DRAC興亡史 1975~1980 前史その2

 一体全体、本当にやる気があるのか、と自問自答したくなるくらいご無沙汰でした。なんと栄えある第1回は10月28日にアップして、それっきり。しかもタイトルは「DRAC興亡史 1975~1980」などと謳っておきながら、中身はそれ以前の高校時代の話という正に羊頭狗肉を地で行く所業。いくら偽装流行の昨今だからといって、これではあんまりである。しかも僕の悪い癖でやたらあちこちに「続きを書きます」とか「今書いています」とか、アリバイ的言辞をもてあそび、それでエントリーをアップしたような気になっていたが、それではいかんと気を取り直し、続編を書いていくのだ。お付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。土下座。

 とまあ、前口上でこれくらい謝っておけば良いだろうという姑息な考えがなくはないのだが、実際前にどんな話を書いていたか読み直して、ようやく続きを書き始めた今日この頃なのだ。気分的には75年の春、入学式には行かずぼんやり下宿から古都の風情を眺めていたところから話を始めようかと思ったが、やはり物事には順序があるので、再度高校時代の話から書き始めていこう。前回書けなかった、なぜ進路を関西のD大学に決めたかという話だ。ところが、実はこれも味気のない話で僕の家は父が教師、つまり地方公務員であり母はパート労働者で、当然の如く収入はたかが知れている。もっとも今の僕の収入より、同年代だった頃の父のほうが高額所得者だったに違いないという、悲しいどんぐりの背比べの話は今回はしない。何故かというと僕が悲しくなるからだ。働けど働けど我が暮らし楽にならず、ジット我が手を見ながら人ごみの中にそを聞きに行く(by石川ブタキならぬ啄木)ような話は書きたくないのだ。

 まあ、要するに大学は国公立でないとダメという暗黙のルールが我が家を支配していたのだ。ところが僕の成績は3年間担任だったM川先生が一番良くご存知だった。父を交えた三者面談の時に「drac-ob君は私立に進んだほうがその能力を伸ばせると思います」と、今になってみればその根拠は一体なんだったのかと聞きたくなる発言だが、当時ワセダに行きたいと思っていた僕の心を代弁してくれるようなことを言ってくれた。だが、父は一言「うちは私立は無理です」。しょうがないから一応国立専願で受験勉強はした。僕の時代は国立一期校、二期校というものがあり、一期校には昔の帝大、つまり旧制○高とか言われる大学や難関大学が多かった。こういってはいけないのだろうが、二期校は47都道府県の県庁所在地に太平洋戦争後設立された大学が多く、口の悪い大宅壮一などは「駅弁大学」などと言っていた。

 受験の日程も3月のたしか3,4日が一期校で、23,4日くらいが二期校だったと思う。したがって当時は国立大学に合格するチャンスは毎年2回あったのだ。さらに数は少なかったが公立大学というのもあり、今でこそ宮崎にも出来ているが、当時は数が少なく競争率も激しかったがユニークな単科大学も多く、しかも試験日が一、二期校と重ならなかったので、国立と併願すると都合3回は国公立大学進学のチャンスがあったのだ。その中で僕は何故か一期校は北海道大学、二期校は弘前大学という北海道・東北路線を選択した。これは南国人特有の心理であろうが、まず雪国に住んでみたいというのと、当時はブンガク少年で特にロシア文学が好きであったためだ。そうそう、今思い出したのだが塾などに行ったことはなかったが、やはり家で一人で勉強していると不安になり何か効果的な勉強方法はないかと友人に聞いたことあった。何人かに聞いたのだが、その中で医者になるためにガリベンしていたM山君(彼は見事本懐を遂げて今は立派なドクターになっている。しかも奥さんを一気に若い人にチェンジした目標貫徹、白衣が大好きという立派な人である。僕ももう少し勇気があればが、いやいや、何を言っておるのだ)から、通信教育がいいと聞きZ会だったか、大学受験の通信講座を高校2年から申し込んだが、一回もテストを出したことがなかった。

 それでも流石に高校3年生になる前に、さてどこの大学に行こうかと考えた時に基本的にオレは文系だし、ブンガクを極めないともったいない。さらにブンガクやるならロシア文学だと決め込み、国公立大学の中でロシア文学を学べるのはどこかと、初めてそのZ会に質問の手紙を出したのだ。そのときに届いた返事の書き出しは未だにはっきり覚えている。こうだ。「ようやくその気になりましたね。先ず目標を立てるというのは大事なことです。もっとも時期が遅すぎます。ライバル達は既に目標をしっかり立てて頑張っていますよ」という内容だ。何故ここまで覚えているかというと、昔から人に意見されるとすぐ反抗するという難儀な性格だからだ。そのときも「うるせー、この野朗。武蔵と小次郎はどっちが勝ったか知ってるのか、早ければいいってもんじゃねぇや」などと己の無計画・無謀さを棚に上げて怒りまくったからだ。僕の記憶の原点は大抵怒りである。

