帰ってきた過去への旅路 その4 覚馬のタタリか異変が起こるもライブ当日へ

 さあ、エンジンがかかってきたぞ。話はこれからだ(と、6月1日のエントリーをアップした時は確かにそう思っていたんだ。ウソじゃない、信じてくれ、とオレは誰に言い訳しているのか。多分自分自身の良心様にだろう)。出町の王将で大衆食堂について考察を終えて、支払いを済ませて出たら周囲は暗かった。桝形通のネオンがきれいだったのと河原町今出川を東西南北に流れる車両のヘッドライトの数は、学生時代と変わらない。いや、もっと走る車の数が多くなり、学生時代の頃より通りが明るくなっていたかもしれない。午前中に大阪から京都に移動して、エイデンで修学院まで行って散策したので、体力的にはちょっとしんどかった。本当はもう少し今出川周辺をうろつきたかったが、いい加減疲れたのでいったんホテルに帰って休憩しようと考えた。出町から三条河原町までなので、タクシーで行っても良かったが、久しぶりの京都の町を眺めていたかったので市バスにするつもりだった。しかし出町柳駅を見て気持ちが変わった。昔は京福電鉄が細々と経営していた駅だったが、今は京阪がオーナーなのでここから三条まで京阪電車が走っている。この路線は学生時代にはなかったので、こっちに乗っていくことにした。修学院方面に行く出町柳駅と交差点を挟んで対角線上にも出町柳駅があり、こちらが三条まで地下を通って電車が走っているようだった。駅への階段を下りていくと、壁にやたら豪華な絵巻物のレプリカが飾ってあった。大学を6年通って中退するような無学な人間なので、絢爛豪華なのはわかるがいったい誰が描いた何という作品かさっぱりわからない。何やら雅な方たちが牛車などに乗ってデモをして、いや行進している絵だが、何なんだいったいと思いつつ階段を下りた。

京阪地下_convert_20150908181317

 京阪電車は軽快に走って、あっという間に三条の駅に着いた。駅を出て大橋を渡っていけばホテルなのだが、橋の交差点まで来て何気なく振り返るとブコフの看板が見えた。え、こんなところにフルモトがあったのかと戻ってみると、京阪三条の駅ビル内にブックオフ京都店が入っていた。こりゃ寄り道しない手はないと店内に入る。1階の書籍売り場をうろつくが、これと言ってほしいものはない。ケストナーの『エーミールと探偵たち』のハードカバーが比較的きれいな状態で100円(税別)で置いてあった。手に取ってパラパラ見て、そういえばこのケストナーの本や『名探偵カッレ君』なんかを読んだのは中1の頃だったよな、などと過去への旅路その中学編に突入しそうになりやめる。結局買わなかったが、いまになってみると買っておけばよかったと後悔している。本とレコード(CD)は一期一会だと、以前いせやのキーホルダーをくれた狸さんの名言を思い出す。本はめぼしいものがなかったがCDはどうだ、京都のくされ学生どもが目先の金欲しさにお宝をウリに来ていないか、え、どうだ、艱難汝を玉にすというが貧乏は人間を堕落させるぞ、お、このやろ、などと誰に対して怒っているか良く分からないが、CDのコーナーを探すが見当たらない。何、京都のブコフは本しか売らんのか、そうか、CDを売るなどというよこしまな奴はいないのか、いやそんなことはない、どこかに隠しているはずだ、さっさと出せこの野郎と再度怒りに目がくらんでいたら、2階にCDコーナーがあると案内板が出ていた。

大橋近くの弥次喜多_convert_20150908181153

 ま、そりゃそうだ、本とCDがあってこそのフルモトだと一人納得しながら階段を上がった。さすがに学生の町のブコフだけに品ぞろえがいい。ロックもジャズもブルースも、それぞれコーナーに分類されて、まずまずの量を誇っている。せっかくの京都旅行だし、記念になるアルバムはないか、自主製作盤とかないかと探すが、昼間の疲れもあったのかこれだというものを見つけられない。集中力も途切れてきた。さらに、オレはわざわざ京都まで来て何が悲しゅうてブコフの店内をうろついているんだ、もう少し先に行けば三条、ちょっと下がって四条河原町は恋の町じゃないか、そうやそうや、こんな辛気臭い店は出てさっさと浮かれ街に行こうや兄ちゃん、と我が下心行動委員会は緊急動議を出している。よっしゃ、異議なしや、ダウンタウンに繰り出そうやないか、花のウィークエンドや、とブコフを飛び出し、とりあえずホテルに向かった。

