教習所物語 その2

 とびのT君とはしばらく一緒に行動した。食事も朝、昼は合宿所の弁当を食べたが、夕食はやはり気分を変えたいし、お酒の一杯も飲みたいので、二人して指定の大衆食堂以外の居酒屋や寿司屋を開拓した。彼はいつも自分は酒が強いとか麻雀で負けてたことがないとか、彼の年齢に相応しいツッパリというか自己防衛の言葉で武装していたが、ビールをコップ半分も飲むと真っ赤な顔をして目つきが怪しくなるのが常だった。とびの社会では自分はもう一人前なのだが、なかなか大将がそれを認めてくれないとか、小学校の頃までは親の言うことを良く聞くいい子だったが中学に上がったら教師から目をつけられ、それで暴走族に入ったとかいろいろ身の上話をして、最後は半分眠りかけながら合宿所に帰るのだった(もっとも平日は漢字の勉強をしていたのでお酒を飲むのは土・日だけと決めていたのだが)。

 最初の1週間は毎日4.5時間は学科があり、運転の実技も2時間みっちりあるので疲れてどこかに出かけようなどとは思わなかった。それでもまだ20代の半ばで遊びたい盛りだったので、講義の空き時間を見つけて、駅前をぶらついたりした。そうこうするうちにパチンコ店や雀荘を見つけて、合宿所の仲間で気の会う連中を連れて、そういうところで遊んでいた。T君は豪語する割には、麻雀が弱くいいカモにされていた。麻雀というのはバランスのゲームで、強く行くところと低く低く行くところの要所を間違えなければ、そこそこは負けないのだが、彼は常に自分の手を思い切り大きな点数になるよう持っていく。当然、周りは目に入らない。がむしゃらに自分の手に惚れて、突き進んでいくのだ。彼の人生はそういう風なんだろう。一本気な男だった。彼の手が順調に進んでいる時は、僕がすぐ簡単な手で蹴ってしまうのだが、そのたびに「人がせっかく大きな手を作ろうとしてたのに」とこちらをチラッと睨むのだった。

 一度、あまりに彼がころころ負けて、学生連中にカモにされるのが可哀想だったので、「自分の手に惚れるな。毎回あがる(勝負に勝つ)ことを考えるな。たまには勝負を捨てて降りろ」などとアドバイスしたが、こちらは全く聞く耳を待たなかった。「drac-obさんは、そういうけど、おれっち本当は強いんだよ。今はあいつらに花を持たせてるけど、おれっちが本気になったらあいつらなんかイチコロだよ」とどこ吹く風であった。それから、僕は彼とは一緒に卓を囲まないようにした。彼は、いつも学生達を相手に真っ赤な顔をして闘って、ゲームが終了すると何枚かの札を台に叩きつけるようにして帰っていくのだった。もっとも本来の免許のほうは順調で、仮免のペーパーで2回落ちたが、持ち前の呟き学習で乗り越えすんなり卒業していった。

 合宿所のメンバーも1週間も過ぎると大体顔と名前が一致し、気の合うもの同士でグループが出来た。場所が籠原だったので、ほとんどは関東周辺の人だったが、僕たちの部屋に2人だけみゃーみゃー鳴く猫のような奴がいた。名古屋人だ。当時のタモリのオールナイトニッポンで徹底してコケにされた名古屋人である。合宿所のあの、貧乏くさい弁当をあけるや否や「エビフリャーだがや。おめー。エビフリャー」と叫んだ時は目が点になり、本当に名古屋人はエビフライがソウルフードなのだと確信した。彼らは車と同時に自動二輪も取るコースに入っていたので、実技も多かったし、第一声が大きく傍若無人とはこういうことをいうのかと実感した次第だ。とにかく言い訳の多い奴で、自動二輪の実技の試験で落ちた数少ない人間のうちの一人だったが、部屋の人間に会うたびに「いやー、バイクでゆっくり走るコースがあるんだがや、そこをワシ上手くやっとたら、急に風が吹きやがって、このたわけ。あら、あららと思ったらバランス崩してアウトだがや。もう先生にもう一回いいかのというたけど、あのクソタワケがあかんいうんよ…」と延々喋り続ける。男は日に三言の教育を受けてきた僕には理解できない存在だった(ウソ。です)。