 それでも当時の大学受験のデータなど限られていたので、その先を読むと今はどうだか知らないが74年当時ニホン国でロシア文学を学べるのは、①東京大学 ②東京外語大学 ③北海道大学の3校しかなかった。東京大学は論外というか、おこがましいというか、いえもちろんその74年当時高校生だった僕にも受験する権利はあったよ。しかし権利があるからと言ってそれを行使するとは限らないというか、良く考えたらいくら温厚なM川先生でも僕が東大受けるから内申書書いてくれと言ったら「ふざけるな」と一喝されたに違いない。当然僕の志望校にはなりえない。次の外語大も別に通訳になりたいとか外交官になりたいなど考えてなかったので(この考え方も随分おこがましいが)、削除した。消去法でいくと残ったのは北海道大学だけであった。

 それで第一志望校は北大とするわけだが、第2志望はどうして弘前大学にしたのか良く覚えていない。もしかしたら太宰治が影響したかもしれないが、本人の意識の中には別な理由があったはずだ。オンナコドモじゃないんだから太宰に憧れて九州から津軽までなどというのはちょっとね。多分偏差値とか北海道の近くだからとか、わりと安易に決めたような気がする。それで最終的に願書を出す時は友人が受けるという茨城大学に変更したくらいだから、やはり大した理由ではなかったのだろう。Z会からはなんだかんだ言われたが、目標も決まり、まあそんなにはいなかった宮崎から北大に行った先輩のところに話を聞きにいったりしてムードを盛り上げてそれなりに頑張っていたのだ。そうそう、この北大に通っていた先輩を紹介してくれたのが先日カルメン・マキで偶然一緒になったY尾君だ。こう考えてみると人生って不思議な縁で結ばれてるな。

 その先輩から、宮崎ではとても想像できない北国の話、楽しい大学生活の話など伺った。もっとも仮に北大に行っても寮にだけはゼッタイ入るなといわれた。どうしてか尋ねると、そこにはカク○(伏字になってないような希ガス)という恐ろしいセクトが巣食っていて、何も知らない学生などあっという間にオルグされて文学部なのに白衣を着たり、土木建築をするわけでもないのに白いヘルメットを被ったりして、人生がパーになると脅された。こちらもその手のことは全く知らないわけではなかったので、雪のちらつく中で白いヘルメットにZのマークか、カッコイイななどとアホなことを考えたりした。

 そういうことで、気分はもう北大生となり連日ラジオ講座を聞いたり、オールナイトニッポンを聞きながら勉強したり、それなりに5教科をしっかり勉強した。正直にいうと英語、国語は好きだったし、数学も大好きとまではいかないがそこそこ好きだった。後の科目が、とりわけ生物や化学、物理なんてのがダメだったね。物理なんて自慢じゃないが定期テストで7点である。しかもその7点貰った問題が「物を投げたらどんな線を描くか」という、もうこれは点数を取らせるために出したに違いない内容だった。その解答欄に大きく「放物線」と書いて、それ以外に書ける問題がなかったので、答案用紙の裏にさなえちゃんを描いたのは僕である。それでも時間があったのでケメ君も描いたが、こちらはあんまり可愛くて憎らしくなって消した。などと古井戸をご存じない人には何のことか分からない話だが、まあそれぐらい悲惨だった。あの時は赤点だったな。赤線は一度行ってみたかったが(いや、歴史風俗の勉強のためです。下心などありません)赤点はゴメンだ。

 えー、ここまで書いてきて大事なことを思い出した。実は今現在は11月24日午前1時28分である。今日は仕事で、しかも夕方からは塩次伸二とウィーピングハープ妹尾のブルースバンドのライブに行くのだ。せっかくのライブに体調不良ではちとまずい(こらこら、仕事の時もマズイだろ)。ようやく乗ってきたエントリーだがここで中断して、続きはまた、その3でお目にかかりましょう。シーユーネクストウィーク、バイバイ。って、こりゃほんとに愛想つかされるな、みんな堪忍やで。♪オールザロンリネス、アイルトライトゥシー、アイルシングザブルースフォーユー~と歌って誤魔化すのであった。

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コメント

さなえちゃん

忘れてました。古井戸、懐かしいです。
そうですか、ロシア文学という明確な目的を持っていたのは素晴らしい。
僕なんか3教科しかやらなくて、そのあげく可愛い女子がいそうな大学を受験しては玉砕してました。
いいなあ、塩次さんと妹尾さん見たいなぁ。

いえいえ、そんな立派なものではなく

とりあえず、文学部を選んだひとつの根拠としてのロシア文学なんです。俗に言うアリバイですわ。正直な話、僕も可愛い女の子は大好きです。でも、クラスの50人中ほとんどが女の子という世界は異様でした。ビビッてしまいました。今考えると、くそっ、やりたい放題、暴れん坊将軍になるチャンスだったのに。

