2008年フォークソングクロニクル 番外編その2

 ということで、もう正月三が日も終わりである。暮れからこの3日にかけてなんだかんだとばたばたしてゆっくり一人で過ごす時間がなかった。今日は配偶者の実家関係の墓参に行き、その後親戚の家に年始に行くというので墓参だけは参加したが、後はゆっくりしたいからといって断り、夕方4時過ぎからようやく一人でのんびり出来た。久しぶりに学生時代つまりDRAC時代の友人や後輩連中に電話して最近の消息などを聞いたりしているうちに、こりゃ一度集まらんといかんな、という話になった。かって別館の黄色いドアのBOXの中でバカばっかりやっていた仲間も今では立派な社会人として世間様に貢献しているのだ。と、断定したかったが電話で開口一番「お前佐藤優の本読んだ?あいつ実名でバンバン書いてるけどええんやろか」などと危ない話をし始めるN谷君や、いまだに携帯電話の取り方やメールの送り方がわからないI田君などと話していると「スズメ百までわしゃ九十九まで」じゃなくて「スズメ百まで踊り忘れず」とか、「羹に懲りて膾を吹く」、これは意味が違うか、まあとにかくお互い変わっていないなという再認識をした今日この頃であった。

 さて、余計な話を書いているとまた昨日のようにエントリーが中途半端になるので、早速「まるごと日本のフォーク&ロック」の話に入ろう。昨日はチューリップまでいったから、次はっと、うーん、河島英五か。

酒と泪と男と女/河島 英五
 確か76年の秋ごろだったと思うが、KBS京都放送だか関西テレビだかで、深夜番組終了直前にしょっちゅう流れていた。最初聞いたときはいい歌だなと思ってしんみり聞いていたが、あまりにも毎日流れるのでいい加減嫌気がさし♪のんで~のんで、飲まれて飲んで~やーがて男はゲロまみれで眠るでしょう~などと替え歌にしておちょくっていた。しかしこの人の作る歌は無骨というか、愛想がないというか、人生を真剣そのもの余裕なしで生きているようで(いや、勝手なイメージだというのは重々承知です。所詮大衆音楽なんてパブリック・イメージなんだから、などと今日はちょっと拗ねてるいけない中年パンクです)、存在感は十分あるが、僕にとっては実社会ではお友達になりたくないタイプです。

いちご白書をもう一度/ばんば ひろふみ
 荒井由実作詞作曲、歌バンバンである。バンバンはグループ名であって、ばんばひろふみのソロ作品ではない。シングルの裏面が「冷たい雨」であり、個人的にはこちらのほうが好きであった。多くの人がこの歌に感情移入して「あの時代は良かった。しかし就職のために夢をあきらめた」などと簡単に総括していらっしゃるが、個人的に言わせていただければ♪僕は無精ヒゲと髪を伸ばして 学生集会へも 時々出かけた~の部分に異議がある。学生集会に「時々」出かけるようないい加減なやつはさっさと就職して二度と顔を見せるな、と学生時代の僕は言いたかった。集会にはちゃんと出席しろ。試験がレポートに切り替わりそうなときだけ来て、わーわーいうやつは信用できん、というのが結論である。こんなことばっかり言ってたので、大学は中退でロクな就職は出来なかったが、その話はまた改めて。

悲しみは雪のように/浜田 省吾
 へえ、この歌がリクエスト多かったのか、と、ちょっと意外な感じ。ハマショーもキャリアが長い。どれくらい長いかというと、彼の出したアルバムを縦に積み重ねると富士山より高くなるくらいだ。などと書いていると、数少ない常連さんに見放されるのでまじめに書くが、彼が愛奴でデビューしたのが75年、ハイ、また出てきましたね。僕が大学に入った年です。初期のハマショーは怒れるロック少年であり、年齢的にも近いので非常に共感できた。アルバム『PROMISED LAND』は働き始めた頃、よくある会社との摩擦を経験するたびに聞いていた。「マイ・ホーム・タウン」や「路地裏の少年」を口ずさみながら悔し涙を流したことは数え切れない。しかし、しかしである。おっと、この続きは次の「マネー」のところで。

