本邦初公開ナカジマの法則

白日の下にさらされた石油タンク 向いの書店も閉鎖して久しい

 久しぶりに土曜の休みが取れた。ここのところ睡眠不足で、今朝はゆっくり寝坊しようと思ったのだが、やはり普段と変わらない時間に目が覚めた。せっかくの休みなので、もう少しウジウジネベネベしておきたかったが、それでも病院の時間があるので9時には起き出して、服を着替えて病院に向かった。バッグの中には森見登美彦の「四畳半神話大系」を入れておいた。待ち時間に読んで、忍び笑いをして周囲の患者どもに不安と恐怖感を与えようという戦術だ。しかし「四畳半」と来たら「フォーク」か「襖の下張り」くらいしか下の句はなかったが、この本のおかげで新たに「神話体系」という言葉が見事連想されるようになった。

 病院の前を車で通ると、いつもは待合室の様子や通に雑然と並んだ自転車の数で、その日の待ち時間を推測するというのがひとつの楽しみなのだが、今日はどういうわけか自転車ゼロ、待合室はババ空きだった(これは甚だしく空いているという状態を関西弁で表現している。カンサイでは甚だしい状態をすぐババという。ちなみにウン○をしたくなったら「イノキピンチ」と表現する。その心は「ババが出る」。こういう下品な表現を毎度登場するF田君や、S戸君、後輩ではH本君が良く教えてくれた。あ、この男の名前はエッチボンと読まないで下さい。エッチモトと発音してもらわないと、あらぬ誤解を受ける)。一瞬今日は休診日だったかと思ったくらいだ。

 駐車場に着いても数台は停められるスペースが空いてる。この病院は2人のドクターがいるのだが、そういえば僕を診てくれる先生が今月は出張が多くて、9日と23日はいないと話していたことを思い出した。どおりでいつもの半分くらいの混み具合だ。待合室で本を読みながら待っていると予想以上に早く名前を呼ばれた。実は僕の戦略どおり例の本を読みながら「くっくっくっ」と怪人20面相のような含み笑いをしていたら、隣の席にいた若い母親が気味悪そうに子供の手を引きながら席を遠巻きにしたりして、周囲の反応が面白かったのでこれからが本番だと思っていたのだが、名前を呼ばれては仕方がない。ブチッと注射をされ、いつもの看護婦さんに(看護士と書くのが正しいんでしょ。知ってます。でも僕は感謝と尊敬の念をこめて看護婦さんと予備隊、じゃない呼びたいの)、近況を話し薬がなくなるので出して欲しい旨を話したりした。

 処置が済み、待合室に戻りナニゲニ受付に出入りする人の様子を見ていたら、50前後の男の人がお金を払った後「ありがとうございました」と言って頭を下げた。ちょっとびっくりしたが、良く考えてみると子供の頃などは買い物に行ってお金を払うときにもお礼を言って頭を下げていたことを思い出した。一体いつからお礼を言うとか、相手に感謝すると言う気持ちと行為が無くなったのか、考えさせられた。もっとも考えさせられただけであって、自分がお金を払う時は「あ、ども」などと間の抜けたことしか言えず、頭も下げずに出てきてしまった。仕方がないので次の薬局では、きちんと頭を下げてお礼を言おうと思っていたのだが、そこでも薬をもらうときに薬剤師さんから「症状の変化はありませんか」などと聞かれ「いや、変わりはないっすね」などと軽薄な受け答えをしてそのまま出てきてしまった。相手に対して自然と感謝するというのは、なかなか出来そうで出来ないことだなと、つくづく感じた。

 病院が予想外に早く終わったので、駅前のブック●フに行き、しばしうろついた。森見登美彦の未読の本でもあれば、と思って探したがそもそも彼の本が1冊もなかった。CDが値下げしていたので、じっくり探したところ、高中正義の「虹伝説」が250円、BAHOの「OKURADASHI」が750円だったのでためらわず購入。どちらも帯付き、ディスクも綺麗で満足した。家に帰ると部活に行っていた下の娘も帰っており、腹が減ったと喚いていた。例によってそばかうどんを作ろうかと言ったが、やれケンチキが食いたいとか、外で食べたいとかうるさかったので、上の子の意見も取り入れてF来軒のラーメンを食べに行くことにした。休みの日は実家の近くのF来軒で食べて、そのまま実家に顔を出すパターンが多いのだが、今日は近場で清武町の本店に行くことにした。

