実録レポート「トトロの森の小さな音楽会」 その1

 とても素晴らしいコンサートだった。いや、主催者の言葉を借りると「小さな音楽会」だった。音楽は、それを演奏する人たちと受け手として聴く人たちだけで構成されるのではなく、その場の醸し出す空気、言葉通りの意味としての空気、風、光などの自然、そして目には見えないが音楽の場の周囲に確実にある精神的な存在、それらが混然一体となって出来上がった、僕の友人の言葉を借りると『国富町始まって以来のハイソなコンサート』だったと思う。まあ、最後の言葉は国富町に対してやや失礼ではないかと僕は抗議したのだが、国富町は本庄出身の男が自信を持って言い切ったので、それはそれでいいかと(笑)。

 もちろんこれは先だっての日曜日に行われた、『トトロの森の小さな音楽会』のことである。1983年に発生した大韓航空機撃墜事件の被害者である、岡井真・葉子さんのメモリアル・コンサート、事件から30年が経過したが決して風化はさせないという母親の強い意志と愛情が原動力ではあるが、そのイベントを成功させるために多くのミュージシャンやステージ・スタッフ、そして「おもてなし」のための地元の料理スタッフなどの協力と、北は北海道を始め日本全国から、このイベントのために参加した人たちすべての協力があったおかげだろう。おっと、それとトトロの森の自然と神秘さが、彼岸の国の住民である真さん・葉子さんというスペシャルゲストを招へいしたと思いたい。

 などと拙blogらしからぬイントロであったが、この調子で進めることはアイ・キャント・ゲット・ノー・サティスファクションであるからして、いつものペースに戻したい。今回のコンサート情報を持ってきたのは、毎度の相方であるY尾君ではなく、冒頭に名言を吐いた国富町本庄出身で今は大手メディア関係の仕事をしているS尾君であった。場所は酒井春佳のソロ・ピアノ・ライブの会場だった。あ、そういえばあの時の話をパート2まで書いたのだが、最後のかんじんな部分、訳ありおねいさんとのデートの話を書いてなかった。それはいずれまた書くとして(いずれっていつだよ、という声が聞こえなくはないが、そういう輩には、その昔、アメリカを代表したロックン・ロール・バンド、CCRのラスト・シングルのタイトルを紹介したい。その名曲のタイトルは「サムディ・ネバー・カムス」。「いつの日かなんて、決してやってこないんだよ、若者よ」って歌だ)、そこで演奏の合間に雑談していたのだが、ふとしたことから西藤ヒロノブの話になり、H高時計本店のサロン・コンサートで11月に西藤ヒロノブを呼ぶらしいと僕が話したところ、S尾君が、「うんにゃ、確か10月に国富に来るちゅう話をK野さんがしちょったじ。今度、ライフタイムに行った時に聞いてきて、お前に連絡するが」という、正調国富(本庄)弁で力強く断言した。

 それからちょっとして、S尾君からメールがあった。その時初めて、今回のイベントは西藤ヒロノブの単独ライブではなく、大韓航空機事件のメモリアル・コンサートであることを知った。この事件はもちろんリアルタイムで知っているし、亡くなった乗客の中に宮崎の人がいて、アメリカでジャズの勉強をしていて結婚したばかりの夫婦だったということも地元の新聞で知っていた。また主催者の岡井さんは何度かライフタイムでお見かけしたこともあり、陶芸の先生であることも知ってはいた。もっとも5年ごとに「トトロの森の小さな音楽会」と名付けたコンサートをしていることは全く知らなかった。その後、FACEBOOKのK野さん(ライフタイムのマスター)のウォールに、『前回紹介した大韓航空機撃墜事件の犠牲者である岡井真さんの追悼30周年LIVEが、10月13日の日曜日、母親の岡井仁子さんが運営する国富町の陶芸工房「トトロの森」で催されます。会費3,000にはフリーの飲食費「含アルコール類」が含まれ当店でも発売中です。開場1:30開演4:00&6:00。秋の午後を緑豊かなトトロの森で過ごしてみては?』という書き込みがあり、これは何があっても行かねばの娘だと思ったわけだ。

