準夜勤が終わって



家に帰ってシャワーを浴びて、お休み前のひと時。今夜は、珍しく忙しくててんてこ舞いだったな、などと振り返るとそこには夕焼けがありました。などと、エンケンが闘病生活をしていると知ってから、何故か友部の一本道が頭から離れない。多分、動画でみた友部の歌とエンケンのハモニカの一本道が残ってるのだろう。

それはさておき、昼間、コンビニの本棚でPOPEYEを見つけた。植草甚一が責任編集していたWONDERLANDが、確か商標権の関係で、雑誌の名前として使えなくなり、新しく付けた名前がPOPEYEだった。ほう、ポパイという名前はポップアイと書くのか、こりゃ勉強になった、などと納得するのはシティ・サーファーてか、シティ・ボーイを気取るカスばかり。心ある人たちは今後のJJ氏は大丈夫か、キナメリが好き勝手する雑誌についていけるのかと心配していたが、案の定、昔のWONDERLANDとは別人28号のマガジンになった。

と、ここまで書いてとんでもない勘違いに気がついた。POPEYEとWONDERLANDは、別人28号であたり前田のクラッカーだ。WONDERLANDは宝島になった。POPEYEとは関係無い(笑)。何故、このような間違いをしたかというと、そもそもオレの回りでPOPEYEなぞ読んでる奴は、学生大会にも参加しないし、大衆団交にも出て来ない、クソッタレのアーパー・陸サーファーばかりだったからだ。

オレたちが、大学の移転問題を追及している時に、ギャランのFTOなんかに乗ってチャンネーをコマしてる奴ばかり。そのくせ、こっちが頑張って勝ち取ったレポート切り替えに便乗して、さっさと卒業して就職したらバブルで踊りまくりやがって。禍福は糾える縄の如しというぞ、バカヤロー。と、オレは何に怒っているのかよく分からなくなった準夜勤の夜だった。

※追記~拙blogになじみのない方がマジに取って、ワタクシを福祉関係のロードー者と思われるといけないのでエクスキューズ。週末の店番のときに午前2時まで仕事ってこともあって、今回はサヒカブイの2時まで勤務だった訳。それをまあ、準夜勤と呼んでもいいじゃないか、人間だもの。しかし、POPEYEの創刊号、76年に発売になったやつ読んでみたけど、マジくそつまらん。アメリカ万歳、カリフォルニア万歳のオンパレード。ハングライダーやスケボーの特集、解説。ジョギングなんて言葉が市民権を持ち始めたのはこの頃からなんだな。快適に走れるようにスニーカーの特集もあった。こんな雑誌読んでた自称シティボーイズがいまやオヤジになって、この国を動かそうとしている。アメリカ万歳の国を作るために。ああ胸糞悪い。寝よ。




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コメント

スケボー

そういえば流行ってましたね。当時、アメリカのテレビドラマが良く放送されてて、「チャーリーズエンジェル」とか「バイオミックジェミー」とか見てました。その同時期にやっぱりテレビの人で日本でも人気があったクリスティ・マクニコルというアイドル女優がいたのですが、よくスケボーをしている画像があって、相当アメリカでは流行りなのだなあ、と思っていました。レイフ・ギャレットというアイドルがスケボーしながらポテトチップ食べるCMもあったなあ。ですが、自分ではあまりやる気がなくって、ローラーゲームをたまに見てたからローラースケートはしたけど、それもそんなにやらなかったですね。

>ポパイ

姉妹紙のオリーブはカタログ雑誌のような「JJ」などに対するカウンター雑誌で、かつての「オリーブ少女」はその後「サブカル系」になり・・・、と随分道を違えたのですね。

「ホットドッグプレス」なんてのもあったなあ、と回顧ムードに。

レイフ・ギャレット(笑)

いましたな。アメリカのヒカルゲンジみたいな兄ちゃん。♪アイ、キープオンダンシシン~とか何とか歌ってました。ローラー・ゲームといえば東京ボンバーズの佐々木陽子さんですね。彼女は強かった。プロレス的な要素が強かったけど、結構テレビで見るのが楽しみでした。

ホットドッグプレスってのありましたね、もうPOPEYEの完全二番煎じ。廃刊も早かった気がしますが、いつまで続いたんですかね。そのほかにもサーファー雑誌のFineなんてのもあったが、金を出して買った記憶はありません。当たり前か(笑)。
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