本編:中山うりのライブと新作について考える 第1部

中山うり Live at DEJILL

 その日の待ち合わせの場所は、初めての居酒屋だった。先々月の同窓会で、「だれやみセット(標準語に直すと晩酌セット)」の無料チケットを福引で当てたとY尾君が自慢気に言うので、そこで待ち合わせしたのだが、話を良く聞いてみると当たったのは同じテーブルにいた別の人。その人がお酒をあまり飲まないのでタダで譲ってもらったというのが真相だった。他人の幸運をいかにも自分の手柄のように言うのは流石である。僕も大いに見習いたいものだ。ところで、待ち合わせの時間は18時に設定していた。以前住んでいたところだったら、仕事が終わって服を着替えてからでも十分間に合うのだが、今住んでいるところからは絶対に無理だと分かっていたので、当日は3時間早く仕事を上がった。有給休暇の時間休を利用したのだ。何の話か見えない?うん、前回予告した通り10月26日の中山うりのマホロバツアーat宮崎DE JILLの話だ。

 さて、仕事を早く上がったので自宅でゆっくり着替えて自転車に乗って(by 高田渡)自宅を出た。空模様が怪しかったので、ショルダーバッグの中にフード付きのウィンドブレイカーを入れ、さらに先日密林経由で入手したうりちゃんの最新作『マホロバ』も入れた。もちろん、ライブの後でCDにサインを貰うつもりだ。自宅から出てライブハウスに向けてペダルをこぎ始めてすぐに空から雨が降ってきた。『雨が空から降ればオモイデは地面にしみこむ、雨がシトシト降ればオモイデはシトシトにじむ(by 小室等)』などと気取っている場合ではない。ましてや、『しょうがない、雨の日はしょうがない、』などと悟っている場合でもない。雨足もやや強くなり今からウィンドブレイカーを羽織っても、下半身が濡れてしまう。どうしようと迷ったときにJRの駅が目に入った。そうだ、この時間だったら宮崎駅行きの電車がある。自転車を濡れないように駅の所定の場所において改札に向かうと、丁度各駅停車の上り電車が出発の3分前だった。駆け足でプラットホームを通過し、ガラガラの電車に乗った。がたんごとんと電車は走り出し、大きな橋を渡ったらすぐに目的の駅に着いた。その直前にY尾君から電話があり、すでに居酒屋に向かっているという。こちらも5分以内には着くと答え、電車を降りて改札を抜け駅構内から街に向かった。

 目的の店はすぐに分かった。縄のれん越しに店内が見えて、手前のテーブルにY尾君がいた。早速合流し今回のライブについての話をする。去年のうりちゃんの初宮崎ライブも一緒に行ったのだが、その時の僕は訳アリのおねいさいんと一緒だったので、彼とあまり込み入った話はできなかったのだ。ほとんど予備知識のないままにライブに参戦したY尾君だったが、うりちゃんのルックスとファッションにやられてしまい一発でファンになった。しかし、そういうこと(人間は外見ではないのだよ、問題は中身。もっとも外見もいいほうがいいが)ではいかんので、今回のライブの前に彼に予習用として2枚の編集CDを渡しておいた。昨年僕がアップしたエントリーからスローサイドオブ中山うりファーストサイドオブ中山うりというテーマで作った編集CDだ。ちゃんとCDを聴いて文章も読んだか確認したら、大丈夫だという。特にうりちゃんの歌詞はいいとやたら気合が入っている。合流したのは18時ちょっと過ぎで、今日のライブは20時開場、20時半開演と比較的時間の余裕はあるが、そこは大人気の中山うりだし、僕たちは歳は取っていても熱烈なファンであることをアピールするためにも最前列の席を取らねばならない。よって開場時間の20時では遅い。19時半にはライブハウスに並ぼうと決めた。それでも1時間半ほど燃料摂取(ま、お酒とサカナの摂取時間ね)が出来る。居酒屋を出るときは結構いい感じで出来上がりつつあった。