人生を語らず/吉田 拓郎
 この歌を高校時代の友人のS原君に始めて聞かせたときの彼のシビアな一言。「なんだ、結局人生を語ってるじゃないか」。ごもっとも。拓郎はこの手の説教くさい歌が好きである。そしてその類の歌には主語が無い。したがって聞いた人がそれぞれ、自分の主語を入れて、「この歌はオレのための歌だ」と錯覚するのである。などと厭味なことを書いたが、本当は大好きなのだ。♪遅すぎることは無い 早すぎる冬よりも 始発電車は行け 風を切って進め のところは何度聞いてもいい。拓郎の声は一種の麻薬である。

心もよう/井上 陽水
 ごめんなさい。嫌いな歌です。『氷の世界』というアルバムはどこがいいのかさっぱり分からなかった。いや、陽水が嫌いなわけではないのですが、まあ、積極的に好きでもないか。何しろ初めて陽水聞いたのが♪昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ~というやつで、そんなん当たり前や、当たり前だのクラッカーや(やってしまった。やったらあかん、やったらあかん、やったらあかんと思いながら、つい手が出てしまって…)、と思ったが、回りにいる連中がみんな、しきりに「陽水はいい」というので、どこか良いところがあるのだろうと思って何度も聴いた。他のアルバムも借りて聴いた(買おうとは一切思わなかった)。「夢の中へ」はいい曲だと思ったが、クラスの連中は「あかずの踏み切り」とか「毎日、吹雪、吹雪、こおりのせかい~」がいいという。僕には理解不能だった。第一宮崎には「あかずの踏み切り」などありえない。汽車(当時はまだSLが走っているわけないか、ディーゼル列車だ)は2時間に1本くらいしか通らないから、「あきっぱなしの踏み切り」である。またあるときは借りてきた『氷の世界』のジャケットを見ながら「宮崎には雪が降らん」と力なくつぶやいたりした。しかし、良く売れたアルバムで多分僕の高校のクラス全員40人のうち半分以上が持っていたのではないか。

宿無し/世良正則&ツイスト
 いやー世良さんカッコいいね。今思い出したが、ツイスト、原田真二、チャーを総称してロック御三家なる呼び方をした時期があった。僕が「マーマレード」というミニコミに参加していた頃で、そのことをテーマに原稿を書いた覚えがある。要するに、地方に住んでる人たちにとってライブやコンサートはめったに見れないので、もっと戦略的にブラウン管(つまりテレビだ、マスコミだ)を利用すべきだ。ロックだからTVには出ないなどとカッコつけずに彼らのようにしたたかにやるべきだ、というような内容だった。原稿のタイトルもまだ覚えている。『ブラウン管シュガー』、我ながら気に入ったタイトルだったが、ほとんど黙殺された。悔しい。世良正則はボーカリストとして突出していたが、実はギターの名手でもある。小林克也がナンバーワン・バンドのレコーディングのとき「ギターを弾かないか」と誘ったらしい。バックコーラスで誘われたら断ったかも知れないが「世良君、ギター弾かない?」という言葉にしびれたといってアルバムに参加したと何かの雑誌で読んだ。

気分を変えて/山崎 ハコ
 九州以外の人は「ヤマザキハコ」と読むかもしれないが「ヤマサキハコ」である。「ヤマサキ」で、にごらないのだ。この人はフォーク酒場でライブで歌った。笑っているところを見たのは初めてじゃないかと思うくらい、笑わない人だ。彼女の名前を聞くと♪しんすけしゃん、しんすけしゃん、うちはあんたをすいとうばい~という「青春の門」のオリエの歌を思い出してしまう。次に出てくる人とキャラはだいぶカブル。

