2009-11

仮題 「孤独の旅路」

 昨日は夜11時には寝てしまった。疲れていたのだ。いや、チャットではない。そっちのほうは、素敵なおねーさん方約3名から「ヘタレ」「根性なし」「言い訳男」「ソーロー」などの愛情あふれる罵詈雑言を受けながらも、午前2時には退出したのだ(もっとも、今までの生活から考えると、それでも十分遅いのだが)。僕の計画では午前2時に寝て9時に起床し、10時に実家の母を車に乗せて一路延岡へ、という予定だった。予定はそうだったのだ。しかし、やはり朝9時に起きるのがつらく、そのまま寝ていたら、配偶者から「いつまで寝てるの、お母さんを延岡に連れて行く約束じゃないの」などときつく言われた。『わかっとるわい、ボケェ』などとそこで反論すると、またテキの機嫌が悪くなるので「艱難汝を珠にす」という、生まれてこのかた使い続けている熟語を呟きながら起床した。

 前日にTasaki。さんのHPに『もしかしたらお邪魔するかもしれません』と書き込んでいたので、チェックしてみると『OK』的なことが書いてあり、その言葉に甘えて電話して午後2時くらいに伺う約束をした。このTasaki。さんとは加川良つながりなのだが、本当に偶然の出会いだった。去年、加川良が初めて宮崎でライブをやることになり、その喜びをどこかで表現したくて、ネットでウロウロしていたら偶然Yahoo!のSNSで加川良のコミュを見つけた。そこの管理人がTasaki。さんだったのだ。この広いネットの世界で、加川良が好きな人も沢山いるのに、なんと宮崎県は延岡在住のTasaki。さんと知り合えたのは本当に奇跡的だと思う。ちなみに彼のHNには「。」がついているが、これも加川良のせいである。

 予定より1時間ほど遅れて、実家に着き、母を乗せて車を走らせた。自分の車だとドライブ用のCDは30枚ほど常時置いているのだが、今回は長距離なので、普段は配偶者が使っている車のため、わざわざCDをセレクトしなければならない。また同乗しているのは昭和一桁の人間なので曲も気をつけないといけない。最初はたまたまかけていた「ROCK IS LOFT(赤盤)」で、矢野顕子の「丘をこえて」などが流れていたので機嫌はよかったがもう1枚のCDに移りリザードとフリクションが続けて鳴ったら「うるさいから他のにしてくれ」といわれた。昭和一桁に東京ロッカーズはちときつかったようだ。仕方がないので、荒木一郎のベストなどをかけながらひたすら走った。

 宮崎の道路事情は大変不便なもので、鹿児島方面や熊本方面に向うには高速道路や県道、市道などいろんなルートはあるのだが、こと県北に向うルートは国道10号線しかない。余談だが大学の同級生で栄光ある同志社大学レコード音楽研究会の幹事長を務めた豊田勇造に良く似た男から「宮崎には国道あるんか」という屈辱的な質問を受けて、「ふざけるな、10号線、219号線、269号線えーと、あとは…」などと答えたら、宮崎みたいな九州の外れでも10号線という数の少ない国道が走っていることを知って、ビックリしていた。彼は兵庫県出身といえば聞こえはいいが加西市というえらいなド田舎の出身だった。余談終わり。

 ここまで書いてきたが眠くてダメだ。続きは明日書くので、今日はここまでね。それではおやすみなさい。

コメント

実家に一番近い国道は1号線ですが(笑)

本日の仮題「孤独の旅路」はわかりやすいですが、前回の「マッドマン・アクロス・ザ・ウォーター」は、どのような意味が込められているのか、いろいろ考えてみたもののわからず、アルバム(アナログ)を引っぱり出してみようかとも思いましたが、めんどくさいのでやめました。
あのジャケットの、ジーンズに刺繍というデザイン、自分で刺繍してみようかと思ったこともありますが、めんどくさそうなのでやめました。

年配の方を車に乗せて運転するのは、気疲れするものですよね。ましてや長距離ともなれば。
うちは、親父がタバコがキライなため、疲れてもタバコを吸うわけにいかず、ブルーハーツをがなるわけにもいかず、ツェッペリンを大音響でかけるわけにもいかず、大変ツラいものがあります。
“ドライバーは船長だ!”という考え方もありますが、どうにもエゴイストになれない性格なので、同乗者に気をつかってしまいます。