DE JILL

 DE JILLは、居酒屋から歩いてすぐのところにあった。ビルの2階で1階の階段のところに案内が出ている。一番乗りだと思っていたら、先客が複数いた。僕たちの前にいたのは女性の3人組。1人は多分50代のちょっと大竹しのぶ似のおねいさんとその連れは多分10代の女子2人。一人はお子さんで、もう一人はその友達かと思ったが、3人の会話を聞いていても人間関係がどうも良く分からない。初対面の女性に対して全く警戒心がないというか、まあ取りようによっては節操がないといわれても仕方のないY尾君が早速おねいさんのほうと世間話をしている。こういう性格はうらやましい。僕は人見知りするし、男は日に三言という教育を受けてきたので面識があればまだ何とかなるが、初対面の人、とりわけ女性とは全く話が出来ない。あ、リア友の諸君はこの部分はさらっと読み流すように。こういうコントラストのほうが話が面白いやないか(笑)。

 去年のライブハウスは一番乗りで、今回は残念ながらそうならなかったがかなり早めに並べたので最前列の席は確保できそうだ。階段を上って入り口のドア近くで待っていると、お店のスタッフが出てきてチケットやお釣りの準備をしている。Y尾君は、この店には知人のライブを見に何度も来ているので、スタッフと親しげに話をしている。外が暗くなり客も増えてきて開場時間になった。入り口の受付で名前を言ってお金を払い中に入った。Y尾君から話は聞いていたが、店内は想像以上に狭い。入ってすぐにカウンターがあり、左に向かって部屋が広がり奥に小さな演奏スペースがある。演奏スペースは一段上がったステージになっておらずお店の床とフラットになっている。ダッシュで奥に行き、最前列で背もたれのある座席を確保。次々とお客さんが入ってくる。圧倒的に若い女性が多い。キャパはどんなもんだろう。3~40人くらいでフルハウスではないか。カウンターに近い席に縞のトレーナーを着た女の子がいた。Y尾君が「去年、うりちゃんのオープニング・アクトした彼女だ」という。よくみると確かにYギナツキさんだった。去年の9月のうりちゃんのライブの前に何曲かオリジナルを歌い、会場の雰囲気を和らげてくれた。FBの彼女のウォールにそのことを書いたら、去年の11月にCDを制作したこととライブのお知らせのメッセージを送ってくれたのだが、何故かフィルターがかかってしまい、気が付いたのは今年の6月。慌ててお詫びのメールをして友リクもさせてもらった。

 とりあえず挨拶をして、そのままトイレに向かったら入り口に見たことのある男性がいた。今年の6月から7月にかけて宮崎公立大で「ジャズとアメリカ文学入門」という10回連続の市民講座に参加したのだが、その8回目にスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』の講座を担当したO山先生だ。『その節は大変お世話になりました。おかげさまでブライアン・フェリーの「ラブ・イズ・ア・ドラッグ」のオーケストラ・バージョンが聴けました(ディカプリオ主演の映画のサントラを講座の前にO山先生が流していて、そこでフェリーの変態的なボーカルが聞こえてきた時の驚きはなかった)』と挨拶したところ、気さくに返事をしてくれた。中山うりは全く知らなかったが知人に絶対いいからと勧められて今回来たとのこと。僕たちの前の席が空いていたので、そちらを案内しライブが始まる前に少し話をさせてもらった。その市民講座にくじで漏れたY尾君は宮崎国際ジャズデイのH高社長の配慮でスタッフとして途中から講座に参加できたのだが、本人はその講座を受講するためにヘミングウェイやサリンジャーを読み直したとアピール。それなのにくじに外れてしまった。それにひきかえ大学時代は英文科でありながら全く授業に出ず、学園で暴れてばかりいたこいつがくじに当たるとは世の中おかしいと言っていたか、言ってなかったか、定かではないが、とにかく予想してなかった話し相手が出来たのは良かった。そこで話をやめておけばいいのに、ワタクシの悪い癖でいかに中山うりが素晴らしいシンガーであり、作曲家であり演奏者であり、そして詩人であるかということを延々としゃべっていたら、ギターのチューニングの音とともに店内に一瞬のしじまが訪れた。見るとステージにうりちゃんのバンドメンバーが登場していた。