 ホテルに戻り、荷物を置いて本日2度目のお風呂に入り汗を流した。できればそのままビールでも飲んで寝てしまいたかったが、数年ぶりの京都、しかも今回は三条河原町という浮かれ街のど真ん中。さらに本日は土曜日。仕事に疲れたおねいさんが寂しさ紛らわしに街に出たけど、何にもいいことがなくて寂しく通りのカップルを眺めている、などという状況に立ち会えるかもしれない。あいむ・るっきんぐ・ふぉー・あ・はーと・おぶ・さたでぃないと、ちゅうやつや。というわけで善は急げとばかり、服を着替えて街に出かけた。おっとその前にジュンク堂で購入予定だった本を買いに行ったんだっけ。昼間、目星をつけていた本をかごに入れて、他に面白そうな本はないかと探したが、時間が気になって集中できず、結局購入したのは、山口富士夫の『村八分』、木村充揮の『木村充揮自伝』(この本を出したときは憂歌団の再結成がどうなるかわからないと書いてあったが、それからすぐにドラムの島田が亡くなり再結成されたのは何とも言えない感じ)、山下洋輔の『ドファララ門』(ドバラダも面白かったが、ドファララもめちゃ面白い)、音楽関係以外で呉智英×適采収の『愚民文明の暴走』の4冊。結構な重さもありオマケにCDやDVDがついているので宅急便で送ることは昼間に決めていた。大急ぎでホテルに戻り本をしまって、宅急便のシステムを尋ねたら送るものの量に応じて段ボールがあるので気軽にフロントに声をかけてくださいと言われ一安心。四条に向けての足取りは軽かった。

 しかし、河原町通りに出て驚いたのはその人出の多さ。いや、もちろん学生時代に数多くうろついたが、その当時はたいてい誰か友人や先輩、後輩などと一緒で徒党を組んでいたからそれほど感じなかったんだろうが、たった一人で三条から四条まで歩いているとひしひしと孤独感を感じる。六曜社でコーヒーを飲んで落ち着こうかと思ったが、そんなことをしていると時間がどんどん過ぎていく。やるべきことはなかったか、そうだ、まだ京都土産を買ってなかったと思い、高島屋に向かった。四条河原町の信号が青になり、人のかたまりが南に動く。その波に乗って高島屋の入り口に行ったが、なんとなく様子がおかしい。省エネの関係だろうか、妙に照明が暗い。気にせず中に入ると、ホテルのベルボーイみたいな父つぁんが両手を広げてこういった。「お客様、当店は20時で閉店でございます。明日のご来店をお待ちしています」。なに、もう閉店か、こんなことだからデパート業界は斜陽になるんだ。コンビニを見ろ、24時間いつもニコニコ通常開店だろうが、え、うちの田舎のデパートでも夜は9時までやってるぞ。みやこのデパートだからとえばってるんと違うか、この、石投げたろか、と心の底で思ったが、最近とんと人間が丸くなったので「あ、ほんまでっか」と言って踵を返した。

 またもや四条河原町の交差点で信号が変わるのを待ち、青になったら今度は来た方とは反対に歩き出した。通り沿いにこじゃれた店舗がたくさんあり、中に入って商品を眺めるが家族関係や職場関係に買って帰るのもいまいちな感じで、早い話がわかいもん向きなので購買意欲がわかない。やはり京都に来たら、そこでしか買えない時代を感じさせるものがいいだろうと和菓子屋を探して寛永堂で黒豆茶羊羹と黒豆茶などを購入。お店には女性スタッフが一人しかおらず、僕が物色している間に別なお客さんが来て注文。僕はそのあとに注文したが、何しろたった一人で包装から支払い、さらにはお茶出しまでしているので時間がかかる。まあ慌ててもしょうがないので、出された黒豆茶を飲みながらのんびり待った。代金を払って商品を受け取ると結構かさばる。もういい加減疲れたので、寝酒とつまみをコンビニで買ってホテルに戻ることにした。ホテルに戻ってまずは荷物を宅急便で送ることにして、フロントに行った。なんとフロントのスタッフはロイクでクリビツ。いや、黒人だったのでちょっと驚いたが、流ちょうな日本語で接客し、適当な大きさの段ボールと送り状を出してくれた。部屋に戻って本と先ほど買ったお土産と、洗濯物などをビニールの袋に分けてそのまま段ボールに詰め込んだ。送り状も書いてフロントに持っていくとさっきのロイクが笑顔で受け付けた。あ、まずい、漢字読めるだろうかと心配したが、全くノープロブレム。送り先を確認し、伝票もしっかりかいて受付終了。しかし、オレが外国でもしホテルのフロントの仕事をするとしたら、彼のような応対が出来るだろうかと考えて、すぐに否定。できん、できんしそういう仕事をする可能性はゼロに等しいから考えないという結論に達した。

