仮題 「孤独の旅路」その2

チャペル延岡の看板 これに気がつかず何度も行ったり来たりした

 というわけで、一晩過ぎたが状況は変化していない。今日は珍しく早く帰ったのだが、上の子の進路説明会に行ってきた配偶者が待ち構えていて、愚痴を言い始めた。やれ、もう学校も二極化が進み、しっかり勉強する子はどんどん伸びていき、やらない子はどんどん落ちこぼれていく。学校もやる気が無い子の面倒は見ない、進学意欲があってマジメに勉強する子しか相手をしないといわれたらしい。そんな純粋培養ばかりやっていても碌な人間は出来ないと思うし、たかが田舎の進学校が何カッコつけてるんだとも思ったが、そんなことをいうとテキが逆切れするので、まあまあと軽くダッキングしておいた。上の子は配偶者に叱られて、ヘソをまげて部屋から出てこないようだ。

 しょうがないので、下の子の部屋に入ると通知表が置いてあった。学校2学期制なので、今時分に通知表を貰うのだ。開けて見ようとすると「何で人のものを、勝手に見ると」と下の子が叫んだ。思わず、ゴメンといいかけて、なんで親のオレが子供の通知表見るのに謝らないといけないのだと気がつき、一喝したらこちらも不貞腐れた。中身を見ると「無残」というしかないが、まあ、明るく元気に育っているので良しとしよう(こんなことをいうと、必ず配偶者から「甘い」とか言われるのだが、この先行き不透明な時代に学校の成績ばかり気にしてもしょうがないだろう)。

 まあ、そういうわけで本日の夕方7時以降の我が家は大変暗い重い雰囲気が漂っていた。こういう雰囲気は僕は全くダメなので、久しぶりに「クイズへキサゴン」でもみて、おバカ解答を笑おうと思っていたら、下の子から「おとうは、そういう人の失敗を見て笑うところがあるからいかん。だからお金も貯まらんちゃが」と『何でお前からそういう本質的な指摘をされなければいけないのだ』と思わずゲシュタルト崩壊を起こしそうなことをいわれるし、クイズの問題を考えていた配偶者に「ああ、それは○○やろ」と答えを教えたら、「あなたはそうやって人を見下すところがあるからダメ」などと言われ、じゃオレは一体どうすればいいんだと一人シャワーを浴びてたそがれるのであった。

 シャワーを浴びて出てきたら、テレビのチャンネルが変わっていた。もっとも宮崎は民放2局という、この時代のメディア戦略に徹底抗戦している貴重な県なので、宮崎で一般的に使われる「反対のチャンネル」に変わっていただけなのだが。こちらはこちらで、やけに色の黒いオールバックの男とかわいい顔で妊婦の女性と二人で「命がどうした」とか「奇跡」とか言っていた。この手のお涙頂戴物は苦手で、というか、何が悲しゅうてたかがテレビ風情に生命の大事さや、生きることの尊さなるものを語られねばならないのか、良く分からん。いや、ドラマとして、そのテーマとして扱うのならまだ分かるのだが、いわゆるバラエティ番組とか特番なんかで、その辺に散らばってるちょっとした話をさも得意げに話すキャスターや、そんなところに呼ばれてしゃあしゃと自説を唱える御用学者も不愉快なのだ。一体いつからテレビやメディアは百科全書派というか啓蒙したがるようになったのか。いや、普段滅多にテレビなど見ないのでたまに見るとこの調子である。何とかならんのか、この性格は。

 まあ、そういうことがあって本当はもっと早くエントリーを書き上げるつもりだったのだが、昨日の中途ハンパなエントリーに対してもいろんな米をいただいたので、その返事を書いたりしていると、あっという間に午前零時を回ってしまった。昨日、じゃないか、正確にいうと一昨日の話の続きを書かねばならん。

 そうそう、国道10号線をひたすら走り、途中でコンビニでトイレ休憩かつ飲み物補給をしながら荒木一郎の歌とともに走った。日向市に入り、美々津というかって、神武天皇が船出をしたという伝説の土地を走っていたときだ。左手にずっと続いていた山の緑色が一瞬にして真茶色(「まっちゃいろ」と読んで下さい)に変わった。「ん、なんだ」と見ると山の一角が完全に崩れている。そのすぐ先にあるドライブインもあちこちに板が打ち付けられて補強されている。今年の台風で山が崩れ、ドライブインが埋まってしまったのだ。宮崎から走ってくると丁度、日向市の街中に入る前の地域なので、僕も何度か昼ごはんを食べたことがあるし、最初の会社の営業マンだった頃は、食事を10分くらいでかきこみ、残りの時間は座布団を枕にして昼寝したこともある、のんびりした座敷のあるドライブインだった。それが無残な姿になっていた。台風が過ぎてもう1ヵ月半は過ぎるのに、そのままになっているというのは、財政的に再建が難しいのだろうか。