ぼくたちの失敗/森田 童子
 彼女の音楽は、陽の当たるところで見たり聞いたりするものではないと固く信じてきた。この手のフォーク・リバイバル的な番組で取り上げられたりすることもないと思っていた。やはりテレビの力は大きいな。見たことは無いが「高校教師」というドラマの主題歌になり、話題になった。70年代で終わった人だと思っていたが、83年まではアルバム出していたようだ。そのテレビドラマ以降有名になり、また活動するのではと思われたが、本人は「主婦業に専念している」とのことで再活動はなかった。僕にはこの人が主婦業をしていること自体が驚きだった。

山谷ブルース/岡林 信康
 うわー、最近の岡林やー!あれ、アレンジ変えてる。リズムもちょっと違う。「エンヤトット」か?いや「サムルノリ」のリズムだろうか。しかし、聞けば聞くほどこの人歌が上手いんだよな。この曲を本人は「唯一のヒット曲」などと謙遜するがどうしてどうして他にもヒット曲はありまっせ。去年は「いいとも」に出たり、ライブをやったり少しずつ活動し始めたようで、まずは目出度い。この前うどん屋で読んだ週刊誌に岡林のコンサートの記事が載っていて、客席の白髪頭のオジサン・オバサンから「神様~」と声をかけられ、「神様はさっき指が攣った」と彼らしく照れながら答えたと書いてあった。そうやなぁ、神様もいい歳だからな。体に気をつけてライブにレコーディングに頑張って欲しい。

ダイヤモンド/プリンセス・プリンセス
 ギャル・バンなどという呼称はプリプリから始まったのか?全員ルックスもそこそこだし、バンドとしての腕もまずまず、っていうかそれまでは女の子のバンドでちゃんと音を出せるバンドいなかったような気がする。今は亡き本田美奈子が率いてたワイルド・キャッツ(誰も知らんがな、そんな名前)あたりはじぇんじぇん聞けませんでした。ボーカルに女の子というのはわりと昔からあったけど、全員女の子で単独でライブが出来るというのは多分彼女たちからじゃないだろうか(自信は無い)。

My Revolution/渡辺 美里
 初めて聞いたときはなんというタイトルだと驚いた。「我が革命」である。しかも歌ってるのは女の子。ローザ・ルクセンブルグを尊敬してるのか(あ、どんとがいたバンドのローザ・ルクセンブルグではなく女性革命家のほうのローザです)、と思ったくらいだ。しかし歌詞を聴いてみると「革命」などという大仰なものではなく、たんなる「自立」を歌ったものだと納得した。聞いた感想は歌ってる女の子は歌が上手だなと思ったくらい。小室神話の始まりくらいの歌かな。

六本木心中/アン・ルイス
 出たー、アンちゃんカッコイイー。「グッバイ・マイ・ラブ」を歌っていたアン・ルイスが「女はそれを我慢できない」「女にスジは通らない」と立て続けに「女」シリーズでハードなロックをやり始めたときはクリビツテンギョウ。フォークからロックへの変身というのは、カルメン・マキという偉大な先輩もいたが、メイクやファッションのド派手さはアンちゃんの勝ちだろう。頭の半分だけスキン・ヘッドにするとか緑色の髪にするとか、半端じゃなかった。歌謡ロックとか、いろいろけなされたこともあったが、彼女のスタイルはやはり一種のパイオニア、フロンティアだったと思う。

恋に落ちて/小林 明子
 今日、徳永英明がカバーしたバージョンを聞いたが、やはり楽曲の良さが際立っている。海外生活が長いせいか、英語の歌詞のときは流暢だが日本語の詩になるとなんとなく覚束ない気がするのは僕だけだろうか。しかし♪ダイヤル回して手を止めて~というフレーズで『ためらいの表現』だと理解できるのは悲しいかな、昭和世代の人たちだけだろう。ダイヤルそのものがもう電話にないからなぁ。