 着いたのが12時半だったので、車が置けないのではと心配したが、運よく1台空いていた。お店に入ると予想通り混んでいる。座敷は一杯とのことでカウンターに座ろうとしたら、3つ続いて空いてる席がない。下の子は「おねえと私は一緒にこっちで、父はあっちで一人で食べろ」(以前は僕のことを「おとう」と呼んでいたが最近は「父」と一切敬称を付けない呼び方になった。僕がチクセコビーバーだからだというのだ。チクセコビーバーというのはチクリでセコイビーバーだそうだ)と言った。別段異議はないが上の子が難色を示した。3人一緒がいいというのだ。こちらはこちらで、ばらばらの席になったら伝票も別なので支払いの義務が発生するのが嫌だという経済観念からの発言であって、決して家族愛からの発言でないことは当然だ。

 そんなやり取りが聞こえたのか、2人で食べていた作業着のお兄さんが丼を勢い良く啜り込んで席を空けてくれた。こういうところが気配りだな、と、今日はやたら感心した。その後親子3人でマンガを読みながら豚骨ラーメンを食べ、1皿のギョーザを誰が何個食べるかで見苦しい争いをしたもののお腹は満ちて席を立とうとしたそのときだ。上の子が合掌して「ご馳走様でした」と言った。ちょっと驚いたが、そういえばこの子は食前・食後に良く手を合わせているなと嬉しくなった。例え相手が我が子であっても見習うところは見習わんとイカンな。

 食事を済ませて、店を出たら入る時は気がつかなかったのだが、その店の前にあったガソリンスタンドが解体されていた。パワーシャベルの横にあるのは本来は地面の下に埋まっている石油タンクだ。子供たち二人もガソリンスタンドの仕組みを知って、感心したようだ。嬉しくなって撮った写真がトップに飾ってある写真である。家に帰る車の中で、上の子と話をしていたら、今、国語の時間で「山月記」を習っていると言い出した。「先生が『この作者はナカジマ…』と言ったので、『うちのお父さんが好きなのはらものほうです。らもの本なら沢山あります』と思わず言いそうになった」などと、この父にしてこの娘あり、というところで、事実よりも話が面白いほうがいいという考え方が僕そっくりである。

 らもファンはもちろんだが中島敦は尊敬する作家の一人だ。あの格調高い漢文風の名文は素晴らしい。題材も中国の古典からとってはいるものの、オリジナルの漢詩を挿入したり、ストーリーを少し変えて単なる昔話で終わらせない、読み応えのある作家だ。そういえば森見登美彦も「山月記」のパロディを書いてることを思い出し、娘にそう話したところ「知ってる、悪いけどお父さんの本、勝手に読んだ。でもあの人の「走れメロス」を読んで、なんじゃこりゃと思ってもう読まなかった」などと答えた。やはりオンナコドモにブンガクの話は無理かと思いながらも、ここで諦めたら教育の放棄だと覚悟して話を続けた。

 「中島敦は『山月記』もいいが『名人伝』を一度読んでみろ。お父さんも高校の頃教科書で読んで一度で気に入った。あと『李陵』とかあるが、寡作というより若くで亡くなったから作品そのものが少ない。文庫も家にあるはずだ」と言ったら興味を持ったようで、『名人伝』とはどんな話か聞いてきた。「あれは天下一の弓の名人になろうとした男の話だ。当時ナンバーワンといわれる名人に弟子入りして弓の練習をするのだが、弓に触る前に目の訓練をするんだ。瞬きをしない訓練を半年だかやったおかげでまつげの間にくもの巣が張ったとか、髪の毛にしらみをつけてそれをじっと見る訓練をやっぱ、半年だか1年だかやると、しらみが牛ぐらい大きく見えて、そのしらみの心臓を一発で弓で射抜くようになったとか、凄い話がある。そういう訓練をして腕が上達すると、自分の師匠を弓で射殺してナンバーワンになろうとするんだ。あるとき待ち伏せて弓を射掛けるのだが、師匠もそれに対して弓をいると、矢は丁度その中間点でお互いに突き刺さり、地面に落ちる。それを何度も続けるうちにお互い感動して抱き合って泣くのだ」

 「お父さん、なんかその二人おかしいような気がするけど…」「黙って聞け、問題はこれからで、命を狙われた師匠はこのままじゃまずいと思って、自分よりはるかに名人である人物を紹介する。主人公が勢い込んで行ってみると山の上に住む小さなお爺さんだった。なんでぇ、こんなジジイと思ったが、山の岸壁に突き出ている岩の上で空を飛ぶ雁を撃って見ろといわれ、やろうとするが岩から落ちて死ぬ恐怖に耐えられず、参りましたと言うんだ。そこでお爺さんが岩に登ってやって見せようとするのだが、肝心の弓矢を持たずに岩に登った。主人公がそれを指摘すると「お前がやってるのは射之射だ、これが不射之射だ」みたいなことを言って、素手で雁を狙うとなんと、雁が空から落ちてくるのだ。そこで何年か修行して主人公は戻ってくるが、まるでデクノボーみたいな顔になっていて、その顔をみた元師匠は「いやこいつがナンバーワン、オレなんか足元にも及ばねー」という具合に本当の名人といわれるようになる」ここまで話して様子を見るともうまともに聞いていない。

