大阪行き急行の話~ナニワエキスプレスとは関係なし

 昨日、『フォークソングクロニクル その1』を書き上げて寝たのは1時半過ぎだった。普段は零時過ぎると目が開かなくなって寝てしまうのだが、昨日は少年時代の大阪旅行話を書いてるうちにいろんなことを思い出してきて、目が冴えてしまったのだ。しかし、その報いはてきめんで、今日の病院の注射はやや手間がかかった。僕は睡眠が足りないと血管が浮き出なくなるタイプらしく、何度も手を叩いたりさすったりしてもらってようやく血管に針が入った。優しいナースさんは「4月は忙しいんですか」と聞いてくれて「3月に比べるとまだマシです」などと喋っていたら、突然「年度ってニホンだけなんですかね」などと聞かれた。こういう時に「知りません」と素直に言えないのが僕の性格の悪いところである。もっともこれくらいの瑕疵がないと余りに性格が良すぎてイカン、などと書いていて恥ずかしくなるようなことは止めよう。人間正直が一番である。

 「そうですね」とか適当に流しておけばいいのかも知れないが、仮にも人格を持った人間が質問しているのである。その回答に全身全霊で努めるのが「ひと」というものだ。人という字をみてごらん。ほらお互いに支えあってるだろう、つまり人間は一人では生きてはいけないんだ、などと説教臭くて足が短くて、髪が汚らしく長い、フォークバンドのボーカルが言いそうなことを寝不足の頭で考えた。また続けて、そういえば竹内まりやに「セプテンバー」という歌があって、あれはアメリカの新学期を歌っていたなと思い出しこういった。「ニホンだけじゃないですかね、アメリカは9月から学校始まるし、ほら、『セプテンバー』って有名な曲がアース、ウィンド&ファイアにあったでしょ」と竹内まりやというつもりがついE,W&Fのほうを言ってしまったので、ナースさんは何かあいまいな笑顔を浮かべて「あ、終わりました。あとはしばらく押さえておいて下さいね」と会話を強制終了させてしまった。

 『セプテンバー』といえば高校時代の同期生で外語大に行った男(友達づきあいはなかった)がいて、あるときその男のことをたまたま同級生の女の子と話していたら、急にその女の子が「だって彼はセプテンバーキラーだから」などと口走った。『9月の殺し屋ってどういう意味だ』と追求したら、『女の子を泣かせる悪いやつだ』と教わった。後日、別の男の同級生に「セプテンバーキラーってどういうモノなんだろう」と聞いたら「そりゃ、ベッドでもオールイングリッシュ違うか」と言われ、よし、オレも英語を学ぶ以上は『セプテンバーキラー』になってやろうと決意したのだが、僕の関心は『ブラックセプテンバー』のほうに行ってしまい残念ながら、ベッドで英語で国際交流する機会は無かった。どこで道を間違えたのか、「一本道」(by友部正人)のはずだったのに…。などとややシーモネータ的な話になりそうなので、このあたりで話を昨日の続きに戻そう。

 大阪旅行の話で書き忘れていたことがあった。特急電車に乗って大阪に行ったのだが、たしか14,5時間かかった。宮崎(正確には延岡)から門司までと下関から大阪まではどちらが遠いか、お時間のある方はニホン地図などでお調べいただきたい。どう見ても九州内の移動距離より本州に渡ってからのほうが長いでしょう。しかし、かかる時間はなんと正反対。九州を抜け出すまでにかかる時間の長さったら、とんでもない。何故このような摩訶不思議なことが起こるか。答えは簡単。我が日豊本線は『単線』なのだ。つまり線路がシングルというか「単」、1対というのか、要するに1台の電車が走るとそれと反対方向から別の電車が走ることは出来ない。しょうがないからどこかの駅でやり過ごして、線路が空いてから走るという仕組みである。ダイアグラムなどという言葉、最早死語になっているのかもしれないが、単線の電車が時刻表どおり進行するために緻密に練り上げられていた国鉄の智慧だった。