 合宿生活でもうひとつ印象に残っているのは、鹿児島出身で東京に就職が決まり免許を取りに来ていたN君だ。背の高い二枚目で、話す内容もマジメ一本。少なくとも一緒に話して面白いというタイプではなかったが、僕が宮崎出身だと知り親近感が出来たのか、良く話かけられるようになった。もっとも「会社に入って先ず注意するところは」とか「給料の何割を貯金にしたほうがいいのか」とか「上司に可愛がられるにはどんなところに気をつければいいか」などを聞いてくるのだから参った。特に貯金についてはこっちのほうが「え。貯金てやっぱせんとあかんの」などと聞き返し、「当たり前でしょう。人生設計は先ずそこからですよ」などと言われ、慌てて宮崎の会社の総務に『財形貯蓄始めます、但し月5000円で』などと電話したものだから、僕が関東で商売女に引っかかって結婚詐欺にあったらしいなどと根も葉もない噂を立てられてしまった。

 そのN君がある日青い顔して僕のところに来た。どうしたと聞くと、ごにょごにょ喋って要領を得ない。ちょっと涙目にもなっている。再度どうしたと聞いても小さい声で聞き取れない。いい加減イラついたので「貴様(キサン)なんば女々しかまねをしとっとか。西郷先生(セゴドン)にガラルッド(訳~おまえはなぜ女々しくないているか、(郷土の偉人の)西郷先生に叱られるぞ)」と、インチキ鹿児島弁で怒鳴ると、彼は「実は財布を失くした、いや盗られたかもしれない」などと言い出した。失くすのと盗られるのでは全然違うので、詳しく聞くと二段ベッドの支柱のところにいつも自分のバッグを架けていたのだが、実技に行って帰ってみると財布だけが失くなっていたという。勘違いか思い込み違いでどこかに置いてしまったとか、ジャケットのポケットに入れたままになってるのではないかと聞いたが、自分は物を置く場所は一度決めたら絶対動かさないから間違いないという。

 事務室に財布を盗られた(紛失した)と相談に行くことも考えたが、これだけ多くの人間が寝泊りしているところで、仮に警察が来たところで分からないだろう。またこれまでの事務員の様子をみていると、全てがマニュアルどおりというか前例至上主義みたいな対応だったので、言うだけ無駄だと判断した。じゃ、部屋の中の人間を調べるかと思ったが、誰もいない時間帯だから、他の部屋から入ってきたとしたら意味が無い。実はキンパチ風に「はーい、はーい、はーい。こど(やや鼻にかけて「この」というところは「こど」と発音する、リアリズムである)教室にちょっとした出来心で財布を盗った人がいまーす。先生は犯人探しをしたいわけではありませーん。誰でもほんのちょっとした気の迷いで過ちを犯すことがありまーす。いいんです。先生ちゃんと分かってるんです。はいはい。じゃあみんな下を向いて目をつぶれー」とやろうと思ったが、残念ながら学生ではなく社会人になっていたため髪が短く、武田鉄也の真似が出来そうに無い。もっともこんなことやっても無意味である。

