2008年フォークソングクロニクル 番外編

文字色 正月も2日目になると、緊張感がなくなり(休みだからもともとないのだが)だらだら過ごしてしまいそうだったので、1日の夜に明日は100均に行ってCD収納のケースを買ってCDの整理をする、と固く心に決め更に忘れないようにメモ用紙にそのことを書き机の上に置いた。ところが前日夜更かししたため朝起きるのが遅くなり、昼ごはんを食べながら、先日身内に頼んでいた日本のフォークとロックのDVD(NHKの衛星で12/22放映したもの、我が家はNHKの受信料支払いを拒否しているので衛星が写らないのだ。従って音楽番組で気になるものはすべて身内に録画を頼むから、身内もいい迷惑である。今回頼んだら、20時から22時までは録画できるけどその後は見たい番組を予約しているのでダメといわれた。それでも2時間だけでいいから撮っていてくれと頼んだのだ。ああ、しんど。説明長すぎ)を見ていたら、だんだん面白くなり、そういえば猫だぬきさんが去年エントリーでこの番組でオンエアされた楽曲のメモをアップしており、それが面白かったから僕もアンサー・エントリー書きますとコメントしたことを思い出した(もっとも、猫だぬきさんには僕の性格を見抜かれているので『年金問題の完全解決が先か drac-obさんのエントリーが先かってくらいの期待度で楽しみしています♪』などと書かれてしまった)。

 それでも2時間の録画のはずだったからDVDを見終わっても14時過ぎくらいだから、それから100均に行って帰っても十分CDを整理する時間があると思っていた。ところがうれしい誤算でどういうわけかDVDが番組終了まで撮ってあり、おかげで3時間半たっぷり楽しめた。ただそのため買い物に行くのが夕方の16時過ぎになってしまった。日も翳りつつあったので遠場の100均は止めて「ええもんやっすいのはイ○ミヤ~」の中にある100均に行くことにした。僕が出かけようとすると下の娘がツ○ヤに返すDVDがあるからといってついてきた。つい先ほどまで、配偶者から冬休みの宿題をちゃんとやってなくて叱られたばかりだったので、母親から逃げ出すいい口実だと思ったらしい。子供に甘い父親と思われていた2007年は既に終わったのだ、今年はお前たちは受験生だから容赦はせん、などと星一徹張りに往復びんたをして威厳を占めそうかと思ったが、どうせすぐ足元見られるので余計なことはしなかった。二人並んで玄関まで行くと上の娘もついてきた。母と二人きりになったら気まずい雰囲気になることを見越しての行動だろう。

 100均でCD収納ケースを探したが欲しいタイプのものは1個しかなかった。しょうがないので後は掃除機の紙パックや掃除用品を買って、上の娘がいるはずの2階の書籍売り場に行こうとしたときだ。エスカレーターの横のちょっとしたスペースに人だかりがしていた。覗き込んだら関西で言う「アテモン」いわゆる「くじ」をやっていた。1回300円でハズレは無し、1等には任天堂のWiiと書いてある。下の娘にやるかと聞いたら二つ返事であった。僕はこの手のくじが昔はぜんぜんだめだったが、ここ数年結構いい物を当てている。下の娘にいたっては、ある販促会場の福引で自転車と米を連続で当てたこともある。バカ親子は1等のWii一点狙いでくじを引いた。結果は僕が7等(ま、スカですわ。当たったのはミッキーのマウスパッドとハンドレストというのか手を休める小さいマット)、下の娘は4等でミニー・マウスのビニールバッグでこれは儲けモノだった。当てた景品を選んでいるところに上の娘が来た。この娘はくじ運が悪くてこの手のものはダメなのだが、せっかくなのでやってみるよう言った。返ってきた答えは予想通りやるだけ無駄、お金の無駄という返事だった。たかが300円のくじだからお金は気にせず引いてみろというと、そういうことだから我が家はお金が、などと配偶者が言いそうなことを言ったので頭にきて無理やり小銭を渡して引いて来いと命令した。上の娘はうつむいてとぼとぼとくじ売り場に向かった。

