のーもあてぃあーず、あいあむぱんくす!

 書こうか、どうしようか迷っていたが「やらぬ後悔よりやる後悔」と言うし「乗りかかった船」だから書くことにした。何の話かというと、今日が僕の誕生日なのだ。つまり生まれてからなんと半世紀も経ってしまったということなのだ。僕自身はそういう気はさらさら無いのにもう50である。40は不惑だけど、50は何だっけ。えっ、天命を知る。プリンセステンコーを知るではなくて、天の命を知るという、なんとも恐ろしい歳になるのだ。不惑どころか40から迷ってばかりで、とても天命を知るなんてことは出来そうにない。出来そうにないがしょうがない。盆暮れの付け届けをちゃんとしてないからこういう目にあう(©松村雄策)。

 思い起こせば50年前、日本もようやく立ち直りの兆しをみせ「もはや戦後ではない」などといわれ、第2次大戦の敗戦国でありながら、国連に無事加盟(なんと50年前の12月18日のこと)し、当時は東側の大国(今の人には何のことかわからないだろうが、当時は資本主義社会の西側と社会主義体制の東側という対立があった)ソ連と国交回復した年に僕は生まれたのだ。さらに僕が生まれる少し前に不思議な出来事が続いたらしい。いくら南国宮崎でも12月の半ばはかなり寒い。山の木立も紅葉の時期は過ぎ枯れ木の季節だというのに、僕が生まれた小さな家の周りには花が咲き乱れ、天上からは美しい歌声が響き渡り、母は白い象の夢を見たという、様なことは全くありませんでした。そんなのがあったらお釈迦様である。「天上天下唯我独尊」か、なんか言って生まれてきたら、そりゃ周りの人はありがたがるより、気味悪がるだろ。

 と、まあおちゃらけはほどほどにして、今日の新聞を読んでいたらアベ内閣の課題として「戦後レジームからの脱却」というのが挙げられていた。オイヲイ、いつの間にか戦後体制はアンシャンレジームになってしまったのか。誰が、いつ、どうやって決めたのか、責任者は出て来いと大声で叫びだすほどの勇気もなくて、とにかく誰にも会わないで勝手に酔っ払ちまったほうが勝ちさなどと敗北主義的なのが拓郎の悪いところだと思う。体制に飲み込まれすぎなのだ。だから未だに「ペニーレインでバーボンを」が、『今はまだ人生を語らず』が出せないんだ。と、やや八つ当たり的な話になってしまったのには理由がある。

 実は今朝、仕事に行く前に配偶者から「今日は誕生日だけど、何か食べたいものがあるか」と聞かれ、今更おでん(余談であるが、僕はおそまつ君の昔からおでんが大好きなのだ。ところでおでんに入れる芋はこちらはサトイモが圧倒的だが、京都ではほとんどジャガイモでちょっとしたカルチャーショックを受けたことがあった。今はサトイモもジャガイモもどちらも大好きというエセ平和主義者になってしまったが)とかカツカレー(子供の食べ物だね)なんていうのも恥ずかしいので「何でもいい」と言ってはみたものの、そこはそれ、魚心あれば水心、病は気からというではないか(何かちょっと違う気がするが)。まあ、それなりに僕の好きなおかずで晩飯があると思っていたのよ。ところが7時過ぎに家に帰ってみると、やたら暗い。これは電気がついてなかったという物理的な暗さと同時に家にいた子供二人の表情がとても暗かったせいだ。子供が暗いのは理由がある。下の子のテストの結果が悪かったことを、前日配偶者が怒っており、その罰としてゲームは禁止と言われていたからだ。下の子は自業自得だが、上の子はとばっちりなので、すこぶる機嫌が悪い。部屋を覗くと流石に下の子は机に向かって勉強らしきことをしていたが、上の子はふて腐れてマンガを読んでいる。「今日は何の日かな」という、およそ下心以外の何物でもない質問をしたところ、火に油というか、焼け石に水というか、「はいはいおめでとおめでと」と、全く心のこもっていないお祝いの言葉を頂いた。しかも手ぶらだ。

 まあ、しょうがない。昔から「女子と小人は養い難し」と西郷さんも言ってることだし、生まれついての大人(おとなじゃないよ、たいじんだよ)と囁かれていた僕であるから、そこのところは多めに見て、腹も減ってるので、食堂のテーブルに着いた。配偶者は仕事に行っていないので、食事の準備はテーブルの上においてあることが多いのだが、その日は、僕の誕生日という記念のその日は、テーブルにあったのはスーパーの惣菜であった。