 そこで、現実的な解決方法をとった。昔とった杵柄作戦である。時間も丁度休憩時間になり、学科や実技に行っていた部屋のメンバーがほとんど帰ってきていた。僕はN君とT君を連れて部屋の一番前に行き叫んだ。「この場に結集した全ての学生・市民・労働者のみなさんに若干の緊急アピールを提示したい」。何事だとみんなこちらを振り向いた。「えー、実はN君が不注意にも財布を失くしてしまいました。彼は鹿児島の離島の出身で、そこには電話もなく実家に連絡するにも速達で3日はかかるところです。万一海がしけていたら1週間郵便が届かないことはザラにあります。N君はみなさんご存知のとおりマジメ一本やりで、免許もあと少しで仮免です。しかし、彼は貴重な全財産を失くしてしまい、このままでは一度この学校を辞めて、もう一度ゼロから受けなおさないと免許が取れなくなります。もし、そんなことになったらせっかく決まった就職も内定取り消し、あの島で息子の出世だけを生きがいに暮らしているたった一人の母にも心配をかけてしまう。ああどうしようと彼は泣きぬれて僕に相談に来ました。僕はいいました。袖振り合うのも他生の縁、今ここに大勢の仲間がいるじゃないか。その仲間にお願いしよう。大丈夫みんな分かってくれるはずだ」などとあることないこと喚き散らし、一人いくらでもいいからカンパしろとN君、T君に袋を持たせて巡回させた。

 みんな、気持ちよくカンパしてくれた。僕は一瞬、ああ、人間の持つサガは善なり、などと思ったくらいだ。結局、集まったお金はN君が失くしたお金以上に集まった。N君は大喜びで、その日は祝杯をあげに行った。N君とT君と3人で「いやあ、いいやつばっかりで良かったな」と喜びを分かち合っていた時だ。トイレに行ったN君が青い顔して戻ってきた。「どしたん、気分でも悪いんか」と、声をかけると「drac-obさん、オレ大変なことしてしまった」などという。どうした、と再度聞くと、この合宿に来る時に万一お金を失くしたらいけないと思い、万札を数枚ズボンの隠しポケットに入れておいたことを思い出したといい始めた。つまり、カンパしてもらわなくても何とかなったと言い出したのだ。しかし、今更集めたカンパを戻すというのもちょっとなあと僕は考えた。横を見るとT君は酔っ払って既にいびきをかいている。つまり、このことは僕とN君しか知らないわけだ。僕は重々しくこういった。「N,喋るな。沈黙は金なりというではないか。世の中知らないほうが幸せなことがある。これが社会人の常識、大人の常識という奴や」それからしばらく僕はN君に人生とはいかに大変なものか延々話をした。

 その翌日から、僕は1週間ほど毎日夜は飲み食いがタダで出来た。いやあ九州の人間は先輩を立てるという美徳を知っておるな。わはは。そうそう、最後に人間のサガは悪なり。
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コメント

で、結局財布は出てこなかったんですか?

ハイ、出てきませんでした

N君も必死になって、その後探しましたがとうとう見つかりませんでした。紛失したのか盗まれたのかは、今となっては分かりませんが。このほかにも人は凄く優しくていいのですが、実技が苦手でこのクラスの最長不倒距離を要したO君とか、やたらどすの聞いた声で自信過剰な話をするD君などユニークなキャラクターが沢山いました。そうそう、仮免受かって暇になったので、その時仲の良かった連中と映画「人生劇場」を見に行きました。永島敏行(一緒の年だ)と松坂慶子が出ていました。ああ、時代だな~。

次回からそういう時にはどこかに寄付をしましょうね

隠し金はあったけれど、そもそもお財布がなくなっているのに、「大変なことをしてしまった!」と青くなるNくん、善人ですねえ。
なのに、なのにdrac-ob さんってば……。

僕は心を鬼にして

N君にシホン主義社会の恐ろしさ、競争社会における階級闘争の厳しさを教えるために、あえて反面教師に役割を果たしたのです。決して私利私欲のためではありません。まあ、若気の至りということで笑って許してやってください。

しかしたかが1年くらいしか働いてなかったのに、当時まだ学生だった彼らと話すと随分物事の受け止め方が変わってしまったと強く感じました。下衆な言い方になりますが、やはり彼らは「純」で僕は薄汚れていました。それが世間知だなんて誰にも言わせない(byポール・ニザン)。
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