高等教育コンソーシアム宮崎が正式名称だった

懐かしき大教室 ビデオもある

 罠に嵌った。フォールイントゥアトラップと云うやつである。昨晩、夕食時に上の子が明日大学進学の説明会が午後12時40分からM大であるから参加してくれと言って来たのだ。たまの日曜日くらいゆっくり休みたいので配偶者で良いだろうと答えると、明日は下の子も文化祭でそちらに行くと言う。中学校の文化祭で合唱や演劇を見るのもちょっとかったるいと思ったので、上の子に解ったと返事をして、この手の行事は事前にプリント貰ってるだろと言ったが、どこかにしまいこんで解らないと言う。内容を詳しく聞くがなにやら各大学の学部や学科の説明だという。そんな事ならネットですぐ解るし、志望大学の学生課に募集要項を請求すれば済む話なのだが、余計な事を言うとまた「女三国同盟」が緊急結成され、かなりな弾圧が予想されるので黙っていた。いや、正確には上の子にこう聞いてみた。「12時40分から説明があって、30分休憩してその後2時から又話があるというのは模擬授業とか公開授業ではないのか?」彼女は絶対そんな事は無いと言い張る。とにかく行けば解る話なので、その日はそれで話が終わった。

 翌日、例によって朝寝坊していたが11時前に慌てて起きた。その時僕はM大の場所をM公立大学と勘違いしており、家からだったら12時15分に出れば半につくので40分からの説明会に十分間に合うつもりでいた。簡単な昼飯を食べ、筆記用具など用意し、車の中で買ったばかりの高田渡親子のライブを聞こうとCDも用意した。家を車で出て、大通りを右折しようとして「そういえば今日は神武様(宮崎の有名な秋祭り、神武天皇のお祭り。そうだ、この日本の国は元はといえば神武天皇が舟で東征に出てそこから歴史が始まったのだ。日本のふるさとなのだ、宮崎は!!)だから帰りは車が混むな、3時過ぎといったら丁度パレードもピークだな」と子供に話しかけていた時に、とんでもない事に気がついた。M大は宮崎市の南の奥、M公立大とは正反対の場所にある。

慌てて子供に「M公立大だよな、会場は」と聞くが、彼女はいたって無関心で「M大って言ったジャン、あ、今友達からメール入った、もうM大に着いたけど人が多いって~」。能天気である。誰に似たのか全く屈託というものが無い。「おまえ、アホか、M大やったら木花やぞ、公立大と正反対や。今からかっ飛んでも間に合わんぞ、だから昨日きちんとプリント探せと言っただろ!!」父は逆上した。その剣幕に娘は押されて小さくなっている。「えーい、もう捕まるの覚悟で飛ばせ」と叫ぶと「休んだらどうだろう」と中々素晴らしい提案をしてきた。しかし、父親としてこういうときに毅然と対応し、しかるべき信頼を勝ち取らんといかんと思い「ダメだ、お父さんは休んでも良いが、お前は自分の進路の事だ、遅刻してでも行くべきだ」と宣言すると、小さくなって自分のドン臭さを責めていた。こうなりゃCDどころではなく何とか間に合うように車を飛ばした。

 大学の正門が見えたときは12時35分、ぎりぎりセーフだ。門のところから腕章を付けた人たちが誘導してくれる。正門を通り過ぎる時にちらと『模擬授業』の文字が見えた。「おまえ、模擬授業ちゃうんか、それだったらお前だけ出れば良いだろ、お父さんは出らんぞ」と言うと「父兄も参加して良いってプリントには書いてあった」と抗弁する。指定された駐車場に車を置き、キャンパス中央の受付まで走った。娘はちんたらついてくる。内心なんでオレが走らんといかんのか、そういえば中学校の時の先生が、松の木とかけて郵便配達の人と解く、その心は『はしらにゃならん』という洒落を紹介し、昔の教科書にはこういう遊び心があったと教えてくれたことを思い出した。親子で走っていると腕章を付けた男の人が「走らなくても間に合いますよ」と声をかけてくれ、受付で貰った資料を見て「この授業はこちらの会場です」と教育文化学部の校舎まで案内してくれた。