 惣菜が悪いなどと言った覚えはないし、揚げ豆腐、肉じゃが、レタス巻き、みんな好物である。しかし、何度も言うようで恐縮だが、今日は僕の誕生日である。それが、スーパーの惣菜。揚げ豆腐、肉じゃが、レタス巻き(リプライズ)である。朝の会話は一体何だったのだと思いながら、冷蔵庫から飲み残しの安い国産ワインを出し、一人静かに誕生日の晩餐をしたのである。

 食事をしながら、だんだん自分が可愛そうになってきたが、食べているうちに腹が膨れてきて、怒りが収まってきた。うん、これぞ「衣食足りて礼節を知る」である。早い話が腹いっぱいになると、「なめとるんか、このヤロー。何が悲しゅうて、スーパーの惣菜じゃ、ぼけぇ。赤飯のひとつでも作っとかんかい」と頭の中をカッカ、カッカ巡っていた血液が隊列を組んで胃に集中してしまうので、怒りが収まり偽りの家庭の平和が構築されるのであった。

 そのような悲しい出来事があったが、mixi仲間のモモヨさん(エヘン、得意得意)の日記を読むとリザードのライブDVDが発売になると書いてあった、「バビロンロッカー」を出した直後の頃というから、京都で何度もライブを見たはずだ。アルバム収録曲はすべて名曲だらけだったが、ライブで聴くとその迫力といい、ステージパフォーマンスといい、鬼気迫るものがあった時代の映像だ。これは予約するしかないと思い、早速アマゾンで予約した。いいんだ。誕生日を家族の誰からも祝福されなくて。思い出したよ、オレはパンクスだったじゃないか。ゴッドセイブズ!!
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コメント

お誕生日によせて、出会いに感謝しつつ

 嗚呼、初の書き込みが、このような否定的な文章である事をお許しください…。
 そもそも誕生日たらちゅうもんは、西洋の悪しき風習であって、その西洋であってさえ、今日(“こんにち”と読んでネ)までイカされて、いや、生かされてきたことを神に感謝する日であったはずであり、決してわけのわからん円錐形の帽子をかぶり、ケーキに立てられた蝋燭を吹き消して馬鹿騒ぎをする日ではなかったのでR。
 ちなみに、日本においては、蝋燭が消えるというのは、命の終わりであると落語「死神」にもあり、もしかすると年齢分の蝋燭を吹き消すという行為には、「お前の寿命はもうこの本数分終わりゆえ、心して生きよ」という意味が含まれていると、日本人ならば推しはかる必要があるのではないだろうか。
 世界に目を向けてみれば、食べる物、着る物がない人たちはたくさんおり、零下5℃という寒さの中、「今日のご飯は?」「ない」という会話を交わす夫婦や、明日どころか今晩食べる物さえないという老婆をテレビのニュースで見ながら、「総書記とやらが死なないと、どーしようもないよね~。しかしながら、冷たい揚げ豆腐ちゅうのはいかがなものか。かといってチンするのも面倒やし…。ああ、表面はカリカリ、中はアツアツの揚げ豆腐が食いたい! 食わせろ! 俺は今すぐ食いに行く!」などと言うのは、これ、同じ人類としてどーなのよ!?
 世の中「上を見ればきりがない 下を見てもきりがない」であって、自分より不幸な人の事を想像するならば、たいがい心の平安は取り戻すことができ、感謝しつつ生きる事ができるのである。めでたし、めでたし。
 しかしながら、働いているという事情はわかっていながら、メモ書きでもいい、折り込み広告の裏でもいい、「お誕生日おめでとう! 買ってきたお総菜でゴメンね」という一言があったならば…と思うのも、家庭を持つ者としては無理難題の要望とは言えず、「何でもいい」は食事を用意する者にとって「俺はそんな些細な事にかかずらわっている暇はないんじゃい! テメエの才覚で、俺の気に入るモノを作りやがれ!」とほぼ同義であるという事はこの際考えないにしても、かといって「フカヒレ煮込み。やっぱフカヒレはヨシキリザメがいいよネ」などと言われても、入手の困難さ、価格の問題、下ごしらえとスープの仕込みに3日ほどかかるというような事情から、それはそれで大変困るのであるが、“悲しかった”という事実に対して、感じる事は本人にとっては真実であることから、私はブルーハーツの「人にやさしく」を贈りたいと思ったものの(ベタな選曲ですいません!)、オリジナル盤を持っていない悲しさ、しかたなしに『YAON Live on ’94 6.18/19』を、聞こえないとはわかっていても、これからかけるのであります。
 なお、おでんには時間がかかるので、できれば前日までにリクエストすることをお勧めします。

狸さん、最長不倒距離のコメント

ありがとうございます。いえいえ、いかにも狸さんらしいコメントで楽しく拝読させて頂きました。なるほどな、と思うこと多々あり、オレはまだまだ若いな、物理的には50でも気持ちは16だな、人生これからと気持ちが前向きになりました(笑)。

