Time Run Like A Freight Train

 昨日、ブログのエントリーをやや尻切れトンボにしてしまったのには理由がある。ノーリーズントウクライ(by E.C.)なのだって、何のことか良く分かりませんが。実は丁度1年前に高校時代の友人宅に訪問したことがあり、そのことはエントリーにアップしたのだが、そのときのN原君が仕事で宮崎に出張してくるので久しぶりに会おうと約束していたのだ。このN原君は一部上場会社の次長職でありながら、携帯を持たないという兵である。丁度僕のブログでも携帯電話不要論について何度かエントリーを書いたが、ここは一発彼がどのような思考回路で携帯を拒否しているのか、その理論展開を聞き出し、もって僕のブログの充実を図ろうなどというスケベ根性が無かったとは、決していわない。人間正直が一番なのだ。

 えーと、僕のブログは話が長い割りにまとまりが無く、結局何が言いたいのか良く分からない、というご批判があるので、今日は結論から書くとN原君には携帯を所持しない明確な理由というか意図というものはあまり無く、いや本当はあるのだろうが所詮志の低い僕などに話しても恐らく理解は出来ないだろうとの老婆心ではっきりしたことは教えてもらえなかった。なにしろブンガクブはテツガクカのご出身なので、僕のようなちゃらちゃらした人間とは所詮その重みが違うのである(N原君、かっこよく書いてあげたから、今年のお中元は期待していいかな)。などと、いろんな言い訳を書きましたが、要は馬鹿話で盛り上がり、あまり携帯電話の話はしなかっただけなんです。

 しかし、拙ブログの常連の皆様のコメントはありがたいというか、書いてる当人以上に問題点を掘り下げてさまざまな角度からいろんなご意見を頂けるので本当に感謝しています。いっそのこと僕のエントリーは白紙にして、レギュラーコメンテイターの皆様のコメントだけでブログを成立させた方が世のため、人のためではないかと思うことが多々あるのだが、そう結論付けると大変寂しいので、もう少しの間は僕の馬鹿話にお付き合いいただきたい。

 例によって話があちこちに飛ぶが、N原君ともう一人S藤君という、こちらは宮崎在住で何度かこのブログにも登場した高校時代からの友人と、夜7時に一番街のT中書店の前で待ち合わせた。一番街などというと聞こえがいいが、要は街中のアーケード街でここにあるミスタードーナッツ前は宮崎人の待ち合わせ場所ナンバーワンである。あなたも宮崎に来た時は「一番街のミスド前に19時集合」などというと、「おっ、地元の人」と感心されること間違いありません。ついでに肉巻きをお土産に買えば、夜の街のツウだね。当日は僕も久しぶりの土曜休日だったので、夕方までにエントリーを書き上げ時計を見たらもう後10分で7時である。大急ぎで配偶者に頼み、車で送ってもらったが、何故か長女と次女もくっついてくる。僕が夜いないことをこれ幸いと、女子供3人でレンタルビデオ屋にでも、もっとはっきりいうとツ○ヤ辺りに行って好き放題しようという腹だろう。

 目的地近くで配偶者が「今日は久しぶりにお友達と会うのだから、ゆっくりしてきたら」などと心にも無いことを言った。ここで感心するような僕ではない。「何でや?」と問い返したら、上の娘が「お母さんが遊びに行く時に、遅くまで行ける様に言ってるっちゃろ」と鋭い指摘をした。そうなのだ。僕は夜出かけても大抵その日のうちに帰ってくるが、こやつは2時、3時なんていうのはザラである。そういう姿を見ているので、我が家の馬鹿娘達は「早く大人になって、夜中の3時まで遊んでいたい」などとタワケタことを平気で言う。今回も二人で「夜中の3時まで遊んでたら、どんな感じやろうね」などと言っておった。ここは父としても一言言っておかねばと思い「アホになる」と断言しておいた。

 待ち合わせ場所に行くとN原君はスーツの入ったバッグを肩から提げ、もう片方にはボストンバッグを持ち、見るからにビジネスで来ましたという格好だ。丁度1年ぶりだが、奥さんや子供に変わりは無いかとか、家の周りの草刈はしているのかとか、それまでの空白を微塵も感じないような話が出来るのも、高校時代からの友人ならではである。大きな声で雑談をしていたら、店の中からS藤君が出てきた。早くに来たので、お店でずっと立ち読みしていたらしい。とりあえず、おでんを食べに行こうということになり、高校を出たばかりのときに当時の担任の先生に紹介してもらった、お店に行った。このお店は航行や中学の先生が集まるお店で、店の主人も僕たちの高校の先輩に当たる。先輩に当たるが、学業成績は雲泥の差という奴で(どっちが雲で、どっちが泥かとか、この際聞かないで欲しい。あなたの思ったとおりである。チクショウ)、学生時代はお店にいくたびに説教されていた気がする。もっとも親父臭い人生論など言われたことは無く、人生は一度なんだから思い切り生きろみたいなことばかりだったので、鬱陶しいと思ったことはない。

