ひょんなことから昔のバイトの話に

 昨日アップしたエントリーに、デューク先輩がコメントを書いてくれて、その中でグラス・ルーツの「今日を生きよう」に触れていた。もう今では誰も話題にしないPFスローンのように(ご存知、ルーマーの熱唱で有名ですな、というか、PFスローンはそのグループの成立に大いに関係しているのだが)、グラス・ルーツというグループのことは誰も気にしていないようだ。でも、当時は、いや当時っていつだよ、という質問のある人、グラス・ルーツって草の根っこのことなの、それともマリファナのことなの、などととぼける人も今回はパスしていただきたい。グラス・ルーツのヒット曲は軽快で爽快なものが多かったんだよね、と遠い目。もっとも、「今日を生きよう」はグラス・ルーツよりテンプターズのバージョンでご存知な方もいるだろう。ショーケンが、「わん、つー、すりー、ふぉー」の掛け声の後に、♪シャーラーラララ、お前が、シャーラーラララ、好きだよ~と歌っていた。先ほど、YOU TUBEで聴きなおしてみたら、この歌でのショーケンって、甲斐バンドの甲斐よしひろに似てるなと思った。声の感じが近い気がするのだ。あ、逆か。甲斐がショーケンを意識したんだなたぶん。



 で、「今日を生きよう」があるなら、当然、「明日に生きよう」もあるわけで、こちらは70年代初頭に人気のあったラズベリーズのヒット曲。高校生の時にラジオのリクエスト番組を何となく聴いていたら、その日は50音順の曲を流すとDJが話していた。お、そうすると一発目は「明日を生きよう」だろう、と注意して聴いていたらドンピシャだった。快感だったな。同じような快感は、80年に祇園のクラブでバイトしているときにあった。ここでいうクラブとは今日びのB BOY達が尻上りで言う「クラブゥ」というものではなく、元祖クラブ、すなわち東京ナイトクラブなどに代表されるクラブである。祇園の姥捨て山と言われたそのクラブはホステスの一番若い人が40代前半、あとは50代から60代という、いまでこそババ専とかフケ専とか完熟熟女(こりゃ「馬から落ちて落馬した」みたいな表現だな、笑)などの世界が存在することは知っていて、お好きな方にはたまらないかもしれないが、当時まだ20歳を少し過ぎたばかりのヤングなワタクシにとっては完全に学術研究対象からは除外される人たちだった。



 いったい何でそんなクラブでバイトしたかというと、まずサークルの先輩であるT原さんが長く働いていて安心できたこととバイト代が即金だったこと、そして深夜勤務だったので交通費も出るしバイト代も良かったからである。時給400円が相場だった時代に600円。しかも仕事が終わるのは早くて1時、週末は2時回ったりすることも珍しくなかった。したがって帰りはタクシー代が1人1000円出る。そのバイトはT原さん、僕、後輩のO原の3人で入っていたので、合計3000円をオーナーが代表のT原さんに渡す。その交通費を握りしめて祇園の水商売相手の焼肉屋さんや居酒屋に行き2000円ちょっと飲み食いして、残りのお金で1台のタクシーに乗り合わせて帰る。したがって毎日、いいもん食べて呑んで、しかもバイト代が1日4000円ほど現金でもらえる。今考えてもいいバイトだったと思う。僕はキッチンを担当していて、小さな黒板に「今夜のシェフのおすすめ」などと書いて、一品(いわゆる付き出しですね)や、オードブルの案内、季節に応じたおつまみ類(冬場は味噌うどんと湯豆腐が良く出たな)、フルーツなどのメニューを書いていた。そうそう、キッチン担当だったので、役得というか当然本日お客様にお出しするものは、製造物責任法はまだ施工されてなかったが、新島先生の薫陶を受けた人間として、まずは試食して美味しければ、もう少し食べたり冷蔵庫に隠したりして、ほどほどの味だったらすぐに客に出すなどということをしていた。ボーイのバイトだったT原さんも腹が減るとキッチンに来てカップラーメンや客の残したオードブルの残りを食べて元気を出していた。後輩のO原はもっと露骨で「生野菜が足りない」と叫びながらキッチンに来て、ホステスが注文してアスパラだけ食べてあとはほとんど手付かずの野菜サラダを2人前食ったりしていた。

 そのクラブは祇園で昼間は酒屋を経営しているご夫婦がやっていたのだが、オーナーというか社長は背が低くておかっぱ頭で鳳啓助に良く似ていた。奥さんは(お店ではママと呼んでいたが)、立派な体格をしていて、とはいっても亀淵友香ほどはなかったが、それでも客の座っているテーブルにその姿を現すと、向こう側の人は見えないという、なんというか人間山脈みたいな人だった。まあ顔は美人と言ってもいい部類だったが、いかんせん、大きかったことだけ記憶に残っている。この社長はママの尻に敷かれているようなそぶりを見せていたが、店の売り上げをくすねては小遣いにしていたり、結構、小悪党だった。若いころ証券会社勤めをしていて、相場の景気の良かった頃で芸者遊びやお大尽の遊びをさんざんやったことが自慢で、僕が出す一品にも「あ、あかんな、その上に白ごまをちょっと振ってやな、それから出すんや。白ごまの意味はな、『これは誰も手を付けてません。あんたさんだけのもんです』という意味なんや。あ、こら、なにしてんねん。白ごまないからいうて、おにぎりに振る黒ごまかけてどないすんねん。黒なんてゲン悪いからいやがられるのや」みたいなことをねちねち言うのが趣味の男だった。

