開く夢など持ってなかった

 地元の高校が甲子園の決勝で惜敗し、準優勝か、でも良く頑張ったなと思いつつ家に帰ってネット開いたら藤圭子のニュースが出ていた。このところリアルで訃報が続き、1週間の間に2回通夜に行くことになって、こう毎日暑いんじゃ体力の弱った人はもたないななどと思っていたけど、どうやら投身自殺らしい。個人的には、ほとんど思い入れは無くて覚えているのは、その黒髪と黒い瞳、そして決してスカート姿ではなくパンタロンだったこと。パンタロンつったって分かるのかね、今の若い人に。胃の薬じゃないよ、あれはパンシロン。パンタが麻雀していて放銃した訳でもないよ、「パンタ、ロン」なんつって。まあ、そんなとりとめもないことを考えてしまった夜でした。ひねくれ者のワタクシは、怨歌はこっちですな。



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コメント

合掌

当時、この路線は 売り出し戦略だろうなあ…オフでは ばか笑いもするだろうし…とは思ってましたが、園まりのバージョンを破壊する「夢は夜ひらく」は衝撃的でした。B面の「東京流れ者」のカバーも あの芸風に良く合ってましたね。白いギターのフォトを見て、時代を感じると共に 伊藤荘を出て行く時に M原の部屋に置いていた白いギターを門柱に叩きつけて壊した時のことを思い出しました。前川清と結構した時は、まだ20歳だったんですね!?ご冥福をお祈り申し上げます。

「ひらく」は漢字を

使っちゃダメですね、イメージが固定されて良くないことに気がつきました。したがって、このエントリーのタイトルは「ひらく夢など持ってなかった」とすべきだったと反省しています。ドリフの番組だったか、藤圭子が結構ゲラでとぼけた顔してお笑い好きなんだと思ったことがあります。あの能面のような表情は、やはり「商品」だったんでしょうね。その商品にほれ込んで、やたら絶賛したくせに今は親鸞の話を書いている作家もいましたね(笑)。

だからといって言うこともないですけど

わたしも藤圭子に思い入れがあるかと言われれば、あまりないのですけど、宇多田ヒカルの公開したメッセージをニュース・サイトで偶然読んで、彼女が長い間心を病んでいたことを知って、ちょっと驚きました。だからと言って、偉そうに何かを言えるわけでもなく、ただただ人が生きることの大変さを垣間見て、絶句するだけです。

三上の歌は初めて聴きましたけど、藤圭子もそうですけど、今の時代にこんなどうしようもない切実さを表明しても、評価されることはもう決してないのでしょうね。

ひとつの時代が終わったというより

昭和元禄などといって万博だなんだかんだと浮かれていた時代に、こういう歌や歌手が一部で人気を博していたという事実が面白いですね。白土三平のマンガじゃないけど「光あるところに影あり」ですか(笑)。三上寛はその風貌と山下トリオなんかとバカばっかりやっていたのと、彼の現代詩そのものみたいな歌(というより絶叫に近い?)のギャップが強烈です。彼の音楽に関しては好きになるか大嫌いになるか、どちらかですね。中間は無いと思います。

子供心に怖かった

子供には雰囲気や歌詞が怖かったです。夜と言うとオバケを想像する年頃だったので…。
しかしその歌を収録したアルバムが当時約1年間オリコン1位であったということに驚き。一体世の中どうなっていたのでしょうか。

高度経済成長の神話に

陰りが見え始めたというか、昭和元禄と浮かれてばかりいられないぞというメンタリティーが藤圭子を必要とし始めたのかもしれませんね。若干時代が前後するかもしれませんが、中年御三家などといって戦争を知ってるオジサンたちが危機感をあおる歌を歌った時期と、個人的にはシンクロしてます。
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