フレーズはやっぱり、ちょっとジョージに似ていたっけ

 ここ最近、やたら目が疲れてPCの画面を見ているのが辛い。仕事で使う分には仕方がないが、家に帰ってまでFBだの、blogだのやっていると、そのうち視力がどんどん落ちて、最後はものが見えなくなるんじゃないかという、まあ、それはちょっと大げさだけど、朝起きたら目薬、家に帰っても目薬、場合によっては2階から目薬を点してなんとかごまかしている。今日も、ずいぶん昔のエントリーにコメントが付いていたので、その返事を書いてそろそろ寝よう、寝床に入って読みかけの『犬たちの明治維新』でも読もう(PCと違って、活字は目が落ち着くのだ)、まあ、その前に一日のニュースはチェックしておこうとヤフーのトップ画面を見た。すると、そこにその昔、歌謡曲ばっかりだったヒットチャートにビートルズの匂いをさせて登場した博多のロックバンドのギタリストの死が出ていた。脳出血で64歳、あまりにも早すぎた死だ。そのバンドはリーダーの完全なワンマンバンドだったが、やはりバンドサウンドというものがあって、彼のギターがあってのボーカルだったと思う。そういえば、そのリーダーは、『このバンドは青春のバンドなのでもう老人と言われる年齢になったら歌えないものが多い』とテレビの番組で話していた記憶がある。

 花弁が欠けてしまったので、このバンドの再結成はもうありえないだろう。魔法の黄色い靴を履いたギタリストは今頃、青春の影を引きずりながら沈む夕日をいつまでも追いかけているのかもしれない。合掌。



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コメント

ええと、個人的な思い出

チューリップと言えば、この歌しか知りません。当時、小学生でしたが、良く出来た曲だと思いましたね。これ松本隆の作詞家デビュー曲だったのですね。知りませんでしたわ。

http://youtu.be/1QkoSL9Z8Gg

1回だけ観ました

懐メロの人たちになっていた 平成になってからですけど、フェスティバルホールで。デビュー当時から愛用の ES335を使ってて、この人は 変わらないなあ と思いました。アンコール曲が 魔法の黄色い靴 でした。心の旅 地味な間奏だけど 歌の裏メロで主張しまくるギターが 印象的でした。意外な場所での客死でしたね。合掌…

おお、なかなかに渋い選曲

「心の旅」の大ヒットに続けて、二匹目のドジョウがいたというか、松本隆と財津和夫が作り上げた佳曲ですね。1枚目、2枚目のシングルが売れなくて、これが売れなかったら博多に帰るつもりで出した「心の旅」がヒットして、なんとかバンドをやっていけたという話を財津が以前テレビでしていました。ところが、バンドリーダーで作曲家でリードボーカリストだった財津ではなく、姫野にボーカルを取らせたレコード会社の勝利でもあったのかな。なんとも言えませんが、数多くのビートルズフォロワーのバンドの中で、やはりチューリップが頭一つ抜けていたと思います。

まさか、インドでとは思いませんでした

ジョージに影響されて、マハリシ・ヨギの教えを学びに行ったわけでもないでしょうが。デューク先輩のご指摘の通り、派手なギターじゃないけど歌心のある印象的なギターでしたね。「青春の影」の間奏もいかにも彼らしいプレイでした。

実は、中学~高校と大ファンで何回かコンサートに
行ったことがあります。
ベースの吉田さんが脱退されたあたりから、あまり聞かなくなって
再結成のコンサートにも行きませんでした。
安部さんがインドに住んでいらしたのは知っていましたが、
葬式も身内で済まされ、お別れの会も開く予定がないと聞き
「安部さんらしい」と、思ったのは私だけでしょうか。

え、意外ですね

チューリップのコンサートに行かれたことがあるんですね。いやー、それは意外だな。ストラ一本やりだと思ってました(笑)。しかし、最近は昔好きだったミュージシャンの訃報を聞くことが多くて、ちょっと憂鬱です。ま、そんな辛気臭いことばかり考えず、明日を生きるのだ。
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