 ある時、オードブルに揚げシューマイを出すことになり、当然そんなクラブで出す揚げシューマイだから冷食である。中華鍋に油を入れてあらよっと投げ込み、しっかり揚げていたら、後ろから社長が「あ、あかん、なにしてんねんおまえは。こんなんミバが良かったらええんや。お前の揚げたのは揚げすぎで色が茶色やろ。ちょっとみとき、こんなして、こんなするとほら、きれいなピンクやろ」といって揚げたシューマイを見せてくれたので、口に入れてみたら冷たかった。「社長、冷たいで」というと、「ええんや、相手は酔っ払いや。わからへん」と客をなめきったことを言って水割りのグラスとともに自分の場所(クロークともいうが)に戻っていった。皿の上には社長が揚げたピンクの冷たいシュウマイと僕がこんがりきつね色に揚げたシュウマイが大量にある。社長の経営方針に重大な疑問を感じたが、バイト代を貰う身であるから指示通りにオードブルには冷たいシュウマイを出して、自分が揚げたシュウマイは責任もって全て食べた。げっぷが揚げた油の匂いがする頃、社長がまたキッチンに入ってきた。「あ、なんや、全部平らげたんか。しゃあないな。ほな、これもらうわ」と言ってご自身が揚げたシュウマイの中で比較的色の濃いものを爪楊枝で刺して、しょうゆの小皿にそれを乗せ後生大事にまた自分の場所に戻って行った。

 わー、なんだ、なんだ。どうしてイン京都(店の名前、もうとっくに無くなってるハズ)の話を書き出したのか。そうそう、そのお店はクラブだったので有線が入っていた。客が多くなると演歌のチャンネルに固定されるのだが、まだ客が少ないときは僕たちの希望を聴いて洋楽(死語ですな)や日本のヒットポップスのチャンネルにしてくれて、時々リクエストしていた。「山本翔の『アレイ・キャット』お願いします」と赤電話でリクエストすると受付の女性が、「23曲待ちです」などと答えてくれる。そして、ひたすらつまらない曲が流れるのを我慢して、ようやく日本のミックのパワフルな歌を聴いたりしていた。そして、ある日のこと、カウンターにツボ爺がいたのでバイトを始めてそんなに経っていないときだと思うが、まだ開店したばかりの時間帯にみんなで雑談していた時に、僕の口から不意に”Say you don’t love him”というフレーズが口をついて出た。その瞬間、ジャーンとイントロが鳴りポールが”Say you don’t love him”と歌い始めた。T原さんもO原も目を丸くして、「いったいいつの間に有線の姉ちゃんと仲良くなったんや、電話しなくてもリクエスト通るようになったんや」と叫んだ。あの時は快感だった、というただそれだけの想い出。しかし、イン京都は面白い人が沢山いた。元憲兵隊上がりのツボ爺、満州から引き揚げたときに頭を丸刈りにされ男の子として連れられたので、女性しか愛せなくなったレズの部長、ホステスさんも年齢を経ているだけに強烈な人が沢山いた。気が向いたらまた話を書こうかな。しかし、あの時、「ゲッティング・クローサー」の歌を口ずさみながら、頭の中で思い出していた彼女は今どうしているだろうか。僕の心は今でも彼女の心にゲッティング・クローサー出来るだろうか、などと最後は青春小説風にまとめてみた。



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コメント

グラスルーツは無くなったが、テンプターズは有る

以前、個人的にお知らせしたように レコードコレクションの内、洋楽は、お宝はおろか スタンダードも ほとんど残ってないけど、歌謡曲やGSは 結構残ってます。初期テンプターズは ヒット曲オンパレードだったよなあ。PYGは ショーケンには 合ってなかった印象です。ファーストは 残ってるけど、二枚組ライブは ショーケンの洋楽カバーが 素人芸で 手放しました。今なら プレミアついて 1万何千円するみたいですが。 そうそう 数日前、くだらない夢を見ました。若い頃の前期タイガースメンバーが エアロスミスのDream onのリハーサルをしていて、私が「おい、ちょっと待て!! その曲は お前らが 解散した数年後の曲だろうが。時代考証が おかしいぞ!!」と怒鳴った所で 目が覚めました(笑)。 イン京都、店内が ピンサロ状態の時もあったと 昔、T原君に聞いた事が有ります…

コメントにレスしようとして

先日アップしたエントリーを見たら、あらら、早速YOU TUBEの動画が削除されてる。今回の話にちょうどいい、グラス・ルーツとテンプターズの両方をピーター・バラカンが自分の番組で放送したようで、その時の音源をアップしていた人がいたのだが、バラカンが原発発言で番組切られたので、自主規制したのか良く分からないが、あんまり気分のいいものではありませんね。

イン京都がピンサロ状態だったか、僕はいつも店の奥のキッチンにいて、そこは穴倉みたいなところだったので店の様子は分かりません。たまに、カウンターに顔を出して様子うかがいしましたが、いかんせん姥捨て山のホステスさんばかり(2人だけ、ちょっと若いといっても多分30代後半、下手すると40代半ばかな、という人はいましたが)なので、ほとんど興味もありませんでした。
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