 しかし、ここで諦めたら教育の放棄だと(これはもういいか)、「最後に不思議な話がある。その名人がある家に誘われて行ったら、以前確かに見たことはあるが、なんと言う名前で、どういう使い方をするものかどうしても思い出せない道具があった。それが弓だった。という落ちだ。その名人が死んでしばらくは絵描きは絵の道具を、書家は書の道具を持つことを恥じたというエピソードが…」って、もう全く聞いてなかった。

 と、このようなことがあって、本日発見したナカジマの法則とは、僕は中島と書いて「ナカジマ」と読むものは大抵好きだという法則である。今、あげたらもも敦もナカジマである(なにやら「スモモもモモもモモのうち」という早口言葉みたいだ)。出町時代というより京都に住み始めた修学院時代から、出町、烏中前時代に至るまで貧乏な僕の胃袋を空腹と栄養失調から救ってくれたのが定食屋のナカジマである。この店はとにかくメニューの豊富さ、ボリュームの多さ、値段の安さ、三拍子揃っていました。ただ受付から給仕までがほとんど全て長髪の汚いバイト(もちろん野郎である)ばっかりだったのと、インテリアという概念をフンサイした内装と居住性より回転率といったファニチャー(なに、椅子とテーブルのことだが)のおかげで客の99%は男子学生のみだった。あ、今思い出したけど、そういえばデモや集会の時ここから出前の弁当を良く取ったな。

 それはさておき、ナカジマは基本的に好きである。サザエさんに出てくるカツオのクラスメートもナカジマであったが、気の小さい好人物風で決して嫌いではない。確か、オセロの黒いほうもナカジマだったような、でも彼女のキャラも嫌いではない。しかし、これが「ナカシマ」と濁らない場合は違ってくるのだ。先ず高校時代の生物の先生がこのお名前で、僕はあるとき「この20世紀においても進化はありうる」と言ったところ鼻先で笑われて以来、嫌いである。20世紀の進化はあったではないか、DEVOというロックバンドの中に確かにあった。いや、あれは退化か。しかし退化もマイナスの進化であるから、ってもういいや。

 ちょっと収拾がつかない話になったが(毎度のことですが)、濁るか濁らないかで名前のニュアンスは随分変わるという法則でした。余談になるけど、マンガ「釣りバカ日誌」の主人公浜ちゃんは、宮崎は都城出身(今の知事と同じだ)という設定で初期の頃よく「ハマサキです、濁らないの」といっていた。また山崎もこちらでは濁らない。だからサントリーのヤマザキのCMにはやや抵抗があった。ところが僕の住む宮崎はミヤザキで濁るのだから良く分からない。まあ、人生に法則は似合わないというのが結論ですか。そうそう、忘れないうちに書いておこう。今日6月9日はロックの日で、わが結婚記念日である。今までの人生で1日だけなかった日を上げろといわれれば、ためらわずこの日を、いやいや、ゴホン。今日のエントリーのテーマは感謝する心だ。しかし感謝と忍耐は似ているような気がする。ま、いずれにしても不用意に家庭内に荒波を立てるのは、平和主義者の僕には心外なので、今日は家族で焼肉に行った。そこでも上の子はちゃんと手を合わせて食前・食後の挨拶をしたというのに、親二人は食うのに夢中で、ってもういいか。アリバイ的に本日のエントリーアップの心だー。

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コメント

何故「ビーバー」?

一瞬ビリーバーと読んでしまいました。
ビーバー・・・ダムを作るのがお得意なのでせうか。

私は病院では最後にお礼を言います。先生には診察室を出る前に、お会計時はお金を払い終わりその場を離れる時背を向ける直前に、さようならごきげんようの代わりに「ありがとうございました」といいます。習慣をつければいいのです。

大阪人は

とにかくお礼は言い続けます。見るかぎりでは年齢は全く関係ない気がします。
ファミレスで最低の接客を受けても「ありがとう」と言って店を出ないと気分わるなります。乱暴な運転のBUSに乗っても降りるときは「ありがとう」と言います。
何ででしょうか。別にプチセレブを味わいたいわけでも、感謝が特別あるわけでもないのに・・・もう習慣ですね。

中島の法則ですか・・・
なるほど!!
ていうか、失礼ながら思ったことがあります!!
drac-obさんの突っ込みというか問題解決型思考はチュートリアル(漫才師)に似ています!!これはなかなかできないことだとおもいます。