招待状

 トトロの森がどんなところかは知らなかったが、名前からのイメージと法華嶽(ほけだけ)公園の近くだから自然の豊かなところだろうとは想像できた。秋の日差しを受けて、自然豊かな森で開かれるコンサート、素敵ではないか。しかもフリーの飲食、含アルコール類、さらに素敵ではないか。これはむくつけきオッサン連中などと行くのではなく、訳ありのおねいさんと行くのがベストだと、0.5秒で判断した僕は電光石火、彼女にメールした。返事が無かった。しかたないので、返事が来るのを待った。ひたすら待った結果、その日は都合が悪いと言われた。そうか、都合が悪いんだったら仕方ない。いや、オレから誘われたから、それが嫌で断ったわけじゃないから、いいんだよ別に、何も気にしてないから、気にしてないって、全然、いや、何言ってるの気にして、気にしてもどうしようもないじゃないか、と最後は涙声になってしまった。

 ということで、いつもの相方Y尾君と行くことにしたが、問題は移動手段である。僕たちの住む宮崎シティから会場までは車でも小一時間。まずまずの距離がある。JRは通ってないのでバスしかない。いやもちろん一番簡単なのは車で行くことだが、会場はフリードリンクなので、これは間違いなく呑んでしまう。呑んでハンドル握ることはこれはダメゼッタイであるから、僕やY尾君の車で行くわけにはいかない。幸いなことにS尾君が全く呑めない、いわゆる下戸なので彼の車に乗っていけばいいと勝手に決めていた。10月に入り、そろそろ足を押さえようと思ってS尾君にメールしたら、その日はサッカーの試合があって何時になるか分からないとのこと。S尾君は下戸なので、その代償行為として休日はサッカークラブで汗を流していたことを、すっかり忘れていた僕は焦った。バスのルートをHPで調べたが、良く分からない。仕方がないのでY尾君の車で行くことにした。ここでY尾君が男気を出して、「オレがハンドルキーパーをするからお前は遠慮なく呑め」という発言を期待したが、当然そんなことはなく、「オレが呑めないならお前も呑めんだろうが」という一蓮托生的結論に至った。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、この移動手段のことをK野さんのウォールに書いたら、ご丁寧にバスのルートを教えてくれた。それで往復の時間を調べてみたら行きは11時半のバスで到着が12時半。開場は13時半からだが、それまでに弁当でも食って、近隣を散策すればいい。しかし、問題は帰りの時間で18時半のバスに乗り、途中乗り換えで帰宅は20時半くらいになる。ネックは帰宅時間ではなく、演奏は16時からと18時からの二本立てなので、18時半のバスで帰るには一番盛り上がるだろう第二部を見ることが出来ない。他にルートは無いか調べたが、にっちもさっちもどうにもブルドッグ、ワォである。それでも演奏を全然見られないよりはマシなので、バスで行くことに決定した。車で行けば帰宅時間を気にせず、最後まで見られるというのに、酒飲みは意地汚いな、全く。

 といういきさつがあって、10月13日秋晴れの日曜日に僕とY尾君は11時にバスターミナルに集合した。土日には1日500円でバス乗り放題のチケットがあり、毎年フェニックスのジャズナイト会場に行くときに重宝しているのだが、今回もそのチケットで国富町の役場まで行けることをバス会社の人に教えてもらった。もちろんイベント会場まではまだまだ距離があるのだが、役場から目的地の狩野バス停までの差額分を払えばいいと言われたのだ。バスの時間まで隣接するショッピングモールで弁当とガソリン、要するにアルコールね、今回はビールだと現地に着くまでにぬるくなって美味しくないからチューハイにした。用意のいいY尾君がクーラーバッグを持参してきたので、それにチューハイとチェイサー用のお茶を入れてバスに乗り込んだ。バスはがらがらで、途中から乗ってきた人もいるにはいたが国富町内に入ってからは、お年寄りが2~3人乗って来ただけだった。完全貸切状態といってもいいくらいで、じゃ車中で一杯やるかと提案したが、いつもならすぐに乗ってくるY尾君が珍しく、今呑んでしまうと現地に着いてからの待ち時間がもたないとかなんとか理屈をつけて反対する。しょうがないのでバカ話をしながら時間をつぶしているうちに目的地の狩野バス停に着いた。