 そのような災害状況を見ると、本当に自然に対しては無力だということを感じる。いくらいい大学行っても台風には勝てんぞ、などとやや乱暴なことを考えるわけはないな。進学の話は今日だった。

 時間は1時を過ぎていたので、県北にきたらここのうどんを食べねば、と勝手に決めてる「天領うどん」に入る。天麩羅うどんとおにぎり2個の鉄板オーダーである。県北で天麩羅うどんを頼むとちゃんと海老天が載ってやってくる。これが宮崎市だと魚肉のすり身を油であげた、いわゆるさつま揚げや飫肥天に近いものが載ってくる。かの文豪川端康成氏を悩ませた問題点である。相変わらず、客も多いし味も量も変わらない。やや細めのうどんだが嫌になるほど丼に入っているので、おにぎりと一緒に食べると満腹になる。そこから、目的地の親戚の家まではすぐだ。1時半過ぎには着いた。そこでちょっと休憩したが、Tasaki。さんとの約束は2時だったので、慌てて飛び出した。

 地図をコピーして持ってはいたのだが、それらしき場所に来ても分からない。相手は教会なのですぐ分かるつもりでいたが、どうもそれらしき建物が見当たらない。仕方がないのでタバコ屋のオバチャンに聞いたが、これがまた心もとない返事で「うん、たしかにこの近くに教会があると聞いたことはあったけど、私も正確な場所は知らんとよね。ええと、たしかね、あの先の布団屋さんの看板を右に曲がると道が左に抜けるから、その先の左手にあるとちがうかね」。信じて走っていくと宗教施設に着いたが、そこはどう見てもお寺である。庭を掃いてる人がいたが、何となく商売敵に聞いてはイカンと思い、自力捜索を続ける。こういうところが僕の性格の悪いところで、妙な気の回し方をしてしまうのだ。

 何度か同じ道をうろうろしたが分からず、この際だ、直接電話で聞いてみようと思い、車を停めたらそこに案内板があった。なんと、事務所(会社?)の2階に、Tasaki。さんの教会はあった。階段を上がっていくと、流石は開かれた教会である。玄関が開いたままだった。声をかけるとすぐ返事があり、ご本人が登場した。先月のライブで会って以来だが、ずいぶん久しぶりな気がした。上げていただき、奥様にもご挨拶した。奥のほうに礼拝堂というのか、じゅうたんを引いた場所があり、その奥にセミアコのギターが椅子に乗せてあった。あのギターを弾きながら神を語るのだろうか。

 えーと、この後のTasaki。さんとの会話は、ブログに書いていいと許可はいただいたのだが、かなり専門的な、特殊な会話になるので端折ることにした。加川良つながりの二人だが、実は異議申し立て世代つながりでもあるのだ。それも時代に遅れた世代の悲しさを十二分に体験した世代だ。ちなみに1時間ほどの雑談の中で出てきたキーワードを書いておく。「党中央」「全学闘争委員会」「京大パルチ」「ブント」「デモ」「内ゲバ」「反米愛国」などなど。あ、お断りしておくが、今現在Tasaki。さんは立派な牧師さん、僕も一応は社会人というか、僕も墨子さんである(なんのこっちゃ)。「あの時代」の話をしながら、お互いここまできたら身体をいたわって無理せずやっていこうという悲しい結論に達した。しかし、雀百まで踊り忘れずという言葉もあるし、馬鹿は死ななきゃ直らないとも言うしな、ってこれは独り言でした。

 帰り道はのんびり車を転がしながら、あちこちより道しながら帰った、そうそう、去年ビートルズのブートレッグを格安でゲットした本○フルには、もちろん寄ってみた。今回は入り口の本棚に100円均一のコーナーがあり、そこで未読だったと学会の95年版と宝島社のVOW3を買った。CDはこれというのは無かったが宇崎竜道の竜道組を買った。それと恒例の太○洋ドライブインで焼きちくわを買おうとしたが、売り切れであった。残念。日奈久のちくわも美味しいがここの焼きちくわも美味しいのだ。ついでに子供達にお土産を買おうと店に入ったら、アニメ化されたヒガシコクバル君が「まこちうめっちゃが」と書いてあったかりんとうとオサツチップというのを買ったが、娘達には「ゲロマズ」といわれてしまった。しかし、かりんとう一袋300円は高いぞ。いくらバルちゃんの顔が載ってるからといって、そういうことでは宮崎のイメージダウンになるぞ。