 そういえば、もう随分昔の話だが、この店で一人で飲んでいたら元活動家の高校の先生と意気投合したことがあった。二人して訳の分からない革命用語を喚いていたら、この店の主人のお兄さんが外国人を連れてお店に入ってきた。伺ってみると西ドイツのメーカーに勤務しており、今日は九州の観光の同行でお店に来たとのことだった。お酒の勢いもあり、元活動家の中核シンパの先生とD大中退で今やシホン主義社会を営業係長として生き抜いていた好青年(オレ、オレのこと)と東ドイツという社会体制の異なる国との緊張関係の中切磋琢磨している国籍の異なる二人という、大変面白い構図が出来上がった。

 最初は、お互いやや緊張しながら喋っていたが、アルコールが回るうちに西ドイツの人が、僕に「ドイツが二つの国に分かれているのを知っているか」と、日本の義務教育を舐めたような質問をしてきた。あ、お断りしておくが彼は英語と日本語のちゃんぽんで話していたが、ちょっと複雑な話になるとドィッチェランドの言葉で話し、それを店の主人のお兄さんが日本語にするという流れだった。決して僕たちの語学力が優れていたわけではない。東西ドイツに分かれていることは、歴史の時間に習ったし、第二次世界大戦では同盟国だったではないかなどと話すと「それでは東西ドイツはひとつになったほうがいいと思うか」と聞かれ、あまり深くは考えずに「原則的には賛成だ」と答えたところ、そのドイツ人は「これだから日本人はダメだ。センチメンタルすぎる」と言ったかと思うと大声で喋り始めた。あまりの剣幕にぽかんとしていたら、お兄さんがフォローして「今、西ドイツは大変な状態なのだ。同じ民族だからひとつになったほうがいいというような単純な話ではないのだ」と説明してくれた。

 それからは、そのドイツ人がやたらこちらを見下したような態度をとり始めたので、まだ若かった頃の僕は、ちょっとムカついて「おまえ、ドイツ人ならクリスタルナハトを知ってるだろう。民族的優越主義から一民族を抹殺しようとするのは歴史の進化なのか。ちょび髭の伍長を最高権力者に持ち上げたのは民意の総意なのか、それとも一部の特権階級の陰謀だったのか」などと、今にして思えばケンカを売ってるとしか思えないようなことを言って、勝手の同盟国相手に余計な緊張関係を作り上げたりして、いやまあ、この手の話は枚挙に暇がない。そういう店に連れて行こうとしたS藤君の狙いは一体なんだったのか、あいにく満席で入れなかったので良く分からない。

 仕方が無いので、前回sugarmountain君を連れて行った地鶏のお店に行ったがそこも満席。3軒目の活魚料理店にようやく入ることが出来て、いや、お疲れさん、大変だったななどとお互い声を掛け合って、生ビールで乾杯した。僕は二人にお酒が回らないうちにN原君の携帯を持たずに、花の東京のビジネス社会を生き抜くノウハウを聞いておこうと口火を切ったが、本人は「携帯を持たないでいいような仕事だから」とあまり多くを語ってくれない。ただ、携帯を持たないので、外から連絡を取るのに公衆電話を探すのが大変だと、その手の苦労話をしてくれた。考えてみれば、ほんの少し前までは電話ボックスは至るところにあったし、カード式電話も駅や空港などには何十台も置いてあった時代があったのに、今はその名残は何処にもない。これも歴史の必然なんだろうか。

 携帯の話はまったくと言っていいくらい盛り上がらず、話はお互いの共通の友人・知人の動向の話になった。早い話が高校時代の連中の噂話である。そこで大笑いしたのが、S藤君の心無い一言で傷ついた女の子がいたと言う話だ。実は、僕とS藤君は同じ水泳部に所属しており、そういうと体育会系と思われるかもしれないが、まあ映画の「ウォーターボーイズ」みたいな軟弱な水泳部員だった(もっともシンクロなど当時はまだ無かったと思うが。せいぜい小柳ルミ子が出てくるヤクルトジョアのCMで、プールの中で逆立ちする男がいて、良くそれを真似して遊んでいた)。その軟弱水泳部に中学の平泳ぎの記録を持つN山さんという女子部員がいた。彼女は後にお医者様になるくらい賢い人だったので、当然僕やS藤君とは人種が違っていた。そのN山さんが高1の2学期くらいから水泳部の練習に来なくなり、止めてしまうのだが、当時はやはり勉強に専念するために水泳を止めたという風に理解していたが、事実は全く違っていた。