 メンバーの最後にうりちゃんがアコーディオンを抱えて席に着いた。いきなり歌と演奏が始まる。新作『マホロバ』収録曲の「ダンスダンスダンス」だ。♪あなたは、いつしか、ダンスをするだろう~という不思議な歌いだしで始まる曲だ。歌詞とメロディから別れの歌だということは分かる。紙テープや汽笛という単語から海の歌だと思うが、とにかく不思議なフレーズとシチュエーション。最初から中山うりの魔法にかかってしまう。「ありがとうございます。中山うりです。宮崎、2回目になりました(拍手)。前回も一緒に来てくれましたギター、福澤和也、ベース、南勇介、そしてドラムは宮川剛」とメンバー紹介し、そのまま軽快なメロディーを持つ「寝ても覚めても」が始まる。この曲は前作、いや正確には前々作の名盤『鰻』に入っている歌だ。ドラムが元気がいい。うりちゃんのボーカルはまだエンジンがかかっていない感じだが、その分アコーディオンが要所を締めている感じ。全体のコーラスとアンサンブルは流石。



 ドラムのカウントとともに始まったのは「まっしろけ」。これも『マホロバ』の曲。去年のライブでも「台風の歌です」とコメントして演奏してくれた。うーん、やっぱりうりちゃんの声が少し疲れている気がするが、オレの単なる思い過ごしか。しかし間奏部分でドラムとアコーディオンの掛け合い、途中から絡んでくるギター。スタジオ録音より、やはりライブがいい。ハレルヤとサヨナラという単語が交互に出てくるが全く違和感がない。このあたりの言語感覚は、さすがはうりちゃんである。後半のギターとドラムにアコーディオンが絡んでちょっと長めの演奏が終わる。



 「ありがとうございます。九州ツアー4日目です、残すところあと半分、4公演。ぶっ続けで昨日から6日間連続ライブということで、九州ツアー駆け抜けていく予定です。」。そうか、連日のライブで声に少し元気がないのか。ま、でもまだライブは始まったばかりだし、これからエンジンがかかってくるだろう。うりちゃんのMCは続いた。「前に宮崎に来たときは、違うお店でやらせてもらったんですけど、(今日も)始まる前にちょっと時間があったので、この近くを歩いていたら、結構この辺も野良猫が多いことが判明して、私の住んでる東京の下町も凄く細い路地が沢山入り組んでいるところなので、猫すごく多いんですけども、次の曲はこれからの冬を乗り越える野良猫たちの応援歌みたいなものです」というユーモラスなMCに続いて歌いだしたのは、これも新作『マホロバ』収録曲の「路地裏のタンゴ」。うーん、野良猫にタンゴというと昭和世代の元ヤングは「黒猫のタンゴ」を連想してしまう。♪クロネコのタンゴ、タンゴ、僕の恋人は黒い猫ってやつだ。間違ってもジェフ・ベックの「黒猫の叫び」ではない。もっともうりちゃんの曲に、インストナンバーだが「黒猫・白猫」という、あれはタンゴというよりスゥイングか、まあ、そういう曲もあるので「黒猫のタンゴ」の連想もあながち間違いではないと正当化しておく。演奏最後のほうで、うりちゃんのトランペットのソロが響く。

 「ワン、ツー、ワン、ツー、さん、はい」といううりちゃんのカウントで始まった5曲目は「わたしの真っ赤な自転車」。こちらも『マホロバ』収録曲で、やはり去年のライブでも歌ってくれた。子供のころの買ってもらったお気に入りの真っ赤な自転車。夏休みに一生懸命練習して、やっと乗れるようになった自転車。あれから長い時が経ち、いつの間にか君は小さくなったのでお別れだという、これもうりちゃんの得意な世界。これまで大事にしてきたのに時の経過とともに別れなければならない定め。「楽しいときっていつか終わりが来ますよね」っていううりちゃんのMCは去年聞いたのか今年だったか。仏教用語でいえば諸行無常の世界をアコーディオンと一緒に歌っているのがうりちゃんだな。そういえば、『ホロホロ』にも「恋する自転車」という歌があったけど、それも「真っ赤な自転車」だったのだろうか。演奏後半に珍しくうりちゃんのスキャットが入るが、これがなかなかいい。ジャズのスキャットとも違う、素直なスキャット。しいて言えばボサノバチック。