それはさておき、ライブ凄く良かったです。エントリーにアップします。

小学生の時は理科系の神童といわれた

というのは冗談だけど、女の子でこんなに理科がわかる子は珍しいといわれてました。それで鼻高々だったのに、転校した早々習ったのが滑車とりん軸。このワタクシが全く理解できないなんて~~~と、落ち込みました。あとで、私は理系でも生物と化学は得意だけど物理が苦手なのだとわかりました。
相対論も、わかりやすい特殊相対論はなんとか理解できましたが一般相対論になるともうワケワカメでした。

あと、私が苦手なのは興味の無いことを覚えること。
元素周期表が覚えられて(今はだいぶ忘れましたが)なんで歴史の年号が覚えられないのかと。国名や首都や特産品が覚えられないのかと。

で、社会科がえらい足を引っ張り(偏差値40ギリギリ。因みに国語の偏差値はかなり高かったです)、公立校に見事落ち、私立の筑陽学園に。また、この学校の校風が自由でして、また好きなことしか勉強しなくなりまして、大学も私立の三流校。ああ、この頃しっかり目標を立ててたら、今のテイタラクは無かったなあと、マイナスぶっちぎりの通帳を見て後悔するのでありました~。
このエントリーを読んで、こういうことを思い出しました。

って、自分語りですんません。

そうでしょう、三つ子の魂百まで

というように、燐さんの博学多才ぶりの中でも、奇妙な生物や植物に関する知識は相当なものがあり、毎度毎度エントリーで勉強させてもらってます。社会が苦手というのは実に意外です。歴史に対するものの見方や考え方はバランスが取れているからてっきり歴史、政経大好きっ子かと思ってました。

自己語り、大いに結構です。燐さんて一体どんな人と僕のブログをリアルで読んでくれる連中から聞かれますが、なんと答えて良いかわかりません。まさかスカ(二文字自粛)マニアというわけにもいかず困ってます。

まあ、お互い「あの頃」しっかりしていたら、今頃は左団扇だったはずが…。

>今頃は左団扇

何故か一瞬「今頃は左翼団体」と読んでしまいました。
まったく、一度くらい左団扇というものを経験したかったものでございます。
バブルも全く関係なかったし。

ブログではいろいろ書いてますが、けっこう調べてからアップしますので、あれが全部私の知識ではないです。
歴史は年号を覚えるのがとっても嫌いで。歴史の教科書を読むのは嫌いではなかったのですが、興味ないところは頭に入らないもので。
歴史に関してバランスが取れてるのは、正史より裏史が好きからかもしれません。

>燐さんて一体どんな人と僕のブログをリアルで読んでくれる連中から聞かれますが、なんと答えて良いかわかりません。まさかスカ(二文字自粛)マニアと(以下略

スカルプマニア?

まあ、この猫だぬきさんが大ウケしたプロフでも紹介して下さい。
http://pr.cgiboy.com/02080320/
余計混乱するかもしれませんが。

大ウケしたのではありません、ホレたのです

特にここe-30

>【最近ひそかに興味があること】
>暗殺

悩殺されました。
でもこのプロフを、リアルでお付き合いのある方に紹介するのわぁ…

あ、あ、燐さんの米を飛ばしていた

ええと、伏字のところは「ンク」が入って「スカンクマニア」が正解です。意外と世界中にスカンクマニアっているんですよね。あの逆立ちするところがたまらんとか、目元が可愛いとか言ってペットにする人が続々増えて、赤丸付き急上昇中ってなことはないですね。

>「今頃は左翼団体」というのも、物凄い誤読というか見間違いですね。

悩殺ぅ?

どんなポーズ、どこどこ、え、なになに、と、あちこちきょろきょろした僕はまだまだナウでガッツなチャレンジするヤングだと思います。

しかし、「暗殺」ですか。たしかにマジでリアルな友人連中に話すと引かれるというか、恐らく理解してもらえないと思うので取りあえずエントリーを読むように話しています。ヤレヤレ。

「ブルースベースマンのリーダーアルバム」について

「ブルースベースマンのリーダーアルバム」についての私の私見です。『ブルースはアメリカデルタ地域の「一応」開放された奴隷たちが、入手できたギター1本で、自分たちの逃げ場のない立場を唄ったものからスタートしているからではないか』と思います。『ジャズは、ブルースをベースにしているものの、アドリブを取り入れて各パートの演奏を楽しむことから、ベース、ドラムのソロもフューチャーされているので、各パートのリーダーアルバムが成り立つのではないか』と思います。

hiroさん、こんばんは

その節は大変お世話になりました。そうですね、やはり奴隷制度のところから考えないと分からないかもしれません。学生の頃に山下洋輔の「ブルーノート研究」だとか、ブルース学みたいな本も読みましたが、なんか分かったようなそうでないような。以前は黒人エライ思想に固まっていたのですが、あるとき友人に「それも一種のサベツちゃうんか」と指摘され、それ以来是々非々で考えています。

ちょっと硬い話になりましたが、また機会があればエントリーに書いて見たいと思います。これからもヨロシクお願いします。
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