 彼女が水泳を止めたのはS藤君の心無い一言「N山さんは下半身が安定している」、これを聞いてから水着が着れなくなったのが原因だとついに真実を明かして、その話が巡り巡ってS藤君の家庭に届いたというのだ。S藤君は「そんなことを言った覚えは無いし、今更そんなことを言われても困る」と言い張ったが、彼の奥方は「あなたはそういうデリカシーが無いから言ったに違いない」と家庭内でもちょっとした騒ぎになったらしい。

 真実はどうだったか。S藤君が言ったことは間違いない。何故か。僕はその時、その場にいてS藤君が言ったことと、そのときのN山さんの反応をしっかり覚えているからなのだ。正直にいうとN山さんの足は、いや下半身は確かに大変安定感があった。所得倍増計画から高度経済成長時代までの右肩上がりの日本経済といっても差し支えないほどどっしりと安定していたのだ。そのことは僕たち男子水泳部員の間では公然の秘密であった。ただ本人に面と向って「N山さんは足が太いよね」などと言える人間はいなかった。あれは、どうしてだろうか。S藤君に魔が差したとしか言いようが無いのだが、水泳の練習が終わりたまたま皆でシャワーを浴びる前にだべっていた時、S藤君は言ってしまったのだ、禁句を。そのときのN山さんの反応は可愛かった。真っ赤になってもじもじしてまるで女の子のようだった(コラコラ、本当に女の子だって)。

 その時以来N山さんは水泳を止めた。宮崎県の高校記録をもしかしたら更新したかも知れなかったのだが。いや、口は災いの元だな。他人事じゃない。僕も何度もこの手の失敗はしているが、大抵しっぺ返しは即日か即週か、遅くてもその月に来るが、まさか30年以上もたって来るとは、くわばらくわばら。

 えー、話が例によって何だか分からなくなりましたが、結論的にいうと高校時代からはとても想像できないような話題で終始した夜でした。まさか子供の進学問題や、受験なんてことが話題の中心になるとは、時は貨物列車のように駆け抜けていく(by Eric Andersen)。

 そんなことを感じながら、友人と別れラーメンを食べて歩いて家に帰った。帰り着いたのは11時だった。我が家の馬鹿娘どもが「どした、早いが」などと言って出迎えた。配偶者がいない。何処へいったか聞くと友達の家に行ったとのこと。油断も隙も無いんだ、我が家は。
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コメント

最近、ほんっと公衆電話が減りましたワ。携帯電話持たない派の私としては、非常に困った事態です。外で電話するのに公衆電話を大探ししないといけない。やっと見つけて電話しようとしたら、カードを読むあたりがおかしいらしく、かけて相手が出た頃合を見計らってピーピーピーとカードが戻ってくる。当然電話は切れる。繰り反しても同じ。仕方がないので小銭でかけようと思ったら、10円玉だけがない。100円入れてもお釣りがこないし、なんで10円ですむところを100円も出せるかと、また公衆電話を探して1万里(は大袈裟やな)。
要するに、公衆電話が減っていく上に、カードまで受け付けられないような半壊れの電話が置いてあるというわけです。特にグレーでディスプレイに番号が出るヤツ、あれがイカン。
きっとろくにメンテをやっていないんだろうね。最近は、「電話の調子が悪い時はここに電話してください(お金はかかりません)」ってなシールが貼ってありますよ。

しかし、日本国に住んでいる全員が携帯電話を持っているわけではないのに、なんで、ここまで公衆電話を減らすかわからないです。せめて1台でいいから、満遍なく設置して欲しいです。特に持っていないのはお年寄りです。おじいさんおばあさんを大切にしよう!歩き回らすな。
一億総携帯電話所有をもくろむ、携帯電話会社の陰謀かもしれません。

土曜の夜にNHKでやってた「怪奇大作戦セカンドファイル」を見ましたが、殺人トリックに携帯電話(&マイクロウェーブ兵器)が使われており、平成版だなとしみじみおもいました。でも、「怪奇大作戦」の雰囲気を良くつかんでいて、面白かったです。

ところで、きっこたんが近いうちに爆弾を落とすと書いていますが、何でしょうね。楽しみです。拉致被害者も帰って来そうな悪寒もしてきたし、もう、こうなったら面白がるしかないような気もいたします。

ドイツ人って、とんでもないのがいたりしません?