え〜、突っ込みどころが無いので、勝手な話題

コロムビア ニッポンロックアーカイヴスVol.1という紙ジャケリマスターものが先月末に発売されておりますが、これが石間 秀機の「One Day」、山内テツの「Tetsu」、内田裕也&フラワーズの「Challenge!」の未発表テイク入りだったりします。はっぴいえんどの前身というべきか、全然関係のないサイケ・バンドというべきか、エイプリフールまで再発して、なかなか泣かせる選択してます。どうやら、これシリーズ化するようで、三上寛とかの初期もでるらしいですよ。

矢野顕子の「丘をこえて」

昭和一桁生まれではないですが、結構好きです。
でもすごいですね。ネットでそんな偶然の出会いがあるんですね。
素敵ですねえ。
田舎についてですが・・・兵庫のまちは大概田舎ですよ。
宮崎市内よりも兵庫の龍野とか加西のほうが田舎です。山からおりて出てきたウリ坊が悪さしますし、農家の子とかいっぱい居ます。でも、空気もきれいで、お水も綺麗やから、お醤油も美味しいですよ。
うちの実家は1号線沿いですが、うちは10号線の方が好きです。10号線のほうがドライバーが優しいし。

マッドマン〜の謂れはPurple_Hazeさんの

コメント返しに書いたのですが、

>音楽ブログを標榜している以上は、どこかに音楽のことを入れなければと思い、ここでは日本に稲作文化をもたらせた半島人は海を越えてやってきたんだと思い、エルトンジョンのアルバムタイトルをエントリーのタイトルにしました。

という、強引というか牽強付会というか、やったもんがちの小泉理論の実践でした。若干補足すると、戦争に負けて逃げてきたのかどうかは知りませんが、当時の航海術で海を渡って「日の出る国」へ行こうというのは、どう考えてもマッドマンでしょう。あ、諸星マンガのマッドマンじゃないです。

運転する時のストレス、まして年長者を乗せているときのストレスは相当なものがあると思います。僕もタバコを吸っていた頃は、なんだかんだ理由をつけて車を停めていました。音楽も気を使うし、第一窓を開けて大声で歌うことも出来ません。とかく、この世は不自由だ。などと夏目先生も仰ってますが…。

ニッポンロックアーカイヴスVol.1

凄いメンツというか、コロンビア度胸あるな、と感心しました。フラワーズのヌードジャケットが懐かしい。山内テツは、フリー、フェイセズと渡り歩き帰国してからバンド作ったけど、イマイチだった様な記憶があります。石間秀樹は凄いですね。未だにわけの分からん弦楽器を弾きまくり、最近もソロ出したんじゃなかったですかね。パンタのバックにはネイキッドシリーズで良く絡んでましたが。しかし、驚いたのはエイプリルフールのアルバムジャケット。構図がエレカシのセカンドと全く同じでは?しかし、あの宮本がエイプリルフールを意識したとも思えないので、これはデザイナーのセンスでしょうか?

♪おーかーをこーーえていこうよ

と、メロディもゆったりしてるし、リズムも独特ですが、軽快な歌と演奏ですね。この歌と「憧れのハワイ航路」の2曲を僕はエバーグリーンの歌謡ポップスと名づけて愛聴しています。

そうですか、やはり加西はド田舎でしたか。いえ、以前書いたエントリーで僕とそいつが先輩の命令で修学院の畠で大根やネギを盗むのですが、その後彼が目に涙を浮かべて、自分は農家の出なので野菜ドロボウされた人の痛みが分かるため、今後は二度としたくない、などと、あまりに正論を吐くもんだから、大笑いしてふざけるなこの野郎、もうお前は野菜ドロボウの一味だなどとドーカツしたのは、今にして思えば、心温まる思い出である。そんなわけないか。

10号線はひたすら真っ直ぐ走ってますが、トロトロ走る車が1台いただけで大渋滞になる恐ろしい道路です。まあ、テイクイットイージーという気にはなりますが…。

1号線は・・・

テキッティージなんてならないです。とろい車は囲まれます。締められます。
横断者もトロいと余裕ではねられます。ほんと、大阪・京都とは車の運転に関しては気が強いです。清武自動車学校なんかを卒業した人間にはついていけません・・・
やっぱ10号線です。綺麗です、ながめも。

やだなぁ

ほかの方の米も、drac-ob さんの米返しも、基本的には全部読んでますから、引用しなくても読みましたよぉー。

私もちょっと似たような考えを持っていて、住み慣れた場所を捨てて、移住をするのはどういう人かというと、集団の中で一番エラい人は、そんなコトしませんよね。新しい土地は、必ずしもすばらしい土地とは限らないですし。
あるいは、古い時代であれば、集団に受け入れられなかったり、放逐されたり。

人類の起源はアフリカだそうですが、そう考えていくと、アフリカの人たちっていうのが、一番優れているんじゃないかなーと。
ですから、アフリカから離れれば離れるほど、ろくでもないヤツの子孫ではないかと。

ということは、日本もかなりですが、もっとろくでもないのは、やっぱり1942年にイタリア人が“発見”した、あの国ですよねぇ。人がすでに住んでるのに、“発見”もないですけどね。“新大陸”って、別にどこの大陸も起源は同じですけどね。

清武自動車学校!?