 部屋に戻って新聞を眺めテレビ欄を見ると『新ナニワ金融道』をやっていることが分かった。買ってきた缶チューハイを開けながら、テレビを見る。青木雄二の『ナニワ金融道』を初めて読んだときは驚いた。いや、絵の下手さ、もとい、個性的な作画もだが、題材のえげつなさと、そのあまりの生々しさにだ。しかし、お金に関する様々な人間の本音がマンガに出ていて結局全巻揃えてしまった。個人的には地上げ屋の肉欲棒太郎と大阪府警から出向で来た都沢というキャラが印象に残っている。京都のしゃれたホテルのツインルームで缶チューハイ飲みながらナニ金のTVドラマ見るのも乙なもんやんけと叫んでみてもむなしい。むなしいついでにドラマも演技上手な役者がたくさん出ているが、なんといっても主人公の灰原がSMAPの中居君なので、いまいち迫力不足。それでも、不動産契約の盲点を突いた話は面白かった。特にライバル金融会社の社長役をやったユースケ・サンタマリアの熱演は印象に残った。ところで僕はユースケ・サンタマリアと筧利夫の見分け方が良く分からない。実は少し前まで同一人物だと思っていた。筧利夫が芸名を変えたとおもっていたのだ。まあそれはどうでもいいが、やはり1日移動ばかりで疲れていたのか、テレビが終わると同時にぐっすり眠っていた。

三条のホテル室内_convert_20150908181341

 翌朝は8時にセットしていたモーニングコールが鳴る前に目が覚めた。一瞬、自分がどこにいるかわからず混乱した。そもそも、ツインの部屋に何故オレはいるのだと考えて、京都のホテルにいると分かるまで数秒かかった。カーテンを開けて外を見たが、南向きの窓から見えたのは周囲のビルの屋上くらいで、殺風景この上ない。起き抜けにシャワーを浴びて、その足で朝食のバイキングに行こうとしたら、ドアの隙間に新聞が入っているのに目が入った。そういえばチェックインの時に新聞は何がいいかと聴かれ、せっかく京都に来たからと思い京都新聞を頼んでいたのだ。新聞を小脇に抱えてホテルのレストランに向かった。今日の気分は和食だったので、お味噌汁とノリと卵、そしてご飯に鮭という鉄板を選んで食事する。新聞を読みながら朝ご飯を食べていると、幸せな気分になってくる。もっとも新聞記事にはIS国の話とか、凄惨なニュースばかりで気が重かったが。今日の予定は電車で大阪に戻り、サークルの同級だったH姉さんとデューク先輩、そして後輩の鳥肌君と一緒にSoul Food Caféのライブを見ることにしていた。そうそう、そのライブに花の75年度生のThis Boyさんも合流する。しかし、なんといっても今回のツアーの目的だったPurple_Hazeさんのライブを見ることこそが、本日の一大事業。普段は食べない朝飯も二杯目はおかゆにして腹に入れて万全の態勢でホテルを出た。三条河原町のホテルから大阪まで行くのは、京阪が一番近くて便利だと思う。だと思うが、その昔、学生時代に京阪は貧乏くさいというイメージが刷り込まれていて、それも電車にテレビがついているといういかにも田舎モン的発想が嫌いで、ほとんど乗ったことはない。また京阪は遅いというイメージもあり、このあたりは多分に誤解だと思うがいったん刷り込まれた印象はなかなか消えない。結局、来た時と同じく地下鉄で京都駅に行きJRで大阪駅まで行くことにした。