ドイツ人の話が出てるので、ちょっと笑い話をひとつ。

またまた昔話で恐縮ですが、所用で東欧の某国に滞在していた頃の話です。まだ、ベルリンの壁が崩れて間もない頃で、EUが通貨統合のかけらも無かった頃ですから、随分昔の話ですね。夏になるとその国では、物価が安くて、国民性が穏和で、治安も良く、中世の街並みも残っているので、ヨーロッパ各国から旅行者が大挙して押し寄せてきました。実は、これが恐怖の夏だったりします。

当時、マルクは絶大な価値があったので、ドイツ人の餓鬼がマルクを握りしめてその国にやって来るのですが、これがまた傍若無人を絵に描いたような奴ばかりで、あたかも海外植民地にやって来た宗主国民のような調子で、街中で暴れ回ってました。さすがに、この騒ぎには現地人も眉をひそめているものの、当時圧倒的なドイツ資本やオーストリア資本に市場を蚕食され、地下経済はウクライナ・マフィアに牛耳られているだけに、半ば諦めたような調子です。「お前ら腹立てんかい」と現地人に怒ると、「まぁ、俺たち金がないから、仕方ないよね」などとぼやいている人の良さで…。

餓鬼なんてどこの国でも馬鹿ですから、それはいいのですが、その様子を問題視することなく、勘違いして傲岸不遜な態度を取るドイツ人の「大人」が多いのには、正直驚きました。そういう連中の鼻持ちならなさというのは呆れるばかりで、日本人相手にさえ見下した態度を取るわけで、度々そういう奴にからまれました。ですが、そういう奴は自国の価値観以上のものは持ち合わせていないですし、それが普遍的価値観であると勘違いしてますから、言うことも遠慮が無いので、それはそれで突っ込み易かったりします。

ある時、同席して食事をしている最中に、「日本人は鯨を喰うのか、本当か?野蛮とは思わないのか?」などと、緑の党支持者のドイツ人カップルに無遠慮に聞かれました。本当にそういう奴がいるのかと半ば呆れながら、しばらくは笑って話をしていたのですが、あまりにしつこく聞いて来るので、ついに激怒しました。
「日本人は縄文時代の1万数千年前から鯨を食べている。これは立派な食文化であり、野蛮などという価値観で非難される謂われはない。大体、日本では緑の党なんて、環境テロリスト程度にしか理解されてないし、支持もされてない」と答えると、「鯨のような高等生物を食べるのは可哀想だ」とか言い出す始末。さすがに呆れて、「お前、ヒンズー教徒からみたら牛を喰うのは、宗教的な禁忌に触れるぞ。イスラム教徒にとっては、豚を喰うのはゴキブリを喰うようなもんだ。お前それはどう思う?」と問うても、「そんなことは特殊な価値観だ」などと、反省なし。

呆れ返ったのですが、隣に韓国人が同席していたのにふと気が付いて、「おい、韓国人は犬を喰うぞ、韓国人は野蛮なのか?」と問うと、さすがに驚愕して「ほ、本当に犬を喰うのか?」と、取り乱した様子。当の韓国人はゲラゲラ大笑いして、「旨いぞ~。夏の盛りには、あれは凄くいい。特に、精力が減退して、勃起不全の奴には特にいい。お前もどうだ?」とか言い出す始末。さすがに、これには彼も毒気を抜かれた様子。以後、彼らは私のテーブルには、二度とやってきませんでした。

何事にも極端なのがポンニチの特徴で

インベーダーゲームが流行ったら、どの喫茶店に入ってもインベーダーばっかり(って、オッサン例えが古過ぎ。70年代末じゃないっちゅうの。と、書いたらパイレーツの片割れが結婚するっちゅーの。ちなみに僕の世代でのパイレーツは江口寿史の「進め!パイレーツ」で、我が家の馬鹿娘たちは「パイカリ~パイレーツオブカリビアン」みたいです)。

話はそれますが、昔の電話ボックスは上半分が透明で、下半分は不透明でした。しかし、それだとウ○コをやり逃げする輩が多いから、との理由で上下透明になったと聞きましたが、本当のところはどうなんでしょう。また、僕の知ってる悪い奴はあの電話ボックスの中で女の子とピー、あれ、ピー、おかしい。言論弾圧ではないか。ピー。

その国は「連帯」とかいう造船の労働組合のあったお国ですか?