矢印_convert_20131024213605

 バス停から坂を少し降りたところに駐車場があり、そこからはシャトルで会場まで往復してくれるとK野さんのコメントがあったので、駐車場への看板を確認し坂を下った。駐車場はすぐに分かったが、そこは農家の作業場みたいで弁当を広げてくつろげる場所は見当たらない。川のせせらぎを聞こえたので、坂を下っていくと小さな川が流れていた。その河原でシーメとハイチューを頂くと、まさに自然に溶け込むワイルドライフなのだが、川の土手から下に降りる道が無い。橋の手前に小道がありちょっとした木陰があったが、その先は介護施設のようで車の出入りがありそうだ。いくらなんでも、そんなところでブルーシートを敷いて飯食っていたら、完全にホームレスの人である。仕方がないので、先ほどの駐車場に戻り、入り口近くの木の下に腰掛ける場所を見つけて弁当を開きチューハイのリングプルを開けた。二口、三口弁当を食べのどを潤した頃、突然ライトバンが駐車場に来て停まった。ドアが開くと運転していた中年の男性と、若い男女が4人ほど笑顔で出てきた。「音楽会に行く方ですか」と声をかけられ、こちらは慌てた。「あ、そうです。今日はバスで来て、シャトルが来るのは13時過ぎだと思っていたので、今ランチを」などと言いよどむ。弁当は確かにランチだが、呑んでいるのはチューハイだ。若い男女はそれでも、キラキラした目でこちらを見ている。運転していた人が、「食事終わったらおっしゃってください。すぐに会場にお連れします。むこうにもビールや焼酎がたっぷりありますから、コンサートまで楽しんでください」などと、あきらかにこちらの様子を見て、昼間から呑んでるこいつらは人格が破産してるだろうから刺激しちゃいかんな的な警戒心を笑顔のオブラートで隠して、などとどうも酒飲みは被害妄想が激しくてイカン。

 若い男女は宮崎大学のジャズ研究会のメンバーで、今日はライフタイムのK野さんに動員されて駐車場の案内係りをしているらしい。運転してきたのは今回のイベントの協力者の人で、何とこのためだけにわざわざ金沢から宮崎に来られたという。急いで弁当を食べたが、その間に車が何台か来て、その人たちを先に送ることになり、僕達はもう少し待つよう言われた。待ち時間はほんの数分ですぐに、次のシャトルがやってきた。ちょうどその時到着した人たちと一緒に乗り込み、会場まで送ってもらった。道は一本道で、だからといって阿佐ヶ谷の駅でしんせいの箱をひねりつぶしてゴミ箱の中に投げ込んだりはしなかったが、会場まで10分くらいだったが、途中からくねくねした山道で、もし対向車が来たら絶対離合は出来ないようなところも何か所かあり、これはシャトルで送ってもらって大正解だった。坂道を登って降りると、そこはすでに会場入り口で運動会なんかで使うような大きなテントが数丁張り出してあった。前売りのチケットを買ってなかったので、受付でお金を払ったら、チケットがお弁当の引換券になっていた。わざわざ弁当を買わなくても良かったのだ。受付のテントの横に別のテントがあって、そこには地元のスタッフが大勢いて何やら料理をしていた。指示だししているのはK野さんである。挨拶して、会場に入った。

会場_convert_20131024213351

 敷地面積はどれくらいだろうか。受付のテントの後ろに家があり、そこはミュージシャンやスタッフの控室になっていた。さらに左手にも大きな平屋の家があり、そこには岡井さんの陶芸作品や大韓航空機事件に関連した資料などが展示してあった。ゴルバチョフに事件解決の要請をする岡井さんの写真などもあった。陶芸などにはとんと縁が無いというか、見る目のないワタクシたちであったが、そこに展示してある作品から発するオーラみたいなものに圧倒された。そして広い中庭にパイプ椅子が多分100席以上用意され、その奥の木々の手前に仮設ステージがあった。テレビクルーがいて誰かをインタビューしていた。良く見ると西藤ヒロノブその人であった。どうやらここは、岡井さんの仕事場らしい。ステージの前には木製の長椅子が3列あったが、僕達はその後ろのパイプ椅子に荷物を置いて、まずはビールを飲む。まだ中学生か小学生くらいの男の子が氷と水がたっぷり入ったクーラーボックスから缶を取り、丁寧に水気をぬぐって渡してくれたビールは良く冷えていた。周りには高い木が生い茂り、何故かあちこちに犬がつながれていてなんとも不思議な雰囲気だった。ビールを呑んだら、当然自然現象として排泄をしたくなる。この手の会場ではトイレの場所と数の確保は結構大事なポイントなので、早速調査した。陶芸品の飾ってあった家の後ろに、仮設トイレが4か所設置されていた。そこで用を済まして、何気なくあたりを見回すと、下に降りていく道があった。何も考えずに降りていくと水の音が大きくなる。なんと目の前に小さな川が流れていて、その前の平地にも家が一軒建っている。手すりが張りまわしているところを見ると、小さい子供が住んでいるんだろうか。その周辺も、なんというか森林のイオンが満杯で木々の枝葉がこすれ合う音、川の音、鳥の声、犬の鳴き声、様々な音が静かにしかしながらそれぞれの存在感を示していた。少し離れたところに小さな橋があり、そこを渡ると木のトンネルがあり、まさにジブリの『となりのトトロ』の世界だった。一旦上の会場に上がり、Y尾君にこの場所を説明した。彼もこの景色には非常に感動していた。