 4階の教室に行くとすでに授業は始まっていた。60歳くらいの痩せた女性の先生が手招きして教室に入れてくれた。何が悲しくて娘と古典の授業を受けなくてはならないのかと思ったが、滅多に無い機会だし一般教養の文学Kは落としたことを思い出し(古い話でスマン)背筋を伸ばして授業を受けた。余談だが以前上の子が一人で歩いているのを見たときに、女の子の癖に物凄いガニマタだと配偶者に言ったらあなたに瓜二つだと言われ、その時以来夫婦間に見えない溝が出来ている。それはさておき、教室を見渡すと男女3人のグループと女子2人の5人しか授業を受けていない。テーマは「古典を読む楽しみ」ということで女子短期大の先生が古事記、日本書紀、万葉集そして伊勢物語と話をしているが、お年のせいか迫力が感じられない。フムフムとうなずきながら聞いていると先生は「若いということは大変素晴らしいことです。これから皆さんは大学進学を真剣に考える時期が来ます。私の体験を話そうかと思いましたが、もう30年前のことですから皆さんの参考にならないと思います」

 え、30年前に大学受験?ほとんどタメじゃん。とてもそうは見えないなと思いながら、しかし、ということはオレも周りの人からはあんな風に見られているのかと思い一気に気が重くなった。それでも近松の「曽根崎心中」を題材に変体仮名や5音7音の効果、判じ物などの説明をしていく。判じ物などうちのバカ娘は知らんだろうと見ていると誰一人知らない事が解った(この段階で授業は半分過ぎていたが遅れて出席した親子や3人組の生徒達がいた)。判じ物、いわゆる「さぶろく」や「にはち」という奴である。花のお江戸の人たちはヤボを嫌い粋に徹した。従って歳を言うのも18とか16などとストレートに言わず「サブロク(=18)」とか「ニハチ(=16)」などと言ってたのである。この伝でいうとオイラの年は「ナナナナ」でじきに「ゴットウ」になると、ほくそえんでいたら先生いわく「この判じ物は若い年齢しか使いませんでした」悪かったな、ジジィでとは言わなかったが。

 そうしてるうちに時間が来たのだが、この先生よほど生徒が増えたのが嬉しかったのか(授業前の希望調査では3名しか出席予定が無かったので、資料やテキストも4人分しか準備していなかった。仕方ないので何人かで共有して資料を見たのだ)、授業で使ったテキストを希望者にやると言ったのだが、誰一人受け取らない。勿体ないので娘のテキストを「お父さんがもらうわ」と言って受け取ると娘の機嫌がジャガーチェンジした。顔を赤くして早足で教室を出るので、追いかけて「おーい、どうした」と言うと「お父さん、恥ずかしいから黙っちょってよ、授業中も大きな声で返事とかせんで。物凄く恥ずかしかったが」とクソミソである。「ひまわりっ」の健一パパの心境であった。

 まあ、子供の恥ずかしがる気持ちも解るので次の授業は別々に出る事にし、キャンパスを一人ぶらついた。以前の会社に居た頃アルバイト募集のビラ配りに来たことや、講習で来たときの事を思い出したが、毎回感じるのは今の大学は綺麗だということ。清掃が行き届いていてそれはそれで良いのだが、「純粋培養」ではないかと老婆心ながら気になるのだ。立て看1枚見かけない。キャンパスでこのイベントを手伝っている学生達もみんな小奇麗で、すれた感じがしない。そんな時代なのかなと次の模擬授業でも思った。次は「戦後日本の歴代首相のなかの小泉純一郎」というテーマを僕は選び、子供は「地域文化の研究」に行った。
懐かしき立て看 作りが甘い

 「戦後~」は公立大の教授の授業だったが参加者は高1の女の子2人、公立大の学生とその妹、サクラの僕。将来の見込み学生はたったの3人である。まあ、教授の名誉のために加えると授業始まって5分位して40過ぎのお父さん、15分位してM大の関係者2名の3人受講者が増えたが、公立大の受験者数アップを目標にやっていたとしたら大変さみしい結果ではある。

