばかり意見(というより感想)を
言わせていただきます。
あまり、人様の日記だブログだ、読まないほうなので、よくは判りませんが、
そもそも極私的でないブログなんてあるのかなあ・・・
数年前、インターネットで日記を公開するのが流行っていると知った時、
愕然と致しました。日記って、一昔前は、鍵掛けて仕舞ってる人もいた位、
非公開が前提と思ってましたから。

まあ、想いは吐き出せるものなら吐き出すのも良いのでしょう。
それに、いかに極私的に見える事項でも、人其々程度の差こそあれ、
全てを曝け出す事は不可能なのでは?それにその人自身にさえ、
見えてない自分の闇はあるでしょうし。
(あ、これ、別に反対意見じゃありませんよ。ある意味同意見とも言えそうだし)

追伸

すみません、やっぱり物凄く変な文章になってしまいました。

「程度の差こそあれ」の後は、「誰しも、ここまでしか本音を出さない、
という一線を引いているのでは?」と書こうとしたものの、
人様を疑うような発言はよそうと思い、お茶を濁してしまったわけです。

遅くなってしまいましたが、お見舞い申し上げます。
私たちの年齢になると若い頃は実感のなかったさまざまなことが、ずっしりと心に重たく感じるものですよね。私が萎えていてピンチの時にはいつでも支えていくれた親も気が付けば70を過ぎ・・父はすでに旅立ち、、。人は老いるものだと頭ではわかっていても、身近で消えそうな命の灯を見ると、切なく止め処ない寂寥感に襲われてしまいます。。せめて、今を大切に過ごしたい。伯母様のご容体もお母様の心労も心配ですが、drac-obさんもご自愛なさってくださいね。

皆さん、激励のコメントありがとうございました

このエントリーをアップした数時間後に伯母は他界してしまい、翌日また延岡まで行き通夜、葬儀と済ませて帰ってきましたが、気持ちが沈んでしまい皆様のコメントに返事が書けませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます。

barrett_hutter さんと狸さんは僕の性格や思考パターンを良くご存知で、根が天邪鬼だからちょっとひねったコメントにしてくれて、思わず苦笑しました。猫だぬきさんとDahliaさんは女性ならではの細やかな気遣いをしていただき、その優しさに思わずティアードロップスがフォールしそうになりました。あ、Dahliaさん、「問題」という単語の使い方が不適切でスイマセン。医療従事者の方から見たコメントで特に「ま、職業人dahliaとしては吠え付いて噛み付くでしょうが」の部分に、Dahliaさんらしさを感じました。

Purple_Hazeさん、kurumiさんもせっかく楽しいコメント残そうと拙ブログにお出でいただいたのに重苦しい話でごめんなさいでした。でもkurumiさんとは、mixiで日記読ませて頂き大感謝です。今後とも宜しくお願いします。

deriさん、わざわざありがとう。「ゲイルズバーグの春を愛す」を、じっくり楽しんでください。

最後にもう一度、このエントリーに対するコメントありがとうございました。またコメントは残さなかったけれど、最後まで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。僕は元気になりました。
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