埠頭を渡る風/松任谷 由実
 猫だぬきさんも書いていたが、どうしてこの歌が選ばれたのだろうか。松任谷由実名義の曲でも「真夏の夜の夢」や「春よ、来い」などの名曲があるのに。意図が良く分からない。ライブ映像が派手だから選ばれたのだろうか。良く考えてみたら荒井由実として番組の登場はなかったから、「12月の雨」や「ひこうき雲」のライブ映像のほうが良かったのではないか。いろいろ言われるが確かに荒井由実は独自の音楽世界を作ったし、彼女の存在があったからドリ・カムはドリ・カムたりえたのではないか。

君の朝/岸田 智史
 この人もフォーク酒場での生演奏。顔がずいぶん変わっていた。昔はロン毛の甘い顔のお兄ちゃんだったが、渋い中年の顔になっていた。役者をやってることは全く知らず、配偶者からWO(ワタオニの略語です。あ、その「渡る世間は鬼ばかり」の略語)の板長さんで出てるなどと聞いてビックリ。『そういえばサッポロ一番のオジサンは病気して辞めたと聞いたけどどうしてる』、と尋ねたらもう亡くなったと聞いて二度ビックリ。ジャズの造詣の深い人だった。合唱。あれ、話が飛んだ。

季節の中で/松山 千春
 ファンの方スイマセン。嫌いです。古い話ですが彼と谷村とさだの三人を称してなんとか言うらしいですが(僕は他人の身体的欠陥をあげつらうのは嫌いです。いや、決して僕の額も広いからというわけではありません。これは子供の頃からで、あ、そのいわゆるハイブロウでヨーロッパの人には多いって、オレ何あせってるんだろう)、確かにこの3人には共通性があります。ただ彼が自分と後の二人を比較して自分は、さだの書く詩には勝てない、谷村の作るメロディには勝てない、じゃどこで勝負するか、歌だ、オレには歌があると歌唱力で勝負しようとしたのは正解だと思います。彼の大ヒット曲ですが、ここではアナーキーのアンサー・ソング、「季節の外で」の歌詞を書いておきます。♪あいつらそんなに優しくてナイーブなのかい 女の前でよくそんなことが言えるぜ そんなに誇らしげな顔をするなよ この後もっと過激な歌詞になりますが、そのあたりは自粛。

MONEY/浜田 省吾
 先ほど書きかけたことですが、拓郎のバックバンドからハマショーのキャリアは始まり、かなり下積みも長く厳しかったようです。しかし地道に地方を回って固定ファンを確保していき、アルバム『J.BOY』の時には押しも押されぬ大スターになっていました。彼の歌の情景は地方都市で油にまみれた青少年が、汚れた大人たち(金持ち、訳知り顔の知識人、本音と建前を使い分ける、まあいわゆる大人ですな)に怒りをぶつけるというパターンが多く、そこのところがシンパシーをもたれたと思うのですが、もはやロック・スターの座を上り詰めた彼が「MONEY」のような歌を歌うのはどうなんだろうか、とこの映像見ながら考えてしまいました。まあ、たかがロックンロール、そんなに考えなくてもいいのか。考えてみたらストーンズもいまだに「サティスファクション」やってるもんな。姿勢の問題ということか。あ、決してハマショーを非難しているわけではありません、念のため。

フレンズ/レベッカ
 個性的な女性ボーカルに売れ線のアレンジ、最初のバンド時代と後ではずいぶんイメージが変わった。丁度最初に勤めた会社の異動で関東にいた頃でカセットでよく聞いた。僕にシホン主義の厳しさを叩き込んでくれた会社で朝8時から夜は11,12時は当たり前で、最長不倒距離は午前3時まで働いていたことがあった。日曜日も仕事のことが多く、唯一の楽しみはラジオでFENを聞くことくらいだったので、日本のロックシーンはあまり良く知らず、このバンドも当時の会社の仲間から教えてもらい、更にステレオが寮になかったのでカセットを買った次第だ。そうそう、同じ頃にスターリンの『フィッシュ・イン』を通販で注文し、受け取りを会社にしておいたら、出向先の事務員の女の子の見る目が変わった(当時、スターリンは何をやるかわからないというイメージだけ先行していた)。それまでは、良くその娘を助手席に乗せて取引先に一緒に行ったのに、それ以来何かと同行を嫌がり、どうしてもというときは僕の軽自動車の後部座席に乗ったので、当時の上司から僕が何かイケナイことをしたのではないかと、きつく問われたことを思い出した。誤解である。冤罪である。こんなことなら、やっとけば、コラコラ何を書いているのだ。