すみません・・・格調高き話が・・・・申し訳ないです。

僕も気になって、どうしてビーバーか

尋ねてみたら「前歯が出ているから」という全く可愛げのない返答でした。コドモの言語感覚というのは面白いというか、驚くことが多いです。上の子がまだ幼稚園くらいの頃、何かの理由で叱っていたら「だってお父さんはハゲッパ・ツルッパ・ヨーロッパだわー」と逆切れされました。ハゲッパとかツルッパというのは分からないではないのですが、どうしてそこにヨーロッパが来るのか聞いたところ、「ッパ」繋がりだからということでした。あ、ちなみに僕はハゲッパではなく、小さい頃から額が広い、所謂知性的な外見です。ハイブロウというのかな。インテリゲンチャの特徴ですな。

格調高いのは中島敦の文章であって

僕のエントリーは毎度毎度のヨタ話ですから、気にしないで下さい。チュートリアルですか。名前は知ってますが、見たことがありません。ヤフー動画にたまに出ているから、一度見てみます。話は前後しますが、確かに大阪人は「ありがとう(イントネーションは尻上がりだけど)」と良く言いますね。あの芥川賞作家の町田康が、まだパンクバンドのボーカルだった頃(まだ高校生の頃)、滅茶苦茶カゲキな歌を歌ってましたが、1曲終わると必ず「ありがとう」とお客に言うのがナニゲニ可笑しかったことを思い出しました。

一種の負け惜しみ?

ジジババが薬屋を営んでいた関係で、私も商人気質なところがあります。対価を支払って何かを得た時の、去り際の言葉は「お世話さま」、飲食関係では「ごちそうさま」です。
もちろん、対価を受け取った方は「ありがとうございます」なのですが、病院の場合、本来はサービス業と考えてもいいのかもしれませんけれど、圧倒的な立場の差があるため、こちらの方が「ありがとうございます」と言ってしまいますね。
実を申せば、「ゼニ払ってるのは、こっちなのに!」という気持ちが、ないわけではありません。
病院関連では必ず「お大事に」と言われますので、私以外の人間が、私の身体に対して気づかってくれているという事に対しての「ありがとうございます」と位置づけておりますが。

前歯が出ていて、額が広い――メモメモ…。

だから、僕の外見はひげを剃った

「山本晋也」か、ちょっとパンクな「さだまさし」だと言うとるでしょうが。あと自分自身でも本当に良く似てると思ったのは、返還前の香港で「越南小館」を経営していたオッチャンって、誰も知らんわそんなもん。いえ、これいつかエントリーに書こうと思っているんですが、世の中には本当に自分と瓜二つの人間がいるという話なんですが、ええと、話し出すと長くなるのでそのうちにまた、などと得意の予告編シリーズでお茶を濁すのであった。そういえば狸さん久しぶりですねって、ほとんど毎日米もらってたから、何日か来ないだけで随分ご無沙汰みたいな感じになりました。これからまたご贔屓にしてください。

ネコ好きとしては

仕事が2つ入ってしまい、さらに撮影の手伝いの仕事まで入って、準備やら何やらで、先週後半は地獄でした。

「山月記」、人間はトラよりも上位であるという考え方が、ちょっとヤだったなぁ。子供のころ、「偉大なる王(ワン)」という、トラが出て来る動物ものを読んで、感動したものですから。
関係ないですけど、フィリップ・ベイリーの「チャイニーズ・ウォール」という曲、雄大な中国の景色をならべたてた曲ですが、歌詞に「タイガー・オブ・ザ・マウンテン・トップ」とあったのを思い出しました。ここ数日、頭の中でしょっちゅう鳴ってます(苦笑)。

「偉大なる王」ですか、覚えてます

虎の額のところの縞模様が「王」という字に見える虎の話ですよね。少年マガジンにマンガとしても連載していたと思います。と、自信を持ってネットで調べたら僕は山中亘が作者と思い込んでいましたが、違ってたようで…。いや、確か動物小説を専門にしていた戸川幸夫が随筆か何かで書いていたような記憶があるのですが、と段々怪しくなってきました。

僕にとってのタイガーマウンテンはブライアン・イーノですね。そうそう、トラといえばタイガーマスクの虎の穴は印象的でした。虎だ、お前は虎になるのだ~

おや!

ご存じでしたか!? なんだかうれしいなぁ。
なにしろ、drac-ob さんの心の妻ですからねえ、やはりどこかでつながっているのだっ。

シーッ!狸さん、声が大きい!!

心の妻だということはヒ・ミ・ツです。ってあちこちでそんなことを言いまわってるんだろうと、痛くもナイ腹を探られるのもチト困りますが…。まあ、身体は束縛されていますが、せめて心くらいは自由に、心の一夫多妻制バンザイ、などというとまた「港、港に女がいる」というジ・エンカ的世界が広がります。しかし、♪きーみーは心のつーまだーかーら~と歌ったあの歌の真意は一体何だったんだろうか?分からん。
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