今日はシングル・ディ



たまには昔のシングルをかけようと、自宅にあったシングル盤を何枚か持って来た。1発目はPOPSONG 'S FACTORYの
「my pops」。気持ちの良いシンセと天高く響く女性ボーカルが何とも言えず気持ちが良い。京都の、今でいうインディーズ・レーベルであるpillboxからリリースされた。学生時代の最後の年に、彼らの仕事を少し手伝うことがあった。

京都駅近くだったか、もっと南の方だったか、一軒家に2組のカップルが同棲していて、そこが事務所だった。リーダーだった男とサブ・リーダーだった男が仲違いして、今後の方向性に煮詰まったときに、何故か僕が呼ばれ、これからの仕事を一緒にやってくれとリーダーの男に言われた。ミニコミよりも新聞(インディアン・パーパーで、誰でも気軽に手に取れるようなものとか具体的だった)を作りたいとか、まだ無名のバンドを見つけてプロデュースしたいとか、イベントをやりたいとか野望を持っており、僕自身もちょうどパンタのインタビューをしたのは良いけど、発表する場所が無かったので彼の話に乗った。

パンタのインタビューのテープを起こして、そこに自分の考えを書いた原稿を作って持って行ったら『ロッキンFの記事みたいだ』と言われ、ちょっとだけ気を悪くしたので、その原稿は渡さなかった。その後も、何度か企画会議には参加してこのイベント集団の方向性を決める手伝いはしたが、僕が田舎に帰ることになり関係は終わった。

いや、それから数十年後に彼らと関係のある出来事があった。ある企画会議のときに、今、関西で一番面白いバンドはどこだという話になり、僕は町田の率いるINUのライブが最高だと話した。リーダーの男は、あまり興味を示さなかった。僕は大学のイベントでINUの演奏をライン録音していたので、そのカセットテープをリーダーに貸した。そのテープを聴いてから、リーダーの意見は変わった。このバンドを自分達で何とかしたいと言い出した。

もっとも、結果的には何ともならずINUはメジャー・デビューするのだが、その時、彼に貸したカセットテープは帰って来なかった。マスターだったので、一番音がクリアに録音されていたのだが。

そして、ほんの数年前のことだ。僕がYOU TUBEで、その音源を見つけたのは。同志社大学EVE祭のライブ音源とタイトルされた、その音声動画は間違いなく、僕が彼に貸したテープのものだ(と、思う。100パーセントの確信は無いが、まず間違い無い)。僕はすぐに、その動画にコメントした。レスは無かった。もしかしたら、あのときのテープをリーダーが誰かに譲って、それが流れ流れてYOUTUBEにアップされたかもしれないが、真相は闇の中だ。

ここまで書いたら、予約が入った。続きはまた。




iPhoneから送信
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

プロフィール

drac ob

Author:drac ob
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

QRコード

QR

鳩時計

フリーエリア

ブログ内検索