 ダメだ。今日一気にアップするつもりだったが、もう疲れました。残りは明日必ずアップします、って誰も読んでないような希ガス。
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コメント

いや~、読んでますけどね

あけましておめでとうございます。

いや、読んでますけど、突っ込みどころがあまり無いですな。一応FMとかで聴いてはいましたけどねぇ~という感じでしょうか。世良政則とか浜田省吾とかフォークにするのは判るけど、アン・ルイスとかレッベカとかもフォークにしちゃうのね。良く判りませんが、世代の感覚でしょうかね?

あら~♪

久しぶりに遊びに来たら (←マメに来いよ) 例の番組のエントリーが! んまぁ~律儀というか意地っ張りというかホント亜麻の雀というか...しかも紋切り型で無愛想な私の 「メモ」 とは違い、とっても丁寧かつ長いコメントで...ってああっと!その前に drac-ob さん、明けましておめでとうございますv-287 昨年はあちこちで遊んでいただき有難うございました。今年もよろしくお願いいたします m(_)m

ってことで~話に戻る。

歌詞も声もメロディも顔もすべて 優しい雰囲気 なオフコースを嫌いっていうのは、ちょっと抵抗を感じません? なんだか 「私は子供と年寄りと動物が嫌いです」 と言うみたいで...っとそういう私はもちろんオフコース嫌いじゃありませんが。ええ、ホントに。

女々しいといえば、チューリップも最初は女々しく見えました。「青春の影」の♪いま君を迎えに行こう~という歌詞をはじめて聴いたとき、「アンタみたいな華奢なのが迎えに来ても荷物持ちにもならんよ」と、もちろん思ったりはしませんでした。ええ、あれは名曲ですよ。

それにしても流石。幅広くいろいろな人・グループのことをご存知ですね。『ハマショーが拓郎のバックバンド』 や 『バンバンはグループ名であって、ばんばひろふみのソロ作品ではない。』 にはクリビツテンギョウ (ん?)でした。恥ずかしながら、へ~そうだったんだ~だらけです。あ、あと「My Revolution = 我が革命」 には、食べていたヨーグルトを吹きそうになりました。番組レビュー、続きを楽しみにしてます♪

ところで... 約10年前、嫁入り道具に高さ1メートルを超える「トトロ」と「ジジ」のぬいぐるみを忍ばせて結婚した私は、巨大ぬいぐるみを選んだ下のお嬢さんにシンパシーを感じてしまいます。お姉さんがひいた当選くじなのに当然のように自分の好みで決めちゃうところもまた 「アンタは私か」 って感じで嬉しくなりました。

しっかり者で優しくてお母さんのミニチュアのような上のお嬢さんと、無邪気で天真爛漫で野生的...なように見えて実はいろいろと考えて行動してるんだろうなぁ~な下のお嬢さん。ホント、可愛いですねv-290

佐藤勝

私も佐藤優、偶然本屋で見つけて、買ってしまいました。全部は読んでいませんが、びっくりしました。学友会をブントと決めつけているのもびっくりしましたが・・・。

エントリーのタイトルの付け方が

悪かったようですね。「2008年フォークソングクロニクル」としたのは、前年の「フォークソングクロニクル」が完結してなかったので、その番外編としてNHK-BSの「まるごと日本のフォーク&ロック」を下敷きにして、60・70・80年代の日本のフォークとロックの楽曲にコメント書いたつもりでした。

もちろん、世良正則も浜田省吾もアン・ルイス、レベッカ全部ロックだと思っています。ただ80年代になるとフォークとロックは明確に区分できますが、70年代半ばまでは線引きが曖昧なバンドや個人が多いのは間違いないと思います。

あ、遅ればせながらbarrett_hutter さん、明けましておめでとうございます。今年も宜しく!