木のトンネル_convert_20131024213535

 開演は16時で、その時はまだ14時になるかどうかという時間である。いくら自然が豊かでも2時間景色を見ながらビールを呑んでいたら、完全に出来上がってしまう。僕は比較的大きいブルーシートを持参していたので、それを敷いてどこかで昼寝しようということになった。楽屋の裏側に適当な森があったので、そこにブルーシートを敷いて寝た。上を見ると高い木々の隙間から空が見える。そこを風が通り抜け、下からは小川の音が聞こえる。ここ数年経験したことのない快適さで、しばらく熟睡した。惜しむらくは、向こう側に寝ているのがY尾君ではなく、訳ありのおねいさんだとか、若いおねいさんだとか、若くはないけどまあまあいけるおねいさんだったら文句はなかったが、天は二物を与えない。あ、なんか表現がおかしいか。しかし、あまりに周囲の環境が素晴らしすぎて30分もすると目が覚めてしまい、携帯をチェックしてしまうのは現代人の悲しいサガである。15時半を過ぎたので、ステージ前の押さえていた椅子のところに戻った。お客さんはまだ半分くらいの入りだが、皆さん遠慮しているのか前の方はがらがらである。アナウンスで前の方が空いていると説明が入るが、皆さん謙虚な方ばかりで後ろでグループごとに固まっている。もっとも何人かは僕たちの座っている最前列に来て、普段はこういう場ではお互い無視し合うことが多いのだが、この会場の雰囲気のせいかどうもどうも、こんにちは、どこから来られたのですかなどとあいさつを交わす。

主催者挨拶_convert_20131024213428

 時間が来て、ステージの前に主催者の岡井さんと二男の方が登場した。岡井さんは車椅子に乗っている。今年の春先に脳梗塞で倒れて、まだ半身にマヒが残っているとのこと。それでもしっかりした口調で、今回の小さな音楽会の趣旨、1983年の理不尽な事件で亡くなられた息子夫婦のことなどを話された。二男の方の話にはさらに驚かされた。何と今年、FACEBOOKで知り合った方から、亡くなられた葉子さんのお腹には新しい生命が宿っていたことを教えてもらったというのだ。聞いていた僕は良かったなと一瞬思ったが、すぐに複雑な気持ちになった。息子夫婦が亡くなられただけではなく、お孫さんも、それもまだ見ぬお孫さんも無くなられたのだ。アンボーンチャイルドという単語が脳裏をかすった。スピーチは国富町の町長の代理の方や30年前の事件の時に現地で報道に関わった北海道新聞の人などが続け、そしていよいよコンサートが始まった。

 特設ステージに上がったメンバーをバンマスの西藤ヒロノブが紹介する。まずドラムは今回のコンサートのため東京から駆け付けてくれた藤井伸昭。西藤ヒロノブよりも前に10年間ニュー・ヨークで活動した実力者。ドレッドロックヘアがトレードマークで、その容姿からノブ・マーリーと呼ばれているなどと西藤ジョーク。しかし、そのレゲエ風なルックスが第二部の「たそがれ」で炸裂するとは、この時は予想だにしなかった。ピアノは宮崎出身と紹介されたが、実は大阪出身で宮崎大学に入学しそのまま宮崎でジャズ・ピアニストになった大西洋介。ベーシストの池田芳夫さんから東京に来いと何度も誘われながら、しっかり地元に根付いた活動をしている。サックスは宮崎でジャズの演奏に関わる人なら、この人を知らなきゃもぐりといえる日向市出身の河埜章。呑んで喋っている時は単なる酔っ払いのオヤジだが(当たり前か、笑)、いったんサックスを吹きだすと人格が変わる。余談だが娘さんもジャズのボーカリストでどうしたらあの父親からこのような美人の娘が生まれるかと、いやいや、余談はここまで。そしてベースは香月・大西グループの初代ベーシスト、確か宮崎大学のジャズ研OBの諏訪園“スマイル”哲哉。仕事の関係で一時期ライフタイムのライブに出られなかったが、都城に転勤になり復活。天真爛漫な笑顔を見せながら弾くベースは意外に堅実。