地下鉄東西線_convert_20150908181127

 ホテルを出て地下鉄乗り場に歩いていくと、山本覚馬と八重が住んでいた屋敷の跡という目印があった。同志社に務めているK君に聴いたら、やはりあのテレビ番組以来その手の看板や観光名所が増えたらしい。せっかくなので写真を撮った。しかし、このことが後ほど恐ろしい祟りになるとはその時は全く考えてなかった。京都市役所前から地下鉄に乗り、途中乗り換えて京都駅に来た。あとは新快速で30分もしないで大阪に着く。H姉さんには大体の到着時間をメールしておいたら、迎えに来てくれるという。ありがたい、京都の街は全く変わっていないが、大阪は全く変わっていて地名だけ言われても合流する自信がないのだ。日曜の午前中なのに、いや日曜の午前中だからか、電車は混んでいて大阪までたちっぱなしだった。もっとも今日大阪のどこかで資格試験を受験する女子高生の団体が乗ってきて、いやそれは賑やかに話をするので退屈しなかった。あ、もちろん変な目で見ていたわけではない。これはワタクシの名誉として、いや、そりゃ多少はそういう、いえいえ、大阪府条例に違反するような、ハシシタにしばかれるような、あ、府知事だからマツイのほうか、あの辺は誤爆しても苦しゅうない。えーと、なんの話をしていたのか、そうそう電車は大勢の乗客を乗せ大阪駅に着いた。電車を降りて改札を済ませてしまうと合流が大変だと思い、その場からH姉さんにメールした。ん、送れない、もう一度メールした。やはり送れない。おかしい、ついさっきまであちこちにメール出来たのに、駅構内で電波が妨害されることがあるのだろうか。仕方ないので電話した。電話したが呼び出し音が鳴らない。何故だ、どうした、オレのiPhone。いったい何が起こったのだ。その時ふと頭に浮かんだのが山本覚馬の名前だった。ああ、オレは同志社中退なのに、偉そうに山本覚馬の写真を撮ってFBなどに軽薄にもアップした。そのことを知った山本覚馬が『ぬしは会津魂を分かっておらん、勉学を中途で投げ出すとは男子の風上にも置けん』と激怒してオレのiPhoneを動かないようにしたんじゃないか。まずい、電話番号などすべての情報はiPhoneにインプットしているのに、使えないとなると公衆電話から連絡することもできない、どうしたらいいと焦っていたら電話が鳴った。

祟りの覚馬_convert_20150908181008

 H姉さんからで、今いる場所を説明したら動かないでいれば10分以内に行けるとのことだった。ありがたかった。しかし、そのあともメール機能が使えない。エラー原因を調べていたら設定がどうのとか出てくる。いや、設定なんかいじってないぞ、どうなってるんだと、それでも通話ができたので少し安心していた。ぽんと肩をたたかれ振り向くとH姉さんがいた。何年か前に30数年ぶりに会ったがその時と印象が変わらない。極端に言うと学生時代のイメージともあまり変わっていない。久しぶりの再会を祝って立ち話をしたが、目的地のライブハウスはここから電車で少しのところだと言われ、一緒に目的地に向かう電車の乗り場に移動した。環状線に乗って福島という駅で降りた。僕は旅行用の荷物を持っていて駅を出たらコインロッカーに預けるつもりだった。改札を出てあちこち探したが見当たらない。H姉さんが駅員に尋ねたら、構内にあると言われ焦る。しかし、さすがは大阪のオバちゃん(失礼)、「コインロッカーに荷物預けるだけやからええやろ」といって構内に逆戻り。無事荷物も預けて身軽になった。そうそう、デューク先輩ももうすぐ駅に着く電話があったので、しばし待ちぼうけ。前回の旅行の時はジャニズ・ジョップリンの派手なTシャツにサングラス、手には「熱烈歓迎」のポスターを持って出迎えてくれたが、今回はいたって地味な登場。それでも3人で並んで歩くなんていうのは学生時代のコンパの時以来なので、昔の話や近況などおしゃべりしながら歩くのは楽しかった。