いやー、やらなければ良かったかと

少し後悔しています。本当は、猫だぬきさんのように短くてぴりっとしたコメント付けて1日で終わるエントリーだったのですが、それぞれの曲やミュージシャンのことを書き始めると、あれもこれもと書くことが増えてきて、加減が難しいです。好きな曲はいいのですが、どうしても嫌いなものもあり、でもそれが好きだという人もいるはずだからなるべく穏便に書いていこうと思ったのですが、やはり一部はどうしてもダメなものもありました。

バカ娘たちを温かく見ていただいてありがとうございます。例のぬいぐるみは娘の部屋の入り口にどっかり座り込んでいます。娘が口答えするとケリを入れるぞと脅かすと素直になります。

まだ「私のマルクス」は読んでいませんが

紙の爆弾で昨年から一連の佐藤優批判(というより、後輩からの暴露兼皮肉?)がスポット的に連載されており、結構興味深く読みました。1月号にも載っており、元神学部自治会にいた人間からみた「私のマルクス」における意図的な間違いや事実誤認を指摘しています。

しかし「同志社ブント」って何でしょうね?一度お目にかかりたかったです。

いやね、色々視点が違うと面白いでしょう

去年の秋頃に海外で出版されたJulian Copeの「Japrocksampler」という日本のRock名盤本があるのですけど、これがなかなか別の意味で、興味深いですよ。まぁ、ある部分は共感を持つけど、残念ながら全体的には的はずれ。裸のラリーズとか、タージマハール旅行団とか、マジカルパワー・マコとかw なんつーか、結局エキゾチズムでしか理解できてねぇじゃんコイツという感じw まぁ、外国人が如何に日本のRockを誤読しているか判って楽しめます。

この手の外国人が日本文化を記述したものは結構読んでますけど、前に読んだRoland Keltsの「Japanamerica」は出来が非常に良かっただけにがっくりきましたね。ちなみにこの「Japanamerica」は去年邦訳が出てますから、こちらは読んでみるのをお薦めします。単なるサブカル本ではなく、きちんとした文化論になっていて、日本人が読んで成る程なぁと感じる程度に書けてますから。

>ダイヤルそのものがもう電話にないからなぁ
「恋におちて」を作詞したのは湯川れい子ですが
この曲が発売された1985年にはすでにプッシュホンが主流になっていたのですが
ためらいの気持ちを出すためにあえてダイヤル式の電話の歌詞にしたと言っていたのを聞いた覚えがあります。
確かにピポパ押して手を止めたじゃ歌にならないですもんね

今日、書店で「私のマルクス」

買ってしまったばかりだというのに、また面白そうな本の紹介をされると、買ったらアカン、買ったらアカンと思いながらつい手が出て、になりそうです。別の書店で「MOJO WEST」なる魅力的な本を見つけて、じっと我慢の子だったのに、ええいもういてもうたれ、と、やけくそで注文してしまいそうです。

しかし、barrett_hutter さんのフィールドも広いですね。

プッシュホンって

昔のダイヤル式の大黒様みたいな電話機のダイヤルの代わりに12個のボタンがそっけなくついてるだけのものだったな。電話機もダイヤル式とプッシュ式とあって、回線がダイヤル回線で電話機はプッシュ式などという過渡期もあって結構大変な時代だったよな。電話機の後ろにDPとPBという切り替えが必ずついていて、何かの拍子でそれが動くと受信は出来るが発信は出来ないとか、一杯クレームになったもんです。おかげで熊本のNTTとは仲良くなった、って話見えないだろ。オレの最初の会社で一時期通信部門に出向したことがあったのよ。そのうちエントリーに、おっと危ない、まあ、可及的速やかに書くつもりだ。
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