まあ、そのときのドイツ人以外はとくに恨みもつらみも無いのですが、と書いているうちに思い出しました。僕が華の大学1回生のときに必修授業で「英作文Ⅰ」というのがあったのですが、その授業の先生がウィンツラーというドイツ系アメリカ人でした。僕は画一化されたマスプロ教育に疑問を持ち、学校の授業で学ぶより「書を捨てて街に出よ」という寺山イデオロギーを実践したため、前期の出席日数がルー・大柴の受けるギャグぐらいでした(その心は極端に少ない)。

前期の最終日に、先生から各学生に一言コメントの時間があり、みんな「ミスター」や「ミス」付けで呼ばれるのに、僕だけ敬称がなく、呼ばれて行ってみるとナントカカントカと早口で言った後"You cut"と吐き捨てるように言われました。「何だ、首か」と呟いたら、真っ赤になってまた怒り出し、その、つまりは、単位は取れませんでした。そのときの心境は「単位 wait for no one,if you want wait for 単位」でした(by R.ストーンズ)。

私の友人は歩道橋の上でピー。

パイレーツといえば、もちろんパイ烈ではなくて、「進め!パイレーツ」ですよね。
あの頃は、まだ作者も白いワニに怯えることもなく、遅筆ながらがんばって描いていました。ギャグのキレもよかったです。
しかし、連載中にあんなに見る見る絵の上手くなった漫画家さんは、他に知りません。

barrett_hutter さん

すばらしい日韓連携エックス攻撃でした。GJです。
しかし、やはり犬を食うというのは相当なショックなんでしょうね。
英国が中国にアヘン戦争を仕掛けたのは、中国人が犬を食うからだという説もあるくらいで(笑)。

クジラのような高等生物を(あるいは頭の良い生き物を)食べるとはけしからんって、その考えが人種差別の延長にあるんだということに気がついていないところが痛いです。
そもそもクジラと牛豚(モートンではない)どちらが高等(あるいは頭が良い)かなんてわからんと思います。
高等生物を食っちゃいかんのなら、おまえらはゾウリムシとかミジンコを食ってろと。めんつゆでコウガイビルでもすすってろと。

でも、地球環境に一番貢献してる生物は、モネラ界の住人達(微生物)なんですよね。

いや~、ドイツ国内を旅行すると。皆親切なのでそのギャップに困ります

私は、ドイツ語も知りませんし、ドイツのことは良く判りません。ですから、ドイツ人には恨みなんて無いです。ドイツ国内を旅行しても、皆さん親切ですしね。むしろ、ドイツ観念論なんて勉強していたせいで、むしろドイツ文化には畏敬の念を持っています。

ただし、ソヴィエトの崩壊に伴うワルシャワ条約機構加盟国の惨状は、ある程度年が経過していたにもかかわらず、こんなものでした。ある国家が経済的に極端に劣位の状態に置かれるというのは、ワケの判らん連中が跳梁跋扈するということで、人間の醜い側面が露わになるものなのでしょうね。私の見たのは、たまたまそれがドイツ語圏の人間だったというだけの話です。

高度経済成長の折には、日本人だって東南アジアで好き勝手やってたような気がします。まぁ、飽くまでも個人的体験なのでそれを持って一般化するのは危険ですから、眉に唾つけといて下さいね。

え゛ー、歩道橋の上で、あんなことやこんなことを

って、そっちに反応するんかいっ!!江口寿史は、去年だったかHPにアップしていた日記を本にしましたが、持ち運びということを一切考慮していない装丁だったためあまり売れなかったようです(それ以上に既に過去の人扱いされていたからかな)。山上たつひこと江口寿史とあと一人誰だったか、元ギャグ漫画家の鼎談も活字になりましたが、立ち読みで済ませました。しかし、あの屈託の無さはなんともいえませんね。たまにhttp://www.kotobuki-studio.com/index.htmlを覗くと、もう連載は終わったと思っていたラーメンの話や音楽の話が出てるので、新鮮な驚きがありますよ。

高度経済成長時代を過ぎても

もっとはっきりいうと80年代末くらいまで、我がポンニチは東南アジアですき放題していたように思います。もう30年くらい前ですが、大学の学生集会に出てきた学長代理に「お前ら韓国の学会に行って来たと言うが、実際のところはキーセンツアーだったと証拠があがってるぞ」と爆弾発言した奴がいて、まあ若いゆえの潔癖症から、一気に糾弾集会に切り替わったのですが、後年、その爆弾発言した男は「内心羨ましかった」などと言っておりました。あれ、そんなこっちゃいかんがな。
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