やりきれない気持ち

 ジョニー大倉が亡くなった。ちょっと前にテレビの「あの人は今」みたいな番組に車いす姿で登場し、闘病生活を送っていることを知った。その時の様子は、まだまだ元気でなんだかんだ言いながらユーヤさんみたいに長生きするんじゃないかと思っていたけど、力尽きたようだ。ジョニーを知ったのは高校時代に初めて聴いたキャロルだった。キャロルは登場から解散まで一気に駆け抜けたロックンロールバンドで、当時の日本の演歌や歌謡曲独特の湿っぽさや恨みや義理人情とは一切かけ離れた音楽をやっていた。そうそう、当時の天才バカボンに赤塚不二夫が『キャロルは日本のビートルズなのだ』というセリフを書きこむくらい、彼らの登場は文化人を巻き込んだセンセーショナルな事件だったと思う。今でこそキャロルは矢沢のエーちゃんがデビューしたバンドみたいな捉え方をされているが、キャロルが現役の頃はジョニーの存在感も強力だったと思う。

 75年に入学した大学のサークルのボックスにジョニーのソロアルバムが置いてあった。「メンフィス・テネシー」や「ジョニー・B・グッド」などのグロールロクンロール(これはもちろん、”good old rock’n roll”をポンニチ語で発音したものだ)をアルバム両面に録音していた。ジャケットは青っぽくてジョニーの顔がアップされていた記憶があるが、先ほど密林で探したけど見つけられなかった。その日本人(正確には彼は在日で、そのことが後年いろんな出来事に影響したのだが)がロックンロールのスタンダードを歌ったアルバムに、珍しくライナーノートがついていて、そこに『Lのロックンロール』というコピーが書いてあった。簡単にいうと『日本人が歌うロックンロールはRのロックンロールじゃなくてLのロックンロールだ。だけど、ジョニーが歌うとカッコいい』みたいな意味だったと思う。そのレコードはボックスで良く聴いた。誰のレコードだったか、今は確かめようもないが。

 ジョニーはキャロルの解散後、映画俳優になった。柴田恭兵と一緒にやった『チ・ン・ピ・ラ』なんかは適役だったし、やくざ映画のチンピラ役も良かった。『戦メリ』はちょっとへヴィだった。そんな重たい人じゃないのにと思いながらスクリーンを見ていたことを覚えている。軽快なロックンロールを軽快に歌い、演奏して飛び跳ねる。いいじゃないか、チープで。キャロルは本物だった。その後のクールスだとか横浜の銀バエなんかのチンケなバンドとはカッコよさが違っていた。そういえば、以前購入したキャロルのコピーバンドのギャロルの『ルイジヤンカ』はどこにしまったかな。そんなどうでもいいことをジョニーの訃報記事を読みながら、ぼんやり考えた。ジョニー、グッドバイ。合掌。



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