スポンサーサイト

コメント

なすびの花

年をとってから初めてわかるコトというのはあるもので、最近思うのは、中学校の教科書が、全部頭に入っていたら、現在相っっっ当アタマよくなっているよな、というコトです。真剣に、区の「無料でください」コーナーあたりで、いらなくなった教科書を手に入れようかと考えてます。

drac-ob さんもきっと感じておられると思いますが、この年になって覚えた知識は、定着率がヒジョーに悪いです。ネットで検索し、「ふむふむ、なるほど」などと納得したところで、2~3日もすれば、脳のどこにしまわれたのか、それとも保存するのを忘れたのか、キレイさっぱり忘れ去られています。
一方、10代に覚えたコトというのは、何十年もファイルから引っぱり出したこともないのに、ちゃんと必要な時には出て来るのですね。シングル盤のB面の曲で、アルバムには入っていない曲、ここ30年は聞いていない曲であっても、きっかけがあればメロディも歌詞も思い出します。

いい大学に入り、いい所に就職するための勉強という意味では、それは親御さんそれぞれの考えがありますから、他人がとやかく言う問題ではありません。しかし、生きていくための基礎知識としての、中学校までの勉強は、ちゃんとアタマにたたき込んでおいた方が、絶対にプラスだと思うんですよね。
うちの親は「勉強しろ」とは言わなかったですが、子供のころはそう言われたところで、聞きやしないですし、のちのち自分の人生にかかわってくるとも理解できない。親が「(いい大学に入るために)勉強しろ」という意味合いで言っているのだとしたら、「大学に入って、いい会社に入るだけが、いい人生とは限らない!」などと、都合のいい理屈を振りかざしたりもします。

でも、アタマはいい方が絶対にお得です。それに楽しいです。なのに、それは子供には理解できない。う~ん…、もったいない!

ふぅ・・・。

お疲れ様でしたです~。

流石は苦労人の狸さん

「親の意見となすびの花は千にひとつの無駄も無い」など、なかなかいえない言葉ですよね。ホント、仰るとおり親の心、子知らずです(ああ、こういうことを書くと天国の父君が「それはオレのセリフだ」と怒っている様子が目に浮かぶ、まこと「親の因果が子に報い」だ)。

以前、呉智英の本に「受験勉強こそ本当の勉強だ」という、彼らしい表現でいわゆる受験勉強無用論を批判していましたが、一読、そのとおりと納得しました。僕の知識の90%以上は受験勉強(もちろん高校受験も含まれるから、中学の勉強は大いなる基礎ですが)から得ています。やってる時は「受験生ブルース」(古っ!)や「くそくらえ節」を歌いながら、ちょっと斜に構えていましたが、今では大変感謝しています。我が家のバカ娘達も早く気がつけばいいのですが…。

Purple_Hazeさん、毎度まいどのヨタ話に

お付き合いありがとうございます。このしょうも無い話の中にいかに音楽ネタをブレンドするかが、僕の音楽ブログとしてのこだわりなのですが、今回はちょっとですね。音楽についてはやはり何かCDを手に入れたとか、雑誌や本を読んだとか、たまたまラジオでかかったとか、何かきっかけがないと中々です。次回は、20代半ばの埼玉で合宿免許を取った話をアップするつもりです。音楽とどうこじつけるか、それが問題です。

最近、先天性の重篤な病気(いわゆる奇病だが、最近はこういっちゃイカンのだな、多分)の子どもを扱った番組が多いような気がします。プロジェリア(早老症)の子どもについてはだいぶ前から特集されてましたが、他にもこんなにあるのかという新しい症例が紹介されています。
まあ、異形の者を隠さずに生き方を紹介し理解をさせるという面ではよい事だと思いますが、テレビ局の真意は測りかねています。
それにしても、手術後の後遺症で内臓が機能しなくなり食事が出来なくなった幼い子どもが、空の食器を前に食べているつもりで「ハンバーグ美味しかった」とか言っているシーンは、あまりに健気でダダ泣きしてしまいました。

ああ、この前も放映していたあの番組ですね

確か、前は女の子を主人公にしていたと思いますが、今回はインドの兄妹がメインだったですね。「普通の人」と外見が違うからといって、石を投げつけられたり、悪魔呼ばわりされたり、あまりに悲惨で途中でチャンネルを変えてしまいましたが、人の本性は悪という性悪説を信じたくなりました。

ただ燐さんもご指摘のように、テレビ局の本音はどこなのか、単なる視聴率アップのお涙頂戴ではないのかという気もします。VTRを流すだけではなく、もっと意見の交換というか、問題解決に向けてのアピールが必要だと愚考する次第です。
非公開コメント

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索