 僕と下の娘は当てたくじと景品の交換をするために売り場と反対側にいたのだが、いきなりお店の人が鉦を鳴らして、大声で「二等賞が出ました」と叫んだ。くじ売り場を見ると上の娘の横に小学校の低学年くらいの女の子がいた。当然くじを当てたのはこの子に違いないと決め付けていた僕は下の娘に「二等だって、あの子はすごいね」と話しながらくじ売り場のほうに来ると、上の娘の周りでお店の人たちが拍手したり「おめでとう、二等賞の景品は何がいいですか」などと話しかけている。え、まさか、と思っていると上の娘が真っ赤な顔をして「お父さん、どうしようか。当たった」といってきた。なんと今年、大学受験の我が娘はこんなところで運の無駄遣いをしたのだ。もっともオレがやるよう勧めたのだが。舞い上がったのは下の娘で「ぬいぐるみがいい、ミニーのぬいぐるみ」などと喚いている。店員が見せてくれたそのぬいぐるみは高さ80センチ、胴回りというか頭周り1メートル50センチという馬鹿でかいものだった。車のシートには乗せられず、トランクに入れてようやく家に持って帰った。
あまりかわいくないがストレス発散にケリを入れたりパンチを入れるには丁度いい

 などと、つまらぬ身辺雑記を書いてしまった。本題に入ろう。BSの「まるごと大全集 日本のフォーク&ロック」はばんばひろふみと女性アナが司会をして田家秀樹がコメントするという進行になっていた。それでは、僕も猫だぬきさんのスタイルで曲名とその下にコメントというやり方ですすめてみよう。

YES-NO/オフ・コース
 オフ・コースがブレークしたのは「さよなら」だったか、キャリアの長いグループでその実力は知る人ぞ知るというグループだったが、長年ヒットらしいヒットはなかった。正直好きではない。何故か。答えは女々しいから。今、元メンバーの小田和正が毎年クリスマスにゲスト付のソロ・ライブやってるがMCが鼻持ちならない。などと書くと敵をたくさん作りそうだが、嫌いなものはキライです。♪きーみを抱いていいの、好きになってもいいの~勝手にせぇ、責任者出て来-いと言いたい。

時代/中島みゆき
 1975年というと僕が大学に入った年である。「あざみ嬢のララバイ」は、ちょっとした衝撃だった。歌詞の暗さと歌の暗さに独特のものがあった。色白の文学少女というイメージだったがオールナイト・ニッポンを聞いて再度びっくり。絶対同一人物ではないと思っていた。呉智英が大ファンなのは有名。しばらく聞いたことがなかったが06年のつま恋で「永遠の嘘をついてくれ」を無表情で歌ったのが良かった。

とんぼ/長渕剛
 お隣の鹿児島県は伊集院町の出身である(今は平成の大合併とやらで日置市伊集院町になっている)。デビューした頃は直毛のロン毛で線の細いハンサムボーイというイメージだったが、根はやはり薩摩隼人であった。女に化けたヤマトタケルに征伐された部族の生き残りだ。反骨の人のようだが、どうも僕の波長には合わない。清原と二人で並ぶとどこかの組の金バッチではないかと思ってしまう。知人に聞いた話だがまだ彼がメジャーデビューする前に宮崎のホールで誰かの前座を務めたことがあるらしい。そのときの客の反応が余りにひどくて「隣の県出身なのにこの仕打ちはひどい。メジャーになっても宮崎ではライブをしない」と言ったらしい。そのせいかどうか、全国ツアーでも宮崎だけ来ない時期が長かった。最近はそんなことはなく、確か去年だったか一昨年だったか来た。

夕暮れ時はさびしそう/N.S.P.
 ニュー・サディスティック・ピンクが正式名称。どこが「ニュー」でどこが「サディスティック」でどのあたりに「ピンク」があるのか最後までわからなかった男3人のグループ。リーダーで作詞・作曲をしていた天野君が05年に52歳の若さでこの世を去った。もともとは岩手の高専生のグループで夏休みなんかを利用してツアーやライブをやっていた。デビュー曲の「あせ」を始めて聞いたときに歌の途中で「カンソー、ハイッ」といって間奏に入り驚いたことがあった。「さようなら」なんかは油断するとカラオケで歌ってしまったりする。女々しいのでオフ・コースは嫌いだが、NSPは女々しいところが好きである。結局はボーカルが好みかどうか、その歌を聞いたときの感受性の問題というか、やはり音楽は個人の感性にかかわるところが多いのでこういう矛盾があって当たり前である(こういうのを論点のすりかえともいいます)。