ライブハウス_convert_20150908181410

 時間はまだ早かったが、場所の確認をしておきたかったのと昼食がまだだったので、できればそのライブハウスで何か簡単に食べれるものがあればと思っていたが、そう甘くはなかった。目的地のライブハウスまでは駅から歩いて5分もかからなかったが、リハーサル中のため中には入れず。開場までまだ1時間近くあったので、どこかでお茶でもしようと歩いたが、あいにくの日曜日で飲食店はしまっている。少し歩いたところにコンビニがあったので、そこでコーヒーを買ってベンチで日向ぼっこしながら雑談の続き。H姉さんはお兄さんが経営する司法書士事務所の仕事をしているのだが、そこに出入りする人から僕のblogやPurple_Hazeさんのblogを知ったらしい。どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます。あなたの情報提供のおかげで30年以上音信不通だった同級生と再会できたし、今日はPurple_Hazeさんのライブも見られる。しかし、突然、H姉さんからメールが来たときは驚いたが、そのようないきさつがあったわけか。その時の世間話で笑ったのは、H姉さんの職場に若い女性が出入りしていて、その子も同志社出身ということが分かった。「え、姉さん何学部でしたん?」と聴かれ「文学部の新聞学科」と答えたら、「え、新聞学科、そんなんありまへんえ。わかったほんまは同志社ちゃうん違います」と信じてもらえなかったらしい。その彼女は社会学部社会福祉学科のご出身だとか。その話を聴いて僕とデューク先輩は、「オレたちの頃は社会福祉学科は文学部で一番偏差値が低い学科だったよな。アホの社福と言ってよくF田をからかったけど、今は福祉業界はウハウハ。もしたしたらF田は先見の明があったのかもしれん」などと聴く人が聴いたら大変失礼なことを話していた。1月の弱い太陽の光を浴びて、コンビニの前のベンチでの雑談はとりとめもなく永遠に続きそうだったが、鳥肌君の電話でライブハウスにかなり大勢集まっているので早く来ないとまずいと連絡が入った。

 急いで、来た道を引き返すと反対側から同年代の男女が複数歩いてくる。服装などからライブに行く人だと思われる。ライブハウスは地下にあるのだが、地上から地下に入る通路は既に人でいっぱいだった。鳥肌君とも合流し急いで行列に並んだ。鳥肌君は79年度生なので、74年度生だったデューク先輩や75年度生だったH姉さんとはあまり面識がない。もっとも一昨日の呑み会に鳥肌君もH姉さんも参加していたので、全くの初対面ではない。こういう時に便利なのは大学を8年行って中退した、先ほどアホの社福とからかわれたF田君の話題だ。彼の過去の行動やつい最近入手した彼の近況などを話していると場が持つ。場が持つどころか終わらない。あいつはこういうやつだったとか、こんなことをしたとか、まあ誰からも愛される性格というのは彼のような人のことだろう(大嘘)。そんなこんなで話をしていたら、Purple_Hazeさんが階段を上がってきた。今回のライブに来てくれた人たち、おそらく学生時代のバンド仲間がほとんどだろうが、そういう人たちと会話したり握手したり楽しそうだ。実は僕は彼と会うのは初めてで、一緒にいたデューク先輩も鳥肌君も初対面。面識があるのは同じゼミだったH姉さんだけ。しかし、今回の旅行でつくづく感じたのは実際に会ったことがない人もWebで写真を見たり話を読んだりしていると、既視感が出来てしまい初対面という感じがしない。最初から親しく話が出来る。ある面、初々しさがないような気もするが、それはそれでいいだろう。階段を上がってきたPurple_Hazeさんに声をかけて固く握手。「わざわざ遠いところありがとう」と言われ、気持ちが熱くなる。しかし、お客さんの列は途絶えない。時間が来て開場だと言われるが、行列が進まない。やっとの思いで会場に入ったら座席で70名入れる大きめのライブハウスなのにほとんど満杯。何とか椅子を確保して、僕たちDRACのOB連中は1列縦隊に近い形で座る。昼飯を食べていないので缶ビールがおなかにしみる。iPhoneが突然鳴り響く。This Boyさんからで、いま会場に着いたからちょっと出てこないかと誘われたが、いったん席を離れると座れなくなると思い会場で待っていると伝えた。お客さんは次々入ってくる。トイレに行くのも一大事という感じ。あとで聴いたら100人以上の来店だったらしい。

But+Holiday_convert_20150908181450.jpg

 オープニングは対バンのBut Holiday Brothers。ボーカルの雰囲気が西岡たかしに似ている。ギター2本、キーボード2台、ベース、ドラムにコーラスという結構大所帯。サウンドはめんたんぴんとかザ・バンドとかああいう乾いた感じのオリジナルだけ演奏するバンドだった。Purple_Hazeさんのバンドのギターとキーボードもメンバーに入っていて、あとの方ではボーカルも参加して大セッションという感じだった。彼らの演奏が終わり、少し休憩時間のあと、Purple_Hazeさんのバンド、Soul Food Cafeの演奏が始まった。こちらはすべてカバーでテーマは「カラオケで歌えるソウルナンバー(笑)」。いや、驚きました。Purple_Hazeさんも学生時代8.8Rock Dayでブイブイ言わせて、その後はセミプロのバンド活動をしていたが、なんの何の、いいギターを聴かせてくれました。ライブレポートを書くつもりだったけど、それはご本人の書いたものを見てもらうのが一番。ここにリンクを貼っておきます。