 授業は世襲議員の功罪から始まり、小泉政権の歴史をプラス面(そんなものあったのか?)とマイナス面から比較検討していく形式だった。途中テレ朝のドキュメンタリービデオが20分ほど入った。結論めいた言い方をするとコイズミ方式とは「自分の考えを貫く」と言いながら、事前の世論調査で国民の反応を予測、有識者の判断を取り入れ端的に言うと「事前の世論調査の結果如何で発言や行動を変える」というものであった。しかしつらつら考えると「事前の国民調査に基づいて行動する」ということは、とりもなおさず大多数の国民の期待・希望を具現化しただけであり、アンチ小泉とはもしかしたら「圧倒的少数派」であり、結局適度なガス抜きをさせられてるだけではないかとも考えさせられた。しかしながら嫌なものは嫌、ダメな物はダメである(どっかで聞いたフレーズだが)。はっきり言うが何でも民営化に踊らされた挙句が「耐震偽装」であり「JR西日本の事故」である。人々の心と経済がどんどん冷え込んでいてる事がまだ解らないのだろうか。

 この授業のまとめとしては政権交代のある政党システムが必要だと件の教授は話し、しかしそれが民主党かどうかは別の問題であると軽くダッキングして終わった。実はもう1コマ授業は受けられたし、工学部や農学部の校舎でも理数系の授業が受講出来たのだが、かたくなに大学は県外、志望は文系を唱えるバカ娘がしんどそうにしていたので断念した。帰り道にキャンパスの風景とそこにいる学生ボランティア、大学関係者の明るい挨拶と笑顔を見聞きしながら「挨拶と笑顔、どちらも大事だけどここは大学だよな。もっと混乱と混沌の空間であってもいいじゃないか。つまずいたって良いじゃないか、人間だもの(byせんだみつおじゃなかった相田みつお)」などと呟くオレであった。

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コメント

今なら楽しそう

大学の授業がイヤで仕方なくて、大学を途中で辞めた(辞めさせられた?)
のに、いまとなっては逆に聴いてみたいという知識欲が出てきてます。
困ったもんです。でも、また毎日授業受けなきゃいけないってなったら多分
再挫折しそうです。

 九月にD大と拾得に行ってきました。
 キャンパスを歩いて、右翼学生組織や某政党支持青年組織との争いのことなどを思い出しました。
 D大からも立て看は消え去っていました。あったのはT寮の寮生募集の立て看だけでした。しかも、ふつうの字の。一年中独特の字で書かれた立て看板があったのにと思いだしていました。
 別館跡も同じ、その場所にしばらくたたずんでしまいました。
 ところで、加川良のHPを見ていると、また宮崎方面延岡でライブがあるようですね。
 わたしの近くでもあるのですが、加川良は一年に一回ぐらいでいいかと思ってしまいます。

>belmie2001さん

そうですか、belmie2001さんも中退ですか。僕も自慢ではありませんが6年通って中退です。授業は数えるくらいしか出なかったので、逆に未だに鮮烈に覚えている事が多いです。
しかし、「親の因果が子に報い」になられては大変なので、今必死に子供を洗脳していますが、似なくて良いところが似るんですよね。古典や地域文化でメシが食えるかと怒りたいのですが、半分諦めています。

>guevara129さん

なんと我がD大もそのザマですか。タテカン、ビラが無くて大学か!と思うのは年寄りの僻みでしょうか。タテカン用の文字をゲバ字と僕らは呼んでましたが、こんな文字ですよね。http://www.himote.org/~moyu/archive/geba.swf
加川良の延岡ライブは触れないで下さい。宮崎からは車で2時間以上かかるし、電車は便利悪いし、平日だけに行けないよなと何とか自分を慰めている所ですから…。チクショー仕事さぼって今日もパチンコじゃない、ライブ行ったろか!!
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