 「ニュー・アルバムの曲をたくさんやってますが、次の曲はアルバム・タイトルにもなった『よいよいまほろば』って曲です。これは新潟のお祭り、花火大会を見に行ったときの思い出の歌です。」と言いながらアコーディオンが奏でられ歌い始めたのが「よいよいまほろば」。「かえろかな、かえろうよ」というフレーズが繰り返され耳に残る。そして最後の歌詞では「いかないで、いかないで」と歌われる。新潟の、いや日本中どこでもいいが花火大会、夏祭りの始まりから終わりまでの情景。ここでも楽しさと寂しさという矛盾した感情が、素直に同居している、これなんだよな、中山うりの真骨頂は。二律背反するものをアウフヘーベンする詩的構成力、それを自然な感情として聴いているものに、そういう体験はしていないかもしれないが、いや間違いなくそういうことがあったと思わせる、既視感を自然に作り上げ共鳴させる能力が彼女の才能だ。あ、痛い、慣れねーこと言ったもんで舌をかんでしまった。その手の批評は専門家に任せておけばいいか。オレたちゃ聴き手のプロであって、決して評論家じゃないんだ。「極楽も天国もどこにもないよ。だけどもう一度うまれるなら、この世がいいな」、泣かせるフレーズだ。

 「では新曲です。『さらば、すばらしき世界』という曲です」。え、ちょっと待って、オルダス・ハックスレーの小説のタイトルちゃうか。と、一瞬パニくったが、まさかうりちゃんがディストピア小説である『素晴らしき新世界』の歌を作るとは思えない。ま、タイトルは似てるけど別人28号だと思う。ドラムのカウントから入るミディアム・テンポの曲でちょっと小粋なシャンソンぽい感じの歌。ドラムもちょっと不思議な叩き方をしていたし、うりちゃんのアコーディオンはいつもと同じなんだけど、ギターがボトルネックを弾いてなんというか郷愁を誘う。うむ、中山うりの新境地ではないか。歌詞に「人生がもう一度あれば」とか、気になるフレーズがいくつかあったが、サビの「さらばすばらしき世界よ」のメロディが心に染みた。

 「次の曲で少し休憩を挟みたいと思います。1部最後の曲は『モシモシーソー』という曲なんですけど、少し前まで朝、教育テレビで流れていた曲で、まあ、何でも比べてみようよという不思議な歌なんですけど。えー、行きましょう」。そういえば、うりちゃんの歌は前もNHKの番組で使われていたっけ。去年も『ブラタモリ』が終わったと思ったら突然、うりちゃんの「まさかさかさか」が流れてきて驚いたことがあった。今回の曲はEテレが平日の朝7時から放送している番組で子供たちをシャキーンと目覚めさせて楽しい1日のスタートを切らせる目的で作られている番組の5月のテーマだった。その教養娯楽番組名は『シャキーン!』。ま、子供は目ざめの音に聞こえるかもしれんが、汚濁にまみれた中高年パンク(オレだよ、オレ)には『借金』としか聞こえない番組名だが、うりちゃんの歌を選んだのはエライ。Facebookでもうりちゃんが、この曲がテレビで流れるとアナウンスしていたが、朝のその時間は布団でぐずぐずしているので結局リアルタイムで聴けなかった。そういう意味では僕にとっての新曲でもある。この曲も、しかし、今までのうりちゃんとちょっと違うイメージがある。うん、中山うり、いよいよ次のアルバムで新境地を開拓するな、と確信したところで第一部のライブは終了したのであった。第二部もカミング・スーンであることを心ある中山うりファンの皆様に約束します。

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