Soul+Food+Cafe_convert_20150908181520.jpg

 ライブもあっという間に終わり、H姉さんも鳥肌君も用があるから帰ると言ってその場を去った。ライブのあとで打ち上げするから、時間のある人は残っていてくださいとアナウンスがあったので、デューク先輩と2人残った。周りはライラックの関係者ばかりで、ちょっと居心地が悪かったが、そこに岐阜から応援にやってきたThis Boyさんが合流して話を盛り上げてくれた。僕は学生時代に彼がバイトしていた銀閣寺のサーカス&サーカスにしょっちゅう出入りしていたので、なんとなく彼のことは覚えていたが、彼は当然たくさん来る客の中の1人なので覚えていない。それでもサーカスで一緒にバイトしていたS戸君のことや、学生時代のよもやま話で大いに盛り上がった。一番受けたのはデューク中島先輩のハンドルネームの言われ。てっきり中島さんという人だと思い込んでいたらしいが、先輩のデュークは学生会館の裏側にあった喫茶店の名前から、そして中島は貧乏学生の味方、中島食堂から取ったと説明したら大うけ。僕はカメラを持っていたので、3人の写真を近くの人にお願いした。そうしている間にPurple_Hazeさんが加わった。演奏直後で、しかも今日の最終の飛行機で東京に帰るというハードスケジュールのせいか、疲れていたがしばし話の輪が広がる。よく考えたら花の75年度生の初めての合流である。その全員とバンドのギターを弾いていた黒川さんも一緒に写真を撮った。撮ってくれたのはBut Holiday Brothersで買ったばかりのギターを弾いていたおねいさんだった。Purple_Hazeさんが帰ってしまい、This Boyさんも本人の連れのグループに合流してしまい、またデューク先輩と二人だけになった。そうそう、Soul Food Caféのキーボードを弾いていたJやんが話しかけてくれたこともあったが、もう周囲に知った人はいなかったのでライブハウスを出た。実はこの時にN部君も来ていたらしいが、残念ながら分からなかった。後日のFBで、「えー、いたんや、なんや会いたかったな」的な会話をしたがイッツ・トゥ-・レイト。

 淀屋橋のホテルに荷物を置き、晩飯をデューク先輩と一緒に焼き鳥屋に行った。デューク先輩はお酒を飲まないのだが、同郷の後輩が来たということで日曜の夜わざわざ時間を作ってくれたのだ。積もる話はたくさんあるのだが、二人だけになって、しかも明日は帰ることになっているので気分はあまり盛り上がらず、お互いの近況や共通の知人の話などを淡々とした。また近いうちに関西に来ます、その時は必ずF田も入れて一緒に盛り上がりましょうと約束して一人ホテルに帰った。ホテルに帰り、シャワーを浴びてテレビのスイッチをつけたら、『鎌田行進曲』をやっていた。学生時代夢中で読んだつかこうへいの作品だ。ああ、今回の旅も終わったなとなんとなく思った。