 そういえば大学の頃、後輩から「先輩の田舎は単線ってホンマですか」と聞かれ「おう」と答えたら、「うそやー、そんなんやったら電車がぶつかるやん、有り得へんわ。ボクラのとこは生まれたときから、複々線で、その後すぐ複複々線になったから、単線て理解できんわ」と激しくバカにされたことがあった。あんまり頭にきたので「ふざけるなよ、今とりあえず電車といったけど、正確にはディーゼル機関車だ。D51やC62なんかまだまだ現役や」と答えてしまい、南九州は未だに炭鉱があり、ボタ山があり、そこで取れる石炭を燃料として列車は走っているという、アンチ石油資本主義理論を展開してしまい、もちろん冗談で言ったのだが、ほとんどマジで取られてしまい南九州は文明の未開地と思われてしまった。まあ、確かに当時はそういう部分があったことは否定しないが…。

 しかし単線の電車に、それも各駅停車、平たく言えば鈍行列車に乗っていると、電車内身分制度というものが良く分かる。どういうことかというと、各駅停車の電車も走っていればそこそこ速いのだが、やたら停車、通過電車待ちが多いのだ。一駅走ったと思ったら「登り急行待ち合わせのため15分停車致します」などのアナウンスが流れ、こちらはひたすら待つだけ。ようやく時間が来たなと思うと反対側から、電車の音と小さな影が見え始める。じっと見ていると一陣の風のようにやってきて、すれ違う瞬間相手の電車に乗っている人の姿が一瞬映る。どういうわけかたいてい、その姿は笑っているようだ。そんなはずは無いと思うが、こちらは線路を譲って待っている身なのに、あちらは一気呵成に駆け抜けていく。そういうところから笑われているような気がしたのかもしれない。何かに似ていると思っていたが、江戸時代の大名行列に似ているのだ。特急や急行、場合によっては快速なんかに線路を譲り、こちらはひたすら待っているだけ。長距離の移動なら、知らない駅に途中下車してぶらつくなどという楽しみもあるが、毎度毎度走っているルートだとただボーッと窓の外を眺めているしかしょうがない。

 いつの間にか旅ブログみたいになったので、大阪話の残りを急いで書いておく。今回はフォークの話が出るのかな。

 前回の日記で冷凍蜜柑ほど美味いものは無いと確信したが、深夜大阪の親戚の家に着いて、おにぎりをご馳走になった。梅干やおかかの何の変哲も無いおにぎりだが、長距離の旅をしてきた人間のおなかには大変優しく、無心にぱくついた。麦茶を飲みながらひたすらおにぎりを食べていたら、遠くで何だか哀愁のあるラッパの音がする。「あれは何だろう」と呟いたら、親戚のおじさんが「あれは夜鳴きそばや、どや、食べてみるか」と言われ、一もにもなく頷いた。しばらくすると丼から湯気を出したものが届けられた。確か丼をもっていくとそこに中華そばをついでくれる仕組みだったようだ。焼き豚とシナチク(ベサツ語だなどと言わないで下さい。イシハラのオッサンが言う意味で使ってるのではなく、呉智英理論に賛成しているだけです)、それにナルトとノリが具にのっていたように思う。焼き豚というものをその頃は知らなかったので、普通の豚肉と思って噛み付いた。甘くて美味しい。こんな美味しいものが世の中にあるのだろうか。

 夢中で食べて気がついたらスープも残さず食べていた。おそらくあれが生まれて初めて食べたラーメンであろう。もちろん即席ラーメンは既に登場していたし、オバQで小池さんが食べているのは、チキンラーメンだと知っていたし、地元ではかのアベックラーメンやサンポーラーメンも既におなじみであったが、生麺をゆでて具を盛り付け、そこにスープを注ぐラーメンを食べたのは生まれて初めてだったと思う。生まれて初めてついでの話では、この旅行の時に初めてプロ野球のナイター見学に連れて行ってもらうのだが、なんと今は亡き日生球場(漢字あってるかな)で、阪急対近鉄という関西ローカルの試合だったが、そこでは発泡スチロールの丼に入った天麩羅うどんを食べさせてもらった。発泡スチロールで丼を作るという発想に大変驚いた。そうそう、当時九州ではまだボンカレーが出ておらず、レトルト食品も未知との遭遇で驚いた。