なんと、あそこで免許取ったんですか。場所柄、大学生や専門学校の人が多いのでしょうが、未だに経営も安定しているみたいですね。僕は、宮崎に40年以上住んでる人は多分知ってるであろう高等工科学校(今はつぶれて跡地だけ残ってます)に最初は行きました。しかし、そこの教官の横柄な態度に頭にきて辞めてしまいました。大学は辞めるは、自動車学校は辞めるは、オレは社会生活に適応できるだろうかと心配でしたが、最初に入った会社で、埼玉は籠原の合宿免許でなんとか免許を取りました。1部屋に二段ベッドが30くらいある、タコ部屋みたいな場所でしたが面白いことも一杯ありました。気が向いたらエントリーにアップします(また、そんな安請け合いして大丈夫なのか?)。

なるほど、見事な卓見ですね

あの、喫煙と梅毒という風俗をヨーロッパに持ち帰った大法螺吹きですか。マジでジパングを探していたとか、テレビの歴史モノでやってたような…。しかし、もともと住んでいた人たちを別の大陸の人間だと思い込んで勝手にネーミングする、一方的に悪者にして殲滅する、ゲットーを作ってそこにぶち込むって21世紀になってもやってることは変わらんじゃないかといいたくなる、あのお国ですね。清教徒がどうたらこうたらと歴史の捏造をしていますが、要は本国で食いはぐれた連中や、一山当てたろと思った連中がやってきてでっち上げた国だからな。と、あの国の悪口を書き出すと止まらなくなるのだ。

あ、狸さん ×1942年 ○1492年ですよね。

是非。

聞かせてください。
私も・・・不良ですので、清武自動車学校で1人教官の態度に腹が立ちました。
初めは我慢してたのですが、車と言う超プライベート空間で一緒にいるのが億劫になるくらいウザイとしか思えなくなりました。
要領は悪い方ではないのですぐなんとなく車のコツが分かったので
「あ、この若い教官あかんな、いつも怒ってるけど・・・これって私に技術をつけてほしいからじゃない。タダ単にイライラしてて八つ当たりしてるだけだ」と悟りました。
そのうえ「こんな、怒ってばかりいる人は決して偉くない」とも思いました。
また、いつも講義に遅れるその若い男性教官の仕事に対する姿勢も嫌だったし、こちらが顧客であるのをどう思ってるのか疑問だったので車の中で1時間罵りました。
お前の態度はなんだ!?と。
私は社会的には弱いかもしれないがココでは学生でもあるが顧客でもあると。
だから遅れたりせずちゃんと時間無駄にせず黙ってワシの技術をみてと。
文句叩く暇あったらひとつでもdirveの楽しさおしえてと。
1時間の講義のなかでお前は何回ワシを否定したら気が済むんやと。
・・・ぐだぐだ・・・まるで母や妻や婦人警官や看護婦や・・・ねちねちの代表の代表としてくらいの勢いで罵りました。ちょっとすっきりしてので私はこれで納得していましたが・・・次の日から彼は欠勤して結局やめたみたいです。
超問題児ですね、私。

