買ったら聴く、買ったら読む



しかし、重なる時は重なるものだ。今日、仕事から帰って自分の部屋に入ると小さな紙箱が置いてあった。昔懐かしの郵便小包みたいな感じだ。僕が学生の頃は今ほど流通が盛んではなく、宅急便など無かった。あったのは丸通、つまり日本通運のトラックによる配送。九州から自転車やステレオを修学院の下宿に送ってもらったのだが、今の宅急便と違って荷物の積み下ろしは自分でしないといけない。ステレオはコンポではなく、昔の家具調ステレオなのででかくて重い。同じ下宿に住んでた予備校生に手伝ってもらって、漸く部屋に収めた時は汗ダクになっていた。

そのほかに大きな荷物を送る方法として、「チッキ」というものがあった。どんな漢字を当てるのか知らないが、今のJR、昔の国鉄がやっていた配送方法である。これも冬用の布団を実家からチッキで送ってもらったのだが、このチッキ、フロム・ステーション・トゥ・ステーションという仕組み。あ、ボウイのアルバムにもステーション・トゥ・ステーションてのがあったが、あれはチッキの事を歌っていたのか。な、はずはないか。しかし、京都駅に届いた冬用の布団をどうやって修学院まで持って帰ったのか、記憶は定かでは無いが、多分、シータク使ったんだろうな。

えー、本日のエントリーは日本における物流革命についてではなく、頼んでいた本やCDが溜まっててきたら、う、う、どうしようかな(by 村八分)、という話。ついこの前、近くの書店で朝日新書の『阿久悠と松本隆』を、祥伝社新書で『憂国論』を買って読み始めたところに、本日届いたブツは『渋松対談』の赤盤、青盤。そして『アックスマンのジャズ』である。

渋松対談は、今は単なる娯楽誌になってしまったロッキング・オンの名物連載。僕が大学に入る年の2月だったと思うが、地元の書店のマガジン・ラックに、当時は隔月刊だったロッキング・オンがたった1冊だけ置いてあった。ジミー・ペイジが表紙だったが、何となく寒々しい写真と雑誌そのもののあまりの薄さに引いてしまい、一旦、手に取ってみたもののパラパラめくってすぐに元の場所に戻した。

そのまま、別の本を買って店を出ようとしたのだが、どうも後ろ髪を引かれる思いがして、確か定価も280円くらいだったので、つまらなくても惜しくは無いくらいの気持ちで買った。それから何年かは、熱心な愛読者になったしロッキング・オンを意識した訳では無いが自分達でミニコミも始めた。ミニコミのメンバーの1人がロッキング・オンに出来たばかりの自分達のミニコミを送ったら、しばらくして編集長の渋谷陽一から手紙が届いた。

内容は『左翼小児症的な表現には抵抗があるが、目指している方向性にはシンパシーを感じる。ロッキング・オンも頑張るので君たちも頑張って欲しい』みたいな内容だった。

たかが学生のミニコミに、当時は既に隔月刊ではなく、それなりに立派な雑誌になっていたロッキング・オンの、それも編集長から届いた手紙なので、僕たち、マーマレードのメンバーは少し興奮した。

しかし、当時から口も性格も悪かった僕は、その手紙の中に誤字を見つけて『渋谷陽一も漢字を知らんな、ま、大学を中退するようなやつだから学が無いのも仕方ないな』などと言っていた。人を呪わば穴二つ、天に向かって吐いた唾は自分に戻る。その後、僕は大学に6年通いながらも最後は中退するという未来にまだ気がついてなかった。

対談相手の松村雄策は、最初に買ったロッキング・オンに『アビーロードからの裏通り』という連載を書いていた。正直に言うと僕は松村の連載が読みたくてずっとロッキング・オンを買っていた。夜中に全く意味は無いが昔のレコードを聴いたり、本を読む時間が無いと自分の人格を維持できないというところは、あ、オレも一緒や、と大いに喜んだ。彼のエッセイも小説も読んだし、何しろ磔磔にライブに来た時は見に行ったくらい好きだった。アルバムもアナログだけではなくCDになったものも購入した。もちろん、今は全て廃盤だが。

その松村雄策、脳梗塞で倒れて今は不自由な身体で活動している事を知り、今回の2冊購入になったのだが、うーむ、積読にしてはならない。買った本は読むし、買ったCDはしっかり聴くのだ、と自分を鼓舞する。



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