ブルーハーツ聞こえてきました。「人にやさしく」いい曲ですが、今の僕はハイロウズの「失敗マン」のほうがしっくりきます。これからもよろしくお願いします。

人の迷惑かえりみず

大変失礼をばいたしました!
自分というものがないために、すぐに誰かに影響されます。
「悔いのない生き方は後悔のくり返し」ですか。
例の“困ったちゃん”の叔母は、「○○しなければよかった!」「ああ、なんで△△しちゃったのかしら…」というグチのヒジョーに多い人です。
そういった意味での後悔は、ムダなのになぁといつも思います。
うちの父は「なんで××しなかったんだ!」と人の失敗をあげつらう事が多く、兄妹なので、精神構造が似ているなーと。
“やっちまった事”は、元には戻らないですから、時間を戻す事はゼッタイできないのですから、じゃあ、その失敗に対して何ができるかですよね。
――などと、年上の方にエラそーな事ばかり申し上げて、またまた失礼の上塗り。
重ねて陳謝。

人の影響を受けやすいというのは

その分、感受性が豊かとか、思考が柔軟であるとか、自分に都合良く考えましょう。なんだかんだ言っても、人のものの考え方などというのは10代後半である程度固まり、30過ぎたらガチガチになることがほとんどだと思います。早い話が思考停止に陥ることが多いわけです。

狸さんの怒りの方向性(権力に対する圧倒的な怒り)は、とてもシンパシーが持てます。というか、あ、オレとおんなじ人種やと勝手に連帯しています。文体も面白いし、論理展開がむちゃくちゃ(これ褒め言葉です)なのも気に入ってるところです。日記の更新タイヘンでしょうが、ネタの在庫は豊富そうなのでとりあえず毎日お邪魔しています。僕も負けずにこのブログの更新をやっていくつもりです。

遅くなりましたが、ハッピーバースディ

買ってきたお総菜は、「我が家の味」ではないので、やっぱ違うって思ったりしますね。
因みにお誕生日は、産んでくれたお母さんに感謝する日だよ~~~ん。

燐さん、ご丁寧にどうも

ありがとうございます。こんなにやさしくしていただいてるのに、僕はつい意地の悪いコメント返しをしてしまいました(年は忘れてもいいけど…の所です)。ごめんなさい。って、あやまってたまるか。オレはパンクスだ!!などと突っ張るもんだからいつも人から嫌われることにいまだ気が付かない、学習能力のないワタクシでした。

しかし、誕生日は生んでくれた母に感謝する日ということは、ここでも父親のいる場所はないじゃないか!!ホント父の立場って弱いなぁ。

まあ、父親は作る時ちょっと加勢をしたくらいですからねえ(爆)。
この場合、「い~や、俺は作る時だってかなり加勢をしたぞ」と、見栄を張ってしまった場合、かかずに済む恥をさらす可能性があるので注意。

でも真面目な話、父親の底力は、子どもが生まれてから成人するまでの間にあると思いますよ。

ちょっと加勢より旭化成

と、何の話かわけがわからなくなりましたが、あまり「底力」など期待されても困るしな。せいぜい僕が出来ることは、日本の未来のために、更に少子化を阻止するために、外の世界に打って出るくらいではないか!!そうだ、太宰治も言っている。「家庭の幸せ、諸悪の元」、え、そういう意味で使う言葉ではない?こりゃまた失礼しました~。

こんばんは☆
・・・・・お邪魔しま~す・・・・・早速来ちゃいました(笑)v-8
このエントリーが目について読ませていただいたのですが、初めてお邪魔して読ませていただくには何ともまた・・・先程から、涙が止まりませんv-406
そんな寂しいお誕生日を迎えられていたとは。。。
だから、燐サンのところではあんなにはっちゃけておられるのですね 爆

冗談はさておき(笑)、遅くなりましたがお誕生日オメデトウございますv-384v-315
そのパンクス魂で、グッと涙をこらえて来年もカッコイイオジサマでいてくださいv-415
でも泣きたい時には泣いていいんですから、ソッと隠れて泣いちゃいましょうv-392

これからもお邪魔させて下さいね♪少しずつ過去ログも読ませていただきますv-290

wingさん、こちらでは始めまして

いやいやどうも、女々しいエントリーを読んで頂き、恐縮至極西京極ってこのフレーズは筒井康隆オリジナルですが、ご丁寧にどうもどうも。

寂しさには慣れていると言うか、家庭では女三国同盟対ピュアパンクス但し「ええとこのボン」出身なので、結構ブログネタにして同情を引こうという姑息な戦略です(獏、獏、オーワダバクというアナーキーな歌がありましたが)。これに懲りずにまた遊びに来てください。『エロマスター』の名に恥じないコメント期待していますv-319
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