15の夜/尾崎豊 重い。彼が全盛期の頃、僕は会社勤めを始めており一番この手の音楽から離れていた。ある意味それは正解だったと思う。リアルタイムで聞いていれば好きになっていた可能性が高い。彼のほとんどの曲は飲み屋のカラオケで知ったり、彼の死後にテレビやラジオで特集されて聞いたので全く感情移入できなかった。しかし頭の悪そうなチンピラ兄ちゃんが♪この世界からの卒業~などと歌うのを聞くたびに、『お前はちゃんと義務教育卒業してからモノを言え』みたいなことを喚いてしまい大騒ぎになり、周囲の人に大変ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます(こういうことがちゃんといえる様になるまで、ずいぶん時間がかかったなぁ)。

受験生ブルース/高石ともや
 スタンダード・ナンバーですよ、猫だぬきさん。僕が大学入った頃はナターシャ・セブンを率いてしょっちゅうライブをやっていた。白川通りで何度か見かけたこともあった。上の娘が高校受験のときに聞かせたら、ずいぶん喜んでいた。特に♪テストが終われば友達にぜんぜんアカンと答えとき、相手に優越感与えておいて~あとーでショックを与えるさ~というフレーズは大うけだった。こういうひねくれたところは父の血を色濃く引いている。今日は♪母ちゃんもおーれを激励する、一流の大学入らねば、あたしゃ近所の皆様に~会わせる顔がなーいのよ、の所をちょうど聞いていて一言「うちも一緒」とつぶやいたことを僕は聞き逃さなかった。もっとも我が家のバカ娘の場合は「一流」はとても無理なのでお金のかからない「国公立」でひとつお願いしたい。

風/シューベルツ
 「はしだのりひことシューベルツ」ではなかったか?単に「シューベルツ」だったか。フォークル解散後のはしだのりひこは何かに憑りつかれたようにヒット曲を連発した。それまでの歌謡曲には無いバタ臭いメロディと今思えば「ニューファミリー(これも死語ですが)」を先取りしたような歌詞を武器としてチャートを賑わした。同時にグループもクライマックス、エンドレスと次々に変えていった。最後のグループ「エンドレス」は、はしだの音楽活動が「endless(終わりが無い)」である意味をこめて付けられたが、皮肉にもヒット曲もなく解散した。あ、そういえばこの人同志社香里高校出身で同志社大学卒業だった。音楽やりながらも卒業したとは、立派な人だ(てっきり中退だとおもっていた)。

塀までひとっとび/加藤「和」彦とサディステック・ミカ・バンド
 田家秀樹も言ってたけど、このフィルムのクレジットが「加藤一彦」になっていたが、もちろん「加藤和彦」が正解。元フォークルつながりでこの映像かと思ったけど、どうなんでしょう。ミカバンドは高校生のときにNHKの番組で見たことがあって、そのときのアナウンサーがミカを見つめながら「サディスティックですか、そうですか」と喋っていたのが印象に残っている。子供心にって、高校生だから子供じゃないか、スケベな親父だと思った。ジョンのプラスティック・オノ・バンドを意識して付けたネーミングだっちゅうの。郡山ワンステップ・ロック・フェスの映像だけど、今頃になってライブ盤やDVD出すのは反則じゃないかな(いや、ライブのレコードは2枚組みかなんかで出ていたような記憶があるが定かでは無い)。当時の日本のロックの錚々たるメンバーが出ていた一大イベントだったし、少なくとも74年当時はものすごい話題になった。

雨あがりの夜空に/RCサクセション
 RCは貴重なバンドである。たとえば日本のフォーク特集をやるときに「ぼくの好きな先生」や「キミかわいいね」などは外せないだろう。また日本のロック特集をやるときに「雨あがり~」や「トランジスタ・ラジオ」が入ってなければ暴動が起こるだろう(ちょっと大げさかな、でも気分はそんなもんだ)。また「スロー・バラード」のようにどちらにでも入れられる曲もある。心配だったキヨシローの病気も何とかいい方向に向かっているようで、昨年ジョンのイベントに登場したり今年の初めには復活ライブもやるようでまずはめでたい。ピーター・バラカンは尊敬に値する評論家であるが、彼の唯一の誤りはRCを評価(理解)出来ないことである。その一点で僕は彼を認めない。