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コメント

長文のエントリーお疲れ様でした

(1)あの頃でも かなり 中華圏、欧米豪の観光客を見られたと思いますが、その後 他のアジア、東欧、南米、アフリカやら 更に増えた感じです。京都、奈良中心部か ら離れた 鞍馬寺、大原、長谷寺とかでも 見かけますね。更に 書かれてるように 観光客だけでなく、飲食店店員や 会社でも 外国人が働いてます。東南アジア航路の 船会社は 中国人や韓国人のスタッフ。私の職場の出荷のバイトは ほとんど中国人で す。中国人同士で仕事の話する時でも 日本語で会話してくれと言うことに しており ます。王将でバイトしている中国人からしたら 王将のデタラメ中国語風用語って 馬 鹿馬鹿しいだろうね。 (2)私がマーケティングした限りでは、寺町京極に中古レコ ード屋は あるものの 在庫のほとんどが クラブDJが使う ダンス系で 洋楽(ほ とんど80年代)、ジャズは 箱6つ分位です。同じく寺町京極に CD屋も有るけど パンクと言うよりHARD COREとジャズが少しです。京都市役所の西側に 中 古本とレコードを少し置いてる店が有りました。あまり多くはないけど 趣味的には まあまあかな。その更に西がプー横丁です。 (3)ドラコブさんが リンドグレーン 「名探偵カッレ君」を読まれたきっかけは おそらく 舞台を日本に翻案した NHK ドラマ「名探偵カッチン」が きっかけでしょうね。昭和42年頃の放映だったと思い ますから 中1で ご覧になられて 原作に興味を持たれたかと 推察されます。相手 役の平野文は よくおぼえてますが、主役カッチン役の少年の顔は もう忘れてます。 坊主頭だったっけ? (4)D大の 新聞が消えて 当時最下層の社福が残るとは ボ ブ・ディラン「時代は変わる」の歌詞そのままですな。納得できないけど(笑)。 ( 5)主役のPさんや H小姐、砂糖山さんと ゆっくり話出来なかったのが 心残り( by細川たかし)です。でもTHIS BOYさんにお会いできて こちらも 嬉しかったです 。せっかく来られるのなら ジュン・サンダースこと 半分弱じゃない范文雀のサイン を持って来ていただきたかったです。弘田三枝子のサイン+あべ静江のサインの2:1 の交換トレードで どうですか?(笑)。

お久しぶりの青春大河ドラマ楽しく拝読しました

今年の大河ドラマは長州なのでけったくそ悪いと思い見たことありません。朝ドラもあほらしい。NHKどうなっている。責任者・・・。

ではデュークさんの真似をし、外部者ですが、感想をば・・・。

1)絵→葵祭では
2)外国人→ハウステンボス行った時、韓国人に案内してもらいました。東京のコンビニ、スーパー店員は外国人多いですね。愛知あたりに行くとブラジル人が多くなります。浜松越えるとそうなる。ちなみに大東京のデパートも20時閉店です。
3)学部の歴史→そういや伯父の出た○×工業高校繊維工学科は今はないなあ。伯父さん出た当時「糸偏景気」で、繊維王国のわが故郷は栄えていた。
4)ところで、私7月に数十年ぶりで京都に行きました。いったい何回忌やねんという祖母の納骨にようやく重い重い腰を上げて皆で東本願寺に行ったのです。思いのほか楽しい旅で、婆ちゃんありがとう、と思いました。実はD大の最寄駅から和菓子屋など行く際に、駅付近の昭和な喫茶店の前通った時に「あれ、これDracさん書いてたとこかな」と思い、帰宅後、過去ログ拝見したらビンゴでした。

デューク先輩、Walker-brosさん、

すいません。コメント返しは、しばしお待ちを。先週は健康診断でバリウム飲んだら、七転八倒の病院通い。さらに土日は昔の会社仲間とキャンプして、気が付いたら角瓶が1本空いてしまったという体たらく。体調管理して、しっかり書きますのでもう少しお待ちを。

デューク先輩へ

「名探偵カッチン」って、完全に記憶の外でしたが思い出しました。確か新聞でこのドラマの説明があったことと、中学生の愛読書中1コース(注さんになると蛍雪時代に転向しましたが、笑)に案内があったので図書館で借りて読みました。一番最初のシーンがハンカチに着いた液体が血液であることをカッレ君が虫眼鏡を見て確信するのですが、実はそれは本人の鼻血という落ちで、中学生ながらこれはあかんなと思いました。

社福に対する違和感はごもっともです。名門新聞学科をつぶしてまで福祉に媚びを売る同大当局は許せません(笑)。

また近いうち、できるだけ早い機会に関西で皆さんとお会いしたいです。そのために週2回の皿回しのバイト頑張ります。

Walker-brosさんへ

デューク先輩もWalker-brosさんもやたら外国人の話をしてるけど、何だこれはと思ったら、ホテルのロイクのことを自分が描いていることに気が付きました(笑)。危ないぞ、ワタクシの記憶力。

葵祭ね~。そうか、そういえば公家さんのパレードっぽい絵ですね。検索していたら、こういう記事を見つけました。以前は鞍馬寺の絵がかかっていたようです。
http://www.osakakara.net/st_kyoto/0032_demachiyanagi/

古い喫茶店って烏丸今出川西のトリオですかね?あそこに入ったときはもうぶっ飛びました。学生時代だった70年代と内装も設備も変わってません。店のオーナーと思しき女性も当時のママだったかもしれません。ああいうところが京都の怖いところです。
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