でも、わたしだけが彼に対してこんな不満を持っていたわけじゃないはず!!
だって他の女の子だってうさい教官だから。。。って言って変えてもらってたし。

あ、追記です

こうやって書いてみると・・・私も完全に国道1号線が似合う女ですね・・・
テキッティージには遠いです。

大変失礼しました

1492年ですね。相当、脳が不活性化しているようです…。

なるほど、教習所をやめる人って、思ったよりいるのですね。私の場合、ケチが先に立って、とてもそんなコトは考えられませんが(笑)。

うちの両親は、70に近くなってから免許を取りました。私が家を出たから、足に使えなくなったからです。
母は中年女性3〜4人と仲よくなり、けっこう教習所ライフを楽しんだようです。いつでも徒党を組んで、気に入らない教官がいると、受付に集団で怒鳴り込んだので、かなり恐れられていたらしいです(笑)。それで問題の教官の態度も、改善されたそうですしね。
最近は女性教官を増やしたり、教官を指名できたり、“接客マナー”にも気をつけるようになってきていると聞きました。
教習所は、入学者と免許取得者の割合という評価基準もあるようですけれど、一般に教習所を選ぶ基準というのは、通いやすい所にあるかどうかですね。
そうなると、ギリギリの線で合格してくれるならば、儲かり、かつ評価も落ちないわけですから、教習生に「こんちくしょう! 1日も早く合格してやる!」と思わせて、早く卒業させる必要はないわけです。
態度が悪かろうが何だろうが、早く卒業したい人もいるだろうが、時間&お金がかかっても親切に教わりたい人もいるのだから、「早取りコース」と「親切コース」、2種類作ってもらいたいと、父が言ってましたよ。

Dahlia さんもなかなかやりますね

いやー、そこまで徹底してやれば天晴れでしょう。読んでいるうちに、そのときの情景が目に浮かび思わず笑ってしまいました。籠原の合宿免許、楽しかったしまた色々考えさせられることも多かったです。丁度2月の寒い時期で4,50人いた新入生(というのかな)は、ほとんど大学生で、社会人は僕と江戸っ子のとび職のお兄さんの二人だけでした。今度きちんとエントリーで書きますね。ところでDahlia さんのコメントでちょっと気になったのは下記の部分です。

>私も・・・不良ですので

この私「も」の「も」はどういう意味でしょうか。誰か不良が他にいるのかな。しかしDahliaさんが自称不良というのもなんだか変な感じです。

うん、結構自動車学校で切れたという人は

多いですね。舘ひろしが主演した映画で「免許が欲しい」とかいうのがあって、その中で教習所の教官の様子がコミカルに描かれてました。もし見てなければ是非、お勧めします。

父君のアイデア、ナイスですね(オレはAVの監督か!)。これから更に高齢者が増えるでしょうし、免許持たない人も多いでしょうから、ゆったりリラックスコースなんか人気になるのでは?そういえば、免許を簡単に取るために、信号が町に1つしかない島に行って、免許を取るなんて話も昔は良く聞きました。ナンつったって、マニュアルでしたからね。半クラには泣いたよ。坂道発進で下がっていく車も見たしな…。

お嬢様D大

を退学してれば充分不良ですよ、ワタクシ「も」。そして・・・・・。

D大を中退って、誰のことだろう

普通、中退って学校通ってから1,2年まあ長くて3年くらいでするものですよね。その点、僕は6年通って中退ですから、年季が違う。なんせ、大学辞めて実家に帰っていたら、文学部の学生課から電話があって「まだ単位の登録が済んでないようですが」と言われたことがあるのだ。やかましいわ、お前のところは1年で60単位取れるんか、と開き直ったら「あっ」と小さい声で反応があり「分かりました、退学願いを郵送するので記名捺印の上返送してください」と、わーーーー。今まで誰にも話したことの無い、ハウトウ中退のテクニックを教えてしまった。

ありましたね

『免許がない!』。地上波で見たような記憶があります。ヒットしたみたいですが、それだけ共感する人が多いということなんでしょうね。

しかし、教官の側から見てみれば、来る日も来る日も走る所は同じ。同乗するのは、これまたもれなくワケのわからん初心者で、発進にもたもた、加速にもたもた、ちょっと注意すればパニック――これが、明日も明後日も、来年も毎日続くと考えると、さぞかしストレスもたまることでしょう。
教習生にイジワルの一つも言ってみたいと思うのも、しかたないような気もします、「人間だもの」(笑)。

私は四輪の免許を取る前に、クラッチつきの原付に乗っていたので、半クラについてはわりと楽におぼえられました。
今はオートマ車なんかもあって、ずいぶんいいですよね。
drac-ob さんの教習所話、楽しみにしてます。

確かに毎日、毎日同じところを

ド下手な運転で走らされるんだから、ストレスは溜まるでしょうね。中には二日酔いで気分が悪い時もあるでしょう。そんな日にノッキングで車がガクガクしたり、エンストで止まったりしたらムカつくでしょう。

そうそう、僕が免許を取った教習所で、教官がマジで「今日は飲みすぎて、気分が悪いから外周をゆっくり走れ」と言われ、そのとおりにしていたら、横で寝息を立てて寝てました。その教官は結構話も分かるし、教えるのも上手だったので、嫌がらせの急ブレーキは自粛しました。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://gakkan.blog64.fc2.com/tb.php/275-23b5d212
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

プロフィール

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