青春の影/チューリップ
 NHKはチューリップがお好きなようで、昨年は「SONGS」でチューリップの特集を2週に亘ってやっていた(受信料払っていない割には良くNHKを見ていると怒られそうだが、批判の対象として見ているのである。国営放送が間違った方向に行かないように監視するのも国民の義務だ。と、こういうのを俗に「詭弁」ともいう)。財津さんが「チューリップは青春のバンドであり、もうそれを演じるのが苦しくなったので解散します」というのは良く分かる。この歌で歌われる情景を演じられるのはせいぜいが30代くらいまでだろう。もちろんそれ以上の世代の人たちが歌うのは全く構わないが、その曲をステージに上がるたびに要求される側は精神的につらいのではないか。このあたり、ひとつのブログテーマになりうる問題だな。おっと、今年は軽々しくエントリーに書きますなどといわないのだ。書くべきことはまだまだたくさんある。

 と、ここまで書いてまだ三分の一いってないことに気がついた。しかし明日(正確にはもうすでに今日だ)は、配偶者のほうの墓参に行く約束をしてしまった。寝坊してまた家庭内に新年早々不穏な風を吹かせるのは本意ではないので、続きは明日アップします。
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コメント

ブツ

届きやした。ここではやばいので詳細は別途。
年末ジャンボの結果を見る限り僕の運はまだ残っているような気もするが元々無かったような気もする。
僕も○H○の受信料は系列会社が営利行為をしている事もあり拒否してるけど、アナログなのでBSは見ることができます。デジタルに変えたらどうしようか買ってもいないのに決めかねてます。

シューベルツの前にはしだのりひこが付くに一票!

あつ、末筆ですが明けましておめでとうございます。
今年もよろぴく。

ブツの話は了解です

でしょう、やっぱり「はしだのりひことシューベルツ」と言ってた印象が強いんですよ。ウィキなんかで調べたら単に「シューベルツ」と表記したこともあるなどと書いてましたが、当時のラジオやテレビはちゃんと「はしだのりひこ」と、って言ってたと思います。

いわゆる地デジ問題は頭が痛いですね。あれは国家的陰謀では無いかと思っています。しかし、ほとんど見ないテレビだけど、見れなくなると困るし、うーん、どうするか今年1年かけて考えてみます。そうそう、このエントリー続きますが、記憶違いも多々あると思うのでお気づきの点はご指摘下さい。

和モノはあまり聴かないですが、「風」はいい歌ですね。

血で字じゃない、地デジに関しては、こんな話もありますよ。
http://www.geocities.co.jp/SweetHome/8404/sono25.htm

燐さん、ご丁寧に訂正していただき

ありがとうございました。ところでリンク先ですが、どこかで見たような気がします。以前、燐さんのブログで紹介してなかったですかね?結論から言うと、このリンク先のお方の結論に異議なしです。たかがテレビ、見れなくなって何の不都合があろうか(いや、ない)。などと反語を使いたくなるくらい小気味いい結論でした。と、「結論」という単語を3回も使ってしまいました。

でも、ラジオあればいいよ。テレビはあればあったほうがいいというくらいです。

あけましておめでとうございます。
もう7日ですが、今年もよろしくお願いします。

年がかわっても、相変わらずのボリュームで頼もしいかぎりです!
ピーター・バラカンに対する意見は僕も同感です。
あのひとのおかげで、かなり音楽を聴く範囲が広がったことには感謝なのですが・・・。

串八、美味しかったですか?

などと、まだ根に持ってるdrac-obです。相変わらず、進歩のないだらだらしたエントリーです。自分自身でもwordに換算して5枚くらい打たないと、エントリー書いた気がしないという、これはもうほとんど病気(by山本晋也)です。

ピーター・バラカン、本当に良い評論家で、彼の文章は十分読む価値があるのですが、何故かRCをボロカスに言うので(最近は見かけなくなったけど)、僕はダメです。ピーターがRC嫌いなのは「好み」の問題でしょうか。意外とメイクしたキヨシローの顔が嫌いとかそんな単純な理由かもしれません。
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