演奏開始_convert_20131024213320

 ドラムスティックのカウントから「せーの」という感じで一斉に音が弾けた。ギターにキーボードが絡みドラムとベースがリズムをキープする。突然、アルトサックスがテーマを吹き始めた。軽快で覚えやすいリフを繰り返す。前半のセットは岡井真さんが作った曲を5曲演奏すると西藤ヒロノブがMCで話していたので、多分難解な実験的な曲が続くんじゃないかと勝手な予想をしていたが大どんでん返し。実にキャッチ―でメロディアスな曲だ。聴いているうちに自然とリフを口ずさんでしまう。演奏後、曲名が”Big Bug”という曲だと知る。そういえばこの手の広葉樹林の森には虫が沢山いて、中には不快なものもいるけど、このトトロの森では昼寝をしているときも全然虫が飛んできたりしなかった。カブトムシもクワガタも玉虫もフンコロガシも音楽を聴き入っていたのかもしれない。

 2曲目と3曲目は連続して演奏された。”Somewhere around you”という曲と”E.N.W.4”という曲だ。2曲目はタイトルだけでやられてしまった。今、この森のどこかで、このイベントに参加している人たちにゆかりのある魂が一緒に集まって聴いているかもしれない、などと柄にもないことを考えたりした。サックスが印象的な曲で、構成が非常にドラマチック。岡井さんはギタリストだったのに結構サックスに気を使った曲を作っていたのかなどと勝手に妄想していたが、なんのなんの、やはりギターの聴かせどころをしっかり押さえた曲でした。その次の曲は、変拍子の連続で7拍子、6拍子、4拍子、9拍子とリズムセクションは大忙し。しかし、ドラムとベースがしっかりリズムを押さえて、入れるところはちゃんと入れて聴かせてくれました。その昔、東西南北の頭文字を取ったらNEWSになると習ったことがあり、じゃあENWならなんだ、Nがなければキタナイ(北がない)なんだが、などとくだらないことを考える暇もなく、リズムに酔っていった。あ、もちろんビールにも酔っていたのは間違いない。緊張感あふれる演奏が終わった後、西藤が「難曲を終えてほっとしました」と話したのは、決してリップサービスではないと勝手に確信した。

 そして。4曲目は個人的に一番気に入った”Raindrop”という曲。その昔、ロック少年だった時期にプログレばかり聴いていた時期があった。その時好きだったバンドにPFMというイタリアのバンドがいて、彼らの世界デビューのきっかけになった曲が”River of Life”という曲だった。”River of Life,rain was your birth. Gathered deep, beneath the earth.”という歌詞が頭の中をぐるぐる回り、その次にビートルズのレインが流れ、最後はデレク&ザ・ドミノスのレット・イット・レイン、いやいやその前にニルソンのレインメーカーが、と枚挙に暇がないほど雨に関する歌や楽曲は沢山あり、そしてほとんど全てがいい曲だというのは一体全体どうしてだろうか、などということは今この文章を書いているから考えたのであって、演奏中はもうずっと感動しながら聴き入っていた。83年8月に岡井真さんが最後に作った曲らしい。演奏する西藤ヒロノブも雨に関する曲を作っていて、アルバムにそのものずばりの”The Rain”という作品がある。あの名曲”Message to you”の入っているアルバムだ。そういえば西藤ヒロノブとの最初の出逢いは、H高時計本店のサロンライブで、その時のメインはフランシス・マバッペだった。カメルーン出身の強烈なベーシストでコンポーザーだったが、その彼がちょっとハスキーに歌う”Message to you”がすごく良かった。西藤ヒロノブのオリジナル曲でCDは女性ボーカルで録音していると聞いたので、演奏後購入したCDにサインをもらいながら彼に「あの曲は絶対男性ボーカルがいい」と断言したが、「まあ聴いてみてください」と言われ、家に帰って聴いてみたら実に良くて、前言撤回なんてこともあった。まあ、オレの人生は前言撤回の繰り返しばかりだ、などと考えると悲しくなるので止める。

 時間の経つの早いもので、特に楽しい時間ほどすぐに過ぎてしまう。あっという間に第一部最後の曲になった。”F”というタイトルのその曲には作曲した岡井真さんの様々な思いが込められていた。お母さんの仁子さんはFamilyのFだと思っているとニュースで知った。僕がどうこう書くより実際の曲を聴いてもらったほうがいいだろう。こうして第一部は終了した。そしてインターミッションをはさんで怒涛の第二部に行くのだが、今日はここまで。さて、僕達は無事に第二部を見ることが出来たのか、続編はカミングスーンだ。誰だ、このパターンは絶対続きが無い、あっても忘れたころにやってくるなどというやつは。確かにそういうこともあった。しかし、僕も反省はするのだ。反省だけならサルでもするけど。



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