 あー、それと今まで忘れていたのだが、連れて行ってもらったデパートでお菓子か何を自分で買ってお金を払った時に、僕は板垣退助の百円札(by加川良)を出してしまうのだ。当時、大阪は既に百円玉の時代になっており、あの赤茶色の小さいお札を出したことで僕は、その売り場で人気者になってしまった。お店のおねーさんが記念にするから、もっともっていないかと言われ、確かあと2枚ほど持っていたのを硬貨に換えたことを覚えている。しかし、こんなことばかり書いていたらいつまでたっても71年に行けない。フォークに出会えない。今日のエントリーは途中下車ということで、次回こそ、70年代のフォークソングのココロだー。
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コメント

知らないコトって多いのですわ

電車と電車の間隔が、7分以上あると「ええっ!?」と思います。10分になったら、かなり不機嫌になるでしょう。

以前、ダンナさんの出張にくっついて、某日本海側の県庁所在地に行った際、ダンナさんが仕事に行ってしまった間、近隣の街を巡ってみようなどと考えていたのに、時刻表を見てみるならば、1時間に1本しか電車がない!? ええっ、これは「○○本線」と名のつく路線ではないのかっ??
帰りは名古屋に出て帰ろうという話になって、特急に乗ってまたビックリ! 途中駅で待ち合わせをしているような…。もしもし? これは「特急」ではなかったですか? これより速い列車が存在しているんですか!? もしかして、偶然お召し列車が走るとか? って、ふと線路を見てみれば、あのぅ…、土盛りの上には、線路が1本しか存在していないようなんですが…??

その旅行の時に、地方に行ったら都市銀行はない、という事も初めて知りました。
私は銀行のカードというものを持っていません。銀行が楽をするのは、業腹だからです。で、現金をあまり持たずに、通帳とハンコは持って、どうせ駅前には支店があるだろ、と思っていたら、ない。
ああ、地方の――いや、また私のナニが炸裂しそうなので、この辺にしときます。地方を見下すとか、そーいうコトではないんですよ、私がモノ知らずだというお話で。
(もう十分にナニですが…)

某日本海側というと昔は裏日本

などと呼んでおりましたな。太平洋側が表で日本海側が裏って、そりゃベサツだろうというお気持ちは良く分かりますが、僕の乏しい旅行経験から判断して、確かに日本海側の海は暗い。もっとも鳥取、京都、富山の3県しかいったことはありませんが…。

今回の狸さんの田舎での苦労話、良く分かります。そうなんです。「都会の常識=地方の非常識」てなもんで、都市で生活した人間が地方に行くと、必ず陥るギャップなんです。ずっと地方にいた人間は「ちーとばっか、都会に行ったちゅうて、かぶれて来てかい」などと言いますが、そうではなくそれまで通用してきた常識が崩され、一種のゲシュタルト崩壊をおこしてるわけですから、本人にしたら大変なんですね。このあたりの話はいずれネタとしてエントリーに、いやいや安易な口約束は身を滅ぼす。まずは71年にフォークと出会ってからだ。

神経細やかな人は血管も細い?

裏日本は差別、黒人は差別とゆーことは、「裏」は「表」よりも、「黒」は「白」よりも劣っているという前提があるわけで――って、これもまた長くて、わけわかんなくなること必至なので、やめときましょう。

私も血管が出ないらしく、5回さされたあげく「婦長さ~ん(泣)!」と、看護婦さんに(当時はまだ看護婦さんでした)あきらめられたことがあります。

異議なしです、狸さん

いや、お互い苦労しますな。「血管が細いですね」とナースに言われると、まるで自分が悪いことをしたみたいな気持ちになります。もっとも相手は決してそんなことを思ってないのでしょうが。

「表」があるから「裏」もある。当たり前といえば当たり前ですが、昔アニメの「サスケ」で「光あるところに影あり」とナレーションが入り、そこから白戸三平史観が広がっていったことを思い出しました。
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