サーセン、すっかり忘れていました

 祝日の遅い朝に携帯メールの着信音で目が覚めた。デューク先輩からのメールで、内容は共通の知人のその後の消息についてだった。第三劇場という大学の演劇サークルにいたその人は過激なものの言い方や破天荒な行動力で、一部の別館人種には有名だったが、その後はどうしているんだろうと、気になっていたので、その連絡だった。結論から言うと30年近くまったく消息不明らしい。役者志望の人だったし、強烈なキャラクターの持ち主だったので、いつかテレビや映画でお目にかかるかもしれないと期待していたのだが、まあ、人生はいろいろあるから何とも言えない。せめて、どこかでお元気に暮らしていることを祈るだけだ。これだけネットの発達した時代なので、いつかどこかで偶然発見することもあるかもしれない。こんなことを半分寝ぼけた頭で考えていたら、思わぬ一文が目に入った。

 『ブログ誕生日おめでとうございます。音楽はどこへ行った?感が有りますが、続けていたら、いつの日か、F田敏雄が引っ掛かるかもしれませんよ』。ああ、そうか、かつてのTENNO誕生日にオレはblogをスタートしたのだった。そうか、あれからもう、ええと何年たったんだっけ。それよりも、ちょっと気になるのは『音楽はどこへ行った?』というご指摘で、確かにこのところまともな音楽の話は書いていない。いや、それどころやなかったんや(by F田敏雄)。それどころやなかったどころか、なんぼでも書くチャンスはありネタも材料もあったけど、ついそのままにしてしまい、新鮮さが命のネタはすべて枯れ果ててしまい、タイミングを逃したというわけだ。

 ここまで書いてきて、気になったので自分のblogの管理人のページでいくつか調べてきた。拙blogのスタートは2006年4月29日であった。あっという間に8年間である。自分の性格は自分が一番よくわかるが、小学校の通知表に「根気がない」「飽きっぽい」「上の空」「無責任」などと1960年代のキーワードを数多く記入されたワタクシがですよ、なんと8年間も続けることができたのは、ひとえにワタクシの人格が丸くなったおかげのはずがない。拙blogを通じて多くの人と出会い、また昔の仲間と再会できたことが原動力であることは間違いない。Blogを始めた当初はまだ鬱病の余韻が残っていて、この先どうなるのかという不安も多く、それでもなるようにしかならないだろうという革命的楽観主義で何とかやってきた。しかし、オレの初エントリーが「だけどクサるのはやめとこう…」というタイトルで久しぶりに見た内田勘太郎と初めて見た下地勇のジョイントライブのレポートだったのは、その後の拙blogの展開をアプリオリに象徴している。要するに、ライブレポートにかこつけて昔の仲間のバカ話を書くというパターンだ。もっともblogを始めた当初は極私的70年代ロック史にするつもりだった。ところが、二回目のエントリーは「痛い話」というタイトルで、音楽とはほとんど関係のないバカ話。いやー、この時から拙blogの堕落と崩壊は始まっていたのか(笑)。

 気になって、これまで書いてきたエントリーを分類してみると総エントリー数が1202.そのうち音楽の話が237(音楽話は「My Music」というタグにまとめてあるのだ)。割合で言うと19.7%。実に2割弱ということになる。音楽blogだといいながら、音楽の話は2割もない。これはまさしく羊頭狗肉。羊の皮をかぶった山羊の頭のスープではないか。しかし、しかしである。今のフレーズにも70年代ストーンズのフレイバーが感じられるように、どんなバカ話を書いていても、その根底にはロックンロールが流れている、と言えなくもない。まあ、ロックンロールというか反体制というか反骨というか、一番ぴったりくるのはひねくれ者のような気がするが、とにかくロックに多少なりとも関連付けた話がほとんどだから、これでいいのだ。ちなみに拙blogのタグは「歴史から飛び出せ」つまり昔の話。「時々吠えることがある」つまり、チクショー、この野郎、許さないぞ、この怒りを忘れないぞ的なワンサイドストーリー。「キック・ザ・シティ」つまり都市の一風景を切り取り、そこからみられる現代社会の矛盾を鋭く追及するレポート(笑)。「TKO NIGHT LIGHT」これは、2か月間だけだったが東京は保谷でバイトしながら過ごしたことがあり、その時のレポート。改築される前のいせやに行けたことはいまだに忘れられない。「艱難汝を珠にす」これは、人生いろいろ辛いことがあるが、そういう艱難辛苦を乗り越えて人は磨かれていくのだという山本有三的シラカバ物語。ちなみに「カンナンシンク」であって「コンナンジンク」などと読んではいかんぞ、H居君。「暗闇の人生」これはまさしく我が人生の話であって、道なき道をがむしゃらに手さぐりで走ってきた話。「それでも私は」これは「暗闇の人生」の続編というか、そういう真っ暗な道を手さぐりで生きてきたワタクシであるが、ひとこと言わせておくんなせ~。どうなんってんだ、え、社長的なエントリー。「滅多に無い家族サービス」これは読んで字の如し。まあ、本当に滅多にないことである。「そこのけ映研、あっちいけ同プロ」僕のいた別館には映画研究会と同志社プロダクションという2つの映画系のサークルがあって、これが仲が悪くてしょっちゅう批判しあっていて、そのとばっちりがこちらにも来たり、と言いう話ではなく、単なる映画の話。「臨時ニュース、臨時ニュース」これはまさしく速報というか、最近は訃報の話が多くてちょっとしんどい。

 などと我がエントリーを分析してみると、確かに「音楽はどこへ行った?感」が多分にあるが、それでも気分は音楽blog。さて、今日はこれからストリート音楽祭に出かけてくる。今年はあんまり目玉がないのだが、それでも三宅の伸ちゃんの歌とギターでキヨシローを偲び、小沼ようすけのギターで心をなごますのだ。ほら、終わりはちゃんと音楽の話になっただろう。もんなどんだい(絵本。ちがった、エヘン)。



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コメント

改めまして おめでとうございます

貴ブログが無かったら 現在の 色んな人たちとの繋がりは無いし、当時のメンバーとの復縁も無かったでしょう。仮に消息がわかって 交流再開しても 年賀状程度に終わっているでしょうね。貴殿の日常も分かるし コメントやメールでのやり取りも出来ます。貴殿との繋がり復活のきっかけが、M原君の葬儀で N谷君と再会したことからってのは、皮肉な話でしたが、天国の彼にも 感謝しております。音楽ほとんど無しは 多少寂しく感じますが、与太話でも結構。今後共 宜しくお願い申し上げます。

ご丁寧にどうも

そうやって考えてみると、このblogをきっかけに同じ大学のPurpleさんや、S戸君と一緒にサーカスでバイトしていたTHIS BOYさんなどとも知り合いましたね。DRAC以外でもマーマレードの元編集長だったM川君もここを見ていたらしいです。マス坊から突然メールが来て驚いたのもつい最近のようですが、あれから何年か経っているわけで・・・。今後も継続していれば、また新しい(いや古いか)仲間と再会できるかもしれません。N谷君が、今回は突撃隊長になるらしいメールも来てますし、楽しみです。
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